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リアクション
内装ほどの騒ぎは無いものの、相談する人数が多くて進行が難航しているのは贈り物。
やはり誰かに手伝ってもらえれば良かったかと直は思いつつ、ちらりとヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)を見る。
前回のようにオーブンなど危険物は無いので大丈夫だとは思いたいが、今回もティアやロジャー・ディルシェイド(ろじゃー・でぃるしぇいど)、テリー・ダリン(てりー・だりん)と大人数での参加なので誰が火付け役になるかわからない。
(出来るだけ目を離さないようにしないと……)
けれども、ヴィナは予想外の行動に出た。贈り物に悩むアルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)は、テオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと)に誘われて来たものの良い案が全く浮かばなかった。
(……贈り物、といっても……テオに画材を贈ったぐらいしか、ないな……)
こういうのは経験が物を言うのかもしれないが、自分にはそういう機会が少なかった。少ない、というよりも相手にとって望まれて然るべきだという考えが根付いていて、実用的な物しか思い浮かばないと言うのが正しいのかもしれない。
そんな彼女に声をかけたのが、ヴィナだった。
「どうしたの、そんな深刻そうな顔をして。イメージが沸かない?」
「何というか、その……実用性のあるものの方がいい、と思うが……」
そう言いかけて、アルフレートは口を閉ざしてしまう。良いだろうということは分かっても、それは個人個人で随分と違うものだろうから正解があるわけじゃ無いようにも思う。誰にでも喜ばれる物だなんて、あるのだろうか。
「じゃあ、実用性な物はどんな部分が悪いと思う?」
ちらりとテオディスを見ても、温かく見守るだけで助け船は出してくれそうにない。悪いと言うわけでは無いけれど、先程から心に引っかかる疑問をどうにかしたくて、躊躇いがちに口を開いた。
「例えば、テオは絵画が好きで……スケッチブックを贈ったことがある。だが……紙の質だとか何だとかあって、合わないものを贈られても迷惑だ、とかそういうことも、あるんじゃないか、とか……」
どれも同じだろうと画材屋へ足を運んだとき、その種類の多さに驚いた。大きさや形だけでも何十種類とあるのに、薄い紙や水彩にも堪えられる厚い紙、味の出るエンボスに消しゴムをかけても毛羽立たない滑らかな物。スケッチブック1つをとってもそれだけ種類があって、テオディスへの正解がわからないのに、たくさんある物の中からたった1つの正解を出すことは難しかった。
「なんだ、君はもうわかってるじゃないか。贈られた人も贈ってくれた気持ちだけでも嬉しいと思うけど、自分のことを考えて贈り物を選んで贈ってくれた、というのは、もっと嬉しいと思うよ?」
近くで話を聞いていたテオディスも、自分自身で答えを出したアルフレートを微笑ましく見ながら、プレゼントをくれたときのことを思い返す。
「俺の事を考えた結果、スケッチブックになったんだろう? 相手を思い考える。そういう気持ちが伝わるなら、必要以上に形に拘る必要はないと思うぞ」
「……そういうもの、か?」
気持ちなんかで、喜んでくれるものなのか。2人がにこやかな顔をしているのを見ると、とても嘘を言っているようには見えないが、なんとなく不安になってしまうのは自分の生きてきた道が違うからだろうか。悩むアルフレートにロジャーも後押しする。
「贈る相手によりましても、違ってくるかと……例えば、恋人に指輪を贈ることはございましても、異性のご友人に指輪を贈ることはございませんでしょう?」
「気持ちは嬉しいけど、貰って困るものを贈ることは避けておきたいしね」
苦笑混じりに話すヴィナは、そんな人はいないだろうけどと独り言のように呟いているが、ティアもアルフレートと同じくプレゼントの経験が少ないのか、ヴィナに質問を返した。
「ロジャーの指輪はなんとなくわかりますが、具体的に言いますと?」
「例えば、お酒が全く呑めない人にお酒を贈る人っていないでしょ。困らせちゃうから」
そんな風に和やかな空気で話を進めている中、羽入 勇(はにゅう・いさみ)がニセフォール・ニエプス(にせふぉーる・にえぷす)と共に手作りカードを持ってやってきた。
「だったら、こういうのはどうかな? 沢山ある写真や雑誌の切り抜きでコラージュを作るの!」
今まで自分が撮ってきた風景や小物などの写真を組み合わせ、手作りカードを作る。それは、作り手のセンスが問われる物だから、可愛らしくもクールにも贈り手の個性が出せる1品になると勇は提案した。
