校長室
リアクション
* * * 薪割り班。 「皆さん、よろしくお願いね」 軽く挨拶を交わし、イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)はパートナーのジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)へと目を遣った。 どこか不機嫌そうな顔で鉈を握っている。 「ほら、シヴァも……」 「なんでこのあたしまでこんな世界のド田舎で薪割りなんかすることになるわけ!? ふざけてんの、この劣等種が!」 「劣ってるとか、優れてるとかなんて今はいいじゃない。 ……ごめんなさいね」 イーリャが他の面々に向かって頭を下げた。シヴァをこの場に馴染ませたいのだが、まだ難しそうだ。 が、なかなか取り掛からないのは彼女だけではなかった。 「なにぼーっとしてるの?」 ただじっとしているビラン・ガルズ(びらん・がるず)に、ツグ・ウェスビン(つぐ・うぇすびん)が目を合わせた。 「とりあえず、薪割りを手伝ってね。運ぶのは私がやるから」 「……分かった」 渋々作業を始めた、といった様子だ。本人としては、きっと何があってもすぐに動けるよう周囲を警戒していたのかもしれない。 「待機組も結構多いみたいだから、なるべく多く割っといた方がいいか?」 吉崎 樹(よしざき・いつき)がイーリャに問いかけてきた。 「お茶会始まった後よりは……今のうちに確保した方がいいとは思うわ」 思わず咳き込む。あまり身体が丈夫ではないために、彼女自身は運び役だ。 「あまり無理はしないようにな」 「ええ。……あの、後ろ……!」 静かに樹の背後に迫る人影を、彼女は捉えた。 「ん、後ろがどうし……うわあああああああああ!」 「……来ちゃった」 彼のパートナーであるミシェル・アーヴァントロード(みしぇる・あーう゜ぁんとろーど)だ。 「向こうで待ってろって言っただろ!」 「耐えられなくなっちゃって。それに、綺麗な景色をただ眺めるのもいいけど、やっぱり樹を手伝いたくって」 樹の顔が青ざめているのが見て取れた。 思わず二人から目をそらすと、 「やってらんないわ」 鉈を放り捨てて、シヴァがイーリャを睨んできた。 「劣等種は劣等種同士、仲良しごっこでもしてりゃいいのよ!」 吐き捨てるように叫び、走り去っていく。 「待って!」 イーリャはすぐに追いかけた。 「……何でついてくんのよ!」 「そりゃ……ついていくわよ。ほら、戻りましょ? それで、後でみんなでおいしいお菓子を食べましょ?」 さあ、と手を差し出す。 「くっ……いいわよ。この選ばれたあたしが、こんな仕事……十秒で片付けてやるんだから!」 すぐに持ち場に戻り、シヴァが鉈を構えた。 「いい? このあたしが手本を見せて上げるわ!」 誰よりも早く、多く割ってやると言わんばかりにそれを振り下ろしていった。 「ふむ、すごい気合であるな」 準備の手伝いをしようと近くに居合わせた井戸 雪原(いど・ゆきもと)がちょうどその声を聞いた。 「人手は十分だと思うが?」 「それでも、自分に出来ることがあるのならばそれに手を出さずにはいられないのだよ」 アルヴァ・レイバルト(あるう゛ぁ・れいばると)が嘆息する。 「お節介なものだ。だが、やるからには我も力を貸そう」 薪割りのペースは速いが、普段この村で使われている以上に消費されるため、薪のストックがすぐになくなってしまうだろう。 伐採された状態の木を、手ごろな長さにしておくことも必要だ。 チェーンソーで寸断するのが一般的だが、持ち合わせていないため綾刀で切断していく。 「多く必要になるかもしれないのでな。ここにも薪はあるぞ」 そう告げつつも、自身もまたそれらを割っていった。 「向こうにあるのがもうすぐなくなりそうだったところだ。助かる」 ディノ・シルフォード(でぃの・しるふぉーど)がそこから薪を持っていき、作業を続けた。 「やっぱり、大人数で分担すれば作業は捗るものだな」 熱源の確保は順調に進んでいるようだ。 「お茶もお菓子も、美味しく仕上がるといいですね」 相沢 美魅(あいざわ・みみ)が薪を取りにやってきた。 「向こうはどんな感じだ?」 「今、生地を練っているところです。調査団が持ってきたのもありますが、この村にも小麦粉のようなものがあって良かったですね」 調査団持ち寄りの食材と併せて、今まさにお菓子作りの真っ最中とのことだ。 「では、持っていきます」 斧を携えたまま、ディノが彼女の後姿を見送った。 「お兄ちゃん、調子はどう?」 堂島 結(どうじま・ゆい)が、黙々と薪割りを続けている堂島 直樹(どうじま・なおき)の様子を見にやってきた。給仕役の彼女の仕事は、もう少し先である。 「……ああ、結か」 結の声が聞こえたため、一旦斧を下ろした。 「集中してやってるから、結構順調だと思うよ」 積み上がってる薪の山へ視線を移す。ちょうど今割ろうとしているもので、自分が請け負っている分のストックがなくなるところだということに気付いた。 