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着ぐるみ大戦争〜明日へ向かって走れ!

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着ぐるみ大戦争〜明日へ向かって走れ!
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第2章 アリス・イン・ワンダーランド

 (チェシャ猫より帽子屋、チェシャ猫より帽子屋……)
 志賀から連絡である。
 「はい、こちら帽子屋、ガヤンです」
 ウルムドゥ・ガヤン大尉は無線機で連絡を受け取った。パラミタ大陸にはいくつかの不思議があり、携帯電話が使えない、というか正確には基地局を建てないと使用できない。電波関係に関しては乱れることがあり全面的には信用できない。GPXに関しては使えない状況だ。そのため指向性の強い無線機で会話している。
 ガヤン大尉は事実上の砲兵部隊指揮官である。ぱっと見は日本人のようにも見えるがやや彫りの深い顔と浅黒い肌は中央アジア出身であることを示している。
 (アリスが来ました。お茶会を開始して下さい)
 「了解、帽子屋はお茶会を開始します!」
 ガヤンが振り向くとすでに兵員はスタンバイしている。
 「よーし!各砲兵中隊、射撃開始!」
 (了解!)
 (了解!)
 斜めに置かれた鉄パイプ状のものに次々と砲弾を落としていく。すると気の抜けた様な破裂音と共に砲弾が撃ち出されていく。
 「そーれ!」
 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)は女性にしては身長175cmと体格がいい。次々と迫撃砲弾を放り込んでいく。
 「それはそうと、うまくいってるのかい?」
 となりの陣地でやはり迫撃砲を撃っているルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)に問いかける。
 「良くわかんないけど、とりあえずは敵陣前面あたりに着弾しているようだ」
 メルヴィンは歩兵からの連絡で弾着を確認している。
 「何、結構前進している?あんまり効いてない!?」
 「何だそれ、射撃数増やすぞ!」
 「弾は大丈夫か?」
 レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)が八の字眉で心配している。
 迫撃砲の脇に弾は結構積み上がっている。しかし、闇雲に撃ちまくると途中で弾切れを起こしそうなぐらいの量だ。
 「全面にばらまいてちゃ足りないか?」
 「弾切れはやばいよ。それより、敵が歩兵に近づいたところを射撃した方が良くないか?」
 「いや、それじゃ突破される。近寄らせず時間を稼ぐようにしないと、ちょっとでも突破されたら後がない。それに味方を巻き込みかねない」
 グリーンフィルの提案にメルヴィンとセルベリアは首を振った。
 「とにかく、敵歩兵を減らすことだと思う」
 「それしかないか……ところで」
 きりっとした顔でメルヴィンはセルベリアに振り返った。
 「な、何だ?」
 「お嬢さん……この後、デートに行きませんか?」
 「蹴るぞ!」

 敵兵は砲撃をかいくぐり、じりじりとこちらに前進してくる。
 「ところで、参謀長、この布陣って一見すると『カンネー(カンナエ)の戦い』に見えるけど?違うわよね?」
 和泉は双眼鏡に目を当てたまま動かずに志賀に問いかけた。
 『カンネーの戦い』とは第2次ポエニ戦争中、紀元前216年に行われた戦いである。ハンニバル率いるカルタゴ軍が優勢なローマ軍を迎撃し、勝利したものである。中央の歩兵が後退しつつ敵を食い止め、両翼の騎兵が敵騎兵を突破して回り込んでローマ軍を包囲殲滅した作戦は少数が大軍を包囲殲滅した戦いとして、世界各国の士官学校で必ず習うものである。
 「ええ、このままでは『カンネーの戦い』にはなりません」
 「そうよね、貴方、絶対一ひねりするものね」
 「と、いうか、状況要素が違いますから。単純にこれは『カンネーの戦い』と思ったらアウトです。ハンニバルは敵を引き込む為に自分を派手に見せびらかして囮にして、自分を狙うローマ軍を中央に引きずり込みました。これで半包囲状態を作ることで敵の後方を遊兵にして防御しましたが……」
 「ワイフェン軍は、私を狙ってはこないわよね〜」
 「ええ、ですから平押ししてきます。そうなると敵は遊兵ができませんから数で押し切られます」
 「で、どうするの?」
 「まあ、この状態からカンネーの戦いに持ってかなきゃいけないわけです。で、ここで砲兵が重要なのですが……」
 「あんまり効果が上がっていないようだけど。結局砲撃を絞り込めていないようね?」
 「直接、砲撃で敵歩兵の数を減らそうとしているようですが、これじゃ阻止砲撃になりませんね」
 「悪いけど、督戦してくれる?」
 