「皆色々考えてるんだね。贈り物かぁ…ティアの誕生日プレゼントが実は生まれて初めてだったんだけど、確かに喜んで貰えると、すっごく嬉しいよね」
勇が持って来たいくつかのカードの中から、明るく楽しげな様子の物ばかり集められたカードを手に、テリーも顔を綻ばす。こんな風に大好きな物ばかりを集めたカードなら、部屋に飾ったりしても楽しそうだ。
「自分らしく作ったり、相手の好きな物を集めたり……イメージして作ってあげるのもいいと思うんだ!」
そう力説する勇の手には空や海など爽やかな青い写真を貴重としたカード。そんな中でピンクや薄紫色のリナリアが部分的に差し色になっていて、ニセフォールはつい苦笑してしまう。
(勇が一番感謝しているのは誰かなんて、ちょっと考えればわかりそうなのにね)
いつも勇が行く所には必ずついてくるのに、今日に限って代理を押しつけられたけれど、面白い物が見れたとばかりに微笑んでいる。
「発表会ではいくつか用意しておいたカードの中から選ぶのでしょうが、一言その場で添えるだけでも違う印象になりますし……いいですね」
ロジャーも同意して、嬉しそうに笑う勇はアルフレートを見た。口数が少ない子なのか、それとも気に入って貰えなかったのかとドキドキしながら反応を見る。
「……そうだな。気持ちが1番伝わる物、だと思う」
こうしてコラージュにするにもどんな写真や雑誌の切り抜きを集めるか。そんな話をしていると、ふとテリーが口を開く。
「でもさ、カードって単品で渡す物なの? お花とかプレゼントに付いてる物ってイメージなんだけど」
素朴な疑問のつもりだったのに、素材やデザインで盛り上がり始めていたグループには禁句だったようで、皆は口を閉ざしてしまう。
「挨拶にカードを贈ることもあるし、決してダメなわけじゃないと思うけど……」
ヴィナも少し戸惑いつつ答えるが、彼の言う通り何かに添えて使われることも多く、どう答えてやるのが最良なのか考えているようだ。
「だったら、他の部門も見学してみたらどうかな? さすがに全部は無理だけれど、2つくらいなら贈り物として用意出来そうだし……」
アンケート結果を見ながら提案する直の言葉に、一同は興味深げに他の話し合いを進めるグループを見た。
「そうねぇ。単品で渡す場合と何かと一緒に渡す場合だと、用意する素材も違ってくるだろうし……見に行ってみる?」
ニセフォールも綺麗な題材があるなら混ざってみたいわ〜などといいながら勇に見学へ行こうと促してるようで、カードの話し合いは一旦お開きになりそうだ。
(事前調査だとカードはちょっと厳しいみたいだけど……本質的なことは見失ってないから柔軟に対応出来そうかな)
不安要素だとばかり思っていたヴィナも、今回ばかりは良いお兄さんのポジションで皆をまとめてくれている。これならば、目を離しても心配ないだろうと直は他の話し合いの様子を見に行くことにした。
カードについて話し合っていた近くでは、花について談議していたようだ。事前アンケートでもまずまずの票を稼いだ花は、やはり贈り物でも定番といった印象もあるのだろうが、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は違う意見もあるようだ。
「季節は春に向かっている事だし、春の訪れを意識する事はとても大事な事だと思う」」
和風な内装を希望したエースにとって、日本の1番魅力的なところは四季があること。季節によって色んな花を咲かせる日本に見習い、季節感に合わせた花を提供したいと意見をだした。しかし、それにアドバイスを加えるのはリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)。実家が花屋なだけでなく、自らもネットショップで花屋を経営している為、贈り物を請け負う立場として誰かの参考になればと思っているようだ。
「オレも喜びそうと思って選んだ物且つ、季節の物なら大丈夫だと思います。ただ、手入れが大変そうな物は避けた方がいいかと」
花に詳しい者ならば、水やりや気温と神経質な花についてパッと思い付くだろうが、そうでない者には見た目的な違いくらいしか思いつかない。久途 侘助(くず・わびすけ)は手入れが大変でない物と言われて花はそんなに面倒な物だったのかと頭を悩ませている。
「とりあえず水を撒いてやるだけじゃいけないのか……?」
とりあえずでどれほどの水を撒く気かは知らないが、一先ず侘助が花に関してあまり詳しく無いということがわかった以上、彼にでも扱える花にした方が良いだろうということは見当が付く。
しかし神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は、花を選ぶ基準にもう1つ加えて欲しいようだ。
「詳しい方がいるなら心配無いと思いますが、彼岸花と菊は個人的にパスです。花言葉も覚えておけば、更に良い感じでしょうか?」
葬式を連想させる悲しいイメージの花ではなく、見た目的にも花言葉的にも相応しい物をと提案する翡翠に、ますます侘助の立場がない。
