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リアクション
山本 夜麻(やまもと・やま)とヤマ・ダータロン(やま・だーたろん)は、森に誰もいないイルミンスール魔法学校を再現してもらっていた。
何をするかというと、電脳空間でもないとできない学校イタズラツアーをしたいのである。ここぞとばかりにストレス発散して悪逆の限りをつくそうというのだ。
「こんなの、リアルじゃやれないもんねー」
「ぎゃははは! だからやるんだよ、いくぞ!」
ピンクのカバに煽られて、少年はさらなる非道の道に足を踏み出すのである…
「まず腹ごしらえしようよ。そう食堂! 普段頼まない一番高い定食を頼んじゃうよ!」
「…でも人いねえ! 冷蔵庫あさりもなかなかできねえぜ、やっちまえ!」
厨房に忍び込み、超どでかい冷蔵庫を開けると、肉のかたまりなどうまそうなものがどっさりと出てくる出てくる。二人は大喜びでバーベキューをはじめた。なんとテーブルやイスを破壊して薪にかえての所業である。
「次は美術室! なんか無駄にオオババさまの彫像や肖像画がたくさんあるんだよね」
確かに壁際にぎっしり並んだ彫像や、いろいろなところに飾られている肖像画はすべてアーデルハイトである。
「ここはやっぱお約束だよな」
「やっぱ、額に肉だよね、イヤッホー!」
「俺は肖像画のマユゲ全部つなげてやる! ヒャッホー!」
美術室のものはついに何一つ彼らの魔手を逃れ得なかった。
俺達くだらねー!!! とゲラゲラ笑いながら蹂躙を加えていく二人の姿は、それこそ悪魔である。
「そして校長室!」
「ヤマモト、校長ごっこいきまーっす!」
校長のあやしげなイスにどっかりとふんぞり返る夜麻は、だいぶはみだしていてもうそれだけでおかしい光景だった。物まねまで始めるともう収集はつかない。
「蒼空学園に負けないよぉに、頑張りなさぁい!」
「ぎゃーっはははは似てねえ!! じゃあ俺は対抗してロリババさまいくぜ!」
さっとカバは適当にポーズを決めて叫んだ。
「こんなこともあろうかと! こんなこともあろうかと!」
もうだめだ。
「そんじゃあ次は女子トイレだ!」
「そ、それは駄目駄目却下! エロカバめ!」
非道の限りを尽くしてきたくせに、夜麻は女子トイレと聞いて慌てた。
「いいじゃねえか、なら女子更衣室で…」
「だから駄目だって! さすがにログアウトされそうだよ」
「破壊だのドロボーだのOKで、女子トイレが駄目ってどういうこったよ…」
「いや、なんとなく」
「さてクライマックス」
「やるんだな、やるんですな?」
「世界樹でキャンプファイヤー!」
「バーニング!!!」
火術と破壊工作を駆使しても、世界樹はそのあまりの大きさゆえにに、流石に簡単に燃えるものではなかったが、彼らのイタズラへの情熱は、それしきで萎えるような容易い決意ではなかった。
多分、その対象がイタズラでなければ、彼らはきっといい生徒になるであろう。
空飛ぶ箒で食堂からくすねた油を撒き、あやしげな薬まで持ち出し、とことんまで頭をひねって惜しみない努力をし、徹底的に世界樹への情熱を物理的に燃やし続けてついに成し遂げたのである。
「…退学どころか、骨まで溶かされても済まないだろーなー」
「実際やっちゃったら退学ものだよねー」
二人の間には実際のキャンプファイヤーに時々あるような、『ああ、これで終わっちゃうんだな、寂しいな』とか、『楽しかったよね、忘れないよ』といった、全てを強制的に素敵な思い出に変換してしまう独特の空気が流れていた。
ぼんやりと夕日を眺めるように、燃え上がる炎の熱をかすかに感じながら、二人はしみじみと笑った。
さすがにこの二人の所業は、フューラーの判断で隔離されて、誰の目にも触れなかった。
ビル街に、巨大な影があらわれた。
明智 珠輝(あけち・たまき)は、巨大化を望んだ。超感覚による獣人化で白虎の耳を装備して自らの萌えの内圧を高め、悦にひたっている。
「ふふふふふ、巨大になるって爽快ですね…見て下さい、もっと見て下さい!ケモミミで私の萌えポイントアップな私を見つめてください…!」
どこにあるかわからないカメラに向かってカメラ目線、自分がもっともよく見える角度を探してビルに腰掛ける。
藤咲 ハニー(ふじさき・はにー)もまた、巨大化を望んだ。彼女はもともと兎の獣人なので、ナチュラルボーンケモミミである。バニーガールの格好でムチを握られるとこわい。
「楽しいわねえ新感覚!もっと楽しませて頂戴っ!!」
「うふふあなたは素敵ですねえっ!!」
「珠輝こそ素敵じゃないのおっ!」
かくして、巨大ケモミミ怪人達はビル街を圧倒し、驚異!ケモミミ怪獣大決戦は封を切られたのである!
