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リアクション
「キャバクラ『わるきゅーれ』空京万博店」
さまざまな展示のある中、ここは少々異質な空間だ。そう、キャバクラ『わるきゅーれ』が、未来パビリオンに出展しているのである。華やかに飾られた店内、コンパニオンの名を冠するキャバクラ嬢が接待をする空間。
無論、万博会場は昼間のみ、なおかつ老若男女全てのカテゴリーのお客がやってくるとあって、通常の店舗のように深夜営業というわけには行かない。さらに……。
「深夜営業禁止やアルコールの提供禁止は、万博の展示としては当然でも、キャバクラとしては厳しいですね」
マネージャーの天津 亜衣(あまつ・あい)が、店長であるハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)に言った。
「ま、色々制限があった方が、工夫のし甲斐もあるってもんだしな……。
もっとも、昼も夜も働き通しなのはさすがにきついが」
夜の営業がないのはいいとして、酒類は苦肉の策でアルコール分の一切ない、しかしそれらしい味と香りのソフトドリンクで代用することになっている。
そんな状況ではあるものの、雰囲気を楽しもうという客は結構入っているようだ。
店の片隅、にわかごしらえの狭い帳場でオットー・ツェーンリック(おっとー・つぇーんりっく)は大量の伝票と格闘していた。表舞台の華やかな雰囲気が苦手な彼としては、こうやって一人黙々と作業している方が気楽なのである。ハインリヒがふらりと訪れてオットーに尋ねる。
「売り上げの方はどうかな?」
普段の売り上げデータと比較しつつ、オットーは画面から目を離すことなく返答する。
「うーむ、アルコール飲料ではないのでそう量を飲めるものでもないですからねぇ。
飲み物の方はやや伸び悩んでいるようです。
支出の方は……衣装、調度品のレンタル料等が結構かかっていますね。
酒の代用品の開発費も、やや高くなっていますし」
「やはりな……」
「ですがまぁ、店舗の賃料や電気ガス水道がタダなので、そこでとんとんですかね。
それと、ノンアルコールの酒まがいですが……。
通常の店で、女の子の方にこれを交えて出すようにすれば、酔ってまずいことになるのは防げそうです」
「……なるほど。それはいい案だ。コストそのほか検討してみてくれ」
衣装担当のゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は大きく胸元の開いた、ひざ上ぎりぎり丈のドレスを着たヘンリッタ・ツェーンリック(へんりった・つぇーんりっく)を見やり、ついでSF風味を利かせ、そこに古き良き80年代風のテイストが絶妙なバランスで調和した、『ビキニアーマー』を纏ったレナ・ブランド(れな・ぶらんど)を見やった。ほぼ胸とヒップを覆うだけの、大胆で挑発的ななデザインである。なんだか正視するのも気が引けるような色っぽさ。
「そ、その……色んな意味で危険な感じのする衣装だけど……ホントにこれで接客するの、レナ?」
ゴットリープがどぎまぎと尋ねる。
「あら、もちろんよ。 やるからにはトップを目指すわ! いいわね、ゴットリープ!」
鼻息荒く、レナは言う。ヘンリッタが横目でレナを見て言う。
「ふうん。わたくしは見た目の露出はあまり重きを置いていなくてよ。
やはり話術の巧みさと、見えそうで見えないぎりぎりのラインでの勝負ですわ」
「まあ、見ていらっしゃい!」
2人の間に見えない火花が散った。
「あ、いや、2人とも……その……気をつけてね」
ゴットリープが冷や汗をかきながら何とかいさめようと声をかけるが、2人とも完全にスルーである。
「手練手管だけでがんばってね」
「見えるお色気『だけ』でどのくらいいけるか……見ものですわね」
女の戦いは今始まった。
アルフレート・ブッセ(あるふれーと・ぶっせ)とともに、『わるきゅーれ』にやってきたアフィーナ・エリノス(あふぃーな・えりのす)はなぜ彼はこんなところに自分を誘ったのだろう、と考え込んでいた。
(本来、男性用の歓楽施設であるキャバクラで、女性のわたくしが楽しめるのかしら?)
