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紫陽花の咲く頃に (第1回/全2回)

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紫陽花の咲く頃に (第1回/全2回)

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第六章 疑惑


「そうなのよ、西園寺さんの事故は、本当は井下さんじゃなくてイルマ様のせいじゃないかって」
 イルマのファンの一人は、憤慨したようにそう言った。
「いい、ファンクラブに入った以上はイルマ様のことは何があっても信じるのよ。どうせイルマ様に嫉妬した西園寺さんの取り巻きが、根も葉もない噂をばらまいてるのよ!」
 剣幕に圧されながら、蒼空学園の菅野葉月(すがの・はづき)はこくこくと頷く。
「そうですよねぇ」
「それにしても憎たらしいなぁ」
 どん、と机を叩いたのは加藤春菜だ。
「何で私達が追い出されなきゃいけなかったの? ちょっと井下さんがよろめいたくらいで、イルマ様もあんなに心配しちゃって……!」
 台本の一件があってから、ファンクラブの一部は廊下で待機の運びになった。イルマとしては解散して欲しかったのだろうが、そう簡単にはことは運ばない。迷惑が掛かるからと自主的に去っていった人たちを除けば、自分たちにはまだやることがあると思っているのが傍目にもよく分かる。
 何しろ休憩時間に入った今現在、葉月達がいる場所は百合園の食堂──少し離れた席ではイルマと碧が向かい合って食事を取っている。というより、そこを陣取っていた。
「えぇー、心配するイルマさんのお姿も素敵でしたよ? いかにも王子様って感じでした。稽古も見れたし、蒼空から来た甲斐がありました〜」
「ちょっと、張り切りすぎじゃない?」
 はしゃいだ声をあげる葉月の二の腕を、ふくれっ面のミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)がつつく。葉月は無視して、
「差し入れも持ってきたんので、渡せるといいんですが、稽古場には入れないとなかなか。えっと、プレゼント類はファンクラブ通すんですよね?」
「そうよ。最近色々物騒なことが起きてるでしょ? イルマ様にも何か起こらないとは限らないし、そもそも私達を無視して話しかけるなんて」
 春菜は立て板に水と喋り始める。イルマがどんなに素敵か、イルマとの出会い、お声をかけてもらったときのこと……。
「あなたも何か持ってきたなら、私が預かる。まとめて渡してきてあげる」
「あ、じゃあ……」
 この子がいる前で自分で渡すのは無理か、と葉月はスポーツドリンクを渡した。
「ちゃんと預かるから、安心してねっ」
 春菜は自分の鞄を開けると、その中にペットボトルを入れる。葉月はそれを見逃さなかった。読みは──当たった。
 何のためにわざわざファンクラブに入会したのか、それは中にイジメの犯人がいる可能性を予測していたから。
 鞄の中に入っているテキスト類の他に、コピー用紙の厚い冊子が入っていた。大きさといい、厚みといい、見た目の色といい間違いない。演劇部の台本だ。それも使い込まれているのか端が少しへたれている。
 一つの確信を得ながら、彼女はにこやかに話を続けた……。


