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襲われた町

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■第二章 ツァンダ


 ツァンダの町――。
「ここで……間違いないみたいです」
 大きな門に刻印された文字と手の中のメモとを何度も見比べて、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)はようやく頷いた。
 門を抜けた先に見えていたのは、広々とした敷地と大きな病院の建物だった。
「あちらにニコロ様がいらっしゃるんですね」
「あ、はいっ」
 ミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)の声に優希は振り返って、もう一度、手元のメモを確認した。
「右の、第二病棟だそうです」
「急ぎましょう」
 そう、ミラベルは言って――カツッと、左の病棟に向かって歩き出した。
「急ぐっつったそばからどっち向かってんだよ。迷走女」
 アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)がミラベルの襟首を引っ張って、歩き出した格好のミラベルがグクンッと体を揺らして停まる。けふっと軽く首も絞まる。
 優希はおろおろとアレクを見上げ、
「あ、あの、アレクさん、もう少し丁寧に――」
「ニコさん! もう少し丁寧に説明してください! 私に判るように。ツァンダに何の用事があって……」
「うるさいな、勝手に付いて来たくせに――って、あ」
「はい?」
 病院外の通りを向こうからやって来ていたのはニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)ユーノ・アルクィン(ゆーの・あるくぃん)だった。
 ニコが優希たちの姿を見つけて立ち停まる。
「……ったく」
 アレクセイが、明らかに顔をしかめていた。
 ニコはその顔を見る目を強め、
「ようやく見つけた……大変だったんだからな、あちこちで聞きまわって探して――」
 改めて、ばしりと優希たちを指す。
「六本木 優希、アレクセイ・ヴァングライド! ここであったが百年目ッ! 修行の成果を見せてやる……勝負だ!!」
 高らかに言って、ニコは、彼女らに飛びかかるべく地を蹴った――ところで、ユーノに後ろからがっちりと抱き止められた。
「――へ?」
「ちょ、ちょっとニコさんなにやってるんですか! 知らない方に喧嘩売るのは止めてくださいおねがいします!」
「は、放せよ!」
「いーえ、放しません!」
「っていうか、抱っこはやめろ! やめろって! せめてまず抱っこはーー!!」
 なにやらじたじたばたばたと路上で揉み合っている二人の方を見ながら、ミラベルは首を傾げた。
「あの方は?」
「あー……なんつったらいいか、なぁ?」
 アレクセイが困ったように優希へと視線を向け、優希もまた困ったようにアレクセイに視線を返していた。


「……知り合いだったんですか――それは、また何度もご迷惑をお掛けしてしまって……」
 第二病棟の玄関前で、ユーノは深々と頭を下げていた。
「あの、その……迷惑だなんて……」
 気持ちミラベルの後ろに隠れるようにした優希が弱く首を振る。
「いえ、分かります。間違いなく完全にご迷惑をかけているはずです。なにせ、ニコのことですから」
 眉尻を垂れながらユーノは顔を上げ、申し訳なさげに優希を見やり、それからアレクセイの方を見た。
 アレクセイは未だ噛み付いてくるニコを言葉で相手にしていた。
「だから――タイミングが悪すぎると言ってんだろ。タルヴァの件が片付いたら、ちゃんと勝負してやるから。今は待て」
「見え透いてるね、なんでタルヴァの事件解決するって言ってるのに、こんなとこに居るんだよ!」
「あ、あの、それは――」
 口を挟んだ優希の方をニコが鋭く睨む。
 それで、優希はこそこそとミラベルの後ろに隠れながら、
「ニ、ニコロさんなら、ジョゼさんを……説得、できると、思って……」
「……説得?」
「あ、その……たぶん、ジョゼさんは、誤解を、していて……」
「とにかく、町もジョゼも救えるかもしれない。だから、俺たちはニコロをタルヴァへ連れていかなきゃならない」
「ジョゼも、救う……?」
 ニコが大きく瞬きしながらアレクセイの方を見て――
 と――。
「あー……もう、いいだろうか?」
 言ったのは、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)だった。
 片目を細めた私服姿のイレブンが、拳を顎に当てながら、そこに居た皆をゆっくりと見回す。
 ユーノが、はたと気づいて、
「すいません。邪魔になってましたね、私たち」
 ニコの肩に両手を伸ばして、それをぐぐっと引っ張り、玄関の前を開けた。
「ああ、いや違うんだ。君たちも、ニコロに用があるんだろう?」
「ええ、そうですけど……?」
 ミラベルがけとりと小首を傾げる。
 イレブンはそちらの方を見やって、確かめるようにうなづいた。
「私もなんだ。それで、出来れば、一緒に面会してくれないだろうか? パートナーからニコロへの用事を託ったのだが――どうも、私は《女心》に疎くて……」