レナとヘンリッタが2人を出迎える。
「いらっしゃいませ〜、ようこそわるきゅーれへ!」
「楽しんでいってくださいましね」
「フム、こういう一種独特な雰囲気の店もそれなりに風情があって良いものかもしれませんな」
アルフレートは席に案内されると、店内の様子と、2人のコンパニオンを見やって言った。
「ビキニアーマーやセーラー服やらドレスやら……ざまざまな服装の女の子が接客していますな。
これはオーナーの趣味なのですかな? それとも、ここを訪れる客の嗜好に合わせたものなのかね?」
「うふふ。さあ、どっちでしょう。 ……まあ、まずはなにかお飲み物をどうぞ」
レナが言って、メニューを差し出す。アルフレートはちらりとレナのおへそを見た。可愛いおへそだ。
「お連れのお嬢様のなんてお美しいこと。気品がございますわね」
ヘンリッタがアフィーナを惚れ惚れとした目つきでながめ、褒める。
「その髪の艶、何か特別なお手入れをなさっているんですの?」
そう言って、アフィーナの方へ身を乗り出すと、ドレスの胸元が浮き胸の谷間が覗き込めるほどになり、アルフレートの目を奪う。アフィーナはそれにはまったく気づかず、
「はじめはどうかなと思っていたのですけど、女性客も男性客も等しく楽しめる場所なんですのね」
そう言って、ヘンリッタと髪や肌のお手入れについてお喋りしている。ついで話題は食べ物のことになり、何かお肌にいいものを食べましょう、という話になった。
「こちらのお嬢さんとわたくしには、フルーツの盛り合わせをお願いしますわ」
「あらぁ、それじゃアルフレートさんと私は、このドリンクを試してみましょうよ」
レナは甘えた声で言って、メニューを指し示す。アルフレートが飲み物の説明を求める。
「フムフム。これはどういうものなのかね?」
女と女の戦いは、まだまだ続くようだ。そして、お客との攻防戦も。
ヨーゼフ・ケラー(よーぜふ・けらー)は万博のわるきゅーれの従業員に、という話に当初激しい抵抗を示していたのだった。
「風俗店の給仕など願い下げです!」
亜衣は首をかしげてヨーゼフに言ったものだ。
「まあ、そう言わないで。これも任務のひとつなのよ。
それに、未来の歓楽施設をテーマとする体感型展示ブースということで参加するんだから」
そんなわけで、現在ここ、わるきゅーれ空京万博店で未来風執事衣装に身を包み、お客の女の子の指名を受けたり、オーダーを取ったりと忙しく立ち働いているのである。
(まったく、何が展示ブースだ。やっている事は歌舞伎町界隈にある風俗店と変わらんだろうが)
内心ぶつぶつ言いながら、ヘンリッタとレナのオーダーを持って行く。
ヨーゼフのパートナー、エリス・メリベート(えりす・めりべーと)は清楚なイメージだが、こういった場では逆にそれが妙な色気を招くセーラー服に身を包んで待機していた。
(それにしてさっきの男性客はえらいお客でしたわ……
すぐべたべた触ってくるし、挙句スカートに手まで……すぐヨーゼフに来てもらって対処してもらえたけれど)
丁寧に、しかし万力のような力でお客の肩を抱くと、ヨーゼフは店外にお客をとっとと連れ出したのであった。ハインリヒがそれを聞いてであろう、様子を見に来た。
「その後問題はないか?」
「ええ、大丈夫です」
ハインリヒはうなずくと、厨房の様子を見に行った。
そこへケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)、神矢 美悠(かみや・みゆう)、エミリア・ヴィーナ(えみりあ・う゛ぃーな)、コンラート・シュタイン(こんらーと・しゅたいん)の4人がやってきて、エリスは彼らを席へと案内することになった。
「わるきゅーれへようこそ。お席はこちらです、どうぞ」
エミリアはカクテルにこだわりがある様子で、数種類をオーダーしている。