リア・ヴェリー(りあ・べりー)はさっきからずっと金切り声をあげていた。ノリノリで巨大化し、怪しげなポージングをするわ、高笑いしてビルを破壊するわ、絶対にお茶の間に流してはいけないような無体を働き続ける二人を必死で止めようとしていたのだ。
「あああ! いくら仮想世界だからといって! あまり無茶すると強制ログアウトになっちゃうぞっ!」
しかし悲しいかな、リアは常識的なサイズのままだったので、比較として巨人に声が届かない。だが向こうはなんとなくこちらの言うことを把握して、かつ無視しているような空気がある。楽しい破壊活動を止める気などさらさらないのである。
「珠輝っ!そこで脱ぐな!! 藤咲さんっ、やめてくださいっ!!! ちょっ、破廉恥ですよっ!!!」
とうとう巨大化に興奮しまくった珠輝が服を脱ごうとし、ハニーはムチを振りかざす阿鼻叫喚の世界が繰り広げられる…
神代 正義(かみしろ・まさよし)は、正義のヒーローである。
ヒーローであるからには、かっこよく変身し、かっこよく敵を倒し、かっこよいシチュエーションにて、かっこよく決め台詞とともにポーズを決めるものである。
そんな彼の前に、巨大なケモミミ怪人が現れてくれたのだ!
「街にあらわる巨大な影、倒せみんなの笑顔のために、パラミタ刑事シャンバラン!!」
とりあえず自分でナレーションをいれた、しまったラジカセがないぞっ、と思ったら、どうやら誰かが空気を読んでくれたらしく、どこからともなく「ゆけ!シャンバラン」のテーマソングが流れ出した。流石は夢を叶える世界である。
「しかしそれならナレーションも入れてくれればっ!」
それはおそらくうっかり次回予告のヒキっぽかったがゆえの認識ミスである。うっかりさんだ。
―この世に悪が現れるとき、神代 正義は「パラミタ刑事シャンバラン」へと変身するのであった!―
「瞬着!パラミタ刑事シャンバラン!」
光が走り、どこかともなくマスクがあらわれ、変身が完了した。これは決まった…!
となれば次は、こう叫ばねばならない。
「こぉぉぉぉい! シャンバルガー!!」
指をパチンと鳴らし、巨大メカよ我が元へ来いと念じる。
すると、何か巨大なものが移動してくるかのような轟音と振動を感じた。それは海の方から響いてきた。
…ある種のヒーローは、力を手に入れ、孤独な戦いを運命づけられたときから、その力をもっとも有効に発揮できるポーズをどういうわけだか知っているものだという。
たぶんそれと同じ理屈で彼は、波をかき分けて自分に向かってくるメカに向かって、喜びの叫びをあげた。
「サーフィンしようぜーっ!!!」
メカから放たれる光るネットをくぐって、彼はメカと融合した。
―あれっ?
