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6・乙女の困惑

 校門からずっと付き添うマリカとテレサ、津波とナトレアが見守るなか、百合園の保健室では、亜津子が眼を覚ました。
 小さなうめき声を上げると、開いた目に手をかざす亜津子。手を動かしても目線は動かない、焦点はうつろなままだ。やはり視力は失われていた。
そんな状況でも亜津子の肌はガラスのように光を反射し、手を触れると溶けてしまいそうな滑らかな輝きを持っている。

 目を覚ました知らせを聞いて、静香とラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)
がやってきた。

 朝と異なり、静香の周りには静香を守るため多くの生徒が取り巻いている。その状況を訝しく思いながらも、保健室ということで静香とラズィーヤだけが入ってくる。静香が困惑した様子で呟く。
「困ったなぁ。生徒会の皆はみんな夏休みでいないし、誰か残ってないのかなぁ。探しに・・」
「皆さん、忙しいのよ。静香さんが助けて差し上げたら」
 口元を扇で隠してはいるが笑みを浮かべたラズィーヤが口を挟む。発行された生徒証を静香に差し出して、
「円城寺亜津子さんは声も出ないし眼も見えないようだわ。トウキョウでの診断では何事も問題がなかったのに、不思議ね」
 ガラガラとドアが開き、外で待機していた有栖とミルフィが顔を出す。
「私、静香さんのお手伝いをさせてください」
 そのすぐ後に真口 悠希(まぐち・ゆき)ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)も駆け込んでくる。悠希は亜津子と静香の間に割り込む。
「ボクも護衛、いえお手伝いを・・」
 ロザリンドは、カノンの噂を聞いたときから、校長を護る!と決意していた。友人から、イルミンスールのエリザベート校長もなにやらとんでも無い目に遭ったと聞いている。オウムとカノンの話に乗じて、不逞の輩が何かを起こさないとも限らない。(とにかく過剰なようでも校長を護らないと)
「あ、いえ、私は手伝いじゃなく、護衛を・・・白百合団見習いとして、警護の練習をしたいんです。校長の側にいてもいいですか」
 ロザリンドは必死だ。
 笹原 乃羽(ささはら・のわ)も遅れて飛び込んでくる。
「私も、手伝うよ。えっと、まず・・そうだ、お水だよ、ね。」
 強引に割り込んで、亜津子の体を起こす乃羽。亜津子の体は、思ったよりも重い。二人とも転びそうになる。
「うわぁ。大丈夫っ?」
 静香が差し出した腕に、亜津子の体が触れる。亜津子の腕が静香の背中にまきつく。二人の頬と頬が近づいていく。
「きゃー!!」
 悠希の悲鳴を上げた。静香を愛している悠希にとっては、許せない事態だ。(無理矢理、静香さまの唇を奪われるなんて嫌です・・・ボクだって・・・静香さまを愛しているんです!)悠希は心の中で叫ぶ。もし亜津子がカノンならば静香さまを守ろう!固くこころに誓っている。
 そのとき、高務 野々(たかつかさ・のの)が枕とシーツ、タオルケットをもってやってきた。
「私もお手伝いしていいですか。汗をかかれているかもと思い、替えをお持ちしました」
 亜津子の姿勢を正すと、手早くシーツを交換する野々。
「まだ寝ていた方がいいですよ」
 ベッドを起こして、亜津子を座らせる野々の動きには無駄がない。

 亜津子とは筆談で会話が出来た。
「急に視力を失ったということだし、一時的なものかもしれないね」
 静香が亜津子の手元を覗き込む。静香の髪が亜津子に触れる。そのたび、頬が染まる亜津子。その様子を生徒たちは遠巻きに見ている。オウムの歌は知れ渡っている。
 その夜、亜津子は寄宿舎に泊まることになった。筆談によると、荷物やメイドは3日後に来るという。野々が亜津子に部屋まで付き添っていく。
「急に眼が見えなくなるなんて、お気の毒です。筆談できないときもありますし、私とのコミュニケーションのとり方を決めておきませんか?『はい』は右手を胸に、『いいえ』は右手を耳に『わからない』は右手を体の前で振る合図はいかがでしょう」
 頷く亜津子。
「はいでしたら、右手を・・・」
 野々が亜津子の右手に触れると、反射的にきっと体をよけた。
「ごめんなさい、びっくりさせました」
 亜津子の右手が耳を触る。宙に「ありがとう」文字を綴る亜津子。



7・夜の密談

 夜更け、交代でやってきていたお世話役の生徒たちはそれぞれの住まいに帰っている。なかなか寝付けない亜津子に来客があった。ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)が、こっそり訊ねてきたのだ。昼間は出かけていたロザリィヌはオウムのウワサを聞いていない。夕方チラッと見かけた亜津子の魅力的な姿に夜這って来たのだ。
(可愛い子とイチャイチャしたいですわー!おほほ、それに化粧を教えればこの子がもっと可愛くなりますわ!)はロザリィヌの心の声だ。
 亜津子はよろめきながらもドアを開ける。
「ご挨拶に来たのですわ。わたくしロザリィヌですわぁ」
 方向が分らずよろめく亜津子の腰に手を回すロザリィヌ、そのまま室内に強引に入り込む。
「せっかくの髪が絡まっていますわよ、わたくしに任せて」
 強引にベッドサイドに亜津子を座らせ、髪をとかすロザリィヌ。亜津子はされるがままになっておる。亜津子からはかつての覇気が消えている。己の業に後悔しているのかもしれない。
(もしかして、もしかして、この子を百合の姉妹に・・・)大人しく身を任せる亜津子の髪を撫ぜていたロザリィヌの指先が、耳たぶから首筋を伝い、そのまま背中に滑り・・

 ロザリィヌが肌の感触に酔いしれていたそのとき、第二の訪問者真崎 加奈(まざき・かな)がドアを叩く。ドアが開いていることに気が付いた加奈、「はいっていい?」室内を覗き込とロザリィヌと眼があう。
「うわっ、何してるの!!」
 かばん一杯の服やアクセサリーを放り出して二人の間に割り込む加奈、ロザリィヌを押しのける。
「いいトコでしたのにぃ!ライバル登場ですわね」
「ひどいよ、ライバルなんて言い方、僕は弱ってる人を誘惑したりしないよ。僕はカノンさんの一途な想い、とっても素敵だと思ったんだ。結果がどうなるか分からないけど応援したい!だからカノンさんに素敵な女性になってほしくて、いろいろ持ってきたんだよ」
「ん?カノンさんってどなた?」
 ロザリィヌが悪意のない、きょとんとした顔で亜津子を見つめている。亜津子の見えない眼がより曇ったように見える。(何がなんなの?誰か教えて!)ロザリィヌの心の声が爆発したとき、またドアをノックする音。

「すみません、歩です。亜津子さん、寝ちゃった?」
 第三の訪問者は七瀬歩。手にはノートを持っている。亜津子の心の声をノートにしたため静香に手渡そうと考えてのことだ。
「外が騒がしくて寝れないんだもん。だから亜津子さんと筆談しようとおもったんだよね。夜なら思いっきり特別な話もできるじゃん。・・だけど、なんでみんないるの???」