イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

サンドフラッグ!

リアクション公開中!

サンドフラッグ!

リアクション


第4章 シャンバラ教導団の攻撃(4)


『それでは皆さん、移動してください!』

   ピーーーーーーッ
 第6ターンを告げるホイッスルが鳴る。
「っと、あぶね!」
 瑠樹は(3,3)をそのまま走り抜けようとして、寸前で罠の存在に気付き回避した。
「にゃっ…」
 後ろを走っていたマティエの襟首を掴み、一緒に回転して横に避ける。
「りゅーき?」
「ガラスの壁だ。今、キラッて光ったんだ。見逃したら危なく激突――あ」
 ゴチーーーーーーーーーーン……
「いっ、いたたたたたたたっ」
 まさに瑠樹の言う通りのことが起きて、透明のガラスの壁に激突した透乃が頭を抱えてうずくまった。
「透乃ちゃん、大丈夫ですか?」
 ぷっくりコブになって盛り上がりかけた額に、陽子があわててナーシングをかける。
「もう、なにっ? この罠! すっごく根性悪っ!」
 ぷんすか怒って、ぺちりとガラスを叩く。
「こんなの、軽身功で飛び越えれば簡単クリアよっ」
 言いながら、ふわりと跳び上がって壁の上に着地する。
「陽子ちゃん、手!」
 陽子を引き上げ、透乃たちは軽々と壁を越えて行ってしまった。
「うーん、俺たちも負けられないねぇ」
 呟き、瑠樹はマティエを肩車で壁の上に上げると、手を借りて自分もよじのぼり、ガラスの壁をクリアしたのだった。



「悠クン、とうとうここまで来ましたね!」
 翼は、流れる砂山を目前にして、感慨深くそう言った。
「ボクたち、一番ですよ! ワクワクしませんか?」
「そうだな…」
 罠にかかった仲間を置いて、走ってきた結果だ。そう思うと、悠としては今ひとつ心から喜べなかった。
「あれー? そんな暗い顔して。大丈夫ですよ、ホラ、今マックスが穴から這い上がってきました。もうじき張飛と2人でボクたちに合流しますよ」
 にこにこ、にこにこ。翼は微塵の迷いもないようだ。
 実際、翼の言うことは正しかった。その結果がここにある。競技者のだれよりも早く、一番に砂山にたどり着くという好機が。
 軍人には、結果が全てだ。
「そうだな」
 吹っ切るように、悠も語気を強めて言う。
 そしていよいよ砂山と隣接した(5,4)に踏み込んだとき。
 悠の足元で、地面が崩れた。

「……みごとにはまりましたねー」
 (5,4)に踏み込んだとたん落ちた、深さ3メートルの落とし穴の底で、翼は自嘲的に笑った。
「まさか落とし穴がこんなにあるなんて、思いもしませんでした」
 悠が罠にかかっても自分は大丈夫。そう思い込んでいたのだが、この(5,4)はまさしく地雷原。設置罠だらけだったのだ。
 前を走っていた悠が落ちたのを見た次の瞬間には、翼も落ちていた。
 深さは3メートル。土壁の突起を探りながら上がるしかないだろう。
「面倒ですねぇ」
 可能性として、後ろから来ている張飛とマックスに引っ張り上げてもらうというのもあるが、こちらは望み薄だった。
 なぜなら、翼たちが落ちてわりとすぐに
「どわっ! なんじゃこの穴ボコだらけのエリアはっ! ――って、うわー! また落ちんのかよーーーっ!」
 という張飛のうるさい叫び声と、ガシャン! と、さっき(4,3)で1度聞いた、鎧が落下して底に当たったような音がしたからだ。
 まず間違いなく、2人とも落とし穴に落ちている。
「まったく、役に立たない人たちです」
 ひとりごちりながら、翼は上を目指した。



