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氷雪を融かす人の焔(第1回/全3回)

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氷雪を融かす人の焔(第1回/全3回)

リアクション

(あわわ、どうしよどうしよ〜……女の子に会ってみたいって思って来てみたけど、こんな形で会うなんて思ってなかったよ〜……)
 噴水からやや離れた物陰で、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が目の前で起こっている状況を不安げな表情で見守っていた。
「カレン・クレスティア、これからどうするのだ?」
 隣に立つジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が尋ねる。
「ど、どうしようかな? 逃げる! にしてもすぐに見つかって追いかけられちゃうよね〜。だからって話をしてみる! にしても問答無用で攻撃されちゃいそうだよね〜……うぅ、ホントにどうしよ――」
 これからの行動を決められずにいたカレンは、不意に肩を叩かれる感触に振り返る。そこにはリンネの姿をした氷の像が立ち、何をも映さない瞳で二人をじっと見つめていた。
「見つかってしまったようであるな」
「……そうみたいだね〜。こうなったら話してみるっきゃないよね!」
 無抵抗を示すためにワンドを仕舞って、カレンが噴水の前まで歩み寄る。そこには先に捕らえられたと思しき仲間の姿と、外見以上に威圧を見せる少女、カヤノの姿があった。
「あら、あんたも協力してくれるの? 不思議ね、人間にも色々居るものだわ」
「な、何の話かな?」
 いきなりそう言われて、カレンはすっかり困惑する。
「違うのかしら? ……まさか、このあたしを倒しに来たとか、言ってくれるのかしら?」
 瞬間、季節を超越した冷たさが、辺りに満ちていく。慌てて言葉を紡いでいくカレンの横で、ジュレールは何かがあった時のために動けるようにと身構えていた。
「ち、違いますっ! ど、どうしてこの町を襲ってるのかなーって、それに、リンネちゃんのこととか」
「なるほどね。……いいわ、教えてあげる。……あたしの手伝いをしてくれたら、ね」
 不敵に微笑むカヤノの持ちかけに、カレンは躊躇の後、口を開いた。

「……やはり繋がりませんわね。それなのに向こうからはかかってくる……不思議ですわね」
 イナテミスの町を見渡せる高台に立って、狭山 珠樹(さやま・たまき)が携帯の番号を確認しながら何度もかけ直す。番号は事前に聞いておいたリンネのものだが、繋がる気配は全くなかった。
「おっ、タマ! こんなところにいたのかぁ!」
 そこに、別行動をしていたはずの新田 実(にった・みのる)が何食わぬ顔で駆け寄ってきた。
「みのるん、どうしてここにいますの? 確か洞穴へ向かったはずでしょう?」
「いやー、そのつもりだったんだけどさー、途中すげえ吹雪に出くわして迷っちまったらしくてさ。適当に歩いてたら何か町みてえなのが見えてきて、んでタマがいたってわけで」
「……まあいいですわ。さて、これからどうしたらよろしいかしら」
 呟いた珠樹の携帯が突然鳴り響く。ディスプレイにはリンネの番号が映し出されていた。
『さっきから何度もしつこいわね。あんたも氷漬けにされたいの?』
 珠樹の耳に、明らかにリンネのものではない声が届く。
「何者!? ……と尋ねるのも野暮ですわね。君が、リンネを消息不明にさせてこの町に襲撃をかけた少女、なのでしょう?」
『賢い者は話が早くて助かるわ。……それで? あんたはどうするつもりなの? あたしを倒しに来るのも、あたしに協力するのも、今ならどちらでも歓迎するわよ』
「なんだなんだぁ!? タマ、一体誰と話してんだぁ!?」
「みのるんは黙ってなさい」
『そうね、馬鹿は黙ってなさい』
「ば、馬鹿だとぅっ!? テメ、誰だか知らねえがいきなり馬鹿ってなんだよ、馬鹿って言う方がぐぼあっ」
 喚く実をメイスで黙らせて、珠樹が電話の向こうの少女に答える。
「……我は真実が知りたい。君に協力いたしますわ」

