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ベツレヘムの星の下で

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ベツレヘムの星の下で
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幸せの形

 中央の建物の中、壁側に並べられた椅子にい腰掛けたセルシア・フォートゥナ(せるしあ・ふぉーとぅな)の元に、温かい紅茶を満面の笑みでウィンディア・サダルファス(うぃんでぃあ・さだるふぁす)が運んできた。
「ルシア、お待たせ。寒くない?」
「……大丈夫。マントも、ありがとう」
 ツリーにオーナメントを飾って、暫く銀色のリボンを見つめたままだったセルシアを気遣ってかけたマントだが、やはりこの季節長時間外にいるのは負担になるだろうしセルシアが本来寒さに弱いので、名残惜しむ彼女の手を引いてもう1度建物へ戻ってきた。
「また、帰りに見て行こう」
 子供っぽい部分もあるけれど、誰よりも自分を気遣ってくれる。その優しさが嬉しくて、少しだけ彼を特別な視線で見ていることに気がついていても、この気持ちを口にすることは出来ない。
「あ、ルシア! あの窓から庭園がよく見えるぞ! ツリーも見える窓あるかな」
「……ツリーなら、イルミンスールでも見れる筈でしょ? そんなに珍しいものでも……」
 別にクリスマスだからって、特別だとは思わない。飾り付けをして祝うだけなら、薔薇の学舎でなくたってやっているのだから。
「そうじゃなくって、大好きなルシアとこうやって2人で見れることが嬉しいんだ。あっちは、友達や先生もいるから」
 2人で楽しんでいるつもりでも、誰かと会えば挨拶をしたり中々2人っきりだと感じることは出来ない。だから、別の学舎であれば知り合いも少なくて、2人きりで楽しめると思ったのだとウィンディアは語る。
「ルシアといるだけで、全部がきらきらして見えて、凄い幸せなんだ! また来年も、一緒に過ごしてくれるか?」
「そう、だね。来年も……」
 本当は自分だって一緒にいたい。こうして真っ直ぐ気持ちをぶつけてくれるウィンディアに、表に出さないだけでドキドキさせられっぱなしなのだから。けれど、何も言わない自分はもしかして狡いのだろうか。
「来年だけじゃない、もっともっと先も大好きなルシアといたい。どんな場所に薬草を採りに行くことになっても」
 いつもの無邪気な好きじゃなく、少し真剣さが含まれた瞳。出逢いが出逢いだったからか、また彼女が伏せってしまったらと思うと心配なのだろう。
「………ん……」
 そうまでして守ってくれることに、ありがとうと伝えたい。けれど、やっぱりストレートな言葉には慣れなくて、目線を逸らして頷くだけになってしまう。
(時々、眩しくて真っ直ぐ見られないけど……それでも私を照らして、温めてくれる)
 ちゃんとした答えはもらえなくても、その反応が見られただけで十分。些細な反応を見逃さず、こうしてずっと支えてあげたいとウィンディアは思う。
(……ウィンは私の光なんだよ……側にいたい。これからもずっと……)
 やっぱり口にすることは出来ないけれど、いつか伝えられる日がくるのだろうか。ウィンディアの袖を握り、少しだけでもここから伝わればいいなとセルシアは願うのだった。
 建物の外では、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が彼女たちと入れ違いのようにツリーを飾り付けて眺めている。どうしても行きたがったクリスティーに対し、ハロウィンの件でやりすぎたことを詫びるためにも同行したクリストファーは、そのために苦労を背負い込む羽目になってしまった。
(……ま、黙ってろって言うんだから、仕方がないけど)
 ここ数日は熱心なクリスティーの教育が続き、いつ行くのを止めようと言い出してもおかしくなかったのだが、最後には「楽しみだね」と笑うのだから今更取り消せるわけもない。それに、こうして楽しそうな様子を見れば、あの努力も悪くはないかなと少しだけなら思える。ほんの、少しだけならば。
 しかし、慌てて詰め込んだ知識も披露することがないかと思うと、それはそれで悔しい物がある。中央の建物にはパートナー同士で訪れる者が多数いるとは言え、厳かに過ごそうという人の方が稀なようで、クリスマスなのか単なる騒げるパーティなのかよく分からない盛り上がりを見せている。
 そんな中、神和 綺人(かんなぎ・あやと)クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)を連れて建物から出てきた。オーナメントを手に語らっている姿を見れば、飾りに来たのだろうと正面のスペースを空けて少し離れた位置からツリーを見上げる。
「ありがとう、あなたたちはもう飾り付けたの?」
「まあな、俺はあそこに飾ったけど」
 そう指さした先にはクリストファーがビーズで作ったシャワーガーランドがあり、キラキラとツリーに巻かれているそれはプリンセスの首もとを飾るネックレスのように輝いていて男性が作ったようには見えない。