「待機組の人数が結構いるから、このくらいでいいかと思ったんだけど……」 足りなくなるよりはマシかと思ったが、他の人達のも合わせるとかなりの量になりそうだ。 「それで一区切りなんだし、一旦休憩したらどう?」 「そうだね。あとは様子を見つつ……で、大丈夫かな」 残った薪を割り、直樹は一休みすることにした。 * * * ハーブ調達班。 「いつの間にか、結構集まってましたね」 雪住 六花(ゆきすみ・ろっか)は、ハーブを入れにと持ってきた籠の中を覗き込んだ。 「ローズヒップ、カモミール、レモングラス……うん、良さそうね」 採取したハーブを確認する。 その中から、カモミールの花を手に取った。 「お詳しいんですね」 一緒に探しに来ている本宇治 華音(もとうじ・かおん)が口を開いた。 「でも、不思議ですよね。地球と同じ植物があるっていうのは」 「そうね。香りも同じだけど、もしかしたらそっくりなだけかもしれないから、念のためドロシーさんにも聞いてみようかしら」 基礎知識として、地球で死んだ者はナラカを通じてパラミタへ転生するということは、彼女達も知っている。 ならば、地球にある植物もこのパラミタに生えていたって不思議なことではない。 「……これも」 まとは・オーリエンダー(まとは・おーりえんだー)が集めたハーブを運んできた。久しぶりに帰って来たとはいえこの村出身ということだけあって、土地勘はあるようだ。 「ペパーミントね」 「あとは……そうですね、ブルーマロウの花やリンデンも探してみましょうか」 ウィラル・ランカスター(うぃらる・らんかすたー)が六花が手にしたカモミールの花を取り、彼女の髪に挿した。 「ブルーマロウはローズヒップと、リンデンはカモミールやレモングラスとブレンドすれば、それぞれ美容やリラックスの効果が期待出来ますよ」 さりげなく籠も持たれてしまった。最初に、重くないから自分で持つと言ったのだが、そこはパートナーへの気遣いか。 「ブレンドティー、素敵なアイディアね。これだけあるわけだし、試してみようかしら」 六花はそっと目を細めた。 「これなんかも良きハーブだと思うのだが、どうだろうか?」 そこへ、蒼鳥 マウス(あおとり・まうす)が光沢のある葉を携えてやってくる。 「シナモンね。これもさっきのペパーミントと一緒に、お菓子の方にも使えそう」 今すぐというわけにはいかないが、樹皮を乾燥させれば香辛料となる。 「マウスさん、とりあえず確保してきました」 「うむ、ご苦労」 羽月 靜良(はづき・せいら)がハーブとは別に枯れ木の枝や薄い板のようなもの、蔓の束を持っていた。 「うむ、これで準備は整ったであるな」 何の、とは聞かずにハーブも集まったことなので六花達はひとまずそれらを届けることにした。 「……と、いうわけでドロシーさん、ここにあるのはお茶に使えますか?」 小屋の前まで戻ると、華音はドロシーに尋ねた。 「はい、大丈夫ですよ」 話によれば、元からこの村にあるものばかりではなく、村を出た花妖精がたまに種子を持ち帰ってくるとのことだ。 「でも、本当に綺麗な所ですね」 ここに来てから、何度その言葉を発したことか。ハーブの選別をしながら華音は庭園を眺めた。 「…………」 そんな彼女をまとはが呆れた目で見上げてくる。 「姉さんとの、思い出……ここにはいっぱいある……」 彼女の前に、ドロシーが立った。 「お帰りなさい」 「……ただいま」 ドロシーと話したことはないとまとはから聞いていたが、ドロシーはこの村を出た花妖精全員を覚えているようだ。 「ここの子供達は、みんないつかは村の外へ旅立つんです。それが、ここでは一人前になる、ということなのですよ」 とはいっても、旅立つ時の姿はまちまちだという。自分達のような外の人間は別として、時計やカレンダーがないこの村では、正確な時間の経過を知る術がない。けれど、ちゃんと年長者がいて、ドロシーだけでは目が届かないところを見てくれているようだ。 「あら、何やら楽しそうですね」 ドロシーの視線の先には、子供達とマウスの姿があった。 「近場に落ちていた材木を利用して簡単なテーブルを用意させて頂いた。叩くと簡単に崩れてしまう故、お茶を乗せるのに利用して頂きたい」 マウスの前には不恰好なテーブル「のようなもの」がある。 (これを作った理由が世界征服の為……意味が分かりません) 得意げにしているマウスのそばで、靜良は訝しげな表情を浮かべていた。 「これならば万一お茶をこぼしてもテーブルが濡れるだけでお花にかかることは――何ッ!」 「なんだこれー、叩かなくても倒れるぞー」 「ほんとだー」 叩くどころか子供が指で小突くだけで崩れた。 「ふはははは。だがその程度で我は屈せぬ。このテーブルは何度でも蘇る!」 と、高笑いしながら手で直していく。意味が分からないが、楽しそうだというのは分かる。 (さて、私は料理の様子でも見てきますか) * * * 調理班。 「これが石窯のオーブンですわね」 気合十分、といった様子でユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)がドロシーの小屋の裏手にある石窯の前までやってきた。 