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リアクション
第一章 村の防衛戦
厳かに歩きながら、天城 一輝(あまぎ・いっき)が、ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)と話をしていた。
「どうだ?」
「ちょうど終わったところである」
ユリウスは、村の周囲を見渡して笑う。
彼の視線の先には、村を囲うようにザイルでグルグル巻きにされた柵があった。
「よし。なら始めるとするか」
ユリウスの回答を聞いて満足そうな顔を浮かべると、一輝は縄と縄の隙間から器用に外へ出て、地面に向かってスキル“破壊工作”を使った。
地殻を砕き、世界そのものを揺るがすようなすさまじい音が鳴り響く。しかも一回ではなく連続して。
ユリウスが作った手作りの柵を囲うように、今度は壕を掘り始めたのだ。
「こちら剛太郎。一輝殿とユリウス殿が防衛のための障害物を作っているであります。それ以外は特に異常はないであります。オーバー」
「わかりました。こっちも特に異常はありません」
一輝を見送るユリウスの後ろで、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)が、パートナーのコーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)と無線で連絡し合っている。
歩哨の役目を自ら引き受けた二人は、30分おきに連絡しあっているのだ。いつ何が起るかわからない状況下だからこその堅実さというやつだろうか。
村に来てから、四人はこれ以上魔物を増やさないように、入口を防衛していた。村を襲撃してきた魔物たちは入口とは別の方向から来たのだが、こちらも油断できないと判断したためだ。
だが、魔物の気配は今のところない。
「何だか聞いていた話よりも物騒ではないようですね。私も剛太郎様のところへ行ってもいいですか? オーバー」
安寧な状況が長く続いたためだろう。急な提案をするコーディリア。
しばし考えた後、剛太郎は快諾を示した。
「構わないでありますよ。オーバー」
「ありがとうございます! すぐにそっちに行きますね! あっ、オーバー」
数分もしないうちに、コーディリアやってきた。
好きな相手と一緒にいられるのが嬉しかったのだろう。小走りでやってきたようだった。
「剛太郎様、お疲れさまです」
「はい。そっちもお疲れ様であります」
「私、お菓子を持ってきたんです。甘いものは疲れを取りますよ。どうぞ」
言って、バスケットからチョコレートを摘むと、それを剛太郎の口へと運んだ。
「うむ。おいしいであります」
まるで恋人のようなやり取りだが、剛太郎は気にすることなくコーディリアの持ってきた菓子を味わう。
(ああ……幸せ……。魔物さん、お願い。ずっとおとなしくしていて……)
油断できない状況。しかしコーディリアはずっとふわふわしていた。彼女にとって今はふわふわ時間(タイム)だった。
「ちょ、やばいやばい! 入口の方から魔物の群れが向かってきてるぜ」
そんなとき、壕を掘り終わった一輝が戻ってきた。三人のほうへ走ってくる。
「入口を固めておいたほうがいい! 一応ザイルと壕で時間稼ぎにはなるとは思うが、それでもいつまで持つかなんてわからないからな」
「なっ、わ、わかったであります!」
ほのぼのした雰囲気が一気に緊迫したそれに変わっていく。
(ううっ……。もう終わりなの? 短いですよぅ……)
明らかに肩を落としながら、コーディリアも剛太郎のサポートの準備をする。
「そのうちどんどん他のヤツらが来るだろうから、たぶん大丈夫だぜ」
武器を構える一輝。
――グオオオオオオオオウウウッ!
