校長室
着ぐるみ大戦争〜明日へ向かって走れ!
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第4章 ハートのエースが出てこない 現状は、概ね膠着している。というか意図的に膠着させていると言うべきか。第3師団とワイフェン軍との戦いはじりじり第3師団側が後退しつつ維持している。これは後退しないで踏ん張りすぎると敵は他の突破口を探して再び全面攻勢になるからだ。敵にはじりじりと前進していると思わせつつ、実は総体として膠着しているというのが基本である。しかしながらそういつまでも後退できない。そろそろ正念場であろう。 「それにしても、ワイフェン族は地球人のシャンバラ進出を侵略と公言していますが、その一方で大量に武器を買い付けて装備させている。矛盾していませんかね?」 クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は地図の書き込みをしながら戦況を見ている志賀に聞いた。 「地球の宗教過激派のテロリストはアメリカを『悪の帝国』と呼んでいます。そのテロリストが核兵器を手に入れたら、『悪の帝国の技術』を使うか、使わないか……?ま、使うでしょうね。そしてその被害を『天罰』と称し、こんな兵器を作り出す連中こそ悪とますます宣伝するでしょう。それと同じですよ。問題ありません。我々も安易に『武器の威力・性能に頼る』戦い方をしていたら実は宣伝戦で遅れを取ることになります。只、相手を倒せばいいってもんじゃないですから」 志賀は打って変わって無表情に答えた。 「しかし、ワイフェン族はどこから武器を調達して来たのでしょうか?。それなりの人間でなければならないと思いますが?」 ジーベックに付き従うクリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)が首をかしげる。すると志賀は双眼鏡を外して冷めた目でヴァルナの方を見た。 「それを調べに行くのがあなた方の仕事なんじゃないですか?」 そう言うと志賀は再び双眼鏡を目に当てた。 「さて、武器を調達しているのはパラ実か、あるいは薔薇の学舎か、それともその裏にいる別人か……ラピトを護る我々に好意を抱いていないのは確実です。ま、大体想像は付きますが。この後調べれば手がかりは出てくるでしょうね」 そうしている内に次第に状況が変わってきた。やはり、戦力不足か、右側がやや押されつつある。 手早く弾倉を入れ替え、再び三点バーストを二回。戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は塹壕近くに近づいた敵兵を仕留めた。 「弾の無駄遣いしないで下さいね」 周辺で同様に射撃しているウサギゆる族達も慎重に撃っている。そこは幸い訓練の成果か慌ててセーフティ解除を忘れるような者はいなかった。ジャミングを起こした者が一人いたがこれは機械的問題だ。すぐに強制排莢させ、事なきを得た。むしろ怖いのは今後、クリーニングをしっかりやるかどうかであろう。第3師団のアサルトライフルは新兵が使うことを考慮してフルオート機構を排除している。単発か三点バーストだ。新兵は慌てて弾の無駄遣いをしやすいからだ。もちろん慣れれば三点バーストでもフルオート並みの射撃ができるためこれが用いられている。 「それにしても、もうあまり後がないですよ」 ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)も塹壕から身を乗り出すようにして射撃している。シマリスゆる族がこれに習う。 「だいたい、軽機(軽機関銃)の配備数足りないじゃないですか?」 ハーレックはぶつくさ言っている。自分の分隊に軽機関銃三挺配備して華麗に防衛戦を繰り広げる夢は無残に打ち砕かれている。 