正義は中で巨大メカを操縦することを望んでいたはずなのだが、気がつけば巨大メカの『中の人』になっていたのだった。
「な、中に人なんていませんよーーーーーっ!?」
焦ってメカの腕を振り回し、足を踏み出し、そしてついうっかりビルの何本かをなぎ倒してしまう。
「ひ…ヒーローたるもの、人を救わず破壊活動とはなんたることだーーーーっ!!!」
自分のしでかしたことに嘆くシャンバルガーに、本物の雷が落ちた。
「おまえら、話を聞けーーーーー!!!!」
「うわぁぁぁぁっ!!!」
なぎ倒され、蹂躙され尽くしたビル街や瓦礫、そこかしこであがる火の手や煙が立ち込める中、くるりと巨大な天使が振り返る。怒りのあまり、自分も大魔神と化してしまったリアである。
「……あなたも、これ以上バカなことやるっていうんですか?」
リアが完全に据わった目で、シャンバルガーをねめつけた。
「珠輝オヤツなし、藤咲さん森へ帰れ、であんたは?」
「オヤツ抜きは勘弁してください」
「や、やぁねリアちゃん! ちょっとヤンチャしちゃっただけよぉ〜、怒らないで、ねっ♪」
シャンバルガーは嘆く。あとは『シャンバランダイナミィィィック!悪は滅びろ!』というだけなのに、もはや果たせそうになかった。
二人の怪人と共に、天使に土下座してしまうシャンバルガーである。
「老君!どこにいるんだーっ!」
可憐な声が、声を張り上げて自分を探しているのが聞こえた。
この可憐な声の持ち主は、実は老君の相方の牙竜である。ログイン時にこっそり、姿を美少女に変えてもらったのだ。
「おやおや、牙竜がワシを見つけてしまったようじゃのう」
光るマーカーが真っ直ぐ自分へと向かってくるのも見える、見つかるのは時間の問題だ。
あたりは巨大な人影が暴れまわっていて、老君はスケールの違いを楽しんでいたのだが、そろそろ切り上げのようだ。
とりあえず、そばの瓦礫の下にもぐりこみ、被害にあった装いをする
「老君!大丈夫か!」
せっかく老君を見つけたというのに、彼は瓦礫の下に埋まっていた。
牙竜はあわてて駆けつけ、力任せに瓦礫をどけた。アリスの姿になっても行動は変わらないため、とても大胆な格好である。
「大丈夫か!」
「うほほ…もうちょっとじゃ…」
このような状況でも、老君はスカートの中を覗こうとしていた。一発で仮病はばれた。
「どうでもいいから、この姿を元に戻してくれよ!」
助け起こした老君にわめくと、うるさそうに眉を上げた。
「なに、おぬし気づいておらぬのか」
「何がだよ!」
「おぬしの強い意志が、この世界ではすべてを決めるのじゃ、それしきの欺瞞など剥がせぬで、ケンリュウガーを名乗るなどおこがましいわ!」
牙竜はショックをうけた、すべては己を高めるための修行だったのか!
そうとわかれば牙竜は自信がみなぎってくるのがわかった。
―こんな華奢な腕では誰一人守れない、こんな細い足ではどんな悪にも追いつけない、こんな細い腰では敵の攻撃に耐えられない、こんな胸では…ええと、ええと、ゴメンナサイっ!―
最後にかなりへたれたが、牙竜はやってのけた。今の自分の姿を、元の姿のイメージで塗り変えるという強烈な意志を発揮したのだ。
「…戻った…戻ったぞ老君、やった!」
「よりにもよって、その方法で戻るのはわしへの嫌がらせか!」
老君はものすごいダメージを受け、ぐったりと呟いた。
そう、そのやり方は、どこぞの魔法少女とか美少女戦隊と見まがうような…視覚の暴力だったのである。
美少女がキラキラ輝き、夢とメルヘンに満ちた変身バンクの中から、いきなりむさい男が飛び出してくる…これに絶望しないものは、この世にはいるまい…。
老君のダメージなど委細かまわず、さっさと牙竜は変身の動作に入った。
手の中に変身カードが現れる、ベルトが腰でかすかな光を纏って起動、流れるようにカードはベルトのバックルに収まり、承認がなされ…
―セレクト・ケンリュウガー―
…ベルトに納められたエネルギーが転換、現代科学では説明できない超古代の原理によってベルト内の構成物質が全身を覆い、スーツ、アーマー、ヘルメットが形成…そうして、ケンリュウガーは爆誕するのだ!
「ケンリュウガー。ただの正義の味方だ!」
しかし、見上げた先には、巨大ケモミミと巨大ケモミミと巨大メカを土下座させている巨大な天使がいる。
―あ、すいません放送局製作会社ごと番組間違えました。
せっかく変身ができたのに、そう思ってしまったケンリュウガーはたぶん悪くないんだ。
だから画面の前のみんな、そんなケンリュウガーに声援を送ってあげてくれ!
