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白の夜

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白の夜

リアクション

「スペシャルと仰っていましたからどんな妨害があるのかと思いきや、拍子抜けでしたねぇ」
 『ちょこれーと』と書かれた扉を前に、明智 珠輝(あけち・たまき)は余裕の面持ちで呟いた。そこに本体いた筈のクッキーマン達は既に影も形も無く、共に廊下を歩んだリア・ヴェリー(りあ・べりー)も訝しげに眉を顰める。
「幾つかの障害、と書いてあったけど……」
「ふふ……さては、私の美しさに恐れをなして……」
 含み笑いと共に呟く珠輝に「確かに近寄りたくはないだろうな」と冷めた言葉を返して、リアはドアノブへ手を掛けた。甘味を好む彼のどこか普段よりも急いた様子を、珠輝は微笑ましげに眺めている。
「行くぞ」
 そう声を掛けて、リアは扉を引き開けた。慎重に周囲を警戒しながら、一歩一歩室内へと踏み入っていく。室内に罠のある様子は無い。スペシャルお菓子を探すリアの一歩後ろで、珠輝は静かにブレードの柄を手にした。
 二人が完全に室内へ立ち入ったと同時、ばたんと大きな音を立てて扉が閉まる。咄嗟に目を見開いたリアは、しかし驚愕の分一歩行動が遅れた。天井から音も無く飛び降りた一体のクッキーマンが、リアの正面で腕を振り上げる。庇うように両腕を頭の前で交差させたリアは、来るべき衝撃に備えて目を瞑った。
「え……」
 しかし、いつまで待っても衝撃は無い。恐る恐る瞼を上げたリアの視界には、ばらばらになって倒れ伏すクッキーマンの残骸と、ごそごそそれを漁る珠輝の姿が映った。
「これがスペシャルお菓子でしょうか、リアさん。あ、この辺り食べられそうですね」
 何事も無かったように笑みを浮かべたままの珠輝に、リアはぽかんと目を丸めた。指し示す彼の指先へ緩慢に目を滑らせていくと、そこにはクッキーマンの股間であった場所から生えた一本の棒クッキーがあった。
「食べられるか馬鹿! ……この部屋は外れみたいだな」
「おや、普通のクッキーでは不満ですか? では私の太い……あ、ええ、そのようですね」
 肩を怒らせたリアの反発に、珠輝は平然と言い返す。しかし言葉の途中で僅かながら落胆を滲ませ紡がれる確信に同意を返すと、おもむろにその場から立ち上がった。礼を述べる機会を奪われたリアは、歩み寄る珠輝を訝しげに見返す。
「……ん? 何」
 続けて差し出される包みに、リアはきょとんと双眸を瞬かせた。ふふ、と笑声を零した珠輝は、汚れない笑顔で告げる。
「ホワイトデーが誕生日のリアさんに、プレゼントです」
「僕へ? ……あ、ありがとう、珠輝」
 予想もしていなかったその言葉に、リアは目を丸めたまま聞き返す。頷く珠輝の促すような視線を受けて徐々に実感の湧き始めたリアは、無意識にも甘味へ向けるものと同様の視線を包みへ向け、受け取った。長い付き合いの珠輝だからこそ分かる嬉しげなリアの様子を眺めている珠輝は、不意に包みを開けるリアの手が止まったことに気付くと疑問気に首を傾げた。
「どうかしましたか?」
 ふるふると肩を震わせるリアの目は、真っ直ぐに包みの中身へと向けられている。暫し沈黙した後にきっと顔を上げたリアは、おもむろに珠輝へと強烈な蹴りを放った。
「誰が付けるか、こんなもの!」
「白猫の耳と尻尾……絶対に、絶ッ対に似合うと思うのですが……! いた、リアさん、ちょっと激しいです……!」
 ショックを受けた様子で力説する珠輝は、数回続くリアの蹴りに耐えかねたように身を震わせた。更に一撃を加えようとリアが一歩前へ踏み出した途端、からん、と小さな音が響く。
「……あれ? これ、ブレスレット?」
 衝撃で包みから落下したらしい小振りのブレスレットを拾い上げ、リアは呟いた。もの惜しげな目を向け続ける珠輝は、リアの手元のそれに気付くと何でも無いように「ああ、それならオマケで付いていました」と答える。
「……馬鹿」
 小さく呟き動きを止めたリアの様子を、珠輝は不思議そうに覗き込む。握り締めていたそれをリアが腕に嵌める瞬間を、蹴り飛ばされた珠輝が目にすることは無かった。


