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氷雪を融かす人の焔(第2回/全3回)

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氷雪を融かす人の焔(第2回/全3回)

リアクション

 【魔導砲の射手】作戦により、魔物は壊滅的な損害を被った。
 これに活気付いた冒険者は、残った魔物たちの掃討に移ると共に、カヤノ捕縛へ向けて動き始める。

「な、何か凄い魔法だったね! でも、魔物の数も大分減ったみたいだし、これでカヤノに接触することができるかな?」
「今ので何点獲得したのかなぁ〜、気になるなぁ〜」
「って違うから! これアトラクションとかじゃないから! もう、さっきちゃんと説明したでしょ、トメさん」
「だ〜か〜ら〜、トメさんって呼ぶなぁ〜! あたしをまんまおばあちゃん扱いするなぁ〜!」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)八坂 トメ(やさか・とめ)の軽快なやり取りが交わされる中を、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が寄ってきた。
「カレン・クレスティア。カヤノに接触して、それでどうするつもりなのだ?」
 その質問に、カレンはいつもの元気な口調とは違った雰囲気で、答える。
「うん……イルミンスールを襲うのはいけないことだけど、でも、カヤノには何かの形で協力してあげたいなって思うの。例えばね、リンネちゃんの代わりにボクを連れて行ってとか、そう頼んでみても、いいかなって思うの」
「ええ〜っ!? カレンちゃん、カヤノちゃんと一緒に行っちゃうの〜!? じゃああたしも一緒ってことになるのかな? カヤノちゃんはあたしのことをちゃんと八坂様、って呼んでくれるかなぁ?」
 とりあえず喜んでいる様子のトメに対して、ジュレールは顔を背け、気落ちした様子でカレンの言葉に答える。
「我は……あの者に邪悪は気配は感じぬ。暴れてはいるが、それは洞穴にいる者のことを思ってのことだと考える。……そして我も、もし一人きりになってしまった時は、正常でいられるのだろうか、と考えるのだ」
「ジュレ……ゴメンね、何か嫌な気持ちにさせちゃったよね。……でも、ボクはもっとカヤノちゃんのことを知りたいんだ。そのためには、あの子に付いていくのが、今は一番いいと思ったから。……とりあえず、行こう? まだ残っている魔物を放ってはおけないしね」
 カレンの言葉に、ゆっくりと顔を上げたジュレールが、小さく頷く。
「おお!? カレンちゃん、行くんですね!? ではでは、あたしの舞でカレンちゃんに力を与えちゃいましょ〜!」
 トメがその場で舞を披露し、それはカレンに力を与えていく。身体が動くままにしながら、カレンは決意を固める。
(ボクのできることで、カヤノちゃんの、レライアちゃんの力になれるのなら……!)

「今の魔法は何だ!? ……しかし、これでともかく、敵の戦力は大幅に減少したようだな。ここで敵の侵攻を食い止めてきた成果が出たといったところか」
 魔法の効果を目の当たりにした比島 真紀(ひしま・まき)へ、サイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が駆けてくる。
「真紀、味方が動いた。【レフト】及び【センター】の面々は、カヤノ捕縛に向かうようだ」
「そうか。……よし、ならば自分も続こう。敵はどの辺りに?」
「ここから数百メートルと離れていない。そろそろ味方の前衛がぶつかる頃だと思うが――」
 サイモンが言った直後、魔物の咆哮と冒険者の生んだ音がぶつかる。
「……そのようだな。行こう、自分たちの勝利を確実なものにするために」
 真紀の言葉にサイモンが頷き、そして二人は進軍を開始する。しばらく進んだ先に、唸り声をあげる魔物と、それと対峙する冒険者の姿があった。魔物と冒険者の数は、今ではすっかり冒険者の方が上回っていた。
「自分はここから味方の支援に入る。サイモン、貴殿は?」
「俺はおまえの少し前に出よう。何かあれば互いに支援し合える位置を保つ」
 お互いに作戦を確認し合い、そしてそれぞれが行動を起こす。真紀のかざしたロッドの先から、炎となった魔力の塊が魔物に降り注ぎ、抵抗力を奪っていく。樹の陰を利用して前に進んだサイモンは、その位置から射撃を行い、魔物の気を散らしていく。
(順調だな……順調過ぎる。イナテミスではあれだけ翻弄してくれたカヤノが、いかにあの魔法が強力であったとはいえ、簡単に捕まるものなのか?)
 頭に浮かんだ疑念と格闘しながら、真紀は目前の魔物に向けて火弾を見舞っていく。