「うーっ、とんでもない目にあったわ」
 1回休んだこととダリルのグレーターヒールのおかげで、本調子とはいかないまでもかなり回復を果たしたルカルカが、再び走り出した。
(どうせ、様子見でここいらで1回休憩入れようと思っていたんだし。1回休んでちょうどいいくらいだわ)
 あわてず、気負わず。マイペースで(6,6)へ向かっていたルカルカは、同じく(6,6)目指して走ってくる一団に気付いてそちらを向いた。
「向こうから来るの、タレちゃんたちじゃない?
 やほー、タレちゃん!」
 垂がライゼを先頭に(6,7)から(6,6)へ走ってくる。
 ルカルカは、ほんのちょっぴり走る速度を落とした。
「よぉ、ルカ。おまえたちも(6,6)か?」
 (6,6)に、先に入ったのは垂たち4人だった。
「あっ、すっごくおいしそーな餃子はっけーん!」
 垂の注意がルカルカたちに向いていた間に、ライゼが地面に設置されていた餃子に飛びつく。
「あっ、こらっ! 拾い食いは駄目だろ!」
 栞が声を上げる。
「いいんだよ! だって罠にはかからなくちゃ駄目なんだからっ」
 あーん。
 ライゼは皿から透明の砂避けカバーをはずして餃子にかぶりつく。
 そして案の定ひと口で、くーーーーっと眠りについてしまった。
 箸はしっかり餃子をつまんだままだ。
「……ばかすぎ」
 自分のかかった罠とこっちと、どっちがマシかな? そんなことを思って眠るライゼを見下ろす。
「それより、どうしますか? だれも起こせませんよ?」
 髪を布でこすりこすり、いなさが訊く。
「あっ、ナーシング使えるのこいつだけだったんだった! やっぱり俺が先頭行くべきだったのかな? どうしよう、垂!」
「うーん…。
 まぁでも、あとは砂山を上るだけだし。それに、おそらくあっちよりは全然マシな罠だと思うぜ」
 そう言って、垂は背後にあいた穴を指差した。



「なにこれっ! 信じらんないっ!」
 垂たちが先に罠にかかったので罠の種類を確認してから一気に(6,6)へと走り込んだルカルカは、落とし穴に落下した直後、悲鳴のような声を上げた。
「ルカ、引き上げてやるから手を……うっ!」
 さすがのダリルも、差し出した手を引き戻して鼻を覆う。
 ネチャネチャ、ニチャニチャ。糸を引く豆。
 大量の納豆が底に敷きつめられている中に、ルカルカは浸かってしまったのだった。
「く、クサッ! 一体どうしたらこんな悪趣味な罠が考えられるのっ?」
 壁に貼りつけられた、これ見よがしな説明文。
   【この納豆は1年前に賞味期限が切れた物です。くれぐれも口に入れたりしないようにお気をつけくださいね。    罠設置者より】
「ルカ、大丈夫か…?」
 這い上がったものの、精神的ダメージの大きさにガックリうなだれたまま身じろぎしないルカルカに、ダリルが声をかける。しかしあまりの悪臭に、触るのはためらわれた。
 もはや棄権するしかないか、そう思われたとき。
「……ふっ。ふふふふふ…」
 地についていた手を拳にして。
 ルカルカは嗤った。
「ビックリ罠に、しびれ薬に、挙句の果ては納豆溜まり…。うら若き乙女に対し、この仕打ち。絶対許すものですか、蒼空学園連合隊め…!
 行くわよダリル! こうなったらもう何がなんでも優勝してやるんだからっ!!」
 すっくと立ち上がり、宣言すると、ルカルカは砂山に向かって走り出した。



 そして一方、ほぼ対角にある(4,4)では。
 カオルがバナナの皮を踏んずけて、転んでいた。

第6ターン終了。



『さあ、第7ターンに入りまして、ついに砂山にたどり着く者たちが現れだし、いよいよこの競技も熾烈さを極めてきました! 選手たちの周り、ほとんどすべてがもう罠、罠、罠! 周囲一体すべて罠状態です! これをくぐり抜けられるかどうかは、どんな罠に当たるかにかかっていると言っても過言ではないでしょう!
 もはや運! そしてその罠をくぐり抜けたとして、たどり着いた先には全長25メートルの砂山がそびえ立っております! これをいかにしてクリアし、頂上の赤旗を手にするのか? 滝のように流れ落ちている砂に対し、有効な攻略法はあるのか?
 勝利の赤旗がすぐ間近でひるがえっています! 競技者の皆さん! あの旗を握った者が教導団チームでの勝利者となるのです! 頑張ってください!』