「私たちは一緒です……ずっと……死んでも。ふふっ」
 『ほわいとちょこれーと』の扉を引き開けた島村 幸(しまむら・さち)は、蕩けた瞳で傍らのガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)を見上げた。迷いなく頷くガートナは、「ナラカの底まで付いて行きますぞ」と笑みを浮かべる。手を繋ぎ合せた二人は目配せをし合い、同時に室内へと足を進めた。ばたんと扉が閉まり、同時に室内の照明が落ちる。反射的にガートナが幸の身体を抱き寄せ、幸もまたガートナへと抱き付きながら周囲を警戒する。
「思えば、障害と言うべきものは一つも見当たりませんでしたな」
「私たちの愛の前に恐れをなしたのでしょう」
 思い出したように呟くガートナに、幸は陶然と笑みを浮かべて答える。「ではもっと見せ付けてしまいましょう」と悪戯っぽく言って額へ口付けるガートナに、幸は擽ったげに喉を鳴らした。
 見るからに罠といったこの状況でも全く状況を弁える様子の無い二人に、天井へ貼りついたままのクッキーマンは困ったように動きを止めていた。感情があるとは思えないそのモンスターへ影響を及ぼす程に、二人の周囲には近寄りがたいオーラが溢れていた。
 しかし、そうしている訳にもいかない。飛び降りたクッキーマンは、尻ごみをしながらも二人へ歩み寄る。
「妻には指一本触れさせませんぞ!」
 しかし、飛び降りたその瞬間からクッキーマンはガートナに補足されていた。「私たちの愛で溶かしてあげましょう!」との言葉と共に幸の放った爆炎波がクッキーマンを呑み込み、溶けたクッキーマンが崩れ落ちた所をガートナのヘキサハンマーが叩き潰す。
「愛の一撃!」
 恥ずかしげもなく言い放ったガートナの一撃で、クッキーマンは完全に動作を停止した。すぐに視線を互いへ戻した二人は、悲しむ様子もなく「外れ部屋のようですね」「そのようですな」と浮ついた会話を交わす。
「あなたが一緒にいるなら、どの部屋も当たりのようなものですけどね。スペシャルお菓子を逃してしまったのは残念ですが」
 笑顔のままに言う幸の言葉が終わるのを待ってから、ガートナはおもむろに唇を重ねた。驚くでもなく受け入れた幸は進んで舌を絡め、二人だけの空間に静かな水音を響かせる。暫し口付けを堪能してから名残惜しげに顔を離したガートナは、上機嫌な笑顔で問い掛けた。
「スペシャルお菓子よりも、幸の唇の方が甘いですぞ」
「ふふ、これは少し甘すぎますね」
 幸もまた恍惚と笑みを浮かべ、虚しく崩れ去ったクッキーマンの残骸を背景に、暗闇の中二人は再び深く口付けを交わした。


「けっ! なんだなんだ! 厄介ものにしやがって!」
 広間で手当たり次第に天音の声真似をしてはセクハラを行い、その度にそのパートナーに追い払われ続けた変熊は、むすっと唇を尖らせた。彼が大股で廊下を横切ると、しがみ付く猫たちがにゃあにゃあと不満げな声を上げる。宥めるようによしよしと猫たちを撫でる変熊がふと目を上げると、気付けばスペシャルお菓子を狙う人々の歩む廊下へ近付いていたらしい、最後の一体であるクッキーマンが真っ直ぐに変熊を向いていた。落ち窪んだ眼窩らしき場所に埋め込まれた飴玉は、じっと変熊を見詰めている。
「そうか、寂しい俺の気持ちを分かってくれるか……心の友よ!」
 声も無く見詰めるクッキーマンの視線を勝手に解釈した変熊は、警戒もなくがしりとクッキーマンへ抱き付いた。熱く抱擁を交わす自分とクッキーマンのビジョンが、変熊の脳裏に描かれる。
「そうだな、ゆっくりと友情を気付いていこぶっ!?」
 うんうんと頷きながら語る変熊の言葉は、不意に口内へ押し込まれる何かによって遮られた。ぐいぐいと無理に侵入するそれは、どうやらクッキーマンの腕であるらしい。
「むぐっ、まずっ! 水、みず〜!」
 清々しいまでの不味さを誇るクッキーマンの腕を何とか齧り取り飲み込んだ変熊が悲鳴を上げるものの、その声は誰にも届かない。そうしているうちにも次々押し込まれるクッキーマンの腕を、もがもがと変熊は飲み込んでいく。
 その横を、不意に通り過ぎる影があった。槍を片手に駆け抜けようとした尋人は、床に仰向けで横たわりクッキーマンの腕を含まされた変熊の姿にぎょっと目を剥く。
「あんた、よくも黒崎を変熊菌に感染させてくれたな! 黒崎が第二の変熊仮面になる前に、オレがスペシャルお菓子で黒崎を救い出してやる!」
 誰よりも先程の光景を誤解している尋人は、そう言い放つと再び駆け出そうと背を向けた。そうはさせじと、変熊は装備している猫を彼の背へ投げ付ける。後頭部へ激突した猫に体勢を崩した尋人は、悠々と床へ着地し直す猫から変熊へと緩やかに視線を移した。
「そうか……やっぱり同じ誕生日なのがいけないんだ。変熊をなかったことにしなければ!」
 平然と危ないことを言い放った尋人は、しかし実質勝負が付いているとも言える変熊の姿をじっと睨み付けた。次々投げつけられる猫を両手で捌き、頬に一筋の爪跡を描かれながらも、徐々に彼を丸裸の状態にしていく。
 しかし、そんな彼は気付くことが出来なかった。お菓子でいっぱいの変熊の口元が、にやりと笑みの形に歪む。それに気付いた尋人が慌てて背後を振り返るも一歩遅く、扉の間近で繰り広げられる戦闘に興味を持って飛び出した外れ部屋のクッキーマンが、尋人の頭を殴り付けた。咄嗟に腕で防御するものの、あまりの衝撃に堪らず変熊の横へ倒れ込む。
 そこへ、クッキーマンが馬乗りに身を乗り上げた。迫る腕に表情を引き攣らせた尋人は、傍らで上がる変熊の勝ち誇ったような笑声に悔しげに唇を噛み締めた。
「天音……!」
 尋人のその言葉を最後に、二人の敗者の口は不味いお菓子で塞がれたのであった。