「えっと、あれだ。ただ花を花らしく渡しても面白くないから、頭にぶっさす飾りみたいにこう……なんつったっけ、かんざし?」
身振り手振りで説明する侘助にシーナ・アマング(しーな・あまんぐ)がくすくすと笑みを零した。
「お花の髪飾り、とっても素敵だと思います。でも、頭に刺す……のですか?」
すると、榊 花梨(さかき・かりん)が長く綺麗な黒髪をくるくると簡単に結い上げて、ツインテールの片側をお団子状にして見せた。
「多分、こうして止めるときに刺すからそう言っちゃったんじゃないかな」
「わぁ! 花梨姉様なら、きっとお似合いですね。いいな……」
少し短めの自分の髪を撫でながら、そんな髪飾りは素敵だろうけれど付けられないのかと思うと残念に思う。けれど、これは贈り物の話し合いなのだから自分のことばかり考えるわけにもいかないだろう。
「今の時期だと、桃や桜をかんざしに加工するのも良いでしょうが、男性にかんざしは……インテリアとして受け取ってもらえるかどうか」
シーナの落ち込みをフォローするようにそう言えば、侘助の論点は違う所にあったらしく、3人の会話に食いついてきた。
「お、女の子から見たら、やっぱ髪飾りって良い物なのか? 俺のパートナーで、まぁ妹みたいなのがいるんだが、何を贈れば喜ぶのかわからなくてな……」
少し恥ずかしそうに笑う侘助に、そのために受講したのかとわかれば花に詳しい3人は侘助を取り囲む。
「花は相手に似合う色を選べるという強みもある。パートナーのイメージカラーはなんだ?」
「何か伝えたいメッセージがありましたら、花言葉に込めてみるのも悪くありませんね」
「知らずに贈って口説いてた……となれば、気まずくなりますしね」
男4人が集まってどんな花が、どんな加工がと談議している隣では、シーナが花梨に髪を結ってもらいながらのほほんとその光景を眺めていた。
(理沙姉様にそうして花束贈ったのかな、リュース兄様)
真剣に話す様子は、成果発表会での贈り物としてではなく大切な女の子への贈り物として話が進む。そのうちに、3人の熱気に当てられて疲れたのか、翡翠は微苦笑を浮かべて花梨の元へ戻って来た。
「皆さんこだわりがあって良いことです。変な流れにはならないと思いますが」
「かんざしは困る人もいそうだけど、小さな1本ならカードや小物なんかの箱にも添えられるし……良さそうだよね」
(誰でも手入れしやすい小さな1輪……)
確かリュースにそんな話を聞いたことがある気がするシーナは、翡翠や花梨が知っていないかと思いついた花の特徴を伝えてみた。
「あの花はどうでしょうか? 特に手入れが要らないお花があったと思うのですが」
「……ドライフラワーですか? しかし、ポットに入れるならともかく1輪だけでは崩れやすいでしょう」
「いいえ、ドライフラワーではなく……こう、ふわっとしたままお花が、ええっと……」
身振り手振りで説明するも、中々上手い言葉は出てこない。作り方を知っているわけでもなくて、ただ水やりをする必要も無い花があると少し見せてもらっただけだ。どんどん声が小さくなるシーナに気付き、エースはどこからともなくユリを取り出しシーナの前に颯爽と現れた。
「お嬢さんが言いたいのは、プリザーブドフラワー……かな?」
「ブリザード? 凍らすのか?」
必死に2人の助言をメモに取っていた侘助は、また新たな単語が出てきたとメモを取るが、リュースから呆れたように訂正される。
「プリザーブド、です。生花と違って水をあげる必要もないですし、花粉の心配もなく10年以上生花のように瑞々しいまま楽しめます」
もちろん短所もいくつかありますが……と続けるリュースにお願いするように、シーナは微笑んだ。
「リュース兄様なら、きっとそれに必要なものを用意することが出来ますよね?」
「あれは薬液を使うからね。確かに趣味程度の物なら近場でも手に入るけれど、安全面を考えると花屋経由が望ましいな」
エースも案に乗り気なのか、はたまた女の子の味方なのか。協力を促すようにシーナと同じくリュースを見た。
「手入れが無くていいのか、そりゃ便利だ」
侘助もちらり。
「花束だと貰った瞬間は嬉しいが、持ち帰ると困る人もいるでしょう。先程話していた何かに1輪添える案は悪くありませんね」
「それだと生花はくたびれちゃうし、ドライフラワーは崩れちゃうし……ね」
翡翠と花梨も揃ってリュースを見れば、もう断ることなんて出来ない。
「……わかりました。けど、さっきも言ったように短所もありますし薬液も使いますから、用意することになったら十分注意しないと」
「よっし! そんじゃサクッとその特徴を覚えて、一緒に出して貰えるプレゼントを探そうぜ!」
リュースとエースによる簡単な説明と、どんな花にするかの相談を交え意見を纏めていく。単なる添え物にならず、主役になりすぎない物を選ぶために、6人はお茶を交えながら楽しげに話し合うのだった。