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リアクション
雨のおでかけ
灰色の空から細かな雨が落ちてくる。
外はぼんやりと暗く、それに比して鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)の元気も出ない。
こんな日はのんびりと家で過ごすしかない。そんな風に氷雨が考えていると。
「紫陽花……見に行きたいな」
弱い雨音にさえかき消されてしまいそうな、アイス・ドロップ(あいす・どろっぷ)の声がした。
普段あまりおねだりをしないアイスの願いに、氷雨はひとつ肯いた。そうだ、今日は紫陽花を見に行こう!
赤いレインコートと青い長靴。そんな雨装備を始めた氷雨に気づくと、アイスは微笑んだ。
「姉様、紫陽花を見におでかけしようよ」
「ええ……」
氷雨はレインコートのフードをかぶり、アイスは白い傘を差すと、手を繋いで紫陽花の群生地へと向かった。
「わぁー凄い、綺麗だね!」
群生地に到着すると、ピンク、紫、青……遠くの方は雨に煙って見えないほどの紫陽花の見事さに、氷雨ははしゃいだ声を挙げた。
「紫陽花は……沢山色を変えることから……一般的に……花言葉は『移り気』って言われてるの……。でも……好きな人のために……一生懸命綺麗になろうとしてる……ってことから『ひたむきな愛情』とも言われるんだよ……」
この色ならば綺麗に見えるだろうか、それともこの色、それとも……ワードローブを覗き込む少女のように、ひたむきに色を変えて。
「へぇー、姉様物知りだねー」
アイスがそう説明すると、氷雨は感心したように目を見張った。そんな氷雨に微笑みながらも、アイスはふと気になったことを尋ねてみる。
「そういえば……ひーちゃん……なんで傘じゃないの……? お気に入りの傘……あったのに……」
レインコート姿の氷雨も可愛いけれど、顔の辺りがどうしても雨に濡れてしまう。傘をさせばそんなことはないのに、と不思議がるアイスに氷雨はにっこりと。
「だって、ボクが傘をさしちゃったら姉様の顔が見えないもん。それに、手もつなぎにくいもん」
そう言って、繋いだ手を振ってみせる。
「ボクね、雨ってあんまり好きじゃなかったんだ。でもね、姉様と手をつないで、のんびりとお散歩して、紫陽花見てね、なんだか少しだけ雨好きになったよ。また雨降ったら一緒にお散歩しようね!」
空が灰色に閉ざされていても、いっしょに手を繋いで歩いてゆけばだいじょうぶ。雨の中にきっと綺麗なものを見つけられるから。
氷雨の笑顔を見るアイスの顔もまた、嬉しそうにほころぶのだった。
独りの寂しさ
そんな楽しげな2人の後ろを、くるりくるりと傘を回しながらリリィ・マグダレン(りりぃ・まぐだれん)が歩いてゆく。咲き乱れる紫陽花は思っていたように見事な眺めで。
「キレイ」
思わず口に出してしまう……けれど、それに答える声は無い。
――紫陽花でも観に行かない?
家を出る前に、そうジョヴァンニイ・ロード(じょばんにい・ろーど)を誘ったのだけれど、返ってきたのはつれない返事。
――雨降ってじとじとしてる時にわざわざ外に出かけなくても良いであろう。
家でゴロゴロしていたい、だのうだうだ言われるのが面倒で、ジョヴァンニイを置いてさっさと1人で出かけて来たのだ。
独りになることには慣れているから、別について来なくても構わない。そんな風に思っていたのに……何だろう、この落ち着かないもやもやとした……寂しさは。
(寂しい……?)