「我々はこのまま、魔物の撃滅と少女の捕縛に当たればいいようだな」
「そうみたいだな。大分弱ってるみたいだし、このまま押せれば何とかなりそうだな」
 和原 樹(なぎはら・いつき)が、自らに加護の力を宿し、抵抗力の落ちた魔物に接近しての打撃を見舞う。そこへフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)の放った火弾が飛び交い、魔物を地に伏せさせる。
「なあ……レライアさんのこと、どうにかならないのかな」
「我とてあの者の感情が理解できないわけではない。だが、これでは戦争だ。イナテミスの件といい、まず他人を犠牲にしてまで助けようとするのを、見過ごすわけにはいかん。樹も、凍らされた町を見ていたのだろう?」
「それはそうだけど……覚悟しなくちゃいけないことは分かってるけど、何か、辛いな、って思うんだ」
 武器を握り締めていた樹の手が止まり、視線が下を向く。それを見遣って、フォルクスが声をかける。
「辛いのは我も同じ、そして皆も同じだろう。もしかしたら氷の精霊も、そして雪の精霊も辛いのかもしれん。それでもこの世に生きるからには、時に辛さを耐えてでも通さねばならぬものがある。我はそう考えている」
「…………そうだよな。向こうもそんなことは分かり切った上で、行動しているんだもんな。だったら、俺たちも相応の答えを返してやるのが、せめてもの救い、なんだよな」
 樹の言葉にフォルクスが頷いて、火弾を放つ。もう幾度目かになる魔法の行使が、魔物の抵抗力を奪っていく。
「まずは一度、打ち倒す。もし解決策があるなら、そこから考えればいいんだよな。……サンキュ、フォルクス。あんまり無理し過ぎるなよ」
「問題ない、その辺は加減しているからな。……感謝を示したいのなら、もっと熱い方法で答えてくれてもいいんだぞおっ!?」
 濃厚な接触を図ろうとしたフォルクスが、例によって樹の鉄拳制裁をくらって地に伏せた。

「陽太、急ぐのですわ! 時間を与えればそれだけ敵が体勢を整えて反撃を仕掛けてきますわ! そうなる前に司令官を捕らえてしまいましょう!」
「ま、待ってくださいエリシア、そこまで急ぐ必要があるのですか?」
 先へ先へと進んでいくエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)を、影野 陽太(かげの・ようた)が必死に追いかける。
(……しかし、エリシアがここまでテキパキと行動のできる子とは思いませんでした。思えば俺がここにいるのもエリシアのおかげですし、これについては感謝しなければなりませんね)
「陽太、魔物があそこに固まっていますわ! わたくしが魔法で弱らせますから、陽太はそこを狙い撃ちしてください!」
「う、うん、分かりました。君の方も気をつけて」
 エリシアが魔法の霧の詠唱準備に入るのを確認して、陽太が魔物の視界に入りにくい場所へ身を潜める。
「これを受けるのですわ!」
 エリシアのかざしたロッドが光り輝き、離れた魔物たちの足元に魔法陣が展開されたかと思うと、そこから生物の抵抗力を奪う酸の霧が発生する。端にいた魔物はまだしも、中心でその霧を受けた魔物は、酸に身体を蝕まれて満足に動くことができなかった。
(よし、今です……!)
 潜めていた木陰から銃口だけを覗かせ、陽太が狙いを定めて銃の引き金を引く。霧で多少視界は悪くなっているものの、魔物の動きが相当鈍くなっていることもあって、まずまずの命中率であった。
(敵の司令官はどこにいるのでしょう……かなり進んできました、そろそろ位置が特定されてもいい頃なのですが――)
 瞬間、目前の霧が極寒の風に吹き飛ばされる。それを発生させたものにいち早く気付いたのは、冒険者の誰でもなく、自らを助けてくれた魔物たちであった。