刹那、魔物の咆哮が木霊した。
「何っ!?」
一輝が驚きの声を上げる。
獣の声が不思議だった訳ではない。問題は、それが聞こえてきた方角だった。
眼前の魔物ではなく、遠く後ろからだったのだ。
「まさか……両方向から魔物たちが来たというのか……」
突然、且つ狡猾な襲撃だった。
一輝たちが戦闘準備に取り掛かっている中、入口の反対側では、村人たちの避難が始まっていた。
「さあ、こっちですよ!」
スキル“超感覚”と“禁猟区”を発動させながら、清泉 北都(いずみ・ほくと)は後部の村人を誘導していた。彼のパートナーであるリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)も彼の後ろについていた。
「アンナちゃん! 陽君! そっちは大丈夫ですかぁ!?」
村人に先んじて先頭に立ち、魔物を退けているクラーク 波音(くらーく・はのん)、アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)、ララ・シュピリ(らら・しゅぴり)たち三人と、皆川 陽(みなかわ・よう)、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)の二人の安否を問いかける。
「大丈夫だよ! アンナとララが助けてくれてる!」
「こ、こっちも、な、なんとか大丈夫です」
先頭にいる五人は、回り込んできた魔物たちの相手をしながら避難場所へと誘導していた。
「雲海に座する雷神よ、我が誓約のもと、存分その力を振るいたまえっ!」
雷術の呪文を唱える波音。
瞬間、宝玉の如く輝く光刃が現れ、目の前にいた暴走オオカミをなぎ払うかのように吹き飛ばした。
「ちょっと数が多いですね……」
空飛ぶ箒で村人のやや上空を飛んでいたアンナは、声に焦りを滲ませる。
「ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、リミッターをはずしましょう」
そう言うと、人差し指で六芒星の印を切ると、呪文を詠唱し始めた。
「生命を育む源にして、穢れを除く気高き水よ。我が道を遮る悪しき者たちに、凍れる鉄槌を振り下ろしたまえっ!」
気合いを入れて叫ぶと、アンナの周囲の空気が渦を描き、やがて鋭利な氷槍へと姿を変えた。
それは切っ先を魔物の群れへと向けると、豪雨のような獰猛さで疾走していった。
容赦なく降り注ぐアンナの氷術。しかし、怪我や傷を負っている魔物はいるが、絶命している魔物は皆無だった。
アンナは術を展開しつつ、急所を攻撃しないようにコントロールしていたのだ。
「ぼ、僕だって……やあっ!」
村人たちを脇から狙っている魔物たちの群れにリターニングダガーを投げつけて牽制する陽。
「うおっ! こいつ力ハンパないんだけど! うおりゃっ!」
波音たちが魔法を唱える時間を稼ぐため、正面から攻めてきた理性崩壊ゴリラの突進を盾で受け止め、押し返すテディ。
五人が健闘していたため、魔物も警戒を強めむやみに襲ってくることは無くなったが、村人の多さや彼らの緊張感のことを考えると、長期戦は避けて一刻も早く避難所へと向かうべきである。
「だいぶおとなしくなったけど……正直キリがないわね」
ギャザリングヘクスが入った水筒をチビチビ飲みながら、波音はうんざりしたように言う。
「しかたないなぁ……」
戦闘の様子を見ていたリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)が真剣な顔つきで語る。
「僕が囮になって魔物を引きつけるから、その隙に皆を移動させるっていうやり方でいこう!」
村人の集団から外れると、
「魔物の皆さ〜ん! うた○れるものですよ〜!!!」
リアトリスは大声を上げた。
村人たちの進行方向から大きくずれながら、リアトリスは魔物を煽るようにして走る。
彼の動きに気が付いた数匹の魔物が、追走を開始する。
やがて、その数頭を先頭にして、魔物の群れは膨れ上がっていく。
まるで小さい雪の塊が雪道を転がって雪だるまになるように、その群れは数を増やしていった。
「リアトリスお兄ちゃん、すごい……」
「感心してる場合じゃないですよ。急ぎましょう」
少し呆気に取られていた波音を、アンナが避難誘導へと促す。
「そうだったわ! よ〜し、はりきっていくわよ!」
「僕とテディは皆が逃げ切るまで魔物を足止めするよ」
お互い顔を合わせて頷きあう陽とテディ。
「うん。それじゃお願いね〜。北都君! 先頭、移動を再開するね〜!」
後ろにいる北都に向かって叫ぶ波音。
「了解! 先頭から見て右の道を進めば、魔物が少ないはずだがら、そっちに向かっていって〜」
禁猟区で得られた情報を伝える北都。
