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【『真相に至る深層』 後日談「過去からの解放」】

天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)
デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)


「あーっ、もうっ! あのおばちゃん、むかつくーっ! デメテールの報酬のプリンを何回も邪魔して!」

 十六凪の覗き込んでいる写真を横から覗き込んでデメテールは憤慨した声を上げた。
「次会ったら」
 そんな彼女を宥めながら、手元の写真を懐かしむように眺め、十六凪はくすりと口元に笑みを浮かべる。
「予想通り、あの時の氏無大尉への宣戦布告のあと、大尉との直接対決が始まったのですよね」
 そんな二人が見ていた写真に映し出されているのは、教導団の氏無春臣に、初めて真オリュンポスとして宣戦布告した時の光景だ。どういう経緯でか手に入れたそれに目を細めながら、対峙した相手のことを思い返す。
 油断ならない人物だ、という十六凪自身の見込み通り、この時もデメテールの奇襲は失敗に終わり、演習場の事件の際も後一歩と言うところで取り逃がした。だが十六凪は、悔しそうにするどころか、むしろ楽しそうな表情で「伊達にエリュシオンとのパイプ役ではない、といったところですか」と笑いを溢す。
「彼くらいのライバルがいた方が、寧ろ都合がいい。大尉のような人物が、シャンバラと帝国をまとめあげてくれれば、それだけ、僕の目的に近づくわけですからね」
 そのためにも、大尉には、まだまだ現役で働いてもらわないといけませんねと、誰にともなく呟いて、十六凪は写真を指先でぴん、と弾く。
「ふふふ、大尉がいれば、今後も楽しいゲームができそうですね……おっと、いけない、いけない」
 知らず知らずに深くなる笑みに、十六凪は口元を覆って目を細めた。
「ついゲーム感覚になってしまうのが、僕の悪い癖だと、よくあの人に言われていましたっけ」


 同じ頃。
「何を気味の悪い笑い方をしておるのかえ?」
 自らのパートナー壱姫の呆れるような声に、氏無は苦笑して資料をひりひらと振って見せた。奇しくも十六凪の見ていたのと同じ光景を前に、ああ、と納得したように壱姫は目を細めた。
「あの童らか。なかなか楽しませてくれおったよの」
 くく、と喉を震わせる壱姫が細い指の爪先でデメテールの輪郭なぞって肩を揺らす。いくらか物騒な笑みになっているのは、オバサン扱いされたからだろうかと首を竦めながら、氏無も十六凪の言葉を思い返して、ふ、と声を漏らした。
「『世界共通の敵』であることを自ら負うことによって、世界平和を目指す……か。夢見がちなのに、手段は現実的なんだよねぇ」
 敵の敵は味方。同じ敵を前にした時、相手は共通の味方となる。それを応用して世界を平和にさせようと考え、本気で実現させようとしているのだ。よく言って大胆なその発想を滑稽と呼べないのは、手元の書類に残されている幾つもの成果だ。オリュンポスも、彼ら真オリュンポスも自ら手を汚すことも厭わないし、絵空事で終わらせないだけの実行力がある。
 口だけで世界平和を叫ぶなら容易い。批判するだけならば誰でも出来る。軍人の正義をひけらかし、彼らを罰しようと躍起になっている者たちより、悪党を正々堂々と名乗る彼らの方がよっぽどかまともな人間だ。
 後ろ指をさされることも厭わないで、理想を現実にしようと懸命に――幾らかズレがちな賑やかさも伴って戦う彼らに、氏無が覚えているのは好感である。
「頑張ってもらいたいもんだよねぇ」
 立場上それを公に口にすることは出来ないが、氏無の率直な感想はその一言に尽きた。
 表向き掲げている理想と逆に、そのトップの人間からして地球の母国の利権に寄った、矛盾を内包する教導団である。有事においてはまず、それぞれの自国へつくのだろう自分達よりよほど真剣に、世界平和と言う言葉を理解し、求めている存在であるそんな彼ら。に利用されるのならば、今の立場も捨てたもんじゃないかもね、と笑って、氏無もまた手元の写真を指先で軽く弾く素振りをして見せた。
「…………さて、どっちのオリュンポスの夢が叶うのが先だろうねぇ」
 夢は叶った時に、ただの現実と成り代わる。彼らがそれぞれ語る世界平和が、理想ではなく現実となった世界はどんなものなのか、と、氏無は想像に瞼を落とした。



「おのれ、十六凪め……! 費用をオリュンポスに請求してくるとは…!」
 
 一方その頃のドクター・ハデス(どくたー・はです)は、送られてきた請求書を握り締めて、わなわなと肩を震わせていた。どうやら先の写真を入手するために、随分と費用がかかったらしいのだが、それは全てハデス側のオリュンポスへと請求されきたようだ。
「しかも、俺が登場していないではないか……!」
 一応、焼き増しされたものが請求書と同封されていたものの、そこに映っているのは十六凪にデメテール、しかも氏無や壱姫と言うおまけつきである。
 くしゃりと握り締めたものの、怒る相手はここにはいない。さりとて、放置するわけにもいかず、がっくりと肩を落としながら、ハデスは財布を開くのだった。