イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

着ぐるみ大戦争~明日へ向かって走れ!

リアクション公開中!

着ぐるみ大戦争~明日へ向かって走れ!

リアクション


第3章 ひきこもる者達

 「母ちゃん達には内緒だぞぉ〜」
 相も変わらず、訓練のかけ声が響いている。その声はかすかに分校内の司令部室まで届いていた。
 「相変わらずよね。あの下品な歌は何とかならないのかしら?」
 ため息をつくのは生徒会長和泉 詩織(いずみ・しおり)である。
 「まあ、あれも一種の伝統ですから……軍隊の規律を統制する上で意識の改変を行わねばなりません」
 副会長の志賀は顔を上げずに書類の作成にいそしんでいる。もっとも、生徒会長、副会長といっても校内選挙で決まった訳ではない。通常の軍事組織を学校に組み込むために行われた便宜的措置である。立候補すれば会長になれるわけではない。
 軍隊というのはある意味暴力装置であり、必要に応じて徹底的な破壊を行う事態があり得る。そのため、状況に応じて思考のスイッチの入り切りができるようにしなければならない。軍隊の訓練で罵声を飛ばすのはまず、そう言った精神面をクリアーにする方法の一種である。現実にアメリカ海兵隊などでは女子隊員がいても容赦ない。
 「まあ、セクハラという意見もありますが、黙っている女子団員でもないでしょう……。ちょっかいだそうとして股間に9パラ(9ミリパラベラム弾、一般的な軍用拳銃弾)ぶち込まれた奴が出たのは去年でしたっけ?それを考えれば歌くらいは多少大目に見ておかないと」
 「それは……そうだけど」
 「会長、あまり気になさらずに……。肝心な所で締めて置けばよろしいでしょう」
 なにやら真面目な会長とのんびり副会長にはいろいろ違いが在るようだ。
 「失礼します」
 そこに数人の新兵達が訪ねてきた。
 「新入生の宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)であります。実はお願いがあって参りました」
 宇都宮の後ろにはミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)もくっついている。
 「どうぞ」
 「は、このたび私たちは下部組織として『情報本部』を作ることにいたしました。ついては会議室の使用許可をいただきたくお願いに上がりました」
 「情報本部?」
 和泉はやや怪訝な顔をすると視線をつい、と志賀の方に向けた。志賀は顔を上げている。
 「つまり、司令部の下部組織として情報を取り扱う専門部署を作ると言うわけですね?」
 「そうです」
 頷いた宇都宮の言葉に志賀はにっこりと満面の笑みを浮かべた。
 「話はわかりました……却下!です」
 思わず宇都宮はずっこけた。
 「ふ、不許可ですかあ?」
 思わずゲルデラーも声を上げた。
 「はい。今はまだそれを作るほど規模が大きくないですし、情報の基本分析は司令部でできると判断します。新入生の皆さんはそれより先にやることが在るでしょう?」
 「し、しかし、情報組織は……」
 慌てて起き上がった宇都宮は呆然とした表情である。
 「あ〜。一つたとえ話をしますが、『火事を防ぐために自営消防団を作るべきだ』と主張する消防士がいるとしましょう。おそらく、これだけ見れば誰もがこの消防士の言っていることは正しいと思うでしょうねぇ。ではまさに今、火事が起こっている現場で、消火活動をしないでこう主張している消防士がいたらどう思いますか?」
 「はあ……」
 ゲルデラーもこういう切り返しが来るとは思っていなかったようだ。
 「今、やたらに組織を作っても有効に機能しませんよ。特に情報に関してはね。そう言う組織を作るにせよ、それは必要な時にこちらから指示します。ぶっちゃけあなた方、自分たちが『新入生=新兵』であるという現状分析ができていませんよね?役人が天下り先作ってるんじゃないんですから……」
 押しかけてきた連中は意外な感じであったろう。副会長はのんびりしていると思ったがそればかりではないようだ。
 「結論として、現状、私的研究会、クラブ活動としてつくるならかまいません。クラブ棟の部室を一つ使用許可を出します。但し、公的権限は一切なし。指揮系統からも完全に外します。それならば設立を許可します。まずは現場で情報収集をやって見せてもらうのが先です。何ですね……情報は会議室に転がっているんじゃありません。現場に転がっているんです!」
 皆は目が点状態で退出していった。
 「今年の新入生はあんな感じかしら……」
 和泉は手を組んだまま出ていった入り口の方を見た。
 「まあ、本当に組織という物がわかっているなら私の言う意味がわかると思いますが?」
 「ところで、志賀君……何か悪い物でも食べた?」
 「いえ、昨日、刑事物のDVD見てまして」

