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リアクション
3.オープンは賑やかに
学生たちの必死の追い込みの甲斐あって、絵本図書館ミルムは予定通りの日にオープンの運びとなった。まだ間に合っていない箇所もあるが、それは追々整えていくしかない。
冬晴れの街では、勇とラルフが道行く人々に完成した案内パンフレットを配り、ミルムの開館を宣伝していた。
「ねぇっ今度素敵な絵本図書館ができたんだよ!」
勇は子供の目の高さにあわせ身をかがめてパンフレットを手渡し、
「どうぞいらして下さいね」
ラルフは子供を連れたお母さんの手に、にっこりと笑顔を向けてパンフレットを持たせる。見事な役割分担だ。
図書館玄関の外では、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が袖口や裾に白いファーがもこもこついた赤のフレアーワンピースに、白いボンボンがついた赤い帽子、といった地球でいうサンタ風の衣装を着て、紙芝居を上演している。
紙芝居の題名は『サリーちゃんの絵本』。
その内容は、家にあった絵本を読んで幸せな気持ちになった女の子が、その絵本を友だちに見せたら、友だちも幸せになって。どんどんみんなに見せていったら、見たみんなが笑顔になって、楽しい毎日がやってきました――というもので、ヴァーナーが絵本図書館とサリチェにあわせ、自分で作ったお話だ。
ヴァーナーが語り終えると、聞いていた子供の小さな手がパチパチと拍手を贈ってくれた。
「ねえ、その絵本ってどんな名前なの?」
幸せになれる絵本、と聞いて興味を持ったのか、赤茶の目を見開いて尋ねる子供に、ヴァーナーはこう答えた。
「名前はひみつですけれど、じつはこの絵本はここの図書館のどこかにあるんです。だから、いっぱい絵本を読んだら、きっと幸せになる絵本が見つかるです」
サリーちゃんの持っていた絵本の題名も内容も、紙芝居の中には出てこない。だけど、どの人にもどの子にも幸せになれる絵本との出会いはきっとあるはず。
幸せになる絵本を探そうと図書館に入って行く子を、ヴァーナーはどんな悪人でも改心してしまいそうな、とびっきりの笑顔で後押しする。
「いってらっしゃい。さがしてみてね」
どうか絵本との良き出会いがありますようにと。
玄関を入ってとすぐの場所では、薫が手荷物預かり所を設け、来館者の荷物と引き替えに番号札を渡していた。
預かり所の壁には薫の字で書かれた、
『とうなんぼうしげっかん
きをつけよう さいふのなかみと せけんてい』
という張り紙がしてある。そして荷物を預かるカウンター代わりのテーブルには、くまさんがカバンを掲げているPOPが置いてあり、そのカバンには丸っこいレタリングのされた文字で、『かばん、おあずかりします』と書いてあった。
「ずいぶん可愛いお知らせね」
様子を見に来たサリチェが笑うと、薫は首を振った。
「拙者ではござらぬ。気が付いたら置いてあったのでござる」
来館者が途切れた時の暇つぶし用にと、愛読書を取りに行って戻ったらテーブルの上に乗っていたのだと、薫は説明した。
「誰かが作ってくれたのかしらね。そういえば、注意書きも誰かが貼ってくれてあったのよ」
サリチェが指す処には、吹き出しつきでライオンくんが『本はたいせつにしよう』と喋っているイラストが貼られている。他にも、ウサギさんが『よんだ本はもとのばしょにもどしてね』と喋っているイラスト等、図書館のあちこちに子供に呼びかける注意書きが貼られているのだと、サリチェは言った。
イラストや文字からみて、描いたのは同一人物のようだが……。
「きっと、預かり所をやることを知ってる誰かさんが、こっそり作ってくれたのね」
「あ、それって……にんにんにんにん」
ここは言わずにおくべきかと、薫はやたらと可愛いイラストの張り紙を見上げて肯くのだった。
手荷物預かり所を過ぎれば、そこは貸し出し返却カウンター。その奥に事務室がある為に、カウンター内は手伝いの学生が忙しく行き来していた。
佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の今の担当はカウンター。開館したてだから返却に来る利用者はおらず、主に貸出手続きがその仕事だ。
「本の運搬に疲れたら、カウンターの仕事と交代するからね」
開館までに分類が間に合わなかった本を未分類の書架から運び、分類が終わった本を配架する作業をしている御凪 真人(みなぎ・まこと)にそう声をかけると、真人を手伝っているトーマ・サイオン(とーま・さいおん)がぱっと顔を輝かせる。