自分の気持ちに気づいたリリィがはっとした矢先。
「おお〜綺麗に咲いているではないか」
背後から聞こえてきた頼りなくも偉そうな声に、リリィは振り向いた。
そこに立っていたのはまさしくジョヴァンニイ。走ってきたのだろう、まだはぁはぁと息を切らしている。
「貴様は歩くのが速いな」
そう言ってへらりと笑うジョヴァンニイの服の裾はぐっしょりと濡れている。傘を指すのもいい加減に急いで来たのだろう。先ほどまでの寂しさは霧散している。代わりに感じるのは安心感。
(ああそう言えば……独りが寂しく感じられるようになったのは、こいつが来てからだ……)
それはきっと、誰かといる楽しさを知ってしまったから。
リリィはジョヴァンニイにつられるように微笑んだ。
「私ほどではないけれど綺麗じゃない?」
いつもと変わらぬその物言いに、ジョヴァンニイはほっとした。実は、リリィを追いかけて来たものの、紫陽花を前に立ち尽くしている彼女の後ろ姿はあまりに寂しそうで……慌てて声を掛けたのだ。さっきのは見間違いだったのだろうか、そう思ってほっとした時。
「……!」
リリィに手を握られて、ジョヴァンニイは慌てた。
どうすれば、いや、どうして……と焦りまくるジョヴァンニイに、リリィは視線を紫陽花に向けたまま言う。
「ちょっとおとなしくしてなさいな。ほら、雨と紫陽花はよく似合うでしょう?」
「あ、ああ」
繋いだ手が温かい。その温かさを感じながら、ジョヴァンニイはリリィと並んで紫陽花を眺め続けた。
待ち人来たらず
そうして紫陽花を眺める人々の間に交じって、姫宮 和希(ひめみや・かずき)は落ち着かなげに周囲を見渡していた。
待たせては悪いと早く出て来たのは確か。だがそろそろ来てもいい頃なのに……。
何かあったのかと心配になり、和希は携帯電話を取り出した。どこまで来ているのか聞こうと思ったのだが……。
「え? 来られない?」
電話の向こうから聞こえてきた声に愕然とする。
「急用? ……そうか。それは仕方ないな。運ってのは何ともならないし」
とても残念ではあるけれど、自分以上に相手はがっかりしているだろう。ここは自分が落ち込んだ様子は見せられないと、和希はつとめて明るい声で言った。
「遊びに行く機会はまたあるしな。気にするな。んじゃ、またな」
けれど、携帯をしまいこむと和希は肩を落とした。空元気は続かない。
来たからには紫陽花でも見るか……と思ったが、すれ違う子がミューレリアに見えてはっとし、そんなはずないかと首を振り。楽しげに紫陽花を見ているカップルを見ては、自分たちもそうするはずだったのにと溜息を吐き。
「紫陽花綺麗だな……ミュウと一緒に見たかったぜ……」
綺麗だからこそやりきれない。
いい加減に傘をさしている所為で湿った髪を払おうとした手が、ふと首もとのチョーカーに当たった。お揃いの手作りのチョーカー……それは2人が今まで築いてきたものの証の1つで。
「そうだな。落ち込むなんて俺らしくないな」
今日はたまたま一緒に来られなかったけれど、これからだってまたこんな機会はやってくるんだから。
今のうちに次回来る時の為の下見をしておこう。
そう考えたら楽しくなって、和希はここも見せたい、あそこも案内したいと、紫陽花の中を歩いてゆくのだった。
雨に打たれて
溜息から解放された和希の後ろを、白波 理沙(しらなみ・りさ)はひっそりと通り過ぎていった。
お日様が輝く晴れの日も良いけれど、すべてをしんみりと包み込んでくれる雨の日もまた良い。
特にこんな気分の時には。
傘を差さずに歩く理沙を、こぬか雨がしっとりと濡らしてゆく。
雨の染みこんだ髪が、服が重い。
それとも重いのは髪でも服でもなく、心、なのだろうか。
紫陽花のように雨に濡れながら、理沙は思う。
このまま全てこの雨と一緒に……
流してしまえればいいのに……
流れてしまえばいいのに……。
綺麗に咲いているはずの紫陽花がぼやけて見えた。
きっとこれは雨の所為。
そう、頬が濡れているのも雨の所為。
けれど、しばらくそうした後落ち着いて顔を濡らす雨をぬぐえば、雨に洗われた紫陽花の色はいつもよりも綺麗に見えた。
雨の日にしかできない発見だ。
雨に打たれて一層綺麗になってゆく紫陽花を見て、理沙は思う。
(もっと強くならなくちゃね……)
そう、晴れの日はもうすぐそこに来ているのだろうから。
雨の帳
降り続ける雨。
こう雨が続くと気持ちまで沈んできてしまう、とシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は窓の外を見ていた視線を、リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)に振り向けた。
「リーブラ、ちょっと出かけようぜ」
「この雨の中を散歩……ですか?」
意外そうに首を傾げるリーブラを、シリウスはなおも誘う。
「これくらいの小雨、傘と雨合羽でどうとでもなるさ」
