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豆の木ガーデンパニック!

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第3章 蔓にだって役目はあります 3

 遊園地では夢安を乗せた蔓の巨人が逃走の手助けに一役買っていたのだが――それとは一切関係のない場所で、自堕落なまでの生活を好む者がいた。
「さぁて、昼寝に丁度いい葉っぱは無いかねぇ?」
 久途 侘助(くず・わびすけ)はのんびりとしたように呟きながら、豆の木の中腹できょろきょろを辺りを見回していた。自然と、その目は上空に伸びる豆の木へと注がれる。
「それにしても、本当におとぎ話みたいに伸びてる木だ。いったいどこまで続いてるんだろうな」
 仰ぎ見る豆の木の壮大な姿。感嘆してそれを眺めていると、もう少し登ったところに生えているのは大きな葉っぱを見つけた。
「ありゃ……ちょうど良さそうだな」
 ひょいと葉っぱを飛び渡って、一際大きな葉の上に降り立つ。それは、人が数人は乗れそうな大きな葉っぱであり、昼寝には快適そうであった。
「いい眺めだなぁ。どこまで見えるかな?」
 ツァンダ東に広がる森や南の山々の姿が見渡せて、侘助は満足げにゴロンと寝転がった。葉っぱというのも、中々心地よい寝心地である。さすがにふかふかのベッド、とまではいかないものの、風も気持ちよく、眺めも良し――最高のシュチュエーションだった。
「風も気持ちいいし、眺めも良くて……最高の昼寝場所だな! 蒼学まで来た甲斐があったぜ」
 開放感溢れる空間で、侘助は誰ともなく声を張った。
 すると、上のほうから楽しげな子どもの声が聞こえ、それとともに一人の少年が豆の木の幹を滑り台のようにして滑り降りていった。その反動で、葉っぱがぐらぐらと揺れる。
「うおぉぉ、あぶね……っ」
「クマラ、待てって!」
 続けて、少年を追うように美形ともいえる若者が幹を降りて行く。
 ようやく揺れも収まって、侘助はぽかんとしたように若者の背中を見下ろした。
「い、一体なんだったんだ?」
 よくは分からないものの、とりあえずこれ以上は何もなさそうだ。
 再びごろっと寝転がった侘助は、のどかな空を見上げながら、すやすやと寝息を立てた。
 だが、この後、先刻の少年と若者など比ではないほどの災難に見舞われるとは、このときの彼は思いもしていなかった。



 蔓といえばムチ。蔓といえば植物。蔓といえば――官能的である。
「ヘ、えへへ……」
「透乃ちゃん?」
「ハッ……あ、あはは。な、なんでもないよ〜」
 いやらしい笑みを浮かべながら、淫らな想像をしていた霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は、怪訝そうに声をかけた緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)に慌てて言いつくろった。
 あぶないあぶない。ついトリップしかけてしまうところであった。
 透乃は心の中で自分に言い聞かせて、今はまだ陽子に感づかれては面白くないと己を叱咤した。というのも、彼女がこの豆の木の遊園地へとやって来たのは、『蔓=縛ってあんなことやこんなことをする』という脳内変換が起こった末のことだからである。人気のないところで行う痴情を考えていると、今のようについつい妄想だけが先走りしてしまうことも仕方ないことだ。
「ええーと、陽子ちゃん、ちょっとこの辺で待っといてもらってもいい?」
「……? 透乃ちゃんがそう言うんでしたら……」
 透乃の言うことに素直に従う陽子を置いて、彼女はまず目的の蔓を探しに向かった。
 と言っても、この広場自体、蔓で出来ているようなものだ。ちょっと見渡せばそこら中に生えているもので――問題はそれをどう従えるか、にある。
「ま、そりゃあもちろん……力づくってやつよね」
人気のないところの蔓へと近づいた透乃は、愉快そうに笑みを浮かべた。
 話によると、この豆の木は夢安京太郎を主人として捉えているらしい。とすれば、もちろん意思はあるはずであり、『恐怖』や『畏怖』という感情もそれなりには備わっているだろうと思われる。
 透乃が近づいたことで、ぐにゃ、と僅かに動いた蔓に、彼女はゴッ――と、燃え盛った炎を纏わせた拳を見せつけた。植物ゆえか……蔓は炎にビクっと震える。
「燃えたくなかったら、よろしくね?」
 コクコクコク。慌てて、蔓の首っぽい先端が上下に揺れた。
 植物に炎を使って脅すとは、ハゲを隠している人にカツラを吹き飛ばすぞと脅すようなものである。むごい。
 ともかく――蔓を舎弟さながらに従えた透乃は、準備万端を期して陽子を呼んだ。
「陽子ちゃーん」
「あ、透乃ちゃん!」
 こいこい、と手を振る透乃のもとへ、陽子が駆け寄ってくる。
 すると――
「へ……きゃあああぁぁ!」
 可愛らしい悲鳴とともに、陽子は無数に群がった蔓に吊り上げられた。一瞬逆さまになったかと思えば、続けざまに巻きついた蔓が彼女を縛り、床へと投げ出される。
 拘束された少女の一丁上がりである。ところどころ捲れた服の裾が、なんとも艶めかしい。
「うふふ……」
 床に転がる陽子に、舐めるような目をした透乃が肌を近づけた。すると、拘束と透乃の目にぞくぞくと興奮が湧き上がってきたのか、陽子が次第に瞳を潤ませる。
 ああ、透乃ちゃんに縛られて、自由を奪われて……!
 透乃は、何も言わなかった。無言のまま、まずは彼女の肌に唇を近づける。足、手、首……徐々に体の上のほうへと、キスが何度も繰り返される。だが、それは肝心のところまで届くことはない。そして、キスがはたと止まると、透乃は陽子を眺めるだけだった。
「と、透乃ちゃん……」
 陽子の困惑と懇願の声が漏れた。
 興奮が冷めやらず、透乃の蠱惑の目に晒されて焦らされ、これ以上の興奮はなかろうか。
「メスブタが喋ってるんじゃないわよ……」
 透乃が口を開けば、体の神経が全て撫でられたかのようにぞくっとする。恍惚の世界へと、二人は突入し――と。
 これ以上は自主規制に留めることが賢明である。
「ああ、透乃ちゃあぁん……!」
 広場で起きている巨人騒動などどこ吹く風か。艶やかな透乃と恍惚な陽子の声が、人気のない遊園地の隅で静かに消えた。