「わかった〜。ララ、避難できそうな場所とか、使えそうな建物があったらどんどん言ってね。この魔物の数じゃ、村はずれの高台だって絶対に安全だって断言できそうにないんだから」
「う、うん。ララ、がんばるよぉ!」
「それじゃ、はじめるわよぉ〜!」
波音たちが、行動を再開するのを確認し、北都もまた村人の避難を始める。
「落ち着いてくださいね。大丈夫、大丈夫ですから」
安堵させるようにしながら、村人の移動を促す北都。
そこへ、
「まっ、魔物だああっ!」
一匹のキラービーが飛んできた。
「わっ、わああああああっ!!」
すぐにパニック状態になる後部の村人たち。
「み、みなさん! 落ち着いて〜。ええいっ!」
キラービー目掛けて、蜘蛛糸を投げつける北都。優雅に飛んでいたキラービーの動きが、鈍重になる。
「リオン、追っ払ってくれるかい?」
「わかりました。ではっ」
キラービーが飛んでいる場所へ行くと、防御態勢を取りながら、ゆっくりと近づいていく。
(うわ、あの毒針はやっかいですね……防御に徹してなんていたら、こっちがやられてしまいます。ここは私から――)
覚悟を決めたリオンは、革手袋をギュッと嵌める。そして、背後から近づくと、尾に付いている毒針を掴み、地面に叩きつけた。
(殺してはいないから、大丈夫でしょう)
心の中で謝りながら、北都のもとへ向かっていく。
「ああ。ごくろうさま――ひうっ!!」
北都が裏返った声を出したのには訳がある。
戻ってきたリオンが、いきなり北都の犬耳を触ったのだ。
「ふにふに」
「変な声上げちゃったじゃないかぁ。離してよ。リオン」
「ごめんなさい……」
しゅんとするリオンがちょっと可愛そうになった北都は、
「瘴気が消えたら、触らせてあげるから。それまで我慢して」
と妥協案を口にした。
「はいっ! 約束ですよ」
リオンは、嬉しそうな顔を浮かべた。
「くっ、手ごわいでありますな……」
入口付近から柵の間を掻い潜って侵入してくる魔物を狙撃しながら、剛太郎は悪態を吐く。
機関銃から吐き出された弾丸が、魔物の急所を上手く外れて当たっていく。
一輝の作った柵は役に立っていた。魔物の群れを全て遮断することは出来なかったが、多勢で流れ込んでくるのを防ぐ役割は果たしていた。
おかげで、剛太郎は的確に攻撃することが出来ていた。
しかし、数は多い。やがては柵など無意味になってしまうであろう。
「ふんっ! ぬううおおっ!」
柵のすぐ近くでは、スキル“ファランクス”で防御態勢を取りながら、柵を越えようとしているワイルドベアの身体を押し返している。
「さすがにこのままじゃマズいって……」
一輝は、飛空挺に乗りながら銃型HCを見た。なんと、数匹の魔物が、柵を越えるのではなく、直接壊し始めたのだ。
やがて、口にした懸念が、現実になる。
猛攻に遭って弱体化していた柵は、その魔物たちによって破壊されてしまった。
ズドン、と轟音を響かせて倒れる柵。防御していたユリウスも、一度後退する。
「ええいっ!! 俺も手伝うぜっ!!」
飛空挺から降りると、弾幕援護を行う一輝。剛太郎の負担を軽くしようと、引き金に力を入れ続ける。甲高い音と共に弾丸を吐き出しながら、魔物の群れを一掃していく。
「殺さないようにするのは、難しいかもな――ブッロ! 右から来てるぞ! またファランクス頼む! 俺たちの弾に当たらないように気をつけろよ!」
「了解したああああっ!!」
盾の影に身を隠し、防御体制のまま入口を塞ぐように踏ん張るユリウス。
「まだ壕があるから勢いはそんなに恐れる必要はないと思うが、それでもここに四人しかいないというのは厳しいな……」
百人隊長を勤め上げたユリウスですら、焦燥を顔に出した。
防御や弾雨の隙間から、魔物が来る。
数にして数匹。しかし、壕から這い上がってくるのもカウントすれば、優にその三倍ほどはいるだろう。
群れの中から、ジャイアントツリー、ハードパンチャーカンガルー、リトルボアが先陣を切って飛び出してきた。
「――っと、間に合ったみたいだな」
剛太郎と一輝が声のした方に眼を移すと、そこには和原 樹(なぎはら・いつき)、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)、ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)、セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)の四人が立っていた。
「剛太郎さん、一輝さん、俺たちも手伝う」
言うと、樹は手をかざし、向かってきた魔物にバニッシュを放つ。指先ほどの淡い光が、やがて魔物たちの全身を照らすような大きな輝きへと変化する。