「代わってくれんの? じゃあオイラ外で遊んでくるから……」
「仕事しなくて良いという意味ではないですよ。ああ、手元をおろそかにしないように気を付けて。本は大切なものですから慎重に扱わねばなりませんよ」
「うん、分かってるよ、にいちゃん」
単調な作業は苦手なトーマだけれど、真人の注意は受け入れて手元でずれかかっていた本をきちんと直した。遊びたくてたまらないけれど、にいちゃんに手伝ってくれと言われたからには仕方ない。利用者の子供たちにも本の扱いを注意しながら作業をする真人の後を、トーマはしぶしぶながらついていった。
「いらっしゃい。本を借りたいのかな?」
カウンターにおずおずと近づいてきた男の子に、弥十郎は爽やかに笑いかけた。生真面目そうな顔をしたその子は、ううんと首を振る。
「あのね、リューくんにね、おたんじょうびの絵をあげたいの。でね、おてほんにするから、動物がいっぱいの本、かりたいの」
「動物……ええと、動物の本のある書架は、っと」
どこだったかと弥十郎が館内地図を指で追い始めると、隣でカウンター業務の手伝いをしていた仁科 響(にしな・ひびき)が、ここ、と書架の1点をさした。
「一番下の棚に、黄色の背表紙の『みんなあつまれ』という本があるはずです。あの本なら動物も多く載っているし、パーティのシーンだから誕生日の絵を描くには向いてるでしょう。もしそれが求めている絵でなければ、その近くに動物の本が集まっていますから探してみるといいですよ」
「そんなの記憶してるんだ。さすがだねぇ」
「相当数の絵本を速読しましたから」
感心する弥十郎にあっさりと答え、響は男の子に微笑みかける。
「『みんなあつまれ』の絵本はね、すごく楽しいパーティのお話なんだよ。リューくんのおたんじょうびも、楽しい日になるといいね」
「うん! ありがとう」
「よしよし。さ、一緒に見に行こうか」
子供の嬉しそうな顔も響のいきいきと働く様子。どちらも嬉しく思いながら、弥十郎は男の子を連れて指定された書架へ向かった。
「これとこれと……あとこっちもだな」
「あまり数を寄越すなよ。本の塔を運べるほど、我の運動能力は高くないぞ」
書架から取り出した本をチェックしては重ねてゆく和原 樹(なぎはら・いつき)に、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)は軽く釘を刺しておいた。本は見た目よりも随分と重いもの。もう1冊もう1冊と重ねれば、ずっしりと腕の筋肉を軋ませる。
「あと1冊だけ……。そこで何してんの?」
樹の言葉の後半はフォルクスではなく、書架の蔭にしゃがみ込んでいる男に向けたものだった。
「い、いや……本の整理を……」
「その書架はもう整理し終わってるんじゃなかったっけ?」
途端にしどろもどろになった処に樹が畳みかけると、男はそうだったとかもごもごと口の中で呟きながら、その場から去っていった。
樹は男が懐に入れようとしていた本を手に取ってみた。ミルムにある他の本と比べて小ぶりで軽い絵本だ。
「あれ、これは……日本語?」
手触りもつるつるしていて、文字は見慣れた日本語の印刷だ。地球人と契約していればシャンバラ人でも読めるだろうけれど、手描きの絵本がたくさんある中、どうしてわざわざ大量印刷絵本を盗もうとするのだろう。
「それは高価で取引されるのだぞ」
フォルクスに言われても、樹にはそうは思えない。
「こんなどこにでもある絵本がか?」
「この地では本は貴重品。だがそれ以上に、地球産の本は希少の品なのだ。それを含め、個人でここまで集めるとは熱意としか言いようがない。大したものだな」
「六都市と空京以外で図書館ができること自体、珍しいし。良くも悪くも注目されるんだろうな」
「ああ。……それよりそろそろこの本を何とかして貰いたいんだが」
「あ、忘れてた」
目をむいたフォルクスに軽く謝ると、樹は男から取り戻した絵本をフォルクスの抱えた本の上に載せ足した。
「それからこっちも……」
「一度には無理だ。また往復すれば良いだろう」
もはや限界、というフォルクスに、持ってきた本の配架を終えた神和 綺人(かんなぎ・あやと)が声を掛ける。
「大変そうだね。本を運ぶなら手伝うよ」
「任せて下さい。私、結構力あるんです」
「……どこに運べば良いのだ?」
綺人のパートナークリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)とユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が手分けして本を取り、樹から場所の指示を受ける。
「クリスさんが持ってるのが隣の部屋で、ユーリさんのがカウンターだね」
