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空京神社の花換まつり

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空京神社の花換まつり

リアクション

 
 
 福神社に福の笑み咲く
 
 
「そろそろ休憩しませんか?」
 最初の勢いが落ちて、皆に疲れが見え始めたのを見計らい、恭司が声を掛けた。
 枝作りに夢中になっていると時間を忘れてしまうけれど、そろそろ一息入れないと集中力が持たないだろう。
「そうだな。ジーナ、洪庵、お茶の用意を頼む。コタローもお疲れ様だな。しばらく踊りは休憩だ」
「はいっ。ワタシの名前を先に呼んでくださる樹様の為にも、休憩の用意をしますね〜」
 ふふん、とジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)緒方 章(おがた・あきら)に余裕の笑みを見せた。
「こた、おーえんきゅーけーするお」
 それまで、ハエ叩きを右手に、何もついていない木の枝を左手に、小枝作りをする人を踊りで応援していた林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が、とことこと樹の処に戻る。
「ねーねー、こた、じょーずらった?」
「ああ。コタローが励ましてくれたから、小枝作りも随分はかどった」
「きゅーけーしたら、またがんばるお」
 樹に褒められて、コタローは嬉しそうにハエ叩きを振った。
 さあ休憩だと、章はお茶の準備をしようとしたが、ふとその目が出来上がった桜の小枝に留まる。
 人が多い所為か、花枝つくりははかどっていた。当日、この小枝を自分も樹と交換したい……。
 樹に『……章、私と枝を換えてくれないか』なんて言われる関係になれたらいいのに。そうしたら勿論……。そこまで考えた章の隣で、きゃーっ、とジーナの声が挙がった。
 ジーナも章と同じく、樹との花換えを想像中。『ジーナのために、この枝を用意した。受け取ってくれ』なんて言われたらどうしよう。
「きゃーっ!」
 嬉しい妄想の声を挙げた途端、章の冷ややかなつっこみの声が入る。
「あ? カラクリ娘の分際で何妄想してんの? 変な気起こしてると、電動ドリルで分解してやるよ?」
「そう言うあんころ餅も何か妄想していたようですね。餅が樹様の枝をいただくなんて46億年早いんですよ! ミジンコの時間から進化し直しやがれなのでぃす!」
 熱い火花を散らす2人を見て、コタローは心配そうに樹に言った。
「ねーたん、ねーたん、じにゃと、あき、へーん」
「…………」
 樹はつかつかとジーナと章の処まで行くと、がしっ、がしっ、と2人の頭にアイアンクローを喰らわせる。
「……今は何をするべき時間なのか、考えるが良い。私は寛大だ、考える時間を30秒やろう」
「うぁーん、ごめんなさい樹様〜、おとなしく休憩の用意をします〜」
「イーヤーヤーメーテーイーツーキーチャーンー! ごめんごめんごめんなさい、ティータイムのスキルで今すぐ用意しますー」
 30秒どころか3秒も経たずに2人は降伏した。
 その間にコタローは布紅と琴子の処に行き、お茶に誘う。
「ふくたん、ことしゃん、ねーたんが、おちゃするんらって、いってるお。おちゃのんれから、またおはなつくおーれ。こた、こんのは、おてつらいするお」
「はい、今行きますね」
「ええ、お手伝いよろしくお願いしますわね」
 布紅と琴子がコタローに連れられて来た頃には、場には何事もなかったかのように、休憩の準備が整っていたのだった。
 
 お茶を飲んでひと休憩。
「随分たくさん作ったんだね」
 サトゥルヌスはアスラの前に置かれた花枝を目で数え、感心したように言った。サトゥルヌスも手先はそれなりに器用だけれど、マイペースに1つ1つをしっかりこなしていきたい方なので、仕上がりは上々だけれど本数は普通だ。比してアスラはてきぱきと作業を進めていきたい方だから、本数もそれだけ多く出来ている。出来上がった花も、サトゥルヌスは基本に忠実、アスラはアレンジ、と対照的だ。
「ちんたらやってたら日が暮れちまうからな」
 答えながらアスラは煙管を取り出したが、火を付けるのはためらった。皆が集まっている場所、福の神の社、匂いを吸いやすい紙の置かれている場所……そのどれもが、煙管を吸うのに相応しいとは言えないだろう。
「……外に移動したほうが良いな」
 ちょっと吸ってくる、とアスラは社を出、迷惑にならなそうな場所を探して一服つけた。
 すうっと染みる煙管の美味さ。
 これだけで疲れが消え去るようだ。
 十分に煙管を堪能した後、アスラは社に戻った。……否、戻ろうとした。
 社からはそれほど離れていないはず。けれど、建物から出て数歩あるけば道に迷うアスラには、その『それほど』の距離が大問題。
 確かこっちだった、と記憶を頼りに歩いていけば。
「……………………ここ、どこだ?」
 アスラは賑やかな通りで足を止め、途方に暮れた。どうもここは神社の境内ですら無いような気がする……。
 神社にショッピングセンターはたぶん……無い。
 