「冗談言うんじゃありません。分隊に軽機三挺って機関銃中隊の編成でしょうが!」 戦部はあきれかえって言い返した。通常、歩兵分隊は軽機はあってせいぜい一挺だ。恒久陣地での火力防衛戦ならいざしらず通常はそこまで軽機が配備されているのは機関銃中隊くらいであり、第3師団は現状、機関銃中隊を編成に組み込んでいない。知っての通り、現状で武器は基本シャンバラで作られている。皆が持っているライフルも規格はアメリカ軍のM16A4であるが生産は三郷キャンパスの付属工廠でライセンス生産されている。(つまり、厳密にはM16ライフルではない)生産規模は限られており、現在は自動小銃を優先してフル生産している。ラピト兵士に配らねばならないからだ。そのため軽機関銃は騎兵大隊のサイドカーに優先配備されており、ほとんど歩兵分隊には回っていない。 「大体ねえ、そんなに豪勢に装備があるならそもそも戦争になってませんよ」 戦部はこれだから軍事オタクは、という顔をした。そのとき、すぐ近くに敵の爆薬樽が着弾、一斉に伏せる。 「ちょっと、大丈夫ですか!」 慌てて心配する声が上がる。ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)は林田 樹(はやしだ・いつき)を抱え上げた。 「周囲警戒!」 戦部はそう叫ぶと駆け寄る。ハーレックはとにかく、弾をばらまいた。ここで突入されるとまずい。一人、シマリス兵が撃たれてのけぞる。隣のウサギ兵が慌てて塹壕に引き込んだ。 「だ、大丈夫……かすり傷だ」 林田は額を抑えて起き上がった。すぐにリース・バーロット(りーす・ばーろっと) が駈け寄って確認。 「出血してるけど問題ないわ。ちゃんとヘルメットしてて良かったわね」 「こっちお願いします!」 「解ったわ」 バーロットはシマリス兵の方に向かう。 「どうしました。林田殿らしくないですよ?」 林田は頭を振って、再び塹壕にとりつく。 「例のヴァルキリーだ。あ奴が出てくれば厳しいことになる」 そういいつつ林田は目を走らせている。 「落ち着いて。貴女、おかしなことになってますよ?」 「何がだ?奴は倒さねばならないだろう!」 「私達は防衛が最優先です。ヴァルキリーに気を取られると、遊兵になりますよ?」 「どういうことだ?」 「そうやってヴァルキリーを始終気にしていると言うことは、防御射撃が万全ではなくなります。それでは十分な防御はできません。心理的陥穽になってませんか?」 「!」 林田だけではない。例のヴァルキリーを見つけて倒そうと言う者は多い。彼らは皆血眼でヴァルキリーを探しているが、それは結局意識を分散させ、目的と能力を分散させている。ここにファウストがいれば疑問が解消されたであろう。 「今、私達は防衛に万全を期すべきでしょう。現れたら皆で追い払うのみです。一人で倒そうと言うのは逆にあらゆる意味で危険でしょう」 しばし、沈黙が流れる。 「左腕貫通銃創!、大丈夫、命に別状はないわ。後方に搬送して」 後ろではバーロットがシマリス兵を手当てしていた。 現状で敵に前進成功と思わせながら膠着させるのは概ね何とかなっているが、騎兵部隊もなかなかきっかけをつかめない。 最右翼に展開して射撃戦を行っているのは第2騎兵大隊だ。 「連中も隙を見せませんな」 マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は出番を伺いつつ様子を見ている。こちらの第2騎兵大隊はシャンバラ人による乗馬騎兵である。しかし、第1騎兵大隊と比べて弱体と見て取ったクロッシュナーはあえてこちらに来ている。その侠気は第2騎兵大隊にも伝わったらしく、現在士気高く牽制の撃ち合いをやっている。クロッシュナーとしては自慢のランスの腕前を見せたい所であるが、とりあえずは様子見だ。 そこにずりすりと近寄ってくる怪しい影がある。