 訓練は今日も続いている。予定日も後半に入り内容も変化してきている。
 今日は、模擬戦闘が行われている。
「うはははははは!やーってやるぜ」
 高笑いしながら突っ込んでいるのはジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)である。右に左にちぎっては投げちぎっては投げ、さすがに豪快な戦闘力を発揮している。自分で模擬紅白戦闘を主張しただけあってやる気満々だ。
 「えーい、突撃だ、あれを防ぐぞ!」
 バウアーの暴れっぷりに反対側の月島 悠(つきしま・ゆう)がしびれを切らせた。班を指揮してバウアーめがけて突っ込んでいく。
 「銃剣戦闘をなめるなぁ!」
 月島はまず、腰だめに銃剣付きのアサルトライフルを構え(訓練なので銃剣はダミー、弾倉は抜いてある)突っ込んでいく。それをバウアーがかわすと素早く右手を跳ね上げるようにして逆手に持つように銃架をたたきつけるがこれは受け止められてしまう。そうなると体格に勝るバウアーにはじき飛ばされる。
 「うはははははは」
 と笑うバウアーであったが。
 「えいっ!」
 と、いきなり足払いで転ばされる。向こうでは月島が笑いながら立ち上がった。自分がバウアーに食らいついている間に相方の麻上 翼(まがみ・つばさ)に持っていた模擬剣で足払いを掛けさせたのだ。
 「ぬおおおおっ、よーくもやったなあ!」
 「きゃー、きゃー」
 怒って追いかけるバウアー。すると部隊の動きが変わる。そこで再び月島がバウアーを追いかける。この後、延々やり合いが続いた。

 「今日は怪我人が多いな」
 そう言いながら包帯を巻いているのはクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)である。さすがに訓練も後半ともなると本格的になってくるからだ。
 「はい、次の怪我人です」
 赤十字の腕章をつけた相方のハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)は怪我人を担ぎ込んでいた。
 「どういうことだ?教導団員ばかりではないか?」
 「いやあ、何か張り切っているのが教導団員ばかりですよ。訓練そっちのけで暴れたい人が多いようです」
 「……馬鹿が……そっちはどうだ?」
 「ぬぉわはははははは、準備はできている」
 青 野武(せい・やぶ)が医療機械をでん!と据え付けている。
 「我が輩に任せたまえ!」
 なにやら怪しい機械を操作して怪我人を治療しようとしている。
 「大丈夫なんだろうな?」
 胡散臭げな表情のシュミット。
 「なーに、まずはゆる族を治療する前に人間で実験しないと。キシロカイン!」
 すかさず皮膚麻酔薬を差し出す黒 金烏(こく・きんう)
 「ところで、なぜ我々は医療行為をしているでありますか?」
 黒が青に問い返す。
 「仕方在るまい。情報本部の立ち上げが頓挫してしまった。我が輩の実力を示す機会が他にないのだよ。症状は腕をひねったことによる脱臼・捻挫。よし、直ちに開腹手術を行う!」
 「行うな!」
 さすがにシュミットはあきれかえっている。今、頭を抱えているのがゆる族の治療である。着ぐるみを脱がすと爆発してしまうので迂闊に患部をはげない。今のところ、手術時のように布をかぶせて患部のみ切り開けば大丈夫の様であると思われる。

