空京

校長室

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

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【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)
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リアクション


黒の中の虚無 3

 闇の世界に覆われたとき、エンキドゥが再び起動した。だが、その動きはわずかにおかしい。ぎこちない動きで起動したと思ったとき――突然、エンキドゥはギルガメッシュの腕を渾身の動きで振り払った。
 動きを停止していたことに油断していた。エンキドゥを離してしまったことを悔やみ、再びギルガメッシュが戦闘態勢に移る。その手に握られたのは、ビームサーベルだ。
 だが、次の瞬間――
「なにっ!?」
 エンキドゥはそのサーベルに向かって突撃してきた。
 そして、ぶつかり合う二機。サーベルが貫いたのは、エンキドゥの腹部だった。
「エンヘドゥッ!?」
 自殺を図ったのか……!
 それに一足早く気づいたレンがサーベルを動かしていたが、すでに遅かったらしい。貫かれた腹部から漏れた電撃の火花。そして、エンキドゥは闇と混じりあうようにして壮絶な爆発を起こした。
 その寸前に、エヴァルトたちはエンキドゥへと猛スピードで接近する機影を見た。


(これで……終わる……)
 コックピットの周囲が徐々に爆発音に見舞われてゆく最中で……赤き炎の色に包まれたエンヘドゥはそう思った。人として、最後にやれること。闇に完全に抗い勝つ結果はこうすることしかなかった。
 でも、満足だ。これで、全てが終わる。決着が、着いた――
 と、エンヘドゥが瞼を閉じたとき。
 彼は、熱で歪んでいたコックピットハッチを無理やりこじ開けた。
「しょ、正吾……?」
「ふざけるなッ!」
 ずっと、彼女を追い続けてきた青年は、唖然とした彼女に激怒した。
「俺は……俺はお前を守ると誓った! 必ず、必ずだ……!」
 それは、かつての約束だった。まだ彼女がシャンバラにいたときの、泉美那を名乗っていたときの、約束。
「だから、俺はお前を死なせやしない……! 絶対……絶対に!」
 コックピットを爆発が巻き込むまで、もう時間は残されていなかった。正吾は彼女の手を握りしめ、引っ張り出そうとする。だが、それを阻んだのはモートの闇だった。
「なっ……!?」
 闇は広がった。
 あの、海底のような闇の世界が二人を包み込み、そしてエンキドゥごとコントラクターたちを覆い尽くさんとする。だが、そのとき――闇は、エンキドゥの機体に乗り移った影を知ることはなかった。



