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薔薇と桜と美しい僕たちと

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薔薇と桜と美しい僕たちと
薔薇と桜と美しい僕たちと 薔薇と桜と美しい僕たちと

リアクション

【2】

 夜が明けて、翌日のこと。
 空は晴れ渡り、桜の花は満開で、まさに花見日和。
 そんな日の晴天の下、その声は響き渡った。

「お願いします!」
 腰を90度直角に折り曲げ、神野 永太(じんの・えいた)は頭を下げた。頭を下げられたルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)は優雅に腕を組んだまま微動だにしなかった。
 少し顔をあげて、ルドルフの顔を見て、永太は言葉を続ける。
「折角の花見なんだし……真に美しいなら、男女の隔たりなど気にしていてはいけないのでは?」
 ちらりと後方を見た。燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)が、頭を下げる永太を見つめていた。心配をかけてはいけない。永太はニッ、と微笑んだ。わずかにザインの表情が緩む。
 薔薇学は、女子の立ち入りを禁止している。
 それは知っている。けれど、女子だって一緒に花見をしてもいいのではないか、と思う。
 こんな桜満開の春の日くらい。
 無礼講、とか。そういう言葉で許可は下りないだろうか。
 何よりザインは女子である。パートナーの彼女に、桜の下で歌を歌わせたい。
 ちらりとルドルフを見る。じっと見られていた。向こうから何も言わないし、動きもない。妙に緊張するのは、ルドルフの放っているカリスマ性や雰囲気のせいだろうか。ずっと黙ってこっちを見ている、それも原因かもしれない。
 決めた。
 駄目で元々、そういうつもりで頼み込んでいた。じゃあ、もうひとつしてみようと思った。どうせやるならできる限りやりたい。
 だから、土下座した。
 躊躇いだとかそういうものを感じさせない勢いで、地面に膝をつき手をつき額をつけた。平伏。
「お願いします」
 そして一言、懇願。
 もはや芸術的でさえあった。ルドルフがふっと笑んで拍手するほどに。しかし永太は拍手されてもまだ顔を上げなかった。
「顔を上げたまえ」
 言われて初めて顔を上げる。
「実に美しい謝罪だった。入るがいい」
「え、あの。ザイン……いえ、女子は? やっぱり駄目、ですか?」
 恐る恐る問うと、再びルドルフは微笑みを浮かべた。
「庭園は薔薇学の敷地の外まで続いている。女性はそこで見てもらえばいい」
 ルドルフがてのひらで庭園の先を示す。よく見ると女性のような姿がちらほらと見えた。ザインを見る。心なしか嬉しそうにしていた。永太まで嬉しくなって、ザインの手を取り庭園へと早足で向かう。
「早歩きでは転んでしまいます、永太様」
「ごめん。でもザインが歌を歌えるって思ったら、なんだか嬉しくなって」
「永太様、わたくしよりも他の皆様の歌の方が」
「嫌だ。歌ってほしい」
「……我儘を申されますね。珍しい」
「ザインに楽しんでもらいたいから」
「楽しいですよ?」
「歌っている時のほうが楽しそうだ」
「では、のちほど覚えていたら歌います」
「約束」
「あ、皆様見えてまいりましたよ」
「本当だ」
 小さい何かがしきりに跳ねているのが見えた。あい じゃわ(あい・じゃわ)が短い手を精いっぱい伸ばして振りまわし、ここにいるとアピールしていた。手を振り返すと、さらに勢いづかせて手を振る。振りすぎてころころと転がっていってしまいそうだ。と、思っていたら転がった。転がって跳ねたじゃわを藍澤 黎(あいざわ・れい)が両手で包みこむように抱き上げる。
「楽しんでいるのは良い事だが、浮かれすぎて怪我をすると後で困るぞ? 壮太殿やミミ殿と踊るのだろう?」
 黎が額をつついて微笑むと、じゃわは「にゅぅ」と唸って目を閉じた。
「舞台の設営も完成していないし、ちゃんと手伝ってもらわねば困るのだよ」
「藍澤君、緋毛氈引き終わりましたよ」
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が柔らかに微笑んで言った。スーツはいつも通りの純白で汚れひとつなく、舞台に緋毛氈を引く作業をしていたとは思えない。
「ありがとう。あとは」
「薔薇の花束を置けば舞台の完成です」
 その言葉を聞いて、じゃわが用意されていた薔薇の花束を抱えて舞台に上がった。花束を設置すると、満足そうにその場で踊る。白いタキシードスーツの上着がひらひらと流れた。
「藍澤君はヴァイオリン弾きですよね」
「ああ。エメ殿もヴァイオリンだったか」
「はい。どうでしょう、この舞台を使う人やお客様が来るまで協奏しませんか?」
「チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲はどうだろう?」
「ハイフェッツのような演奏はできませんが、よろしいですか?」
「案ずるな、我もあのような動きは出来ん」
「あはは」
 二人で笑って、調弦をし、奏でる。
 柔らかに風が吹いて、花びらが舞った。演奏を祝福するように。