 興奮したプリモの実況が入る中、ハインリヒ、クレーメック、ゴットリープの3チームが(4,6)へと移動する。
 罠があるのは承知の上だ。砂山との隣接マスに来て、ない方がおかしい。
「……くそっ! またかよっ!」
 ハインリヒ、トリモチ入り落とし穴へ落下。
「なんだ? これは!」
 クレーメック、上から降ってきた氷の檻に収監される。
「うわっ! うわっ! うわっ!」
 ゴットリープ、中にヌメヌメのローションがたっぷり入った深さ50センチ程度の落とし穴に足をとられ、向うずねを思いっきり強打。
「……あれ、もし彼らが3人揃っていなければ、私たちのだれかがかかっていたんですのね…」
 声もなく地面を転がっているゴットリープを見ながら、またしょーもない罠にかかったと、クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)が半ばあきれ声で呟く。
 ある意味、これはこれでなさけない罠というか、恥ずかしい罠というか…。
「そこでぼーっと見てないで、ハインリヒたちを助けたらどうだ」
 氷の檻を叩き壊して脱出を図るクレーメックに突っ込まれて、ようやく動き出すパートナーたち。
 事ここにいたってはもう手慣れたもので、みんな淡々と救助、ヒールをこなしていった。



「こうなったらもう、何でもこい、だ…」
 落とし穴から這い出して、永谷は(5,4)へ向かった。
 ここさえ突破してしまえば、あとは砂山だけだった。
 ここに罠があるのは分かりきっている。ただ、トリモチと落とし穴じゃなければいいな、と思う。
 そして(5,4)へ踏み込んだ永谷を襲ったのは、地雷だった!
「……ちぃッ!」
 バッ、と飛びのき地面を転がる永谷に、一瞬遅れて地雷が爆発する。
 これが本物の地雷であれば、絶対に回避不可能な爆発だった。
 まさかこんな、罠らしい罠を仕掛けられているとは思わなかったのだ。
 そして爆発の煙はそのまま晴れず、むしろ猛烈な勢いで地雷から噴出し、地を這うように拡散した。
「くそ、煙幕爆弾か」
 ごほごほ咳き込みながら言う。
 もちろん、ただの煙ではなかった。さっきからずっと、永谷は涙を流し続けていて、目を開けていられない。
 爆弾の効果で、永谷は一時的に視力を奪われた。



「大丈夫ですか? 悠クン」
 穴から這い上がった悠にヒールをかけながら翼が訊いた。
「大丈夫だ」
 そう答えながらも、悠はまだ荒い息をしている。
 2人の背後では、張飛とマックスが穴を上がってくる音がしていた。
「それで、悠クン、砂山はどうやって攻略するんです?」
「上るのみだ」
「………………えっ?」
「ヘタな小細工など不要! 金団長は、われわれの体力補強のためにこの競技演習を考えられたのだ。その意思に応えるにはただひとつ。ひたすら力尽きるまで上るのみ! その雄姿を金団長にご覧いただくことこそ軍人の本懐だ」
(……マジですか…)
 翼の顔は笑顔のまま凍りついていた。

第7ターン終了。



「ダリル、ロープを」
 そう指示するルカルカは、熱くなりすぎて、反対に冷静になった感じだった。
 念のためにと、スパイク靴の紐を結び直している。
「分かった」
(ほんとは砂山攻略は、他の人たちの登攀方法を真似させてもらうつもりだったんだけどなぁ)
 一番についたらしい悠のチームは砂山が影になって、どんな登攀をしているか見えないし、同じ方角からはまだだれも上っていないのだから、仕方ない。
「ルカ、お先に!」
「えっ? タレちゃん、攻略法は?」
「そんなの! 旗目指して突っ走るのーみ!」
 ふはははは、と笑いながら、垂は流れる砂山に真正面から突っ込んで行き、そして駆け上がって行った。
「……えーと」
(25メートルもあの勢いと体力が続くのかしら?)
 傍から見ていてもかなり無謀な気がしたが、本人がそれでいいならいいんだろう。
 ルカは目の前の砂山に氷術を飛ばし、自分のルート分だけ表面を凍結させる。
 そしてダリルがサイコキネシスで赤旗の根元にフックをかけたロープを受け取り、砂山登攀を開始した。