 画鋲に、紫陽花、そして台本。和佐六・積方(わさろく・せきかた)が知っている範囲でのイジメの物的証拠はこれだけだ。
「ミステリー小説みたいにはいかないですかねぇ」
 裏方に回って、一人で調査を始めていた彼だが、証拠品自体を見付けるのも一苦労だ。画鋲自体は部活の備品の中にはあったが、ごく変哲のない金色の平たい板に針が付いたもので、これが犯行に使われたかのかどうか分からない。常識的に考えれば捨ててしまったのかも知れない。紫陽花は実物を見たことがないし、送られた時期によっては枯れてしまっているだろう。いたずらのあった台本はイルマが何処かへ持って行ってしまった。結局何一つ分からないままだ。
 落ち込む彼の目の前を駆けすぎていった一人の女生徒がいる。空井雫(うつろい・しずく)だ。
 彼女が目指すのは正式な演劇部の部室。パートナーアルル・アイオン(あるる・あいおん)を演劇部の手伝いに回し、自身は『白雪姫』から降りた演劇部の部員の元を訪ねようとしていた。
「立派なのは校舎だけ、なんて思いたくはないけど」
 お嬢様学校の百合園にせっかく入学したというのに、中でもし悪意に満ちた事件が起こっているなら、それは同窓としてとても不愉快なことだ。
 ──訪れた演劇部では、何かの台本読みや細かい打ち合わせをしたり、資料を作成している生徒達が残っていた。雫は誰が『白雪姫』の面々だったかを問うと、説得をし話をしてくれるよう、協力を求めた。話が大方聞けると、次は碧とイルマのファンクラブを訪ねて同じ話を聞く。
 そこから導き出される状況を考えながらぼんやりと歩いていると、声が掛かった。
「かわいこちゃん、俺のこと見てた?」
 背の高い男性の堕天使が──いや、よくよく見れば女性の派手な守護天使がこちらを見ている。人違いではないかときょろきょろ辺りを見回したが、後ろにも横にも自分しかいない。もう一度前を見ると、守護天使の後ろから駆けてくる小柄な女性がいた。
「ソール! 何をやっているのですか」
「邪魔な奴が来やがったぜ」
 本郷翔(ほんごう・かける)がパートナーのソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)を諫めると、ソールは舌打ちをしてそっぽを向く。雫は彼が演劇部の雑用係のメンツにいたことを思い出し、ほっと胸をなで下ろす。翔の方も顔を知っていたのか、
「申し訳ございませんでした」
「あー、ウザいなぁ。いいよ、翔は勝手に調査でも何でもしてろ。俺はその辺で子猫ちゃんたちをナンパしてくるから。じゃあな」
 手を振って、ソールは廊下の向こうに姿を消した。雫の横を通るときに、ウインクするのも忘れない。
「調査っていうと、イジメのですか」
「ええ、ちょっと気になることがあって。良かったら情報交換でもしませんか?」
 二人は近くにあるベンチに腰を下ろした。
「演劇部は元々特別仲が悪いとか、そういうことはなかったそうです。普通の部活で、嫌がらせとかイジメとか、まして途中で劇を放棄するなんて考えられないようなごく普通の部活だったそうです。ただ、西園寺さんが足をくじいて、井下さんが主役になってから、イジメが始まってからばらばらになってしまったと」
 雫は話し始める。
「話を聞いた限りでは、碧さんはその実力を認められていたようです。中学生の時から何かの演劇の賞を獲ったとかで尊敬されていたし、イルマさんも男役ができる生徒が少なし、並ぶと美男美女でお似合いだと持て囃されているみたいでした。二人は部員として信頼し合っていたようですね」
 だが、あづさは目立ったところもないため、碧が主役に選ぶまではどこにでもいる一年という扱いだったらしい。
「私の聞いた話とおおよそ同じでございますね。ただ、西園寺様の足をくじいた件も誰かの嫌がらせではないかと疑っていたんですが──少なくともその犯人はあづささんではないようですね」
「と、言うと?」
「実は演技をさせてみたら井下様はかなり上手かった、というのが聞いた限りの部員や周囲の評価となっております。しかしそれまで一年生がおおっぴらに演技をするような役は与えられていないので、特に誰も注目していなかった訳です。誰が主役に選んだかというと、西園寺様だったんですよ」
 西園寺碧がくじいた足の状態は、動けはするが激しい動きのある役は無理というものだったらしい。彼女の存在が『白雪姫』の目玉の一つであり、本人も劇に出ることを希望したため、王妃役に移動した。しかし空っぽの役をどうするかと、部の会議で喧々囂々だったらしい。その時、自分の後釜をあづさなら出来ると強く推したのが碧だったという。
「普段から西園寺様は、何故か井下様をライバル視していたようで、演技指導も厳しく自らしていたことがあったようですね。それが見込んでのことと知って、部員や彼女のファンクラブから、井下様もかなり嫉妬を買ったようです。それからこれはあくまで噂ですが」
 一呼吸置いてから、翔は小さな声で言った。
「西園寺様が足をくじいたその日、戸締まりをしたのはイルマ様だったそうです」