(魔物の様子がおかしい……? 彼らは一体何を見ているの……!)
 双眼鏡で魔物の様子を窺っていたエーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)が、魔物の怯えるような従うような表情の先を追えば、そこには六対の氷の羽根を持った少女の姿が映し出される。
(! カヤノが出たのですね!)
 カヤノを発見したエーファは、まず峰谷 恵(みねたに・けい)に連絡を取る。
「恵、カヤノを発見したわ! そちらからも確認できるかしら?」
「ちょっと待って……うん、確認できた。ボクがカヤノを引きつけておくから、その間にエーファは仲間に連絡を取って、包囲できるように準備を整えて頂戴」
「分かりました。恵も無理だけはせず、お気をつけて」
 カヤノ発見の知らせは、即座にエーファによって伝えられていく。そして空中ではカヤノに対し、恵が自らを何の抵抗もできずに逃げ惑っているように見せかけ、仲間に誘い込ませるための時間稼ぎをしていた。
(来たわね……! でも、ここは絶対に通さない!)
 確かな意思を胸に秘め、恵がカヤノとの距離を取りながら、気付かれないように密やかに魔法の準備を執り行う。時折通り過ぎる氷柱に恐怖を感じつつ、準備の完了した魔法を展開させて応戦する。
「エーファ、手筈はどう!?」
 空中に発生した酸の霧に飛び込んだカヤノの、次の攻撃が来ないことを確認して、恵がエーファと連絡を取る。
「この周囲の人たちに、カヤノが出現したことは伝わったはずです。しばらくすれば必ず――」
 突如、電波が途絶え、エーファの声が聞き取れなくなる。それと同時に、霧の中から発生した膨大な冷気が、瞬く間に酸の霧を弾け飛ばし、そして自由の身になったカヤノが、恵を標的に捉え、氷柱を放たんと掌をかざしたところで、四方から飛び交う火弾に妨害され、カヤノは爆炎で生じた煙に包まれた。

 火弾のうちの一発を見舞ったエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)が、状況確認のため空中に上がってきていた四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)の傍に戻ってくる。
「エラノール、大丈夫だった!? 怪我とかしてない!?」
「う、うん、大丈夫ですよぅ〜。てへへ、私、上手くやれましたかねぇ?」
「いい攻撃だったと思うわよ。これであの子も少しは――」
 言いかけた唯乃の目の前で、カヤノが両手をかざし、地上の冒険者に向けて氷柱を一斉発射する。何発かは途中で迎撃されるが、残りは全て地上に降り注ぎ、木々が薙ぎ倒され、空中に放り上げられる冒険者の姿までも確認できた。
「――まだまだ治療の手が必要みたいね。エラノール、行くわよ!」
「あ、あっ、唯乃、待ってほしいのですよーぅ」
 箒を操作して、唯乃とエラノールが攻撃を受けた地点へ向かう。抉られた地面、倒された木々の間に、怪我を負ってうずくまる冒険者の姿が点在しており、何人かの治療が既に始まっていた。
「大丈夫かな? 今、治してあげるからね!」
 唯乃がかざした掌から、癒しの力が解き放たれ、それは負傷した箇所をゆっくりと癒していく。
「あなたは戦える人たちと、援護に行ってらっしゃい。次にここが攻撃されれば、対応しきれなくなるわ」
「えっ、で、でもぉ――」
「ほら、さっきの調子はどこへ行ったの? 同じようにやればいいだけ。あなたならできるわよ」
 唯乃の励ましに、恐る恐るながらも、エラノールが箒に飛び乗り、魔法の行使に都合のいい場所を探しにいく。
(ちょっと淋しいけど……でも、少しずつでも、私にべったり、ってのを直していった方が、いいわよね、きっと)
 遠くなっていく背中に微笑んで、唯乃が治療を続けていく。