「さ、焼き始めますわよ」 彼女が運んできたのはスポンジ生地だ。要となる鶏卵は、調査団が栄養価が高いからという理由で食料として持ち込んでいたため、それを拝借したのだろう。 「えーっと火は……」 さすがにファイアストームでは火力が強過ぎる。 「火を下さいませ」 それを受けて、パートナーの非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)が彼女に歩み寄っていった。 火術で点火を行い、そこからはユーリカが薪をくべつつ火力を調整していく。 「ちょうど入れ替わりで焼く感じになるかな」 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)はハーブクッキーの生地作りをしながら、石窯を窺っていた。 「いい香りがしてきたー」 結衣奈・フェアリエル(ゆうな・ふぇありえる)の視線の先に、お湯が注がれた器がある。採れ立てのフレッシュハーブを細かく砕き入れたものであり、濃い目になるまで蒸らしたら、それを生地に加えるのだ。 ハーブを刻むのはネージュが、生地を練るのは結衣奈が担当している。 「煮出しに使ったのはローズマリーだから……」 ここはオーソドックスに、バジルとタイムの葉を刻んで混ぜ込む。その生地を結衣奈が5ミリくらいの厚さまで引き伸ばし、型抜きを始めた。 ネージュは普段からお菓子作りも含め、よく料理をする方だ。それもあって、加えるハーブの組み合わせも色々と試したことがある。応用はお手のものだ。 「あとは、持ってきたドライフルーツも混ぜておこうかな」 焼く際に彩りを加えるという意味で、ドライフルーツやレーズンを生地に乗せたのもある。 「その生地の材料、少しもらってもいいだろうか?」 声のした方を振り向いた先にいたのは、椎葉 椛(しいば・もみじ)だ。 「……まあ、食べるからには自分でも作らないと、ってことだからな」 彼の視線はアルバート・ラピシルア(あるばーと・らぴしるあ)に向いていた。 「うん、まだたくさんあるからいいよ」 ついでに、アドバイスとしていくつかハーブの組み合わせを教えておく。それを元に、彼らもクッキー作りを始めた。 「あ、ねじゅおねえちゃん、焼けたみたいだよ」 ちょうど、ユーリカのスポンジケーキが焼き上がったようだ。 「なかなか加減が難しいですわね……」 ネージュもそうだが、普段石窯を使って料理をする機会はないため、悪戦苦闘していたようだ。 それでも、ちゃんと形になって綺麗に仕上がっているのはさすがだろう。 「おや、ハーブクッキーですか?」 「うん。甘いものから爽やかな風味のものまで、色々なバリエーションを用意してみたんだ」 まだわずかに熱のこもっている石窯のオーブンに、クッキーを入れていく。 「あたし達は、このケーキのデコレーションをしますわ。近遠ちゃん、生クリーム取って下さいな」 「はい。これですよね?」 近遠がデコレーション用にユーリカが仕込んでおいたそれを手渡す。 外にある大きめのテーブルにスポンジケーキを移すと、仕上げの作業に入った。 四人がそれぞれ運搬を手伝い合いながら、持ち場を入れ替わる。 「さっくりと仕上げるには、火加減に気をつけないとね」 窯の隣に積まれていた薪を入れ、火術で点火を行った。薪の量と、火術による温度調整をしながら、こまめにクッキーの焼き加減を確認していく。 「なんだかいい匂いー」 お菓子の匂いに釣られたのか、花妖精の子供が誘われるかのようにやってきた。 「もうちょっとしたら出来るから、それまで待ってて欲しいな。 あ、後で味見してみる?」 すると、彼は目を輝かせてネージュを見上げた。あまり見上げられることはないから、何だか新鮮でもある。 「うん、いい感じになってきた」 焼き上がりは良さそうだ。 (本当に、ほのぼのとしてますね) お菓子作りの光景を、コニワ・ヒツネ(こにわ・ひつね)は通り掛かりに眺めていた。お茶会を通し、調査団と村の人達だけでなく、同じ調査団の人達でも親睦を深めていっているようにも感じられる。 「おねーさん、何ぼーっとしてるの?」 ふと、少女のものらしき声が耳に入った。 「いえ、こういう穏やかな雰囲気というのもいいなと思いましてね」 パンジーの花飾り――ではなく、実際に頭から生えている女の子に微笑み掛ける。 「お邪魔してます。綺麗な景色ですね」 改めて、と軽く挨拶をした。 「そういえば、元気な子供達の姿は多く見るのですが、大人の姿がありませんね?」 「ドロシーねーさんだけだよ。今はここにいるけど、一人前になったらみんな村を出るから。いつからかは分からないけど、そういう決まりになってるの」 理由は分からないが、ずっと昔からそうだと聞いているらしい。 「あ、ずるーい。抜け駆けしちゃだめー!」 どうやら出来立てクッキーをつまみ食いしたのが分かったらしく、窯の前にいる子供に向かって駆け出していった。 |
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