 相変わらず教官としてシゴキを行っている者が多い中、例外的に汗を流しているのはネイト・フェザー(ねいと・ふぇざー)だ。
 「うぉりゃあああ!」
 フェザーは大柄なゆる族の一人ととっくみあいをしている。
 「おりゃおりゃおりゃ、おりゃああああ!」
 がっしり腕をつかんでもみ合いながら、押し引きを繰り返す。素早く引いて相手が踏ん張ろうとするところで軸足に足払いを掛ける。相手の重心が狂ったところでフェザーは腰を落とし、体をひねりながら相手の体の下に自分の腰を潜り込ませるようにして乗せる。そして素早く右手を抜き手の様にして相手の右脇の下に入れると左手で相手の右腕をぐいっと引っ張る。するとコロリと転がるように相手は投げ飛ばされた。周りで見ていたラピト兵からも驚きの声が上がる。
 犬神 疾風(いぬがみ・はやて)はその姿を感心して見ていた。
 「うーむ。実に見事な一本背負いだぜ!驚いた」
 「そうなのぉ〜?」
 やや子供っぽい声、いや、見た目も十分に子供っぽい月守 遥(つくもり・はるか)にはよくわからないようだ。教導団の女性はどういう訳か胸の大きな者が多いが月守は例外的にぺったんこであるため却って目立つ。そのためか周りからは可愛い可愛いと可愛がられている。
 「ああ、腕で引っ張るとか足払いだけじゃああは行かない。引っ張って足払いをタイミング良く掛けて相手の体勢を崩し、足が体重を支えられなくなるようにして素早く腰の上にのせる。後は相手の体重がそのまま災いしてころりと行くわけだ。まさに見本だぜ」
 「すごぉーい。よくわかんないけど」
 「そうだな、ちょっと小耳に挟んだのだが」
 同じく脇で見ていたセリア・ヴォルフォディアス(せりあ・ぼるふぉでぃあす)も様子を見ながらそう言った。
 「今回の合同訓練、一番実績が上がっているのはフェザーらしい」
 「そうなのか!」
 「すっごぉーい」
 「単なる訓練のみならずラピト兵のやる気を引き出している。見るがいい」
 見ると転がったラピト兵が下がった後、さあ次は誰だとのフェザーの声に我も我もとラピト兵達が群がっては転がされていく。しかしながら次第に彼らも形になってきている。
 「ラピト兵に頭下げたのはあいつくらいだろう」
 しみじみとヴォルフォディアスが言う。フェザーはラピトの兵隊に対し、最初にやったことは頭を下げてそちらの体術を教えてくれと頼むことだった。実際、ラピト側はたいした技が在るわけではなかったが、謙虚な態度は好感を呼びラピト兵達の熱心な取り組みを生んだ。そのためか、フェザー周りのラピト兵の練度と士気はぐんぐん上がっている。
 「おお〜。俺もやるぞ〜俺にもやらせろ〜」
 犬神は上着を脱ぐとその集団に向かって走っていく。
 「ほら、私達も行くぞ」
 「ええっ?私もですかあ〜」
 「当然だ。私達も格闘はそれなりに覚えていなければならない」
 ヴォルフォディアスは月守を押しながら集団の方に向かった。

 一方、再び指令部室を訪れる者があった。セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)、それにクリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)である。
 「というわけで、現状もう少し詳しい話を伺いたい」
 ねじ込む様な言い方はジーベックである。ジーベックは敵対勢力は一つだけなのか知りたい所である。
「やれやれ、最終的な報告がまとまってからまとめて発表するつもりでしたが」
 ややあきれかえった様に志賀は答えた。
 「まあ、今の所、敵は通称ワイフェン族のみですが、状況次第ではどう転ぶかはわかりません。西の荒野にも不穏な動きはないわけではないですし。小さな周辺部族はどう転ぶかはわかりませんが」
 「他にもウサギの部族が?」
 フィッツジェラルドは何かを探すように目を左右に動かして聞いた。
 「いえ、ラピト自体はウサギの部族というわけでは在りませんし」
 「そうですか、それでは戯れるわけには……」
 後半がごにょごにょとしているが志賀は聞き逃さなかったようだ。
 「貴方ですね?合同訓練を『ウサギと遊ぼう教導団』とか言って他校の生徒に広めたのは!おかげで勘違いした他校の体験入校希望者が続出してるんですよ!」
 「あああ、すみませんですな〜」
 「それはそうと敵は強いか弱いかその辺はどうなのか?」
 ジーベックとしては漫才につきあうつもりはないらしい。
 「まあ、現状で実際に戦っていないので詳細は不明です。それは偵察部隊の報告を待つところでしょう。シャンバラの住民であることから私の見通しとしては個人の戦闘力は教導団と同じかやや下回ると見ています。但し、ここしばらくの動きを見ているとまとまりはかなり良いようですね。それより正直、シャンバラ人の方が基礎体力が高いようなので侮ると教導団といえど危ないでしょう。教導団員はシャンバラ住民に比べればひ弱な都会育ちですから。まあ、強さは同じくらいと見ておくのがいいでしょうね」
 「地形などはどうでしょうか?戦いに向いた地形は?」
 ヴァルナとしては地形を気にしている様だ。
 「地形ねえ。今の所、ワイフェンとラピトの間は概ね平地ですね。ラピト外縁部の林の在る丘のあたりが迎え撃つには本来絶好ですが、そこまで敵を引き寄せると政治的問題が発生するので、そのさらに前方、川沿いのあたりで戦うことになるでしょう」
 「丘を利用しないのですか?」
 「そうしたいのは山々なんですがね。現状で我々にはラピトを守る責務があります。先ほど言った他の部族の動きに影響して来るんですよ。単純に戦術のみで場所が選べないんですな、これが」
 「ワイフェンが迂闊に攻めてこないのも今回の戦いに宣伝戦の側面が在るからよ」
 和泉は地図の前で手を振って見せた。
 「周辺部族が注目してるわ。それを忘れないことね」
 「しかし、それでは……」
 「丘まで引いたら教導団に積極的防衛の意志なしと見なされます。戦闘というのは必ずしもこちらの思い通りになるわけでは在りません」
 志賀がなぜかにんまりとした顔で言った。