――グ、ギ、グガアアアアアッ
激しく苦しんだかと思うと、そのまま気絶したように倒れる三匹の魔物。
「ちょ、大丈夫か?」
樹は殺すつもりで放ったわけではない。聖なる光のバニッシュならば、禍々しい瘴気を払えるのではないかと考えた末の手段だった。
少し罪悪感が目覚めそうな樹だったが、それは杞憂と化した。
「うきゅ?」
意識が戻ったリトルボアが、大人しくなってその辺をとことこ歩き出したのだ。
「やった! このスキルなら瘴気は取り除けるかな」
喜々としてよそ見をしていると、
「樹っ! 危ないっ!」
後ろにいたフォルクスが一気に駆け寄ると、樹の首根っこを掴んで引き寄せた。
「あっ!」
バランスを崩して尻餅をつく寸前、樹は頬に風を感じた。
さっきまで樹の立っていた場所――正確には樹の顔があった場所に向かって、ハードパンチャーカンガルーが恐ろしく速い右ストレートを繰り出していたのだ。
「そんな! 瘴気は消えたはず……って、消えてない!?」
「長いこと瘴気を浴びてたりしているからであろうな……。樹のやり方がいけなかったわけではないだろう。にしても――」
フォルクスの目が曇っていく。
「我の大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事なっ!!!!! だ・い・じ・なっ!!! 樹の顔を傷つけようとするとは……。はぁ、世界中にいる言語辞典の編者に謝っておくとしようか。今日のこの瞬間から馬鹿という言葉の定義が増えるのだからな」
フォルクスが弓を構え、矢を番える。
「“和原 樹を傷つける者”これすなわち馬鹿の新しい定義っ!」
弦を引き絞り、離す。
放たれた豪速の矢はハードパンチャーカンガルーの顔へと――達するはずだった。
鏃が刺さる直前、紙一重のウィービングでかわしたのだ。どうやら、この魔物の武器はパンチだけではないらしい。
腹の袋から顔を出した子供カンガルーが、馬鹿にしたようにあっかんべーと舌を出す。
「……いいだろう。貴様は我が直々にトドメを刺してやるとしよう」
「ちょ、フォルクス! 殺しちゃだめだよ?」
「安心しろ。それぐらいの気持ちで戦うということだ。もっとも、当たり所が悪ければ本当に死んでしまうかもしれないがな……」
「いや、だから――」
樹の声をも聞かず、フォルクスは呪文の詠唱へと移っていた。
「雷の眷属よ! 我が魔力に応え、その力を僅かばかり見せたまえっ! そして目の前の敵を殲滅せよっ!」
「殲滅って、殺す気満々じゃんかよ……」
慌てる樹をよそに、目の前に発生した無数の雷球をハードパンチャーカンガルーに向かって飛ばしていく。
バチン、バチン、と放電を繰り返しながら向かっていく雷球。しかし、ステップをうまく踏みながら、ハードパンチャーカンガルーはそれら全てをかわしていく。
「ぬっ、おのれおのれっ!」
なかなか攻撃が当たらないことに憤慨するフォルクス。しかし、興奮しているためか、無闇に雷術を繰り出し続ける。無論、当たることはない。
「はぁ、はぁ……すばしっこいやつめ……」
肩で息をしながら汗を拭うフォルクス。
その様子を見たハードパンチャーカンガルーは、反撃開始とばかりに樹たちに向かってきた。
(仕方ない。またバニッシュで……)
――眠れ、眠れ、かわいい坊や。
月が照らす揺り篭の中で――
手をかざし始めた樹の耳に、ショコラッテの子守歌が届いてきた。声を聞いてしまったハードパンチャーカンガルーは、そのまま前に倒れ、寝息を立て始めた。
「暴れちゃ、ダメ」
腰に両拳を当てて注意するようして言う。もっとも、抑揚がない口調だったので、怒っているような姿に見えるだけである。
「ショコラちゃん、助かったよ」
「樹兄さん、フォル兄、大丈夫?」
「うん。俺はなんとか。でもフォルクスが疲れてるっぽいからアリスキッスお願い」
「わかった。ところで大きな木の魔物は?」
「あれっ、そういえばセーフェルの姿も無い……。あっ、いたっ!」
遥か後方。家屋が軒を連ねる場所で、セーフェルはジャイアントツリーと戦っていた。
「あいつもバニッシュ効かなかったのか? フォルクス、ショコラちゃん、行こう」
セーフェルが単身敵と戦っているという状況になったのには、理由がある。
樹とフォルクスが二匹と戦闘を始めたとき、子供の姿が視界に入ったのだ。戦闘や魔物から遠ざけなくてはいけないと結論を出したセーフェルは、その子供を助けようと走り出した。
普通ならばセーフェルがここで子供を逃がして終わり。すぐに樹たちに加勢するという流れだったのだが、運の悪いことが二つ起こったのだ。
一つは、魔物を見た子供が腰を抜かした上、軽く混乱してしまったということ。これによって、逃がすのに時間が掛かった。