 
 人知れず手伝いが1人減った福神社の中では、作業が再開されていた。
「みんなそろそろ慣れてきたわよね。得意な分野も分かったと思うから、分担して、なるべく沢山の人の手を通して小枝が出来上がるようにしてみない?」
 花換まつりの小枝が、人の手から手へと渡されて福を宿すものならば、作る時にも多くの人の手を渡したらその分幸せが多くなるのではないか、とあゆみは提案する。
「それは面白そうだな」
 樹が同意すると、章もそうだねと同意する。
「だったら僕は絵馬を書かせてもらおうかな。僕の字ってアートに見えるらしいから」
 達筆すぎて読んでもらえない字も、絵馬に書けば趣があるだろうと、章は筆でさらさらと絵馬に文字を書く。こめる願いは恋愛成就。『愛!部』の威信にかけてと、章はこの絵馬を手にした人の恋が叶うようにと強く願いをこめた。
「こたのとくい、なんらお?」
「コタローはもちろん応援だろう」
「うん、おーえんするらお。ふえー、ふえー、ねーえーたん。ふえー、ふえー、ふーくーたん」
 樹に言われ、コタローは大張り切りで応援の踊りを踊りまくった。
 誰かが作った花が、次の人に手渡されて枝に留められ。
 誰かが作ったお守り袋が、次の人に手渡されて、花の留められた枝に吊り下げられ。
 人の手から手へと渡るうちに、紙や布だったものが花換まつりの桜の小枝になってゆく。
 最終的に出来上がった小枝のうち、さすがにこれは、という出来映えのものをヴェルチェはこっそりと調整しておいた。それなりに見えるものは、多少下手でもそのままにしておく。それも手作りされた味なのだろうから。
 ヴェルチェ同様、真人もこっそりと小枝を手直しして、花換まつりで使用しても花が取れたりしないように整える。あまり出来がひどいものを見つけると、そこを担当している人を探してどうしたらうまく出来るかを教えた。
「この部分を指で押さえて結ぶと、うまくいきますよ。実際にやってみましょうか。ここを……ああ、そうです。それから……」
 丁寧に指導している真人に、セルファはちらりと視線を送った。
 セルファは性格こそ不器用なところがあるけれど、手先はそれなりに器用だ。手直ししている真人に迷惑をかけたくもないから、きちんとした小枝を作る。細かいことを続けていると集中力が切れてしまうから、休み休みするようにだけは気を付けているけれど。
「…………」
 下手なふりしたら、真人はああやって丁寧に教えてくれるんだろうか……。
 ふと兆した考えを、セルファは首を振って払い落とす。
 一生懸命頑張る人たちに悪いから、そんなことは出来やしない。何よりこれは縁起物。楽しい気分で一生懸命作らないと、ご利益も半減してしまいそうだ。
 手は抜かないとばかりに、セルファは枝に巻くテープに意識を集中させた。
 