「私、こう見えても、カクテルにはちょっと詳しいのですよ」
美悠はさっそく適当にサラダやから揚げ、ピッツァなどをオーダーし、ケーニッヒは次いで飲み物の一覧を一瞥して言った。
「フン、オレとしては、カクテルよりもストレートでやる方が好みなんだ。
『酒に似た何か』同士やそれにソフトドリンクや果汁を入れたカクテルは好みではないんでな。
オレの方は『ビールに似た喉越しの何か』や『バーボンの香りのする何か』を持ってきてもらおうか」
「あたしもおなじものをね」
美悠が言った。
「……かしこまりました」
ヨーゼフが恭しくオーダーを受け、きびきびと店の奥へと消える。
コンラートはエミリアにオーダーを任せ、エリスに話しかけている。
「……私は体がちょっと弱くてね。今日もあまり本調子ではないんだ」
「あら、それはいけませんね。でも、楽しくしていたら、元気も出てくるかもしれませんよ」
エリスがにっこりと微笑む。
「そうだね、やはり明るい気分でいることも大事だね」
「そうですよ! やっぱり沈んでいたら、調子も悪くなってしまいますもの」
運ばれてきた料理は一般的なメニューながら、味は申し分ない。
「料理もサービスも行き届いているけど、本物の酒が一滴も無いのはちょっとね」
美悠がこぼすと、ケーニッヒはバーボンのようなものを次々と流し込みながら言う。
「ま、これはこれでいいんじゃねーか? 何しろ、どれだけ呑んでも酔い潰れねェ訳だからな。
あとに一切響かないってのは……いいんじゃねえかな。雰囲気だけなら十二分に楽しめる」
「そうですね、酔って調子が悪くならないというのはいいです」
コンラートはカクテルを口にしながら言い、エミリアも頷いた。
「サービスは申し分ないと思うわ。
ただね、特製カクテルの味に、今一つ納得が行かないのよね」
エリスが首を傾げる。
「美味しくありませんか?」
「そういうわけじゃないの。
そうね……ジャタの森のザクロ果汁、ジンジャーエール、それにレモンはある?」
「はい、ございますよ」
「じゃそれと、メジャー・カップ、ミキシング・グラス、バースプーンをお願い」
ヨーゼフがそれらを運んでくると、エミリアはオリジナルのカクテルを作成した。
「ザクロ果汁は20、ジンジャーエールを120。そこにレモンを少し」
エリスに試飲を進め、自分も口にする。
「いかが?」
「わあ、これ美味しいですね」
エリスが言い、美悠も興味を持った様子だ。
「どれどれ? へぇ、なかなかいいわね」
「カクテルの名前は、そうねぇ……ブリッツフォーゲルってのはどうかしら?」
「ま、アルコールはないものの、酒の話題で楽しむ。こういう楽しみ方もありってやつだな」
ケーニッヒはグラスを掲げた。
一応未来パビリオンの展示とはいえ、「わるきゅーれ」はキャバクラである。ギュンター・ビュッヘル(ぎゅんたー・びゅっへる)に誘われたサミュエル・ユンク(さみゅえる・ゆんく)は、驚きの色を隠せなかった。
「ギュンター、普段は真面目だってのに、一体どういう風の吹きまわしだ?」
「ま、いいじゃないか。たまには思う存分羽を伸ばすのも良いだろう」
ギュンターに誘われてやってきたクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)と島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)の2人も、豪華な店内に、挑発的な服装の女の子が行き交う店内はどうも居心地が悪そうだ。
「ほら、好みの女の子はいるか? 指名料を払えば席に呼べるんだよ」
「あ、いえ、私は……」
クレーメックが顔を赤らめて首を振る。ヴァルナは女であるから、無論何も言わない。
(休暇中とはいえ、こんな事をやっていて良いんだろうか?)