もう一つは、バニッシュを喰らったせいで、ジャイアントツリーが逆上したということなのだが……。
ここでもう一つ追加せねばならない。
最後の一つは、ジャイアントツリーがバニッシュを放った樹ではなく、彼のパートナーであるセーフェルを標的にするという、逆恨みも甚だしい行動を取ったことである。
「くっ――その枝、よく撓りますね……。あなたならば高品質の木材になれるでしょうね」
冗談を飛ばすも、実際は苦戦していた。
何本もある枝が、縦横無尽にセーフェルを狙ってくるのだ。避けるだけで精一杯である。
しゃがみ、跳び、転がる。
走り、歩き、緩急を交えて動く。
攻撃を回避は出来ているが、なかなか反撃に転じる隙が無い。
「はぁ、はぁ、そろそろ、身体のほうが……きついです……」
ちらりと前方にいた樹たちに視線を送る。セーフェルのピンチに気が付いたようで、こっちに向かってきている。
「よかった……なんとかなりそうですね……」
ほんの一瞬。
ほんの一瞬だけ心を弛緩させたセーフェルを見て好機と思ったのか、ジャイアントツリーは一際太い枝を振り下ろしてきた。
(しまっ――)
まるでスイカ割りのように振り下ろされるその枝は――ひとつの腕によって阻まれた。
「大丈夫ですか!?」
怪力の籠手を嵌めた手でかっちりと掴んでいるのは、神野 永太(じんの・えいた)であった。
「た、助かりました……」
安堵のため息を一つ吐くと、呼吸を整え始める。
そして――
「永太、援護を頼めますか?」
反撃を口にした。
魔道書の提案に、永太は親指を立てることで返事した。
「よし、それじゃ――うおりゃあああああああああああっ!!!!!」
掴んでいた枝を背負い込むように肩に乗せると、永太は一本背負いの要領で投げ飛ばす。
メキメキと枝を折られ、飛んでいくジャイアントツリー。
何とか根元から着地すると、今度は永太を標的にして枝を振り回し始めた。枝を折られたことに激昂しているのだろう。先ほどよりも素早く、力強い動きだった。
だが――
「よし。捕まえたっ!」
両手で太い枝を掴むと、脇に抱え、巨体全体を持ち上げる。
――グッ、ギイイイッ!
このままではマズイと思ったのだろう。他の枝を振り回して永太に当ててきたが、それほどダメージを受けていない。スキル“ディフェンスシフト”で強化された防御力の面目躍如といったところだろう。
「ほら、行くよ! ザイン!」
ジャイアントスイングのように振り回して、自分のパートナーである燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)のもとへと投げる。
「了解です」
ジャイアントツリーが、真っ逆さまに落ちてくる。
「心配しなくても、殺しはしません。一回殴るだけですか――らっ!」
永太と同じく、怪力の籠手を嵌めていたザイエンデのボディブローが、木の幹を捉えた。
二回目の跳躍。その落下地点には、セーフェルの姿が。
「氷よ! 存分に踊り、敵を彼方へと誘いたまえ!」
杖を振ると、正方形の氷が現れ、猛スピードでジャイアントツリーへと突き進んでいく。大砲の球を彷彿とさせたセーフェルの氷術は、一秒もしないうちに着弾。
ドゴン、という凄まじい音に続いて、パラパラと、樹皮やら小枝やらが吹き飛ぶ音が起こる。そして最後に、再びズドンという轟音が響いた。
敵の巨体が倒れた音だった。
それはすなわち、戦闘の終了を意味していた。
「おーい。セーフェル、大丈夫?」
異変に気が付いた樹たちが、セーフェルへと駆け寄る。
「ええ。永太が来てくれなかったらどうなっていたことやら」
「そうだな――ありがとう。永太さん」
一仕事終えて伸びをしていた栄太に、礼を述べる樹。
「あなたは、セーフェルから感謝されるべき」
ショコラッテが、セーフェルの袖を引っ張る。
「ああ。そうでしたね。永太、ありがとう」
セーフェルが頭を下げる。
「まだ足りない」
しかし、ショコラッテはまだ納得していない様子だった。
「……永太、どうもありがとうございました」
「まだ」
「永太、君から受けたご恩は海より深く、山より大きいです!!」
軽く自棄になって感謝を表すセーフェル。
「セーフェル、それは大げさすぎ」
「……そんなことだろうと思いましたよ」
「セーフェル、お手」
「あ、はい……って、何させるんですか。つい反応してしまったじゃないですか!」
二人の妙な掛け合いを見ていた永太が、爆笑する。
「いいっていいって。にしても、瘴気がこんなにヤバいとはなぁ……。森に入っていった人たちは大丈夫かなぁ……」
村の奥にある森を見る。
禍々しい空気が漂っていた。
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