 
 気合いを入れて1本、また1本と小枝を作ってゆくエースの手元を、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は、それにしても、と眺め。
「エースの信仰する神様とは相手が違うんじゃ……。こういうことしてもいいの?」
 と尋ねた。花換まつりは福神社で行われる神事。別の宗教を信じるエースが手を出して良いものかどうか。そう心配したのだけれど、エースの返事はあっさりしていた。
「拝む相手は違っていても、神事に関わる身としてこれは手助けをするしかないだろう。困った時はお互いさま、って言うことだし」
「いいのか、そんなので」
 苦笑したエオリアに、隣で出来上がった桜の小枝を堪忍していた和泉 真奈(いずみ・まな)が、そうですわ、と穏やかに笑う。
「困っている方を助けるのに、場所も宗教も関係ないですわ」
 信仰するものは人により様々。布紅は神社に祀られている神様ではあるけれど、だからといって困っているものを放置はしておけない。
「私も宗教とか、よく分からないです……」
 当の福の神、布紅も話に加わってくる。
「神様がそんなんで大丈夫なの?」
 心配になったミルディアが言うと、布紅は大丈夫かどうか分かりませんけれど、と首を傾げた。
「私はただここで、みんなが幸せになるようにがんばって下さい、って言われただけなんです。誰かが何かを信じるとか信じないとかではなくて……みんなに福がいっぱい来て欲しいな、って思うのです〜」
 だから、福をもたらす小枝作りも頑張る、と布紅は下手ながら形になってきた小枝を軽く振ってみせた。
「福か。日本の神事は独特のものがあって興味深いな」
 さすがは東の最果て、神秘の国日本、とエースは言う。
「神々の特性としても、きちんと祀られれば神の威光を示すが、疎かに扱われると祟りをなす、という部分がある。それに、八百万の神々が争うでもなく並立しているのも面白いし、外来の神や関連行事も日本独自に取り込んでお祭り……というか行事として定着しているのもとても不思議だ」
「八百万の神々……だって、神様が1人しかいなかったら、行事の用意が忙しすぎて間に合わなくなってしまいますから〜」
 たくさんいないと大変、という布紅にクマラが、
「日本の神事の裏方って家庭内手工芸的だもんね。でも、普通は神様は行事の小物なんて作らないと思うよ」
 と笑った。
「鏡餅に追いかけ回されたりもしないよね〜」
 小枝を作る手を動かしながらミルディアが、ね、と笑うと、布紅は恥ずかしそうに小枝で顔を隠した。
 
 
「今はみんなで桜の小枝を交換して福を祈るお祭りだけど、元々は男女が枝を交換して、想いを確かめたのが始まりなんだって」
 桜の小枝を作りながら、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)が日本で行われている花換まつりの話をしていると、ロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)は急に不機嫌な様子になった。
「それならシェイド兄ちゃんも誘えばよかったぞ……」
 ぼそりと呟いた言葉に含まれた意味にも気づかずに、ミレイユはそう? と首を傾げ。
「それじゃ今度誘ってみるね」
 そこらに買い物に行くのに誘うような気軽さで答えた。
「……」
 その態度に一層不機嫌になったロレッタは、むっつりと立ち上がるとミレイユの前に行き。
 ぺちん、と両手でミレイユの両頬を挟んで叩いた。
「……っ!」
 何故叩かれたのかと、ミレイユの頭の中は『?』マークでいっぱいになる。叩かれたショックで涙目になっているミレイユに、ロレッタは訊いた。
「ミレイユ……本当に好きな人はいないのか?」
 それにミレイユが答える前に、デューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)がロレッタの頭にぽんと手を置いた。そして、何も言うなというようにロレッタに首を振ってみせる。
「う〜〜……」
 ミレイユを問いつめたいのだけれど、デューイを振り切ってまでそれをして良いものかどうか。ロレッタは決めかねて唸る。
「ロレッタ……」
 何と声をかけて良いのか分からずにいるミレイユに、デューイは小枝を押しつけるように渡した。
「……出来上がった小枝を渡しに行き給え」
「う、うん……」
 混乱しているミレイユは、言われるままに小枝を抱え、出来上がりの小枝を箱に入れている処に持っていった。その間も、どうしてロレッタがあんなことを言ったのかと、懸命に考える。
 今まで恋をしたことがないミレイユには、恋愛感情の『好き』というものが、どういうものなのか分からない。だから『好きな人』と言われても困ってしまう。
(とても大切な人ならいるのに……)
 けれど、それが『好き』なのかどうかは自信がない。大切だと思うこと、好きだと思うこと、そのどこに恋愛という線を引いて良いのか分からない。
 そうして悩み悩み歩いていくミレイユの背中に、デューイはじっと視線を注いだまま、ロレッタに説いた。
「……確かにミレイユは鈍い。だがそれは、元々というのもあるが、パラミタに来るまでずっと屋敷の中で育てられていたせいでもある」
「そうだとしても、シェイド兄ちゃんが気の毒だぞ……」
「……シェイド自身、ミレイユに対する想いを隠している。だから今はまだ、あまりその事については触れない方がいい」
 こういうのは当事者の意向が大切だとデューイに言われ、ロレッタは反省した。
 だから、小枝を届けて戻ってきたミレイユにロレッタは、
「ほっぺ叩いてごめんだぞ……」
 と素直に謝った。
「ん。もう痛くないから平気だよ」
 ミレイユも微笑んで仲直り。心に残った悩みは隠して、またさっきまでのように明るく笑って3人で小枝を作るのだった。
 