 モートにとっては、もしかすればエンヘドゥの自殺すらも計画の一部であったのかもしれない。
 既にエンヘドゥの心から抜け出していた闇は、再びかつての災厄を繰り返さんとするように闇を拡大させていた。死ぬ間際のエンヘドゥを取り込み、そして全ては完遂する。そのつもり――だった。
 だが……闇には異分子が紛れ込んでいた。
 彼に視覚というものがあるのかどうかすら分からぬが、あるとすれば、彼の目の前にいたのは、彼にとって忌々しい存在だったに違いない。
 コントラクター。緋山 政敏(ひやま・まさとし)カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)。そして南カナンの領主、シャムス・ニヌアが闇に対峙していた。
 その手が政敏と握られていることに気づいて、シャムスは慌ててそれを引っぺがした。なんとなく残念そうな政敏と、わずかに頬が紅潮しているシャムス。
 もう一方の手は、カチェアに握っていた。女性同士ということもあるのだろうが、シャムスはそれをしばし離さなかった。わずかにその手が震えているのを、カチェアは感じ取る。
 闇は――恐怖を呼び覚ます存在だ。カチェアもまた、心の奥底で自分の恐怖が顔を出しているのを理解していた。だが、だからこそ。彼女は、シャムスの手を強く握りしめた。
「私がその怖さを預かります。だから、私の怖さも預かって下さい」
 一人ではない。
 カチェアの瞳を見つめて、シャムスはそう気づく。震えが、自然と止まっていた。シャムスが彼女に頷く。
 すると、闇が蠢いた。
『貴様らは……我の世界に足を踏み入れるというのか?』
「……そうだな。一つ付け加えておくとすれば、足を踏み入れるだけではなく、オレは貴様を討つだろう」
『クク……クハハハハ……我を、未来永劫の存在たる我を、討つと言うか』
 嘲笑が闇の世界に反響した。
 なぜだろう。その声は、嘲るとともに無邪気な響きを含んでもいた。怪訝そうに眉をしかめたシャムスが、抜剣する。
 ともに――政敏の手に光が宿った。光はすぐに形を成した。それは剣だ。紛れもない剣の形をしている。だがそれは、無の存在感を持っていた。確かに剣であることは間違いないが、まるで政敏の身体の一部のように、剣としての輝きではない、まったく別の光を放っているのだ。
 これが、彼の光条兵器……。シャムスが剣に目を奪われていると、それに気づいた政敏が悪戯に笑った。
「モートを討つ。援護……頼むよ。後、帰ったら、男と女の一騎打ち。デートをしよう」
「ばっ……何を言ってる!?」
 真っ赤に染まったシャムスの顔を見返して、彼は軽く頷いて闇に向き直った。カチェアが、くすっと笑う。
 なぜだろう。自然と、シャムスにはもはや、恐怖はなかった。安心できる。彼らといると、闇など、恐れるに足らないものに見える。
 政敏が背中を見せて構えた。カチェアが弓を向けて、タイミングを見計らう。闇の中に、一筋の紅い光を見た。
「いまです!」
 サイドワインダー。
 イナンナの聖なる力が宿った二つの矢が放たれると、それは左右に新月のような弧を描いて紅い光に飛翔した。同時に、政敏とシャムスが地を蹴っている。宙に浮かぶ紅い光に、間合いを詰めた。
 光の剣線。そして、一閃の交錯。
 一瞬のうちに――勝負はついていた。政敏の光の剣とシャムスの剣が、同時に闇の中の紅き瞳を両断していた。
 そして、全ては終わる。闇に亀裂が入り、光が差し込んできた。このまま、闇の世界は終わりを告げるだろう。薄れゆく漆黒の中でぼんやりと光る紅き瞳に向かって、政敏が言った。
「俺はここで強くなれた気がする。……だから、お前に感謝している」
 何も答えは返ってこない。もう、消えてしまう。
「ありがとう」
 最後に彼の目に見えたのは――光も闇も、そして虚しささえも失った、無の世界だった。



 闇が全て晴れた時。
 イナンナの神殿を覆っていた闇の結界もまた、亀裂が生じるとともに粉々に散って消え去ってしまった。
 イナンナの神殿への道が開かれて、カナン兵たちが歓喜の声をあげる。巨大飛空艇エリシュ・エヌマ、そしてルミナスヴァルキリーが神殿へと繋がる大通りの前に着陸した。不幸中の幸いか、モートの闇が建物を粉々に崩していたことで、戦艦が着陸できるほどのスペースが確保されていたのである。
 コントラクターのイコンたちもまた、それに続けて着陸する。崩れたエンキドゥからかろうじて脱出できた正吾の胸の中では、エンヘドゥが抱きかかえられていた。
「エンヘドゥ!」
「ん……お……兄さま……」
 エンヘドゥが目を覚ましたのを見て、シャムスは安堵の息を洩らした。
 まだ意識ははっきりとしていないようだが、あとはコントラクターたちに任せておいても問題ないだろう。
 澄み切った空の下で、エリシュ・エヌマとルミナルヴァルキリーに搭乗していたバァルたちが、大通りへと踏み込もうとしていた。イナンナの神殿から現れたのは、大勢の神官兵たちだ。更には、他方の城門を護っていた兵士たちも加勢にやって来たらしい。
 ――まだ、これで終わりではないのだ。
「行くぞ! まだ戦いは終わっていない! 我らも続くのだ!」
 イナンナの神殿へ繋がる参道――雪崩のように突き進んでゆくマルドゥークたちを追って、シャムスは南カナン兵を連れて剣を掲げた。