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リアクション
第七章 力試し
「ううう〜〜……じれったいなー」
霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は呟いた。ヒグマが攻撃した直後に隙を見て殴っては離れる、という方法で繰り返し体力を削るよう試みていたのだが、魔法耐性の高い相手に距離をとって様子を見ながら効果的な一撃を打ち込むのは案外むずかしい。
「……いっそこっちもダメージ覚悟で接近戦に持ち込んじゃおうかな」
「だめですからね!」
相方が突っ走ってしまう前に緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が釘を打った。
「私が隙をつくってみますから、透乃ちゃんはそこを……」
ふと陽子が透乃に目を向けた、一瞬の隙だった。気配に気がついたときには、既に眼前に真っ黒な巨体が迫っていた。
「陽子ちゃん!」
「くっ……」
陽子の目が見開かれ、ヒグマの牙をギロチンで何とか受け止める。ギリギリと目の前に近づく巨大な口からは、とめどなくよだれが垂れてくる。力で押し返せるはずもなく。
透乃が駆けつけて、横から飛び蹴りを放つ。その動きに合わせて、噛み砕かれる前にと陽子は自ら背後に飛びすがった。そのまま、ヒグマの頭に腹部を押し出される形で突き飛ばされる。
「きゃぁ!!」
思いのほか跳ね飛ばされて、陽子は地面に強く体を打ち付けた。透乃は息をのんで方向転換すると彼女の元へ走りよった。
「大丈夫?!」
「平気です、ちょっとぶつけただけ。……食べられちゃうかと思いました……」
ヒグマは既に態勢を立て直し、フラメンコで引き付けてくれているリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)を追いながらガチガチと牙を打ち鳴らしている。
判断が遅ければあの牙の餌食になったかもしれない。強張った顔で微笑んでみせる陽子を、透乃は抱きしめた。
「ザイン、大丈夫か?」
「う、ちょっと掠っただけです」
神野 永太(じんの・えいた)が抱き起こすようにして、燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)にヒールをかける。掠っただけと言いつつ、硬い装甲を砕く攻撃は相当の衝撃があったに違いない。
二人の前には、ヒグマを追い求めてやってきたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)――いいタイミングで来てくれて本当によかった――がブツブツと何かを唱えながら立っていた。
「さすがに厳しいんじゃないか?すごいタイミングで飛び込んだもんだな」
ぽつりと呟くキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)に、すかさずリカインの叱咤が襲う。
「うるさい!やるったらやるの。クマにボコられるのと私にボコられるの、どっちがいい?わかったら、しっかりクマを引き付けておいて!」
地獄耳に肩をすくめると、キューはやはり諦め顔のシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)と視線を交わし、ヒグマに向き直ると奈落の鉄鎖を放った。素早かった足が、重く鈍る。リカインらの方向に突進をかけようとしていたヒグマは、走り出すのをやめ、重力からのがれるようにして身をよじった。
「ほら、こっちだよ!」
シルフィスティが威嚇するようにヒグマの足元スプレーショットを放ち、パンパンと手を打って挑発する。ヒグマの視線がギラリと蠢いたかと思うと、シルフィスティに突進した。スピードが落ちているからといって、食らえばひとたまりもない。
「わ、わっ!」
慌てて木立の隙間に身を潜めるシルフィスティ。ヒグマはそのまま木に思い切り体当たりをかました。
「あっぶなかっ……」
メキメキメキメキ……
ヒグマのぶつかった木は、そのままズズーンと鈍い音をたてて根元から折れた。
ヒグマはというと、プルプルと頭を振っただけで実に元気だ。
「うっそー……」
血の気が引くのを覚えながら、シルフィスティは体当たりを受けないよう障害物を間に挟むよう気遣いながらリカインを盗み見た。
一方のリカインは自らにパワーブレスをかけていた。自分の攻撃力を最大限増強し一気にたたく作戦だ。やがて、彼女は顔を上げるとぐっと指を握り締めた。
「……重ねてかけても効果がないみたいね。……よしっ、いいわよ!」
視線を投げかけると、二人のパートナーは真っ直ぐにリカインに向かって走ってきた。その後をヒグマが追いかける。二人が左右にわかれ、対象を一瞬見失う瞬間を彼女は見逃さなかった。
自分の最大限にまで高めた一撃を、叩きこむっ!
「えいっ!」
ゴフッ
鈍い音がして、ヒグマの体が揺らいだ。ぐらり、と足がおぼつかない。どうやら当たりがよかったらしく気を失ったようだ。
「やった……ぁあぁあああぁぁああ??!」
そのまま3メートルの巨体がリカインの上に倒れこんでくる。パワーブレスをかけているとはいえ、リカインの体躯で支えられるはずもなく。
「リカァァァ!!」
「お、重っ……圧死する……」
「お、落ち着け!待ってろ!すぐにどけ……て……」
最悪なことに、そのときヒグマが意識を取り戻した。
「!!」
逃げ場のないリカインに、ヒグマが牙を剥く。
絶体絶命のピンチ、というそのとき。
もすっ。
「……」
「……」
「…………?」
なんの変哲もない木の枝が飛んできて、ヒグマの顔面にクリティカルヒットした。呆気にとられる一同(クマ含む)が、枝の飛んできた方向を見やると、
「目を閉じて!」
凛とした声が聞こえた直後に、まばゆい光が目をくらませた。と、同時に
「おらぁあぁあっ!!」
大きな影が勢いよくタックルをかまして、それまでびくともしなかったヒグマもろとも吹き飛んでいった。よろめきながらリカインが起き上がるよりも先に、ひょいっと身軽にその人物――ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が飛び起きる。
「よっと」
「やっとお目当てのクマが見つかったわね」
ロングウェーブの黒髪をなびかせて、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)がくすりと微笑む。コキコキと指を鳴らしながら、ラルクは心底ワクワクした様子で豪快に笑った。
「楽しそうなことやってんじゃねぇか。おっさんも混ぜてくれや!」
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