クレーメックがひそひそとヴァルナに耳打ちする。
(会場警備をしている同僚もいますし……わたくしもちょっと……)
(休暇届を出した上でとはいえ、キャバクラで遊んでいる、と思うとな……)
(ですわね……)
そんな2人を尻目に。ギュンターは女の子数2人を席に呼び、ニコニコと高価な洋酒まがいのドリンクや、フルーツ盛りあわせなどを注文している。
「まぁあ、ギュンターさんステキ!」
「嬉しいわ〜、ね、あたし、これも食べてみたい〜、良いかしら?」
「うんうん、もちろん良いとも」
女の子2人は手を打ち合わせ、飛び跳ねた。大き目のバストが弾み、スカートが翻る。サミュエルは一瞬目を奪われた。
(うう……こ、これは……)
それに普段女の子とお喋りする機会などあまりなく、話題も決して豊富とはいえないはずなのだが、彼女らはなにを話してもニコニコと応じてくれ、楽しそうな反応が返ってくる。
「未来の歓楽施設……か。真っ昼間に入店しても、こんなにたっぶりと楽しめるなんてな」
ギュンターはサミュエルに言った。
「たまには、こんな一日も悪くないだろう?」
ギュンターの言葉にクレーメックは情けなさそうな表情で、はしゃぐ女の子たちを眺めた。
「休暇の時にゆっくりと心身を休めて次の任務に備える、というのも軍人の鉄則とはいえ……。
こういった余暇の過ごし方は……その、私やヴァルナには向いてないように思うんだが」
店の女の子の一人が言った。
「ねぇねぇ、ギュンターさん、友達も呼んでもいいかしらぁ?」
「うん? ああ、いいとも」
「きゃー、うれしー」
程なく笑顔の女の子が3人現れた。
「お呼びいただき、ありがとうございまーす」
ギュンターの顔色が、ほんのちょっと青ざめた。
(友達……って……1人じゃなかったのか)
さすがに本物のキャバクラには及ばないとはいえ、万博会場の展示として考えると相当に高額となる。カードの残高が幾らあったかな……。懸念しつつも、まあ、楽しめるのはいいことだ、と、ギュンターは思った。
(最悪、サミュエルに借りよう……)
遊興費は計画的に。である。
スイーパーなスナイパー
華やかな未来パビリオンの展示であるが、そこを美しく保つのは並大抵ではない。人が大勢来るところには、やはりゴミや汚れもつきものなのだ。
金住 健勝(かなずみ・けんしょう)とレジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)の2人は、地味な清掃員の制服に身を包み、未来パビリオンのトイレを中心に、周辺の清掃を行っていた。
「やはりトイレは基本である。来場客に気持ちよく使ってもらいたいしな」
「そうですねっ!」
「そういうわけで、掃除のタイミングは、利用者ができるだけいないか、少ない時を見計らって行う」
「はい!」
「もちろん、『ただいま清掃中』の看板を入口に置くのも忘れずにな」
「急ぎのかたには、使っていただく方向で!」
健勝は男子用トイレ、無論女子用はレジーナだ。トイレ掃除の合間には、周辺のゴミ拾いを行う。ゴミはきちんと種別に分別し、廃棄業者の手間を省く努力も忘れない。掃除をしつつ、レジーナが話しかける。
「健勝さんってこういう地味な作業が本当好きですよね。どうしてですか?」
「いや、せっかくいい展示やコンパニオンを見てもサービスが悪かったら嫌な感じになるでありますから」
「うーん……コンパニオンはあんまり関係ないと思うんですけどー」
「そう……でありますか?」
こういった地味な努力も、華麗な展示や表舞台に影響してくるものなのである。まさしく縁の下の力持ち、といったところである。
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