 桜の小枝に託す恋模様。
 桜花やお守り袋に飾られた小枝に、水神樹はじっと目を留める。
 本当は樹も、ただ1人と思い定めた恋人と桜の小枝を交換したかった。けれどこの情勢下、彼は都合をつけることが難しく……祭りに参加することは出来そうにない。
 手にした枝が華やかなだけに、寂しさもひとしおに感じられた。けれどこれはお祭りの為の枝、悲しんではいられない。
 出来上がった枝を置くと、樹は次の枝を手に取った。棒きれにすぎない枝に、桜の花をつけ、テープを巻き、お守り袋と絵馬を吊し……そうしている間も、心に大好きなあの人のことを思い浮かべる。
 思い浮かべるだけで湧いてくるこの幸せな気持ちが、枝を通して他の誰かに伝わっていくといい。この小枝が、誰かの想いを叶えてくれるといい。
(おまつりに参加された方に、幸福が訪れますように)
 祈りをこめて丁寧に、樹は組み立て図通りの小枝を作っていった。
 作る小枝にアレンジはしない。けれど想いはたっぷりこめて――。
 
 
 桜がたくさんついてボリュームのある花枝には、もっと大きな感じがでるように、ふわふわした紙のリボンを巻き付けて。小さな桜がついた小ぶりに見える枝には、子供が好きそうな動物を折った折り紙を吊して。
「福々しい……ってあんまりピンとこないけど、こういう工夫でも良いかな?」
 七瀬歩が飾り付けた枝を見せると、
「とっても可愛い小枝です〜。きっと手にした人も喜びます」
 布紅はにこにことそれを褒めたあと、上達はしたものの桜の花びらはどこか歪で、枝はでこぼこと太さの違う自分の花枝に目を落とした。
「皆さんがたくさん作ってくれましたから、私の枝はなくても大丈夫かも……」
「そんなの、不恰好でもいいんだよ、人が作るものなんだし。気持ちだよ気持ち。形がいいのが欲しけりゃ機械にやらせりゃいいじゃないか」
 桐生円は無駄に自信たっぷりと断言すると、桜の小枝に折り紙で折った朝顔をつけた。季節がばらばらだけれど、なんか可愛いし、と良いことにしてしまう。こんなのは雰囲気だ。
「円ちゃん、良いこと言うね。うん、こういうのは形じゃないよねー」
 歩もうんうんと肯いた。
「手作りの小枝にはそれぞれ個性があるからいいよね。きちんと出来てるかどうかよりも、いろいろな小枝がある方がきっと楽しいよ」
 機械で作ったきれいな枝は、ただそれだけのもの。けれど人の手が作った枝は、交換するたび、今度はどんな枝なんだろうと楽しみになる。
 みんなが作った桜の小枝。
 段ボール箱から溢れんばかりの小枝は、1本として同じものはない。
「これでラストかな。やっぱりみんなでやると早いね〜♪」
 桜の枝を全部集め終えたのを確認して、ミルディアがお疲れさま〜、と声を張り上げる。
「無事終わって良かったわね」
 アルメリアは布紅の手を包み持ち、そこに携帯番号を書いた紙を載せる。
「ワタシの連絡先を教えるから、今度からは困ったことがあったら言ってちょうだいね。気にしなくていいのよ、ワタシたちもう友だちじゃない。友だちがこまっている時に助けるのに理由なんていらないわ、ね?」
「ありがとうございますー」
 礼を言った布紅は手の中の紙を開き、首を傾げた。
「数字がたくさん書いてありますけど……」
「だから携帯の電話番号……ってもしかして布紅ちゃん、知らなかったりする?」
「けーたい……? でんわばん……?」
 福の神には文明の利器は遠い存在のようだ。
「うーん、じゃあまた遊びに来るから、何かあったらその時に言うのよ」
「はい」
 布紅は素直に返事をすると、手伝ってくれた皆に、今日はありがとうございました、と頭を下げようとした。けれどそれをヴェルチェが遮る。
「御礼を言うのはまだ早いわよ。だって桜の小枝はまだ未完成だもの」 
「え、でもちゃんと……」
 出来てるのに、と布紅が枝の入った箱に目をやると、ヴェルチェは最後に1つ、と布紅の前に指を立てる。
「作り手の想いも大切だけど、やっぱり福の神の『みんな幸せに』って願いを枝にこめてもらわないと、完成とは言えないわよね♪」
「あ……でしたら手伝ってくれた皆様もご一緒に」
 布紅と桜の小枝を真ん中に、手伝いの皆は頭を垂れて祈る。
 どうか――この枝を交換するみんなが幸せでありますように、と。