*...***...*


「ふ、ふふ……! とてもよく似合っていますよ、リアさん……!」
 満開の桜の木の下、明智 珠輝(あけち・たまき)はともすれば変質者として通報されかねないほどに荒い呼吸で、リア・ヴェリー(りあ・べりー)を褒め称えた。
 その褒められたリアの格好は、若草色の着物。それはピンク色の髪によく映えて、
「まさしく桜……! リアさんこそ桜の精です。愛……!」
「あっ、あまり褒めるな、馬鹿……!」
「照れているのですか? そんなところも美しいですよ、ふふ……」
「違っ、聞いてるこっちが恥ずかしいっていうだけで照れてるわけじゃ……!」
「ふふ。下手な誤魔化しも美しいですねぇ……!」
「だめだこいつ……! っいいから、桜! 桜を見ろ、珠輝!」
「見てますよ、リアさんの背景として。ああ顔を赤くしたリアさん、いいですね」
「メインで見ろ、馬鹿! 花見に来たんだろうが!」
「花を愛で、リアさんの美しさに酔う。風流ですねぇ……!」
「違う、何か違ってる!」
「頭を抱えて困るリアさんも美しいですね」
「……美しいって連呼する珠輝の美しさはどこにあるんだよ」
「私ですか? ふふ、大丈夫です。ちゃあんと用意してあります」
 言いながら珠輝はリアに手を差し伸べる。その手の上にあるのは、紐。
 よく見れば、その紐が珠輝の着ている着物の帯に繋がっていることがわかるのだが、褒められ照れて顔を赤くして、その赤くした顔を両手で隠しているリアには見極められず。
「リアさん、この紐を思い切り引っ張ってください。さぁ!」
 という珠輝の言葉に、
「引っ張る……? ぇぃ」
 よくわからず従ってしまい。
「あ〜れ〜」
 引っ張られた珠樹は、時代劇で町娘がされるような『帯クルクル』を披露した。
 綺麗に、美しく、艶やかさも振りまいて回転。
 はらり、と着物は落ちる。露わになる肌は白く滑らかで、脱げ掛けの着物とマッチし妙な色気を醸し出している。
 回転が終わると着物は全て地面に落ちていて、珠輝は褌一丁だった。色気は飛んでいき、男らしささえ感じるその裸体。
 褌には、『美』という文字が流麗に踊り、珠輝は誇らしげに胸を張った。
「どうです、私の回転の美しさ! そして細身ながらも鍛えられた裸体。ぷるりとしたヒップ……!」
 リアは自分の手にある紐を見、珠輝を見、開いた口が塞がらないという状態に陥っている。リアからストップが掛からないのをいいことに珠輝の熱は上がって行き、身体をくねらせ自らを抱き、
「さぁ、もっと見てください! 見つめてくださいッ!」
 叫ぶようにそう言って、そこで初めてリアが我に返り。
「珠輝……おまえ、ただ脱ぎたかっただけだろーがっ!!」
 リアの叫びが木霊して、一瞬後に華麗な空中飛び膝蹴りが珠輝にクリーンヒットした。
 蹴られながら珠輝は思う。
 着物姿での膝蹴りは、肌蹴た裾から覗く太ももがエロティックだ、と。
「リアさん」
「……なんだよ」
「次から膝蹴りをする時は、着物姿でお願いします」
 珠輝の視線がリアの足に集中していることから意味を把握したリアは、静かに拳を握りしめるのだった。


