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■ はじめてのごしょうたい!(5) ■



 時間通りに来訪したジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は既に開始し盛り上がっているバーベキュー会場に足を止めた。
「ようこそ! 学校見学の時はお世話になりました!」
 出迎えたシェリーにフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)は「こちらこそ」と挨拶を返す。
 招待客の中には見知った面々も少なからずいる様子に、ちらりと妻に視線を流したジェイコブはそのままフィリシアに席に座っているようにシェリーの案内が終わった後、テーブルに着かせた。
 ジェイコブ自身は焼き上がった串やらスペアリブやら野菜類などを取りにコンロへと向かう。
 バーベキューコンロの前には最初から火の番をするのだからと一番席を確保して、
「ふふ、これはベリーウェルダンね、あ、これはブルーレアかしら? でも美味しい♪」と網の上に乗せられ燃える炭に炙られる肉を片っ端から自分の皿に運ぶセレンフィリティは、一口口に頬張っては焼き加減に舌鼓を打つ。
「ああ! それはずるい! あたし狙ってたのにぃ!」
「早い者勝ちよ〜」
 クーラーボックスの中に氷を入れソフトドリンクの準備をしたり色々とやってきて労働相応の報酬を得ようと吟味しつつその時を待っていたマリエッタは華麗に肉を掻っ攫っていたセレンフィリティに声を張り上げた。
 子供やら大食いさんやらでただでさえ争奪戦となっているのに、好きな肉すら食べれないのは嫌とマリエッタは躍起になっていた。また、食欲の秋を満喫したいセレンフィリティも全く譲る気は無く、戦場と化したその場所にジェイコブは五秒ほど沈黙し、溜息を吐いた。
「えー、と。ジュースでいいかしら?」
 クーラーボックスからジュースを取り出したシェリーはフィリシアにどれなら飲めるだろうと候補を掲げる。
「そのね、出席の返事を貰った時に書いてあったから知ったんだけど、そのおめでとう!」
 妊娠五ヶ月のフィリシアは「ありがとう」と返す。今日は赤ちゃんもいるし妊婦さんもいるしで、幸せな家庭を築くことを夢見るシェリーにその夢を持たせる報告ばかりで彼女は興奮気味で「おめでとう」を重ねた。
「ね、出産予定日とかはもうわかっているの?」
「ええ。予定としては年明けですわ。
 名前もね、男の子ならフェリックス、女の子ならフェリシティにしようと決めていますの」
「素敵ね! でも、フィリシアが一人で決めたわけじゃないんだよね? でも……」と、ジェイコブにちらりと視線を向けるシェリーにフィリシアは笑う。
「どちらもともに″幸運″を意味しますの」
「ほんと?」
「はい」
 フィリシアに見上げ続けさせるのも失礼かと隣りに座り、今日の体調は大丈夫という心配を初めに二人は尽きない話題に花を咲かせる。興味津々のシェリーの質問にフィリシアが丁寧に答えてくれるので、中々終わらず、果ては旦那であるジェイコブはあの厳しい外見ながら早くもイクメンになりそうだという事実を吹き出しそうになりながら語るフィリシアはとても穏やかで幸福に包まれた顔をしている。
 いいなぁと声を上げるシェリーに両手を皿で塞いで戻ってきたジェイコブは「何を話してるんだ」と質問する。
「女同士の内緒のお話ですわ。男がそれを聞くのは野暮でしてよ?」
 ね、と瞳を交わし合われ、内緒話と言われてしまうと「そうか」とジェイコブは優美に微笑むフィリシアの前に料理の乗った皿を置いた。
「じゃぁ、ゆっくり楽しんでね。またあとで来るわ」
 席を外すシェリーと入れ違いに席に座ったジェイコブは賑やかだと妻に話しかけ、二人で食事を始めた。
 時折ジェイコブが対面に座る子供に「坊主、よく(美味しそうに)焼けているな」とか「その野菜はもっと火を通したら甘みが出るぞ」とアドバイスをしていて、なるほど、フィリシアがイクメンの素養たっぷりだと語る理由がよくわかる世話焼き具合で、夫婦の会話は自然と生まれてくる子供の事になっていく。
 それもそうか。
 ここには子供が多い。


 デザートアイスを配り歩くキリハは突然立ち上がったかつみ進路を塞がれ、一歩退いた。どうしたのだろうかと心配になって見やるとかつみは何か意を決したのか軽く奥歯を噛むように頬を強ばらせ、僅かに紅潮させている。
 色々と悩みに悩んだ末、かつみが起こした行動は話に盛り上がるノーンの前にどっかりと座ることだった。
「かつみ?」
 当然どうしたのだろうかと思われて声を掛けられる。
「うるさい!」
 返すかつみの声は自分が驚くくらい大きかった。一声を上げて黙りこくるかつみにノーンを始めとしたパートナー達は何か悪いものを食べたのだろうかと気遣いに静かになった。
(す、隙見せてるんだから、さっさと頭撫でればいいだろ!)
 八つ当たり気味に胸中で吐き捨てても、
「……まったく『子』の心、『親』知らずなんだからッ」
 出てくるのは小声の不満だった。
 緊張で、また恥ずかしく、自分から飛び込んだ手前引込みもつかず、いつまでこうしていればいいのか判断出来ず、かつみはやや暫くノーンの前で両腿の上に握った拳を置いたまま硬直していた。
「よーし、皆、面白いもの買ってきたから、これからこれを焼くわよー!」
 買出しに参加していたさゆみがサプライズと用意したのはお店に並んでいてつい衝動買いをしてしまった丸々一頭のオオトカゲだった。
「トカゲ肉ー!?」
 子供達の声が綺麗にハモる。
「へ?」
 さぁ、一頭丸々のインパクトに驚けと期待していたさゆみは想像以上の反応に逆に気が抜けた。
 トカゲ肉は荒野の貴重なタンパク源――つまり、ごちそうだった。