「見かけ十二、三歳の、空を飛ぶ少女……これはちょっと粉を掛けんといかんな」
「マスター、分かっていたけどやっぱりド変態ありますね」
 何やらいかがわしい想像を浮かべて微笑むファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)を、どうでもいいとばかりにジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)が見遣りながら後を付いていく。
「さて、少女はどこにおるのじゃろうな……今から楽しみじゃ」
「呼んでみれば来るのでは? 少女は『カヤノ』と名乗ったとの報告があがっておりますゆえ」
「ほうほう、それは一理アリじゃな。……カヤノとやら、わしが相手してやるからいらっしゃれ」
(そんなんで出てくるはずが――)
「はーい♪ あたしを呼んだの誰かしらー♪」
(あっさり出てきたー!)
 適当な意見を真に受けたファタを、本当にどうでもいいとばかりに眺めていたジェーンは、あまりにあっさりと目の前に現れた少女、カヤノの姿に激しい動揺を覚える。
「おお、おぬしがカヤノか。これはこれは……なかなかの逸材じゃな」
「てへっ♪ 誉めてくれてありがとう、おばさん♪」
 瞬間、ファタの表情にぴしっ、とヒビが入る。無表情に見えるジェーンの顔にも、不安や恐れといった感情が表れているように見えた。
「あっ、ごっめーん、間違えちゃった♪ 言い直すね、おばあさん♪」
 今度はより大きく、びしっ、とヒビが入る。ジェーンはもう見てられないとばかりに顔を背ける。
「……こりゃよっぽどの調教が必要なようじゃな。少々痛い目見ることになっても構わんかの?」
 言ったファタの掌に、炎の柱が浮かび上がる。
「痛い目見るのはあんたの方だわ。その程度の魔力でどうこうできるなんて、間違っても思わないことね」
 化けの皮を剥いだカヤノが、不敵に微笑んで氷柱を顕現化させる。

(少女を探して、ここまで来ちゃったけど、どこにいるのかな?)
 正門とは反対側、近くに海が見える場所まで飛んできた鷹野 栗(たかの・まろん)が周囲を見渡せば、一段高くなった丘の上、太陽の光を浴びて金色の髪をなびかせ佇む青年の姿があった。
「海からの風、そして降り注ぐ太陽が心地いいぜ……むっ!? 敵か!? 魔物か!? くらえボクが必殺、サンシャインアタック!!」
 エル・ウィンド(える・うぃんど)の繰り出したランスの鏃が、栗の足元を穿つ。
「きゃっ! あ、あの、ごめんなさいなのです! 邪魔するとかそんなつもりはなかったのです!」
「おおっと、これは失礼な真似をした、謝ろう。少女を探してきたんだが、あまりの絶景に今の状況を忘れてしまってね、なはははは」
 エルのフリーダムな振る舞いに、栗が困惑した笑みを浮かべていると。
「こんな目に付かないところで遊んでいると、凍らされても誰も助けてくれないわよ?」
 上空から、魔物を引き連れたカヤノが舞い降りてくる。
「おお! キミが噂の、羽の生えた少女! キミがもう少し大きくなったら、ぜひデートをしないか」
「あら、それはいいわね。でも、たかだか二十年程度のあんたに、あたしの相手が務まるかしら?」
 どこか妖艶に微笑んだカヤノに、それまで陽気に振る舞っていたエルの様子が変わる。それを見遣りつつ、栗が一歩進み出て言葉を紡ぐ。
「あ、あの、カヤノさんはどうして、町を襲っているの?」
 その問いに、カヤノは瞳を伏せて、どこか淋しげに呟く。
「……助けたい人がいるの。そのためには、この町にあるものが必要なのよ」
「ほう……つまりキミは、友のため、この町にあるものを探していると?」
「友達なんてものじゃないわ! 彼女は……そう、あたしのパートナーよ。決して何にも分かつことなんてできない」
 まるで反論するように声を荒げるカヤノに、エルと栗は黙り込んでしまう。
「……いいわ、どこへなりともお行きなさい。あたしにはまだやることがあるのよ」
 二人に背を向けて飛び去ろうとするカヤノに、背後から声が飛ぶ。
「待ってくれ! ボクはキミに協力したい。何ができるかは分からないが、キミの力になりたいんだ」
「町の人に迷惑をかけないなら、私も、お力添えしたいです」
 エルと栗の言葉に、一瞬微笑んだように見えたカヤノが、振り返って言葉を紡ぐ。
「そう……そこまで言うなら、いいわ。話してあげる、あたしの探しているもの、それは――」