次のケンリュウガーの活躍を期待しているぞ!!
孫 紅麗(すん・ほんりー)と、マリアルイゼ・アントールナン(まりあるいぜ・あんとーるなん)、豊田 芹香(とよた・せりか)の三人は、レースによさそうな場所を探していた。
「さて、芹香さんの歓迎会をしたいのですが、カーレースが思いっきりしたいとご所望でしたのでね」
電脳空間へ来て、ついでにそう決めたのはいいが、どうせなら現実では絶対にできないシチュエーションでやろうと思ったのだ。サーキットもダウンヒルもヒルクライムも、探せばどこにだって現実での可能性はあるが、絶対に現実ではできないところを探すしかない。
「おぬしら、市街地はどうじゃ?今なら人もいないじゃろうしな」
「そうやね、それがええやん、さっすがマリアルイゼ様」
いざそうして市街地に来てみると、ビル街はほとんどが倒壊し、おまけに巨大メカや巨大怪人、巨大天使が跋扈していた。
紅麗は思わずなにこれ、と呟いたが、このむちゃくちゃな状況に芹香は俄然やる気を出した。
「ちょっとー、なんやこのシチュエーション! ここや、ここがええ! あたしはここを制してみせたるわーっ!!」
「本当にいいんですか?」
「まあ、ここまで喜んでおると聞かんじゃろう。それに芹香の歓迎会なんじゃからな」
「そうですね、じゃあ、ルートを決めますか」
「おぬしがきちんとルートをたどれるかは謎じゃがのう」
ビル街は、北と南に目印になりそうなビルがあり、二つのビルをあわせてぐるりと回る形のルートをとった。大まかな方向を合わせればどんなルートを通ってもいいので、南から出発して三周して戻ったタイムを競うのだ。
この状況ではさっき使ったルートが次周塞がっている可能性があり、逆も然りである。
紅麗の車は『驚き』という意味の名を持つスーパーカーである。低い車高と四方を鋭く削りだしたようなデザインはいかにも早そうだ。
マリアルイゼの車は、恐ろしい蛇を車にしたというような、どこか生き物然としたファッションスーパーカーである。有機的なラインが力を感じさせる。
芹香の車は、前二人とはちがって古いデザインのクーペだった。しかし彼女はこの車をことのほか愛しており、そうであるからには運動性能も尋常のものではないだろうと思われた。
「では、カウントダウンいきますよ」
視界のサポートが進行方向を指し、数をカウントしはじめた。
このナビがあれば、紅麗も迷うことはなさそうだ。数字が減り、じりじりとエンジン音のボルテージはあがる。
数字が0になった瞬間、三大はドラッグレースさながらスタートラインからはじけとんだ。
紅麗は最初に北のビルにたどり着いた、途中で巨人の足をすりぬけ、バックミラーであわてて回避にカーブをするマリアルイゼを見ている。モンスターエンジンの勢いを殺さずリアブレーキを引いてハンドルを右に切り、カウンターをいれてドリフトを決める。芹香がそこに追いつき、カーブを抜けてすぐ後ろに顔を見せた。
芹香は目の前の車に気をとられて、すぐ後ろにつけるマリアルイゼに気付くのが遅れた。加速力にまかせて後ろから鼻先を入れられ、とっさに左側に寄ったのが悪く、瓦礫の悪路を踏まされた。
「こんのやろっ!!」
「儂を離せると思うたか」
ハンドルを握る芹香に怖いものはない、たとえそれが愛するマリアルイゼであろうとも、今は彼女の獲物なのだ。
目の前の道路がビルで塞がっている、紅麗がどっちのルートをとったかはわからないが、それぞれ左右に分かれて迂回した。
マリアルイゼのルートに紅麗はいた、少し引き離されたらしくテールが遠い。
「来ましたね、我が主といえどここは通しませんとも!」
まもなく南のビルが見えてくる、どちらにせよ平坦な道ではなく、二台は障害物に速度を落とさざるをえない。
そこに芹香が二台の先をとった、なんと倒れた壁材をバンクに滑り込んできたのだ。
しかしレースはまだ、始まったばかりである…。
「ちょっと、この人たちもみんな隔離しといたほうがよかったかな…」
フューラーはそっと呟き、額を押さえた。
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