 (あー、チェシャ猫より帽子屋、チェシャ猫より帽子屋)
 「はい、こちら帽子屋です」
 (帽子屋に通達、クィーンはお怒りである!誰が直接敵歩兵狙えと言いましたか?それじゃ歩兵と連携にならないでしょ!)
 「はうっ!」
 (全面にまんべんなく撃ってたら、弾足りなくなりますよ!砲撃を第2、第3歩兵連隊の前面にまとめて、正面、機動歩兵連隊の前面を薄くしてください)
 「わ、解りました」
 そのとき、通信に宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が割り込んだ。
 「失礼します。意見具申があります!」
 (どうぞ)
 「騎兵の突破が遅れては全軍の危機です。敵最右翼に私の分隊(3門)だけでも2,3斉射加えて突破を支援したいのですが?」
 しばし、無言が続いた。志賀は計算しているのであろう。
 (……却下です)
 「ま、また却下ですかあ?」
 宇都宮はこの間も提案を却下されている。
 (騎兵の突破支援の為に敵騎兵に砲撃を加えるというのは否定しませんし悪い考えではありません。しかし、迫撃砲数門程度では効果が期待できません。やるなら砲兵の半分以上を割いて一気に制圧するくらいでやらねば駄目です。戦力火力の逐次投入が愚策であることは知っているはずです)
 「ではその方法では?」
 (そうなると歩兵前面が火力不足になり、味方騎兵が突破している間に敵に正面突破されます。現状の砲兵の選択肢は歩兵が突破されるのを覚悟で味方騎兵の突破を優先支援するか、あくまで敵歩兵の阻止攻撃に徹するか?のどちらかしかありません。残念ながらあれこれできるほど砲兵戦力に余力がないのです)
 今回の作戦の絶対条件は味方騎兵が回り込んでくるまで敵歩兵を支えることである。そうなると前者は問題がある。結果は自ずと明らかだ。

 「さて、貴方が知らぬ間に、私は貴方を仕留めるであります」
 そう呟いて、クリスフォーリル・リ・ゼルベウォント(くりすふぉーりる・りぜるべるうぉんと)はおもむろにケースを開けた。中には長くて太くて黒光りするモノが収まっている。
 「本当はドラグノフが良かったんだけど」
 レミントン狙撃銃を取り出す。第3師団の軍事装備はアメリカ軍準拠なので狙撃銃はレミントンかSIG系列が使用される。AK系列は弾薬の関係で使用されていない。そうして狙撃銃を構えて……はたと困った。
 「見えませんです……」
 敵の姿が良く見えないのだ。原因は味方の砲撃である。迫撃砲が敵前面に着弾し、土煙や爆煙で視界が妨害されている。これに銃器の撃ち合いの煙や発光炎で上手く狙えなくなっている。実際の所、狙撃というのは思ったより状況を選ぶ。もしそんなに狙撃が便利なら、なぜ歩兵の半分を狙撃兵にしないのか?現実に各国の狙撃兵の数は軍隊全体では極小数にとどまる。こういった砲撃込みの戦場では弾薬をばらまける自動小銃の方が有利である。現状のゼルベヴォントは現代戦に三八式小銃(単純な射程、命中率は自動小銃より高い)を持った日本兵が紛れ込んだようなものだ。
 そこになにやら落下音がする。と、共に派手な炸裂音と爆発が起こった。飛び散った土砂が容赦なくゼルベヴォントを襲う。
 「ひああああああっ!」
 敵側の投石機攻撃だ。正確には投石機で爆薬を詰めた樽を飛ばして来ている。発射速度は遅いが射程と威力は侮れない。敵側も『支援砲撃』手段を考えていたと言うことだ。結局ゼルベヴォントはこの後戦場を右往左往することになる。