 当初は視界を埋め尽くすほどに存在していた魔物も、生徒たちの行動により今ではその数を相当に減らしていた。
「さて……そろそろ行動に移るとしますか。ラキ、準備はいいかな?」
「ボクはいつでもオッケーだよ。で、具体的にはどうするの?」
 祝福の力の効果で全身をぼんやりとした光に包みながら、譲葉 大和(ゆずりは・やまと)が一見端正な顔立ちを微笑みに変えてラキシス・ファナティック(らきしす・ふぁなてぃっく)に問いかける。
「うん、この状態で少女のところまで飛んで行って、力いっぱい抱きしめる。話はそこからですよ」
「……前々から痛感していたんだけどさ、大和ちゃんバカだよね!? そうでなくても目はやらしいし、口は卑猥だし、どこか臭いし、それにそんなことしたらいくら大和ちゃんでも死ぬよ!? それともやっと死ぬ決断したとか!?」
「……心配してくれてるのか貶してるのか分かりかねる発言ですね、ラキ。そういうラキも最初は俺の抱擁で目を覚ましたではありませんか。頑なに閉ざされた少女の心を溶かすには人肌でないとね。……それに、私は彼女の味方になるつもりですよ。無事に話を聞けたらですが」
「か、勝手に過去を捏造してるよこのバカ!! ……ねえ、本当に少女の味方をするの? ボクにはよく分からないんだけど」
 散々辛辣な言葉をぶつけていたラキシスが、ふと不安な面持ちで言葉を漏らす。
「幼い子供……かどうかは分かりませんが、彼らを護るのが年長者の務めですから。ラキには損な役割かもしれませんが、我慢してください」
「むぅ……分かったよ、大和ちゃん。もし……少女に会えなかったら?」
「その時は他の方に任せましょう……ですが、その心配はないようですよ」
 大和の視界、魔物の群れの中に、氷の羽根を持つ少女の姿が映り込む。好機とばかりに飛び勇んだ大和の瞳は、少女が生み出した氷の柱が、仲間たちを次々と穿つ光景を目撃していた――。