パラミタに来てから、ピリピリし放しだった。こんな日ぐらいは久しぶりにリーブラと散歩でもしたい。そう思うシリウスの気持ちが通じたのか、リーブラも肯いた。
「……そうですわね」
雨の日ならば外を出歩いている人も少ないだろうし、雨の帳が薄いヴェールとなって人の視界を妨げてもくれる。たまには雨の中のんびりと散歩してみるのも良いかも知れない。
「よし、なら早速用意しようぜ」
「どこに行くつもりですの?」
「そうだなあ……紫陽花がいっぱい咲いてるところがあるって聞いたから、そっちに行ってみるか」
「紫陽花? 良いですわね」
雨合羽を着て傘を差して。2人は雨の中を歩き出した。
完全防備をしていれば、雨が降っていてもどうということもない。
到着した紫陽花の群生地を、2人肩を並べて歩いていると、リーブラがくすりと笑った。
「どうした?」
「シリウスとこうしていると、恋人のような、へんな気分がすると思って……あ、そ、そういう趣味はありませんからね?」
慌てて否定するリーブラに、シリウスは声を立てて笑った。
「濡れますよ、傘をどうぞ」
そうエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が何度声をかけても、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は傘を手に取ろうとはせず、雨に煙る紫陽花の群生地を歩いていた。
「傘をさすなんて勿体ない。これくらいの雨なら楽しんで行こう」
エースの故郷は雨が少ない。絹糸のように静かに降る雨が珍しくて、エースは両手を広げ、顔を上向けた。
顔に手に当たる優しい感触。漂う雨の香り。
「雨は天からの恩恵だからな。生命の源だよ」
大地を愛するように降る雨を受けていると、自分もこの世界の生命の1つなのだと実感できる。
エオリアはそんなエースを心配そうに見やった。
小雨の中を歩くのは心地良いものだから、エースが傘をさしたくない気持ちも分かる。けれど、油断していると雨はじっとりと忍び込み、身体の熱まで奪っていってしまうもの。もうしばらく様子を見て、風邪を引く前に屋根の下に誘導しなければ。
そんなエオリアの心配もよそに、エースは紫陽花の上にかがみ込み、
「美人さんだね」
と愛でている。
「こんなに綺麗な花なのに、紫陽花には毒があるんだ」
そんな風に楽しげに説明されると、エオリアも無下には雨中のそぞろ歩きを止められない。
「あ……あっち……!」
何かを見つけて足を速めたエースをエオリアも急いで追った。
と、眼前に現れたのは小さな池とそこに浮かぶ白い睡蓮。水面に雨が描く紋の傍らにひっそりと咲く睡蓮を、エースは身を乗り出すようにして眺める。園芸好きのエースらしい……とエオリアが思って見ていると。
くしゅん、とエースがくしゃみをした。
「あれ、何か少し寒い……」
ああやはり、と思いつつエオリアはエースに呼びかける。
「少し休みませんか。お土産のおまんじゅうも買いたいですし」
「あ、ああそうだな。……くしゅっ」
ではこちらに、とエオリアはエースを茶店へと誘導した。ここならば屋根があるから、傘をささずとも雨に当たらずに済む。
「すみません、少々店先を拝借させてくださいね」
店に入る前にと、エオリアは持参してきていた乾いたタオルでエースを拭き始めた。
「随分濡れたね。良かったらこれ飲んで温まって」
茶店でアルバイトしている皆川 陽(みなかわ・よう)が、温かいお茶を運んできた。茶店の紺の前掛けには、刺し子で簡単に紫陽花の柄がさしてある。紫陽花にあわせて日本風でということなのだろう。お品書きも、抹茶、あじさいまんじゅう、五平餅……等々、和風のものが目立つ。
「ありがとう。細かい雨だからと思ってたら、案外濡れてしまったよ」
雨になれていないから油断した、と言うエースに微苦笑しながら、エオリアは柔らかいタオルで丁寧に拭きあげる。
「お、茶店がある。リーブラ、何か食っていくか?」
そこに、紫陽花の観賞を終えたシリウスとリーブラも入ってきた。こちらは完全防備が功を奏して、長く紫陽花を観ていたにも関わらず、ほとんど濡れずにすんでいる。
「オレはあじさいまんじゅうとお茶を貰おうかな。リーブラは?」
「ではわたくしも同じものを」
「はい、少々お待ち下さいね」
陽はぺこりと頭をさげると、注文された品物を取りに厨房の仕切りの向こうへと入っていった。
「紫陽花を観てきたのか? ちょうど見頃で良かったよな」
エオリアに拭かれ終わったエースが、シリウスたちを振り返る。
「ああ。たまには雨の日の散歩もいいもんだな」
茶店の外に目をやれば、そこにも紫陽花が雨に揺れている。
雨に似合う花に逢いに出かけてみる。そんな雨の日ならではの楽しみ――。
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