 「まだ、もうちょっと左に寄せて、そっちにじりじり前進してるぜ」
 月島 悠(つきしま・ゆう)は無線機でメルヴィンに連絡していた。志賀の砲撃変更指示後、迫撃砲は両翼の第2、第3歩兵連隊前面に向けられ、この方面の敵の進撃は大きく頓挫している。一方で迫撃砲の支援のない機動歩兵連隊前面は急速に敵が迫ってきている。
 「どういうことですか?このままでは正面突破されちゃいます」
 麻上 翼(まがみ・つばさ)はガトリング状の光条兵器を撃ちまくっているが、実の所、効果がほとんどない。本来、ガトリング砲はその機構上大きくならざるを得ず、車載が基本である。それを手持ちサイズにしたものだから威力が極めて小さいものになる。有り体に言って効果は普通の光条兵器と同じか却って弱体化している。
 「慌ててはいけません。後退ですよ」
 曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)はアサルトライフルを右へ、左へと撃ち、敵を牽制している。
 「後退?早すぎないか?」
 月島は不安そうな顔をしている。
 「機動歩兵連隊は一段下がれと命令が出ているよ。急ぎましょ〜」
 急げと言いつつ曖浜の口調はのんびりしている。
 「元々、ある程度の段階的後退は作戦の内ですよ〜」
 「出番のないまま退却かよ」
 そう言いつつ、皆は後ろを撃ちながら穴を出て後退する。ちょうどそのとき、月島のいた穴に樽が落下して爆発した。
 「ほら、早く」
 アサルトカービンを撃って援護するのはマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)である。迂闊に走れば敵の射撃にやられる。曖浜とエニュールのように交互に射撃、後退、射撃、後退を繰り返す。これはなかなか上手い。だいぶ後ろの第2列の穴に飛び込んだ。
 「よーし、撃ちますよ〜」
 「了解だよ、りゅーき!」
 「こっちも負けねえぜ」
 「皆怪我ないですの?」
 飛び込むや否や、皆一斉に射撃を再開、前進してくる敵を釘付けにする。

 一連の状況に少し変化が現れた。敵は迫撃砲部隊の砲撃の密度が増したことから第2、第3歩兵連隊方面での前進が頓挫し、その分、兵が真ん中に寄って進む傾向になってきた。一方、これに対して、教導団側は中央の機動歩兵連隊を一段、後方に下げた。その結果、突出した敵中央に対し、第2歩兵連隊、機動歩兵連隊、第3歩兵連隊が半円状に半包囲する格好になった。
 「どうやら、上手く行っているようね」
 「気は抜けません。初動の砲撃不足で両翼もかなり前進されてますから。しかし、これで予定の展開に近づきました」
 「じゃ、火力展開変更で」
 再び志賀は無線機を取り出した。
 「こちらチェシャ猫、ダイヤおよびハート、火力を中央よりに変更せよ、『アリスは穴に落ちた(敵誘引成功)』繰り返す、『アリスは穴に落ちた』!」
 
 「なーるほどな」
 左翼第2歩兵連隊で射撃をしていた松平 岩造(まつだいら・がんぞう)はおっさん臭い顔でちらちらと左右を見ながら言った。
 「参謀長の言っていたのはこういうことか」
 「と、いうと?」
 脇で射撃する奈留島 琉那(なるしま・るな)は目を目標から離さずに聞いた。
 「ああ、貴様は他校から来たから知らんだろうが、作戦説明で参謀長が『戦場が平地なので不利。だから戦場を一時的に平地でなくすればいい』と言ってた。見ての通りだ」
 現状で、敵は真ん中に寄り気味で集中して前進してくる。しかし、その敵前方は火力で足止めを食らい、止まっている。そのため、敵後方は玉突きを起こし、遊兵化している。
 「砲撃で擬似的に地形を峡谷に変えてるんだ。真ん中を開けることで敵は狭い峡谷の間道を進む形になっている。で、間道の出口で私達が待ち構えて射撃している。敵兵の多くは間道につっかえた格好になっている」
 「こっちは出口で集中砲火ですか」
 「敵の多くは遊兵だ」
 「それじゃ、大分楽になってますね」
 「こっちも弾幕くぐり抜けて来る奴が出たら後退だがそれまで撃ちまくれ。正面側の敵からも目をはなさんでくれ」
 「了解です。集中砲火に気を取られすぎて抜かれるわけには行かないですから」
 そう言いつつ、中央側の敵にも斉射を浴びせ始める。

 三方から攻撃を受けることになった敵先鋒は身動きがとれなくなり、後方は玉突きで動けず遊兵化されつつある。ここにおいて敵は数の優位を生かせず、両軍の歩兵火力が拮抗しつつある状況が生まれた。