「こりゃひでえな……まずは交渉と思ってたが、んな気分じゃいられなくなっちまったな」
 カヤノの攻撃で次々と仲間たちが負傷していく様を目撃した閃崎 静麻(せんざき・しずま)が、得物を担いで飄々と呟く。
「まずは理由を問い、必要があれば正さんという思いでしたが、今はそうも言っていられません。道を同じくする者たちを護るため、悪たるかの者に正義の一閃を!」
 隣に控えていたレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が得物を構え、険しい眼差しで少女、カヤノを見据える。
「見過ごすわけにもいかねえしな。怪我した他の奴らを援護する必要もあるし、一戦交えるしかねえか。俺はいつも通り後方支援に徹する」
「私は前に出て敵の頭を抑えます。油断は禁物ですよ!」
「言われなくても、あんなの見せられたら気ィ引き締めるしかないっつーの!」
 言って静麻が、空中に向けて弾丸を放つ。カヤノが反応する前に魔物が数体、前に立ちはだかり盾となって攻撃を受け止める。
「ふふふ、やっぱり反応する人はいるわよね。さあ、ちょっと遊んであげる。気に入ったらあたしのコレクションにしてあげるわ」
「黙れ、悪党! 手荒い真似をしてでもここは止める!」
 魔物を押し退けて進んできたカヤノの前に、爆発的な加速力で宙へと飛び上がったレイナが剣を振り上げ、斜め下に振り下ろす。
「真面目な子って可愛げがあって、あたしは好きよ。……でも、振り下ろすくらいじゃ、あたしに傷一つつけられないわ」
 レイナの攻撃は、カヤノの掌から生み出された氷の壁に阻まれる。
「それじゃ、これならどうだい?」
 静麻が空中に姿を現すのと、レイナが氷の壁を蹴って上空を舞うのはほぼ同時のこと。研ぎ澄まされた集中力をもって放たれた弾丸は、極小の密度で壁を穿ち、ついに一つの穴を開ける。
「……いいわ、あんた、気に入ったわ。是非ともあたしのコレクションに加えてあげたくなったわ」
 掠めた弾丸でできた傷を気にもせず、カヤノが微笑んで静麻を見下げる。

「ちょ、ちょっと待ってー!? 私たち、町を襲う理由を聞きに来ただけなんだってばー!」
 カヤノと生徒たちとの本格的な戦闘が開始される中、巻き込まれる形で飛んできた氷柱を避ける片野 永久(かたの・とわ)三池 みつよ(みいけ・みつよ)の姿があった。
「ああもう面倒くさいわねー! でも、何もしないで氷漬けにされるのだけは嫌だから、やるしかないわね!」
「うんわかった! それじゃあ早速突撃だねー!」
「って、何でそうなるのよ!? 馬鹿っぽいイメージあったけど全然違ってて、あれだけ圧倒的な相手に無闇に突っ込んでいったら、あっという間に氷漬けよ!? ここは我慢よ我慢、動かずにいれば余計な魔法撃たなくても耐えられる――」
 そこへ、氷……ではなく何故か生卵や石、さらにはオレンジまでもが落とされてきた。
「な、何で卵が落ちてくるのかな?」
「うふふふふふふふ、どうやらわたくしが手を貸してあげた方が良いようね!」
「こちらのゆで卵の方が当たると痛いでーす!」
 少し離れたところに位置している高台から、日堂 真宵(にちどう・まよい)が高笑いを浮かべながら、アーサー・レイス(あーさー・れいす)がこそこそしながら色んな物を投げ付けていた。
「ちょっと、どうして同じ学校の人が邪魔するわけー!」
「だって、あの子が可愛そうだったんですもの。それにこちらの方が面白そうですしね!」
「我輩はカレーの素晴らしさを皆に伝えられればそれでいいでーす。さあこのカレーを食べてあったまるのです! でないと血の味が落ちてしまいますよー?」
「わわわ、カレーまで飛んできたよー!? ……あー、でも、ちょっと美味しそうかも……」
 石や、飛沫は避けつつも、カレーに惹かれかけたみつよを引っ張りながら、永久が憤慨するように叫んで応える。
「面倒ったら面倒なのよー! みつよ、剣貸しなさい! ちょっと退散する気にもなれなくなったわ、ここであの二人を止めなかったら他の人にも被害が出るしねー」
「うんわかったよ! 永久、頑張ってきてね!」
 はだけた胸から光が漏れ、現れた剣の柄を永久が引き抜けば、片刃の日本刀が顕現する。それを背負って、永久は自らの顕現させたツルハシを壁に引っ掛け、登っていく。
「わたくしの邪魔をなさらないでくださる!? これでもお受けなさい!」
 真宵の掌に炎が浮かび上がり、それは球体となって永久を襲う。
「危ないわね! でも、私だって日雇いバイトで鍛えた身体、そうそう受けるつもりはないわ!」
 飛び荒ぶ火球を永久は一本のツルハシを器用に振り回し、壁を忍者のように伝いながら真宵に近付いていく。二つ、三つ四つと飛んでくる火球を避け、ついに高台の頂上に辿り着いた永久が、ツルハシの代わりに日本刀を持ち直して真宵とアーサーの前に立ちはだかる。
「さあ、どうするー? さっさと逃げるってんなら見逃してあげるわよー?」
「そ、そのつもりはございませんわ!? 行きなさいアーサー!」
「お任せくださーい、我輩真宵の為とあらば、この闇に捧げた身、灰とする覚悟もあるのです」
 言ってアーサーが、いつの間にか用意された山盛りのカレーを投げようと振りかぶり……その皿ごと消えていることに気付く。
「もぐもぐ……うん、美味しいねこのカレー!」
 これまたいつの間にか登ってきたみつよが、カレーの皿を奪ってがっついていた。
「おーう、そうですか気に入ってもらえましたかー。まだまだありますからたんと食べてくださいねー」
 よい食べっぷりにアーサーは感動したのか、戦闘意欲を無くしてしまった。
「……さてと、やっぱりここは一発くらわせた方が後々いいのかしら?」
「べ、べべ別に逃げるわけじゃないんだからね!? 勘違いしないでよ!?」
 戦況の不利を悟ったのか真宵が逃げ出し、ため息をつく永久であった。