「わぁ……可愛いですね」
 少し落ち込んだ様子だったクリスも、色んなオーナメントに飾られたツリーの中でとっても可愛らしいその飾りに癒されたのか、小さく笑みを浮かべる。
「ああいうビースアクセサリー、作るの趣味なんだよな。気に入って貰えたなら良かった。そっちは?」
「うん、僕は赤いりんごを」
 この大きなツリーに対しては小振りに見えるが、きっと一般家庭の室内で飾るのなら十分な大きさのオーナメント。自分の目線にしっかりくくりつけていると、隣には人参が。見たことのないオーナメントに、誰が持ってきたのだろうとじっと見つめていると、クリスティーが笑う。
「あ、もしかして人参の意味がわからないのかな? イギリスでは一般的なんだよね、クリストファー」
 今こそイギリス人としての知識を振るうときが来た……と言う割には何だか不安そうな面持ちだが、クリストファーは人参のおもちゃを突きながら説明する。
「南半球では違うらしいけど、北半球ではサンタはトナカイが引くソリに乗ってやってくるだろ? 人参はトナカイへのプレゼントなんだ。24日の夜はクリスマスツリーの側の机の上に、水とニンジンを置いておくとトナカイが休憩してくんだ」
「朝見ると齧られているんだって。素敵だよね」
 とても夢のある話に、来年からはちゃんと用意してあげないとねと綺人たちは顔を見合わせて楽しそうに話している。
「……クリストファー」
 クリスティーが小声で話しかけ、自分たちはもう建物に戻ろうと促す。確かにもう飾り付けも終わったしツリーは中からも見られるし、この場にいる理由はないのだが、なぜ急に言い出すのだろう。
「あのこ、大事な話があるんじゃないかな。すごく緊張しているように見えるし」
 言われて見れば、確かにクリスの様子は落ち着きが無いかも知れない。その様子に状況を察したクリストファーは、飾られたりんごを見てクスリと笑う。
「アダムの原罪の木の実は永遠の象徴……叶うといいな?」
「え?」
 オーナメントの意味など全く知らない綺人は、その言葉が何を差しているのかわからない。けれど、クリスが驚いたような顔をしているから、何か知っているのだろうか。
「それじゃあ、ボクらはそろそろ……また後でね。メリークリスマス」
 そうしてクリストファーたちは建物に戻っていく。どうなるんだろうかと少し緊張もするけれど邪魔してしまっては可哀相だ。
「……クリスティーはいないのか? ああいう相手」
「ボク? そうだなぁ……クリスマスは家族と過ごす物だと思っていたから、クリストファーと来られただけで嬉しいよ」
「ふぅん、そういうもんか」
 からかったり、自分の我が儘で振り回したり。クリスティーに迷惑をかけているのは自覚しているけど、彼は一緒に行こうと誘ってくれた。他に行く人がいないのか、それとも目を離すのは心配だと思われているのかと考えないことも無かったが、一生懸命に色々教えてくれて、こうして笑顔で家族だと認めてくれると何だかこそばゆいものがある。
 埋め合わせなんて言い方は、ちょっと可哀相かもしれない。今日くらいは大人しく一緒に楽しんでやろうと、クリストファーは思うのだった。
 そして外では、大きなツリーをひとしきり見上げて薔薇園の中を歩き出した綺人とクリスが、出来るだけ他のカップルを邪魔しなさそうな人の少ない場所を選んで進んで行く。
「この時期に実家にいないのは、なんだか不思議な気分だね。今頃みんなどうしてるかな……」
 いつもはしつこいくらいに帰ってこいと言われる年末に、急遽「帰省を遅くしてくれ」という連絡があった。それなら3人でこのパーティにと思っていたのに、ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)は一足早く帰ってしまった。
(こき使われてなきゃいいけど……無理だろうなぁ)
 姉に振り回されている姿が目に浮かぶようで、少し心配になる。ユーリだけ呼び出した理由も気になるけれど、今はクリスが落ち込んでいるのが気になってしまう。
「……クリス、どうしたの?」
「いえ……その」
(言えません、プレゼントを忘れてしまったなんて。雰囲気が重要なのですから……)
 本当は今日、綺人にニーベルリングを渡そうと用意して、それとともに告白を……なんてシミュレートしていた。きっと恋人たちがたくさんいる会場で、2人きりでロマンチックな雰囲気になったりして、そのときは……! と思っていたのに。
「僕とじゃ、つまらなかったかな……?」
「そんなことないです! 私はアヤと来られてとっても嬉しいです、だってユーリさんも――」
「ユーリも?」
(そのために帰って頂いたとは、さすがに言えませんね)
 作戦をバラすわけにはいかない。けれど、言いかけた口を噤めば一体何なんだろうと反復されてしまうのも当然だろう。
「……えっと、来られなくて、残念がっていると思います」
 当たり障りのない回答で回避すると、向こうは大変そうだよねと苦笑する。まさか、自分がこのパーティで告白したいがためにユーリを綺人の姉への生け贄として捧げただなんて言えるわけもない。
(折角協力して頂いたのに……ユーリさん、ごめんなさい!)