「こっちは任せてください。大変だけど頑張りましょう」
「……ではまた」
本の整理は尽きせぬ力仕事だけれど、幸い、手は多い。手伝い手伝われ、休憩を取り交代し。着々とミルムの本は利用しやすく並べ替えられていくのだった。
樹に注意を受けた男は、また別の場所に行くと本の物色を始めた。荷物が持ち込めない為、隠し持てるのは薄い本だけだ。本の奥付をチェックして目当てものを探す。慣れた動作には無駄がなく、これまでにもどこかでこんなことをしていたのではないかと察せられた。
やがて男は1冊の本に狙いを定めた。これもまた地球産の絵本だ。地球行きにかかる運賃は高額であり、地球産の絵本はなかなか出回らない。裏ルートに流せば良い金になるはずだ。
本を懐に忍ばせようとしたその瞬間、男の首根っこが掴み挙げられた。
「……ちょっと一緒に来てもらいましょうか」
口調は丁寧だが、橘 恭司(たちばな・きょうじ)の青い目は冷ややかだ。
「いや俺は別に……この本をどうにかしようと思ったわけじゃ……」
薄笑いを浮かべて言い逃れようとした男に、恭司はにこりともせずに言う。
「さきほどのやり取りも見ていましたから」
まずい、と悟った男は抵抗を始めた。襟首を掴んだままの恭司を振りほどこうと、手足を振り回す。必死の暴れようだったが、その腹を背後から潜り込んだ恭司の拳が軽く抉ると、男は静かになった。
「ここでは人の迷惑になりますから」
お仕置きは路地裏で、と恭司は男を引きずるようにして図書館から出て行った。
「やっぱり悪さをする奴はいるよな」
恭司に連行されてゆく男を眺め、国頭 武尊(くにがみ・たける)は心を決めた。図書館を警備していてくれる学生がいてくれるし、手荷物の持ち込みも禁止されているから、本に何らかの被害が出ることは少ないだろう。けれど、絵本のどの1冊もサリチェが苦労して集めた貴重なものだ。
方法を制限して、行動を監視して、それ以外にできる悪事防止方法といえば……やはり、『恐怖』だ。悪いことをしたら酷い目にあう。その恐怖は図書館での悪事を止める力になるだろう。
「なら、オレが」
武尊は波羅蜜多ツナギにサングラス、モヒカン、革手袋にロングブーツ、銀の飾り鎖をじゃらじゃら鳴らし、という悪漢風に決めてきた自分の恰好を見た。そして。
「おらおらおらー!」
大声を挙げて図書館内を走り回り始めた。驚いた子供が泣き始めても、それにはぐっと目を瞑る。何事かとこちらを見た利用者を鬼のような目で睨み付けて威嚇し、人の注目を浴びながら館内を喚き回った。
その前に、銀のマスクに赤いマフラー、銀毛の黒縞の虎耳尻尾。仮面ツァンダーソークー1こと風森 巽(かぜもり・たつみ)が立ち塞がる。
「館内はお静かに願います」
まずは言葉で注意を与えた仮面ツァンダーソークー1だったが、武尊は鼻で笑って踵を返した。もちろん騒ぐのはやめない。
「リシル、事件のようです」
傷のある自分では子供が怖がるのではと、着ぐるみをすっぽり着込んで図書館を巡回していた一式 隼(いっしき・しゅん)が、騒ぎに気づいてリシル・フォレスター(りしる・ふぉれすたー)を振り返る。
「任せて」
不埒者は許すまじと、リシルはさっそく変身する。ひらりと舞う短いスカート、手にするスティックには星がきらり。その出で立ちで武尊の前に颯爽と現れる。
「闇にきらめく正義の一欠片光纏いしもの閃光の乙女リシル見参!」
そして追いついた仮面ツァンダーソークー1もまた名乗りを挙げた。
「蒼い空からやってきて、静かな図書館護る者! 仮面ツァンダーソークー1! 図書館を騒がす悪い奴は見逃さないぜ!」
並みのショーよりも目立つ展開だが、これは暴力沙汰で評判が悪くなるのを防ぐ為、ショーのように見せかけようという巽の計略でもある。
「閃光の乙女リシルよ。ここでは来館者の迷惑になる」
「そうね、戦いの場は外に移しましょう」
追う仮面ツァンダーソークー1とリシル、それをフォローする着ぐるみ、逃げる武尊……それをあんぐりと見送る来館者たち。
図書館を出てすぐの位置で武尊は立ち止まった。あまり離れると来館者から見えなくなってしまう。
「行くぞ!」
「観念しなさい!」
ツァンダーパンチが炸裂し、リシルスティックが掲げられる大立ち回りの末、武尊はぼろぼろになって負けた。
「乙女の裁き、味わえて?」
「悪い人も読みたくなる絵本を揃えた絵本図書館ミルム、本日オープンでーす」
締めの台詞を言い終えると、2人+着ぐるみは怖々とこちらを窺っている来館者を横目に、武尊を引っ立てて行ったのだった。
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