匍匐前進の岡間 信一郎(おかま・しんいちろう)である。 「あーら、クロ旦那、ここにいたのぉ〜」 「誰がクロ旦那ですか?変なあだ名はやめていただきたいですな」 そう言いつつクロッシュナーはちょっと距離を置く。モヒカンの大男がしなを作っての台詞は精神的に破壊力がある。 「あら、冷たいのね。せっかく支援の話をしようと思ったのに」 「支援の話?」 「そうよお、第3歩兵連隊から二百人くらいこっちの支援射撃にまわしたらって言ったのよお〜」 「それは断られたでしょうな」 「参謀長のイケズったらあ〜。おまけに誰も賛成してくれないのよ、って何で解るのよ?」 「只でさえ、第3歩兵連隊は数が少ないんですよ?皆抜かれるのはあそこだろうって言ってるのにそこから兵員は引っこ抜けませんな」 「でも、このままでいいの?」 でかい岡間の影からひょこっと出て来たのはシーマ・アール(しーま・あーる)だ。うってかわってこちらは小柄である。 「もうそんなに下がっていられなくなるよ」 「それは承知しておりますがね。何分こちらは戦力が拮抗しているのですよ」 そう言うとクロッシュナーは反対側、ここからは喧噪と煙で見えないが第1騎兵大隊の方を見る。 「たぶん、あっちが先に突破するんだと思いますがね」 第1と第2の騎兵大隊は必ずしも同時に突破する必要はない。もしそうなら第1と第2は配置が逆のはずである。第2騎兵大隊400名をあえて敵400名にあてているのはまず持って敵騎兵400を押さえうるのは第2騎兵大隊だからだ。その上で全力で第1騎兵大隊600が敵200を突破する。そうすれば敵は機動戦力を封じられる。志賀の配置の考えを理解している者は意外と少ない。 「とにかく、第1が動いて攪乱するまではこのままです。もっとも、敵がしびれを切らせて動き出せば別ですが」 「しょうがないわねえ」 そう言いつつ岡間は戻っていく。 そろそろ第3師団も後がなくなってきた。そして右側で遂に第3歩兵連隊は敵に食いつかれた。至近距離での発砲炎が交差する。 「もしもーし、ハートのエース(第3歩兵連隊本部)、ハートのエース……。 ハートのエースが出て来ません。連絡途絶!」 「予備兵力は……あるわね?」 無線機に叫ぶ志賀に右側を見つめながら、和泉は強襲偵察大隊の投入を決めた。 「了解です……。スペードのエース(強襲偵察大隊)、こちらチェシャ猫。 『アリスはつまみ食い(敵前進により一部乱戦)』、繰り返す『アリスはつまみ食い』、直ちに火消しに回ってください」 「なんか、右翼がやばいみたいだせ?」 クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)は肩越しに向こうの方を見ている。 「第3歩兵連隊が白兵戦の様です」 クレア・アルバート(くれあ・あるばーと)にはだいたいわかるようだ。 「ということは敵の注意はあっちに行っているのでは?」 橘 恭司(たちばな・きょうじ)はこちらを振り返った。 「チャンスだな」 村雨 焔(むらさめ・ほむら)がニヤリと笑う。 「ここが勝機だ。『黒竜隊』行くぞ!」 「さすがに打ち合いも飽きました」 橘も同意する。 「さ、クルード、乗って!」 ユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)は早速小型飛空艇を起動させる。 「よし、全員乗ったか!」 村雨は不敵に笑って周りを見回す。 「『黒竜隊』、全員いるよ!」 アリシア・ノース(ありしあ・のーす)がエンジンを吹かしながら合図する。 「出撃だ!『黒竜隊』の名を高からしめよ!」 飛空艇は一斉に飛び立ち、高度を上げた。 「まずは敵の騎兵をぶっつぶし、その後、投石機だ。解ってるよな!」 「おおっ」 譲葉 大和(ゆずりは・やまと)の声に皆同意する。 次第に高度を上げようとする黒竜隊。 