「ちょっ、困ります! 待ってください!」
 病院内に看護師の声が響き渡っていて、患者たちが何人も病室から廊下へと怪訝な顔を覗かせていた。
「いえ、待てまセン。事は一刻を争う状況なのデス。出来る限り早くタルヴァに向かわなければいけないのデス」
 赤羽 美央(あかばね・みお)のパートナーであるジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)は、包帯だらけのニコロを背負って廊下をずんずん歩いていた。
 ニコロの怪我は、さきほどヒールで出来得る限り治療を試みた。
「――僕にタルヴァで何が出来ると?」
 困惑しながらも引きずられるままのニコロの問い掛けに、ジョセフは視線を向け、
「ジョゼさんを、そして、クラリナさんを救えるのは貴方なのデス」
「僕が……そんな、どうやって……」
 と、そこで廊下を曲がって、イレブンたちとばったり出会う。
 呆気に取られた様子のイレブンたちを、迂回して、ジョセフはエレベーターの方を目指した。
 と、後ろから優希の声が飛んで、
「――あ、あの……ジョゼさんは、ニコロさんにクラリナさんを取られる、と思われたのだと思います……」
 ジョセフの足が止まる。
 ニコロがわずかに顔をしかめながら優希の方を見やる。
 優希が続ける。
「だから、その誤解が解ければ……もしかしたらジョゼさんを正気に戻すことが出来るかも、しれません――そうしたら、クラリナさんが何処に居るか聞けます!」
「……君たちは、あのジョゼをちゃんと見ていないから、そんな事が言えるんだ。完全に暴走していた……きっと僕の声なんて聞こえな――」
 カツ、とミラベルが一歩出る。
「大切な婚約者を機晶姫に奪われたまま、何もせずにおられる気ですか?」
「――……ッ」
「大丈夫。心配はありまセン。ユーの身はミーたちが責任を持って守りマス」 
 と、屈強そうなガードマンを伴った看護師が廊下の向こうから駆けて来るのが見えた。
「あ――あいつです! この上なく堂々とした誘拐犯!」
 ジョセフを指差した看護師に言われて、ガードマンが腕捲りをしながら迫り――
 その前にイレブンが立った。
「待ってください。誤解です、決して彼は怪しい者では――」
 イレブンがニコロの方へと視線をやり、ニコロが少し戸惑ってからうなづいた。
「って、言われても……」
 それでもガードマンと看護師は訝しげな顔で面々を見回してくる。
「私は、教導団第三師団少尉のイレブン・オーヴィル」
 イレブンが、看護師の手に学生証を見せる。
「タルヴァの町をモンスターから開放する本作戦には、ニコロ・フランチの協力が必要不可欠です。尚、彼の身は私たちが全力でお守り致しますので、どうかご安心を」
 きっちりと言い切って、イレブンはジョセフたちの方へ振り返った。
「――というわけで、急ごうか」