 自分の恋心と2人の微妙な関係をもどかしく思い、自らセッティングに協力してくれた。告白が成功してもダメだったとしても、今の関係をどうにかしようと行動したことでユーリの苦労は報われるのに、告白すら出来ないとあっては顔向けも出来ない。
「ね、クリス。言いたくない悩みなら無理に聞かないよ。その代わり約束して? 今度は一緒に楽しんでくれるって」
 自分が勝手に落ち込んでいるだけなのに、綺人は気遣ってくれる。今は無理して笑う必要はないと優しく笑ってくれる姿を見て、クリスはときめいてしまうのだが。
「今度は、みんなでたのしもうね!」
(アヤ……やっぱり私は妹でしかないのですね……)
 クリスの恋心に全く気がつくことなく、綺人の屈託のない笑みにクリスは物悲しくなってしまうのだった。しかし、何より1番悲しいのは、遠い地で2人の進展を願って散々な目にあっているユーリだろう。
 ――3人が幸せになれる日が、いつかやってきますように。
 そうして、中央の建物から鬼崎 洋兵(きざき・ようへい)ユーディット・ベルヴィル(ゆーでぃっと・べるう゛ぃる)が出てきた。洋兵は腹をさすりご満悦だが、ユーディはほんの少し不服そうだ。
(折角軽食でも貰って園内を歩こうと思ってたのに、計画が丸つぶれだわ)
 どうにか相棒以上に思って欲しくてデートを申し込んだ。めんどうくさがりな彼に対して「タダ飯」を強調してしまったのがいけなかったのか、持ち歩き用の物を選んでいる間にすっかり皿を手にとり食いだめモードに入っていた。食べれば満足して散歩にも付き合ってくれるだろうと思っていたのに、普段が質素な生活だからかここぞとばかりに食いまくり、やっとの思いで建物から引っ張り出せた。
「いやぁ、さすが金持ちの学校だな。どれも美味かった」
「もー、洋兵さんがずーっと食べてるから待ちくたびれちゃいましたよぉ」
 ちょっぴり拗ねた風に言ってみても、洋兵は豪快に笑って言葉だけの謝罪をする。そして、特に気に入ったらしい料理の話をし始めるので、このままでは良い雰囲気に持っていくことも出来ない。
「ところで! 洋兵さんはオーナメントどうしたの?」
 急に遮られた会話に少し驚きながらも、洋兵は持ってきていたフラワークリップを取り出した。
「飾れれば何でもいいと思って、朝顔の……フラワークリップ? ってヤツにした。この花が好きなんだ」
 ちらりとツリーを見れば同じ物はないけれど、逆に自分らしくていいかと笑っている。
「ワタシもフラワークリップなのよ、花は違うけれど」
 ユーディットが差し出したのは薔薇で、薔薇園に合わせたのかと洋兵は勝手に納得する。けれども、それはオーナメント以上に意味のある物だった。
「洋兵さん。ワタシ、朝顔似合うかな?」
「なんだいきなり」
「……答えて」
 自分にはなんともない質問でも、ユーディットには重要な質問だったのだろう。緊張した面持ちで見つめてくるから、手の中の朝顔と交互に見る。
「似合わなくは、ないな。ひまわりみたいに強く主張しない、傍らで咲いていてくれそうなところが」
 怒るとこわいけれど、と言う言葉は心の中に閉まっておいて、思った通りに伝えるとユーディットは幸せそうな顔をしている。
「それじゃあ交換! 洋兵さんも薔薇が似合うと思うから」
「おいおい、おじさんにそんな華やかなのが似合うわけないだろう」
 それでも、にこにこしながら差し出してくるから意味も分からず交換する。ユーディットは伝えたい気持ちを花言葉に込めていたから、この交換が凄く意味のある物だった。
(あなたを愛していますって、気付いてくれるかしら)
 告白の定番とも言える薔薇。鈍感な彼には遠回しなアピールが効かないかもしれないけど、さすがにそれくらいは知っているだろう。そう思いたいが言葉で確認するのも気が引けて、並んでツリーへと付けた。
「……子供もいるしなぁ。いや、煙草が吸えないなと思ってな」
 飾った薔薇を見ながら呟いた言葉は思いの外大きかったようで、誤魔化すように園内が禁煙であることを悔やむ。その今更のような言葉に、ユーディットは少しくらいは脈有りなのだろうかと嬉しそうに洋兵の腕へ抱きつき寄り添うのだった。