 名前を書かれ専用と渡された紙コップを持ち、破名は端に佇みただ眺めている。
「しかし、和輝は番い選びをしているとキリハ聞いていたが……手馴れているな」
 契約者が相手か、と呟く破名は、和輝が既婚者だと知らない。こうして和輝の誤解は増えていく。
「癖か?」
 隅っこ暮らしで暇だろうとベルクは声をかけた。
「癖と言えば癖だろうな。俺の立場はただ黙って見ているだけだから」
 そして有事の際に動く。破名の役割から見れば、悪魔が必要とされないのが一番最良なのだ。
「まぁ、それもエースが言うには、保護者ならそれだけでは駄目らしい」
 現代は新しく肩書があり、そうするべくと決めたのだから、黙ってみるだけというのは終わりかもと破名は言う。
「そういえば父になるらしいな?」
 ベルクが聞きたかったのはそこだった。
「そうであれと求められたからな。なる他ないんだが……、
 なぁ、ベルク。人が言う父親とは何だろうな?」
「クロフォード?」
「系譜の思想は気持ち悪いくらい綺麗でな……″父親″も″母親″も″子″も、その形はきっと現代とは合わない。
 正直――」
 破名は一旦区切り、
「俺が教えられることの方が多いよ」
 小さく、吐いた。
「む。だから私に乗ってはいかん」
 近場で、結局よじ登るちびっ子に身動き叶わなくなっていたコアに気づき破名に顔を上げる。
「払おうか?」
「む……いや。子供達が怪我をしなければいい。
 そうだ、クロフォードよ。後でコーズの眠る場所を訪れ、今日の事の話をしよう」
 提案に破名はきょとんとした。
「以前かの竜は賑やかなことが好きだと言っていたろう? ならばこの土産話はきっと喜ぶと思うのだ」
 コアの提案に、それは考えもしなかったと破名は目から鱗状態だ。滲むように微か笑う破名に笑う場面が多くなったなとベルクは眺めていた。
「コア。日にちが決まったら連絡を入れよう。都合が合えば迎えに行く」
 この話はまた後日とコアの提案を受け入れた。
「そういえばシェリー。行きたい学校は決まった?」
 ジブリールに聞かれたシェリーはおにぎりにかぶりついたそのままの格好で目を瞬かせる。含んだ一口を咀嚼に嚥下して、「空京大学に行くのは決めてるの」と答えた。
「ただいきなり大学は無理だから……確定ではないけど、たぶんイルミンスール魔法学校に通うことになると思うわ」
「そうなの?」
「蒼空学園とかなり迷ったんだけどね。イルミンスールの校長先生とおとうさんとの間に約束があるみたいだし、おとうさん週に3日くらいの頻度で学校には行っているみたいだし、おとうさんはそんな事気にしなくていいって言うと思うけど……過保護じゃないんだけど、おとうさん私達に何かあればすぐ暴走しちゃうから」
 暴走という単語で笑いを誘おうとしたシェリー自身が苦笑してしまう。「そう考えると、おとうさんが本当はどういう人なのかジブリール達の方が私より知っているわね」としめた。
「そっかイルミンスールか」
「うん」
 数秒の無言。
「よし」と沈黙を破ったのはジブリール。
「あそこでさ、大の男達が休日パパみたいに暇するのもいいけど。家族サービスも大事だと思うんだよね? そう思わない?」
 示す先はベルクと破名。霞のフォロー頼りに一生懸命過ぎて空回りに下拵の手伝い中は賑やかだったフレンディスは今は子供達の面倒を見ていて楽しそうにしているというのに。
 せっつきに行こうとジブリールはシェリーに笑いかけた
「どうだ? 鹿肉も美味しいだろ?」
 ハイコドが聞くと美味しいと子供達から答えが返ってくる。
「ねー、ソラン、さっき言ってた細工ってどうやるのー?」
「自分で調べるって言ったじゃない? 今日は面白かった?」
「うん」
「それはよかった。
 いい? もっと色々な経験をしなさい、子供達。
 生き方に男女なんて関係ないのだから。未来はあなた達の物よ」
 切っ掛けをあげましょう。しかし、どうするかは自分で決めなさい。教えてあげるのは簡単だけど、自分で選んで掴む事が大事。興味を持つことは素晴らしい事。だから、切っ掛けをあげましょう。
 今回のことで料理人を目指すかもしれないし、七夕の訪問で鍛冶師や細工師を目指すかもしれない。道は拓けている。
 語るソランをニーナは自分の下腹部を優しい手つきで撫でながら微笑みで見守っている。
「……うん。子供ってやっぱりいいね」
 と、囁いて。


 暗くなる前に焼くものが無くなったとバーベキューは終了した。
 残って後片付けをする者の中にキッチンで両腕を組む菊の姿がある。
 下拵えが上手くいかなかったのか至る所に食材の端材が散らばっていたのだ。そのまま捨てるには勿体ないし、これはゼリー寄せにして子供達のご褒美に変身させるかとアイディアが浮かぶ。
 浮かぶものの、それが嫌味になったり、主役を奪うような真似にならないかと、菊はここでも不安を覚えるも、包丁に手を伸ばした。
 魚や肉を一緒に焼きながら菊の料理が食べたいと盛り上がっていた子供達の声が耳に蘇る。