 ■


 イレブンのパートナーであるグロリアーナ・イルランド十四世(ぐろりあーな・いるらんどじゅうよんせい)は軍用バイクでタルヴァへ向かって疾走していた。
 携帯電話の着信に気づく。
 片手でハンドルを握ったまま、携帯を開いて耳に当てる。
「イレブン――」
 電話の向こうでパートナーから、状況が伝えられる。
「……当初の予定とは違いますわね。 ――ええ、問題は無いかと――はい、了解しましたわ。では……」
 電話を切り、再び運転に集中する。
 空がゴゥと鳴っている。上空の風が、妙な形でうねって山中の森を鳴らしていた。



■白砂の砂漠


「結構風が吹くね……」
 白砂が風に吹き上げられ、地吹雪のように風景を白く濁していた。
「以前訪れた時より荒れているな」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)の零した言葉にうなづきながら言って、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は続けた。
「全く、何故こんな時に砂漠の遺跡になど向かわねばならないのか……」
「こんな時? それは、天候の事? それともタルヴァの事?」
 天音がどこか面白がるようにブルーズの方を見る。
 ブルーズはやや不機嫌に声のトーンを下げ、
「両方だ。この今で無ければならない理由はなんだ? 全く、物好きな……」
「ジョゼの光は白だったかな」
「……?」
 会話のキャッチボールがされていない気がする。
「シャンバラ大荒野の西にある白砂の砂漠。西は白。白は怒り、か――さて、この大荒野には、どんな力が眠っているんだろうね?」
「分かるように言ってくれないか」
 ブルーズは軽く片眉をしかめた。
 と――
「ブルーズ」
 ふい、と天音が砂塵による薄幕の遠くへと視線を細めた。
 その視線の先を追う。
「案外……僕ら以外にも物好きは居るようだよ?」
 緩やかな丘の向こうを駆ける馬に乗った人影。


 ◇


 ドルチェ・ドローレ(どるちぇ・どろーれ)は砂塵避けに口元へ巻いた布を直した。
 その間にも彼女とアンジェラ・エル・ディアブロ(あんじぇら・えるでぃあぶろ)を乗せた馬は吹き上がる砂の中を突っ切って、砂漠を進んでいく。
「……もうそろそろのはずよ、マミー」
「ええ――見えたわ」
 白く煙る景色の向こうには、遺跡の影が見え始めていた。

 
 掘り返されて蟻地獄のような窪みの真ん中に、遺跡の入り口が生えていた。
「何があるのかワクワクしますね」
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は、何やら文様の描かれた赤い巨大な扉が開かれている入り口から、通路の奥を覗きながら口元を笑ませた。
「……ワクワク、なの?」
 少し離れた後方でアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が、わずかに曇った声を漏らす。
 ザカコは振り返って、
「未調査の遺跡です。純粋にどんな物が眠っているのか興味があります」
「もう少しのんびりとした状況だったら、そういう風に思えるかもしれないけど……」
 ザカコは今回の事件の原因を求め、アリアは『クラリナが遺跡に拉致されているかもしれない』と踏み、遺跡へ訪れていた。
 それで、たまたま入り口で出会ったのだ。
「確かに。町のことにせよ、クラリナさんのことにせよ、のんびり構えられるものではありませんが――と、誰か来ますね」
 ザカコは砂塵の向こうに揺らいだ影の方へと目を細めた。
 馬のいななきが風に混じり、やがて、ドルチェたちを乗せた馬が姿を現し、二人の前で停まった。
 アンジェラと共に馬を降りたドルチェが、ザカコとアリアを静かな視線で見やり、
「ちょうど良かったわ」
 言って、近くの重機の足に馬を繋ぎに行く。
 アリアが小首を傾げる。
「ちょうど良かった……?」
 縛り止めた手綱の具合を確かめながら、ドルチェが振り返る。
「あなた達も潜るのよね?」
「ええ」
 ザカコが答える。
「他の人は?」
「先行している方が何名か居るようですね」
「なるほど――では、私たちも急ぎましょう」
 うなづき微笑んだドルチェが二人を促すように視線を滑らせてから、アンジェラと共に遺跡の入り口をくぐって行く。
「……ええと」
 アリアとザカコは一度、顔を見合わせてから、ドルチェたちの後を追った。