 一乗谷燕(いちじょうだに・つばめ)は、考えていた。
 あづさからは靴に画鋲を入れられた時間を聞いた。それがおおよそ午後五時前後であることを確認し、小道具部屋で衣装の靴を確認したが今回は特に異変がなかった。
イルマからは紫陽花が届けられた状況を確認し、それが毎回──というのも、何度かあったからだ──部室の荷物の上に置かれているか、舞台袖に置かれていることを確認した。正確な時間は不明だが、確かなのは、見付けたのがイルマが部活を訪れてからの放課後だということ。
 そして紫陽花は今日も届いた。今日『白雪姫』の面々が使っているのはあくまで臨時で借りた部屋だ。棚はあるがそれぞれ無造作に荷物を置いただけで、鍵の掛かるロッカーはない。貴重品や飲み物は持ち歩くことになっていたし、部屋には出入りの際に入り口に鍵をかけ、必要なときは鍵を持っている碧かイルマのどちらかが、必ず付き添っている。男子更衣室の中は覗けないが、この際特に問題ではないだろう。
 その紫陽花を調べ回っている男が一人。
 シャンバラ教導団員で、ある事件の調査を依頼されたため学校内に入れてくれ、校長に会いたいと告げたものの、校長はお忙しいし、その生徒の名が分かるなら調査はこちらでしたいと断られたセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)である。仕方ないので彼は学校周辺の紫陽花探しに目的を移行する。
 時期は折しも紫陽花のシーズン。所々の空き地に公園に、紫陽花を植えている家から花がこぼれるように咲いている。歩いて見て回っていると、紫陽花にも色々な種類があることに感心する。定番の赤紫と青、白やピンクがかったもの、藍、ガクの大きなものに小さなもの……。パラミタに紫陽花が元からあるのかは知らないが、これも百合園が持ち込んだ日本文化の影響なのだろうか。
 繁華街を少し離れた住宅地に紫陽花を花屋の店頭に見付けて、エプロン姿の店員に声をかける。
「済みません、少々お伺いしたいのですがね」
「はい、何でしょう?」
「最近頻繁に紫陽花を買っていく百合園の生徒を見ませんでしたか?」
 セオボルトが単刀直入に訪ねると、顎に手をやり、首の後ろでくくった髪を揺らしながら、店員は少し考えるように黙ってから、
「ええ、確かにいますけど……お知り合いですか? もしかしてプレゼントされたのってあなたですか?」
 にっこりと微笑んだ。どうも何か勘違いされたようだ。
「いや、何といいますか」
「紫陽花って、土壌の成分で花の、正確にはガクの部分の色が変わるんですよ。でもあの子は決まった色の紫陽花だけ買っていくんです。去年のシーズンが過ぎた頃かしら、こんな色の紫陽花が欲しいのだけどって自分で撮ったらしい写真を持って訪ねてきて、今年はその色だけを買っていくんですよ。愛されてるのね」
「はぁ、まぁ、そのようですな。それでその子というのは?」
「ええとね──」
 セオボルトに、店員は“あの子"の特徴を告げた。それが誰のことなのか、本人を見ていない彼には分からない。だが。
「大体放課後の三時頃かしら、ここに来るから。会えると思うわよ」
 ではまた明日伺いますと言って、セオボルトはその場を辞した。


稽古再開


 休憩時間が過ぎて、各々は作業に戻り、空が夜の闇に包まれるまで熱心に仕事を続けた。始めは遠慮がちだった会話も、半日一緒に作業をしたことで大分弾んで、笑い声が上がるまでになっていた。
 更に時間が過ぎて午後九時。道具の点検を済ませ部活を解散してからも、教室には明かりが点っていた。指導に手一杯で自分の演技が練習できなかった三人が、自身の練習を始めている。
「もうそろそろ帰った方がいい。体を壊したら元も子もないよ」
「イルマ先輩、私は大丈夫です。西園寺先輩、必ず上演を成功させましょうね」
 心配げなイルマに首を振り、王妃扮する物売りの碧を正面に、あづさはそう言って、演技を続けた。首にかけたタオルは既に用を成していなかった。
 そして──翌日の午後三時過ぎのことである。予告通り花屋を訪れたセオボルト・フィッツジェラルドが見たものは、青い紫陽花を買いに来た一人の少女だった。髪の長い、華やかな雰囲気をまとった彼女の名が西園寺碧であることを彼が知ったのは、もう少し後のことである。


担当マスターより

▼担当マスター

有沢楓花

▼マスターコメント

 ご参加ありがとうございました。本リアクションは全2回中の第1回となっています。
 演劇部入部を希望された方には、称号をお付けしています。次回入部希望される方も、その旨アクションに記載していただければと思います。
 続編第2回のシナリオは演劇の上演日間近から始まる予定です。
 また、希望された方がいらっしゃいましたが、公式相談掲示板の内容についてはリアクション執筆に反映しないルールとなっておりますので、ご了承ください。
 では、宜しければまた次回でお会いいたしましょう。