 イナテミスは今や、魔物の侵入を防ぐ者、果敢にもカヤノに戦いを挑む者、それにカヤノに同調する者たちがぶつかり合う混沌の場と化していた。
(ちっ……あわよくば漁夫の利をと思ってたが、もはや話の通じる相手ではなさそうだな。相手をするにも少々骨が折れそうだ)
 突進してきた魔物に一撃を見舞い退けさせる宮辺 九郎(みやべ・くろう)は、挑んでいった仲間たちを軽くあしらうカヤノを見遣る。その様子から遊んでいるだけ、本気はこんなものではないことが感じられた。
(しかも何人かは、あの少女に加勢しているようだ。元よりそのつもりだったのか? それとも少女が何がしかの策を講じたのか? いずれにせよ厄介な状況だ。機を見て退きたいところだが、迂闊に退けば町が落ちる、か)
 厳つい身なりながら、冷静に思考を働かせ最適な行動を模索する九郎の横では、城定 英希(じょうじょう・えいき)が止めを刺された魔物の傍にしゃがみ込み、様子を観察していた。
「よし、これをサンプルとして持ち帰れば、今後の実験材料に役立つ――」
 しかし、英希が触れた傍から魔物は氷片と化し、気温差により瞬時に地面に染みを作って消えていく。
「あああ、せっかくの実験材料が……」
「英希、遊んでいる暇があったら魔物を追い払え。でなければ痛い目を見るぞ」
 ジゼル・フォスター(じぜる・ふぉすたー)の放った火弾が魔物を焦がす。それでも戦意の衰えない魔物が咆哮をあげたその瞬間、前方に位置するイナテミスの町全体が、青白い光を放ち始める。
「うわ、綺麗な光……ねえ、何なのかなあれ?」
「あら、誰かしらね、あたしの企みを妨害したいい度胸の持ち主は。是非とも持ち帰って遊びたいところだわ。そうね、氷漬けにした後で氷の矢で撃ち抜いてあげようかしら。砕け散る瞬間の青と赤のコントラストが素敵なのよね」
 英希の問いに答えたのはジゼルではなく、背中の羽根を煌かせたカヤノであった。
「どういうことだ!? あの光は一体何なのだ?」
 駆け寄った九郎、そして他の仲間たちに、微笑んでカヤノが答える。
「いいわ、この際だから言ってあげる。あたしはあの町を凍らせることで、あんたたちを全員、言ってしまえば氷の檻に閉じ込めるつもりだったの。リンネと言ったかしら? あの子から話は聞かせてもらったわ。あんたたちの魔力はなかなかの物、それだけの物があれば彼女をより長くこの世界に存在させていられる」
「ふざけるな! 町全体を凍らせるなど、そんな真似が――」
 反論しかけたジゼルを制するように、カヤノが言葉を続ける。
「できるのよ。あたしとこのリングがあればね。まあ、何人かあたしに協力してくれた人もいたけどね。……協力するふりをして企みを阻止した人もいるみたいだけど。まあいいわ、町は町で使い道があるし。……それより今は、あたしに敵対したヤツの仲間であるあんたたちを、この場で全員氷漬けにすることが最優先だわ」
 言ったカヤノが両手を掲げれば、上空に無数の氷の刃が生み出される。その様子からカヤノは間違いなく、この場にいる者たちを葬るつもりであった。
「うわ、わわわ、どうしよう!?」
「……ここは退くが上策のようだ。英希、おまえアレを持ってきていたな? 今すぐそれを使え、多少の時間は稼げるはずだ」
「あ、アレね、分かった! ……それ!」
 英希が荷物から筒状の物体を取り出し、カヤノへ投げ付ける。ジゼルの放った火弾で着火したそれは、直後強烈な光を放つ。地上にいる者たちも眩しさで目を細めるが、上空、しかも無数の氷を従えた状態のカヤノはそれの比ではないはずだ。
「今のうちに退くぞ!」
「しかし、退くにしてもどこに行くのだ?」
「こっちに道があるよ! さっき誰かが通っていくのを見たよ!」
 英希が指差した先、一見しただけでは分からないところに確かに道のようなものがあった。
「よし、そこに向かうぞ! 皆、はぐれるな!」
 九郎の声に頷いた一行は、一目散にその道へと入り込んでいった。
「……五千年も経てば、あたしの知らないことだってあるわね。取り逃したのは残念だけど……いいわ、だったらあたしから向かってあげる。……そう、必要なのよ、もっとたくさんの魔力が……」
 閃光の衝撃からようやく回復したカヤノが、独りになったその場所でぽつりと呟いた。