「ちょっと待って、何あれ?」 後ろに譲葉を乗せたラキシス・ファナティック(らきしす・ふぁなてぃっく)が前方に異変を感じた。こちらが空に舞い上がったのを見た敵はそこかしこでなにやら爆発を生じさせた。 「煙幕だよ!」 上空のあちこちに煙が立ちこめ、黒竜隊周辺は視界があちこち効かなくなる。 「所詮目くらましだ。煙幕ごときどうと言うことはない!」 村雨は断言する。そのとき、煙幕の影から樽が出現した。 「あれ?」 途端に爆発の衝撃が一同を襲う。 「うひゃあああああ〜」 「はひぃぃぃぃぃぃ〜」 「どひぇぇぇぇぇぇ〜」 次々飛んでくる爆薬樽が空中で爆発。その爆風に翻弄される。そこへ敵は一斉に弾幕射撃をたたき込んだ。遮蔽物などもちろんない。飛空艇は戦闘バイクなどに比べて装甲はペラペラだ。あっという間に殺虫剤を掛けられたヤブ蚊のごとく次々落下、怪我人続出。黒竜隊は壊滅した。これにより黒竜隊は当初の意図とは別の方向で有名になった。 「あああ〜駄目です」 イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)はその様子を、あきれながら見ていた。早瀬 咲希(はやせ・さき)も冷めた目で見ている。 「飛空艇の能力を過信しすぎだわ!それに迂闊に高度を取るなんて」 さすがに早瀬は航空科らしいところを見せた。そんなに飛空艇が便利なら教導団とて飛空艇を支給するはずだ。教導団が戦闘バイクを支給するのは飛行能力を廃してでも戦闘にはその方が有利と判断したからだ。また黒竜隊は高々度から一方的に攻撃しようなどと虫の良いことを考えていたが、それはつまり推力を上昇に優先使用していることになる。であるならばその分前進速度はほとんどないことになる。要するに上に上がっていく間、前進してないわけで相手に対応時間を与えていることになる。上に上がらず危険を承知で全力で前進に使えばむしろ突破しやすかったはずだ。黒竜隊は飛空艇の利点を全く生かせていない。 「だが、こちらには都合がいい」 大岡 永谷(おおおか・とと)は呟いた。 「そうです。敵は態勢を変えました」 ギルバート・グラフトン(ぎるばーと・ぐらふとん)も同意した。敵は銃を上に向けたため、敵の側面はがら空きだ。さすがに空にあるものを敵も無視できなかった訳だが、その結果、隙ができている。黒竜隊はせめて囮の役割は果たしたようだ。 第1騎兵大隊は遂に動き出す。早瀬のサイドカーも前進する。素早く側車に乗り込んだグラフトンは軽機関銃の銃把を必死で掴んだ。前方を行く突撃槍騎兵はランスを高く掲げ、速度をぐんぐん上げていく。敵は慌てて銃口を地上に戻したが統制射撃ができていない。味方は何人か撃たれて脱落するものの槍騎兵の奔流をもはや止められない。大岡達はランスを前に向け固まった。大音声に大岡は叫ぶ。 「突撃槍騎兵!罷り通るぅぅぅぅ!」 鉄の奔流が敵騎兵陣地にたたきつけられた。遂に騎兵部隊は敵を切り裂いた。さらに開いた突破口を押し広げるべく後続の騎兵中隊が続く。グラフトンは軽機を撃ちまくり、敵騎兵をなぎ倒していく。相手側も負けてはいない。立ちふさがろうとするが早瀬は体重を外側に掛けて側車を浮かせ、そのまま突っ込む。鈍い衝撃が伝わる。側車体当たりで相手をなぎ倒したのだ。 第1騎兵大隊は敵騎兵を突っ切った。 まもなく、第2騎兵大隊と対峙している敵騎兵が浮き足立ってきた。 「どうやら第1騎兵大隊が突破に成功したようですね」 クロッシュナーはほくそ笑んだ。後ろに回られた結果、敵はこのまま撃ち合いか、それとも穴埋めに行くか判断に迷っているようだ。 「時が来ましたね。あいにくと行かせませんよ、救援には」 敵は一部を分派しようとして急速に動きが乱れてきた。第2騎兵大隊も動き出す。 「殺す必要はない。足止めを食らわせてかき回せばいい!」 第2騎兵大隊も敵に向かって突っ込んでいく。