 敷地外までとどろいたリアや珠輝の叫び声を聞いて、
「なーんやあっち騒がしいなぁ」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)はため息混じりに笑う。
「はぅ……やっぱり騒がしい方が良かったんじゃないかなぁ〜?」
 そんな社に、望月 寺美(もちづき・てらみ)は心なしか寂しそう(に、見える)表情で、社に問いかけた。
「ホントはエルさんやウィルさん達と一緒に来た方が良かったんじゃないでしょうかぁ?」
「え? 何で?」
「だって、ボクのせいで敷地内でのお花見ができないワケで〜……」
「アホ。美しい人しか入れんのやったら元々俺は入れへんやん? だから気にするな」
「まぁ社は見た感じ馬鹿っぽそうで、美しいとはほど遠そうなですけど〜」
「ちょ、ゆるゆるな見た目の寺美にはソレ言われたないなぁ!?」
 寺美の言葉を受けて、日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)は社を見た。しばらくその大きな瞳に社を映して、
「やー兄、ばかっぽいの?」
 会心の一撃。
 無邪気に言うから、余計にグサりと来た。
「馬鹿っぽくないっ!」
「ほらほら社、大きな声を出すと千尋ちゃんが怖がるよ〜?」
「も と は と い え ば ! ?」
「社の顔が」
「せやから寺美に言われたないっ。ちーに言われるならともかく……」
「よし、千尋ちゃん。ボクの言うことをワンモア。『社は馬鹿っぽい見た目』」
「やしろはばかっぽいみため?」
 言われて社がもんどりうった。
「やー兄、どこかいたいいたいなの?」
 千尋が、もんどりうったせいで泥がついた社の顔をタオルで拭いながら尋ねる。
「ちー、少しは人を疑おなー」
「疑うの?」
「せや。寺美の言うことばっか真に受けたらあんなゆる顔になってまうでー。……あ、嫌やなソレ」
「ちょっと社、それどういう意味っ」
「そのまんまやん、ってちょ待って、寺美こんな花見日和くらいボディブローは封印せえへん?」
「綺麗にボディブローをキメたら美しいってことにならないかな?」
「! せやったら俺は美しく宙を舞えば……!」
「よし、やってみ――」
 いっそ本当に美しいほどに吹き飛ばされてやろうか、そう思った時。
「なあ、なんでそんなとこで騒いでんだよ?」
 声をかけられて、振り返る。泉 椿(いずみ・つばき)が腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「あ、いや。俺ら庭園に入る条件満たしてへんから、この辺りでー、って」
「バカじゃね? 別にいいじゃん、みんなで集まったんだからみんなで楽しめば」
 すっぱりと言い切って、椿は社の手を取った。
「ほら来いよ、パートナーがいろんなもの作ったんだ。マジで多いからさ、おまえも食べてって」
「えー、決まりごとちゃうん? 美しくないと入れないって……」
「じゃあおまえ、いっこもないの? 美しいとこ」
「……ボディブローで拭き飛ぶ瞬間とか?」
「なんだそれ」
 椿が笑った。つられて社も笑う。
「なんだよバカっぽい顔して」
「や、あんさんイイ笑顔するなぁって。……って、やっぱ俺馬鹿っぽいん? んなことないやん別に!」
「はは」
「なんやねんその曖昧な笑み!」
 前方でぎゃあぎゃあやっている二人を見て、
「ラミちゃん、やー兄楽しそうだね」
「うん、社は誰かと一緒に笑っている方がいいね」
 少し寂しそうに寺美が言った。千尋の手を握る右手に、知らず知らず力を込めてしまって「ラミちゃん?」と心配そうに見上げられた。
 でも思ったのだ。
 自分たちだけじゃ、社は楽しくないかな、なんて、柄にもなく。
「アラ、貴方達と一緒に居る時も素敵だったわ」
 いつの間に背後に居たのか、緋月・西園(ひづき・にしぞの)が寺美に囁きかけるようにそう言った。
 寺美と千尋が驚いて緋月を見ていると、緋月は上品に微笑む。
「心が美しい人は何をしていても見ていて気持ちいいものなのよ」
「あのね、やー兄はね。ほんとはね、すっごーくかっこいいんだよ」
「ふふ、見ていてわかったわよ? だって貴方達を大切に思ってる姿が美しかったもの」
 緋月が千尋の右手を取って歩く。千尋の左手を握っていた寺美がそれに引っ張られる形で歩き出す。そして数歩歩いたところで、緋月が足元を見て歩いている寺美を覗きこんできて、
「だからそんなに寂しそうな顔をしなくてもいいのよ?」
 嫣然と微笑んだ。
「にゅ……ボクたちで、楽しめたかなぁ〜……」
「私には楽しそうに見えたわ」
「ラミちゃん、あのね、ちーちゃん、ラミちゃんとやー兄がお喋りしてるの、すき! なんだかね、あったかいの。春みたいにポカポカなの!」
「そう。なんだか暖かいのよね。だから私も椿も誘われるように来てしまったのよ。庭園の外なのにね」
 そう言われると嬉しくなる。
 寺美は社の事が好きだから、だからこそ自分たちのせいで楽しんでもらえてなかったら、と思うとそれは寂しくて。
「あの。ありがとう」
「アラ。お礼なんていらないわよ、私は思ったことを言ったまでだもの」
「寺美ー!」
 礼を言っていると、前方を行っていた社に呼ばれた。何だろうと顔を向けると、
「一芸披露や」
「はい?」
「つーちゃんと勝負することになってん。一芸披露勝負」
「アラ、椿。勝負ってことはまさか」
「ん、緋月、何か一発頼む」
「……そうね、鞭をお借りできるのなら美しくしばいて差し上げるわ」
 緋月は呆れたようにそう言って、同じようなことを言われた寺美を見ると、思いのほかやる気に満ち満ちていたので、少し面食らった。
「寺美はやる気満々なのね」
「うん。社はいつもこんな感じだから」
 それもどうなの、と言いたげに緋月は社を見る。社は椿と喋っていて、椿は笑っていた。
 緋月としては、椿が笑ってくれるならそれで幸せだから。
 それでもいいわね、と思った。