 空中で、氷と炎が激しくぶつかる最中、地上では包囲網をより強固なものにするべく、冒険者の奮闘が続いていた。
「その程度の攻撃では、私は倒せん!」
 大きな身体を持つ魔物のパンチを、水神 樹(みなかみ・いつき)が受け止め、受け流していく。騎士としての強固な装備に、祈りの加護を受け、そして凛とした意思を持った彼女に、並大抵の攻撃は届かない。
「樹、今援護するぜ!」
 樹の背後に控えていたカノン・コート(かのん・こーと)から、樹へ加護の力が与えられる。奮い立つ力を存分に振るい、重量感のある得物に頼もしさを覚えながら、樹が攻撃へと移る。
「この一撃を受けてみよ!」
 魔物のパンチが逸れ、地面を抉って土埃をあげる。その間から樹の繰り出したハルバードが、まずは魔物の腕を払い飛ばす。体勢を崩し、前のめりに倒れてくる魔物の胴体に、ハルバードの刃が突き刺さる。衝撃で背中から倒れた魔物に、仲間からの攻撃が次々と刺さり、やがて完全に動かなくなった魔物がその身体を地面へと吸収されていく。
「樹、怪我はないか?」
「ああ、大丈夫だ、問題ない。……地上の魔物はこれであらかた倒し終えたか? 後は上空の――」
 カノンに振り返った樹が上空の様子を窺った瞬間、一際大きな爆発が生じ、できあがった巨大な煙の雲に弾き飛ばされるように、一人の少女が落下していくのが見えた。
「勝負がついたのか!?」
「……いや、そう簡単には行かぬだろう。だが、また空中に飛ばれては厄介だ。少々危険ではあるが、突撃して彼女を抑えるぞ」
「お、おい、大丈夫かよっ!? ……ったく、また失敗しちまったぜ。これで成功率4割切ったかな……いや、今回のは流石にカウントしなくていいかな……」
 駆けていく樹を見遣って、何かを呟きながらカノンも後を追う。四方から八方から、続々と冒険者が集まっていく中に、森崎 駿真(もりさき・しゅんま)セイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)の姿もあった。
「セイ兄、これでこの事件も無事解決、といくかな?」
「どうだろうね。あれだけの攻撃を受ければ、いくら彼女が高い能力を持っていたとしても今は暑い季節、万全とまでは行かないだろうし、これ以上の抵抗はされないだろうね。ただ……」
「ただ? 何があるっていうんだよ、セイ兄」
「……いや、これは自分の憶測に過ぎない。聞かなかったことにしておいてくれないかな」
「? まあ、いいけど」
 首を傾げつつも気にしない素振りを見せ、カヤノが落ちたと思しき地点へ駿真が駆けていく。
(ここでもし、リングの力の反動が出て、何か予測のつかない事態が起きたとしたらと考えると……いえいえ、そういうことは考えない方がいいでしょうね。起きてしまえば、自分たちの力ではどうにもならないのかもしれませんから)
 そう結論付けて、セイニーが駿真の後を追う。そして、駿真を始め他の冒険者たちが、ついにカヤノの姿を視界に捉える――。
「……ん?」
 今度は駿真、首を傾げたままの位置から直ろうとしない。それはカヤノから発せられる雰囲気がそうさせていた。
「これは……一本取られましたね。とすれば彼女は今一体どこに――」
 冒険者がカヤノだと思っていたそれは、確かに外見はカヤノそっくりの、しかし本人に似せただけの氷像であった。そして何かの効力が解けたのか、カヤノの姿をした氷像が脆くも崩れ去り、地面に消え去ると同時に、駿真の携帯が着信を知らせる。彼だけではない他の携帯を持っていた者にも、着信を知らせるメロディーが鳴り響く。
 携帯を手にした駿真の表情が、険しいものへと変わる。それは、【ライト】に現れた“本物の”カヤノと配下の魔物が、部隊を蹂躙しているとの知らせであった。