(確かに抜け道はあったが……この道は一体どこに繋がっているんだ? 同じ景色ばかりで方向感覚が鈍るな)
 雪の舞い降る細い道を、風森 巽(かぜもり・たつみ)が歩いていく。
(ティアとの連絡も途絶えたか……存在は消えていないが、何かがあったのは確かのようだな。その調査も行うべきなのか――)
 そう考えた巽の視界に、今まさに思っていたティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)の姿が映り込む。ティアも巽に気付いたようで、慌てて駆け寄ってくる。
「あれれ? どうして巽がここにいるの?」
「それは我の言葉だ。ティア、どうしてここにいる?」
「うーんと、途中まではクマさんに付いて行ったはずなんだけど、いつの間にかいなくなっちゃってて、気付いたらこの道に入ってたの」
「……不思議な話だな。もしかしたらこの雪が、何らかの効果を及ぼしているのか?」
 上空を見上げる巽とティア、そこで彼らは気付く、雪が、雲もないのに舞い降っていることに。
「うわー、どうしてだろうねー、不思議だねー」
 無邪気にはしゃぐティアの横で、巽は思考を巡らせる。
(これは一体誰の仕業だ? 魔物を率いているという少女なのか? それとも――)
 巽の思考は、遠くから響いてくる地響きに遮られる。
「な、何かな? 何か近付いてくるよ?」
「魔物か!? ティア、下がっていろ!」
 慌てふためくティアを庇うように立つ巽が、得物を構えて近付くモノの姿を見定める。そして二人の前に現れたのは……必死な形相で駆け続ける複数の人影。自らの通う学校の制服を身に付けた者の姿から、それが町に向かった一行であると巽は判断する。
「これは何が――うおおおお!?」
「わ、わわわわわ、運ばれるよー!?」
 何が起きたか分からないまま、巽とティアは人波に飲み込まれ、その場を後にする形で運ばれていった――。