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【十二の星の華】狂楽の末に在る景色(第1回/全3回)

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【十二の星の華】狂楽の末に在る景色(第1回/全3回)

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「手を離すんだ! 傷付くだけだ! 止せ!」
 ヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)は叫びながら、首を掻き毟ろうとする手を引き離した。
「繭螺さんっ!」
「はい! 落ち着いてっ! 大丈夫だから」
 御陰 繭螺(みかげ・まゆら)ヨヤと共に、すぐに首を掻こうと暴れるヴァルキリーの手を押さえつけた。呼吸が荒い、というよりも呼吸が出来ていないようにも見えた。
「気管支をやられてる、ヒールとナーシングを同時にかけるぞ!」
「はい!」
 ヨヤがヒールを、繭螺がナーシングを彼女の首に唱えた。やはり他のヴァルキリーよりも毒性が強いようだ、症状の改善が直ぐには現れなかった。
「俺もリカバリをかけよう。もう少しだけ我慢してくれ… すぐに良くするから」
 2人がかりで、ようやくに皮膚の紫色が薄くなっていった。そのまま白い肌色が戻るまで、そして間髪入れずにヒールで一気に修復をかけた。自分で掻き毟っていたためだろう、皮膚の修復もより時間を要したが、2人で唱え続けた事で、ようやく普通に呼吸が出来るまでに回復したようだった。
 ヴァルキリーを含め、ヨヤ繭螺も汗だくで、大きく肩で息を吸い吐いていた。
「さぁ、これを飲むんだ」
 ヨヤは持参していたペットボトルの水をヴァルキリーに飲ませると、そのまま繭螺へと手渡した。
「繭螺さんも、飲んで下さい」
「でも、ボクより先にヨヤさんがーーー」
「良いんです。さぁ、体が持ちませんよ」
「あ、じゃあ、いただきます」
 繭螺の次にヨヤも水分補給をしたが、ヨヤが持ち込んだペットボトルと水は、今、底をついてしまったようである。
「やはり水が足りないな。彼らはまだ到着しないのか」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)橘 舞(たちばな・まい)がイルミンスールから水を運んでくる手筈になっていたのだが、未だに村には到着していなかった。どこに居るのかと言えば、イルミンスールの森の中、実はトカールの村のすぐ近くまで到達していたのだが。
「だあぁぁぁぁっ、もう無理や」
 三つ足一コブらく蛇の手綱を投げ出して、は座り込んだ。
「ちょっと休憩や、ちょい休ましてくれ」
「あっ! 綱を離しちゃだめだよ! 逃げちゃうんだから」
 日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)が慌てて手綱を掴んで口を尖らせたから、はどうにもツッコんでしまった。
「逃げるって、どうやって逃げんねん! 逃げたって直ぐ捕まえられるわ、どんだけ遅い思てんねん!」
「わあっ、これが「ツッコミ」というものなのね、初めて見たわ」
 両手を合わせて喜ぶに、は思わずテレていた。
「あ、何や。そない思われると、恥ずかしな」
「でもね舞ちゃん、今のは勢いだけのツッコミだから、あんまり良いツッコミじゃないよ」
「何やと! どこが勢いだけのツッコミや! あの鈍足ラクダの特徴を捉えた的確なツッコミやったやろがぃ!」
「ガナレば良いって訳じゃないでしょ。はい、元気になぁーれ♪」
 不意討ち気味に。アリスの千尋の頬にキッスをした。
「さぁっ、元気も出たでしょ、張り切って行こー!」
「って! 結局手綱は俺が持つんかぃ!!」
 手綱を渡して歩み行く。千尋は元気良く、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)と共に。
 イルミンスールで確保した綺麗な水を運搬しているのだが、その方法はベルバトス ノーム(べるばとす・のーむ)教諭の練成生物である三つ足一コブらく蛇の一コブに10トンもの水を蓄えて移動するというものだった。巨大なコブの周りを蛇がしっかりと固定している。元がラクダとは思えないほどの巨体の癖に、前足が一本しか無い為、良く転ぶのだった。
 何で前足である一本やねん、と心の中でツッコんだは思い出して、声を荒げた。
「つーか、舞! 初めて聞くツッコミがさっきのて嘘やろ、だいぶ前に「どんだけ転ぶねん!」ってツッコミをラクダに入れてたやろ! 聞いてなかった言う事か!」
「はぅっ、えっ、えぇと……」
「やー兄! 舞ちゃんをイジメたらダメなんだよ!」
「そうよ、それ以上の暴言は、私が許しませんわ」
「ぐっ!」
 ブリジットからも反撃を受けて、は顔を歪めるだけにした。ツッコミはイジメちゃうやん、と心の中で一人ツッコんで…… 発しないツッコミはストレスになるだけで…… くそぉ、何で我慢せなあかんかったんや…… ツッコミはタイミングが命なんやで、それを逃すなんて……。
 一人悶々としていた所で、ラクダが転んだ。
「どんだけ転ぶねん!!!!」
 破裂したツッコミが、勢いと共に森に響いていった。
「ん? 何か聞こえませんでしたか?」
 上空から森を見下ろしていたアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)ラズ・シュバイセン(らず・しゅばいせん)に問いた。ラズは首を傾げただけで答え、アシャンテもそれで理解した。2人は巨大甲虫に乗ってトカール村周囲の巡察をっていた。
 トカールの村の中央からは煙が上がっている。これは彩蓮が香生草を煮溶かしている煙であるが、村へ視線をやれば、今もまだ応急処置が済んでいないヴァルキリーたちの姿も少なからず居る事が見て取れた。
「小さな村では収まりきらない程の被害が出た。毒とは、何とも恐ろしいものです」
「歴史を見れば、銃や爆弾なんかより、よっぽど多くの人たちが毒で殺されている。単純だが、その効果はとても大きいんだ」
 幸い、ヴァルキリーたちに死者は出ていなかった。それでも苦しむヴァルキリーの姿を思い出すだけで。理不尽な不幸は不幸に巻き込む。
 アシャンテは表情にこそ怒りを見せなかったが、その気の高ぶりが、彼の左目を金色に変化させていた。
「あっ、あそこ、終夏君が始めたみたいだよ」
 ラズが、村の外れ、トカール村を沿い流れてる川を指さした。
 川幅が50メートルはある川の河原には、次々に光りが点いては消えていた。 五月葉 終夏(さつきば・おりが)は魔法を使って動物の形を作る、と言っていたが、2人の位置からは形までは判別することは出来なかった。
「この状況でみんなを楽しませよう、とは素敵な方ですね」
「あぁ、毒によるテロの可能性がある、その被災地の中で、だからな、凄いぜ」
 2人はしばらく光りの点滅を見つめていた。そんな中、ふと顔を上げたアシャンテが視界に違和感を覚えた。
「何だ? 何かが、何かが…………」
 徐々に視界が変化している、しかしその場所が分からない。アシャンテは一度強く目を閉じてから、勢い良く開いた。すると、今度ははっきりと分かった。
「川です! 川の水が減っているんです!!」
「えぇっ!」
 アシャンテの指摘した通り、上流から流れてくる水が、そしてトカール村を沿いている川の水も、その川の水幅も狭まり始めていた。