『ついに! ついに砂山登攀者が現れました! 一番手を行くのは(5,4)から上り始めた月島 悠選手、シャンバラ教導団所属です! そしてそれを追うように、朝霧 垂選手、シャンバラ教導団所属、ルカルカ・ルー選手、シャンバラ教導団所属が(6,6)から登攀を開始しました!』
 (6,6)は、プリモのいる場所からはちょうど死角になって見えない位置だったが、実況リポーター兼カメラマンのバートが、しっかり2人の様子をカメラで捉えている。
 そしてその映像には、貴賓席の2人ももちろん見入っていた。



「りゅーき、りゅーきってば! もう砂山登山が始まっちゃいましたよ!」
 放送を聞きつけたマティエが、あせって隣の瑠樹を揺する。
「うーんー……でもなぁ、これがなぁ」
 瑠樹は(4,4)の位置で、皿に乗ったシュウマイを、ためつすがめつ眺めていた。
「そんなの、ちゃっちゃと食べちゃってください!」
「おまえ、オレに拾い食いしろって? しかもこれ、毒入りっていう可能性が――」
 拾い食いして腹を壊した、なんていう過去は持ちたくない。
 ここはいっそ、棄権ということで。
 と、発煙筒を割ろうとした瑠樹の手から、パッとそれを奪い取る。
「りゅーき…」
「じょ、じょーだん、冗談」
「食べるぐらいなんです! 私はついさっき、トリモチ入りの落とし穴から這い上がってきたんですよ! 見てください、ベッタベタなんですからっ! もうっもうっ、泣きたいの、我慢してるんですよ!」
 泣きたいのを我慢と言われても、着ぐるみは笑顔なので、いまいちマティエの心情は伝わらない。
 ただ、たしかにトリモチと砂だらけの着ぐるみは、ちょっとあわれっぽくは見えた。
「あとで落とすの手伝ってやるから、あんま、しょげるなよ」
「私のことはいいんです! 今はりゅーきのっ!
 もしそれ食べておなか壊したって、ナーシングしてあげますからっ」
 目の前に砂山があるというのに、いつまでも煮え切らない態度の瑠樹に腹を立て、マティエはじたんだを踏む。
「えいやって一気に食べちゃってくださいっ」
「わー、分かった分かったっ」
 瑠樹は睡眠薬入りシュウマイを、えいやっと口に放り込んだ。



 (9,9)(8,8)(7,7)(6,6)と、歩くことで罠を回避して、小次郎は砂山の前に立った。
 罠にかからなかったのはいいことだが、ただ歩いただけなので、競技者としては面白くない気もする。
 だがこれからは面白いも何もない。それぞれの創意工夫で頂上を目指すのみだ。
 小次郎はパワーブレスをまとい、氷術を用いて手足に皮膜を作り出した。
 砂に対して接地面積を増やすことで沈む速度を遅らせ、パワーブレスで増強した腕力で上りきる作戦だ。
(軽身功を使えば行けそうな気はするが、金団長が望んでいるのはおそらくそういうことではないのだろう)
 小次郎はそう考え、砂山攻略に移った。



「待たせたか?」
 砂山の前に立つハインリヒ、ゴットリープ、クレーメックチームの元に、マーゼンチームが到着した。
「いえ、そうでもないです。どうせ1回休みでしたから」
「ちッ。もう砂山上ってるやつらが出始めてるってーのに。ケーニッヒはまだかよ」
 いらいらと腕組みをして、ハインリヒは呟いた。
「仕方ない。あいつは大分後方からスタートしていた」
 とはクレーメック。砂山と、その上にひるがえる赤旗を見ている。
「ああ、走ってる走ってる。全然元気そうだ。それもこれも、俺たちが罠を全部掃除してやったおかげだがな」
 というか、痛い目を見たのはほとんど俺じゃないか。
 そう思うとなんだか悔しい。本当なら、一番手になるクレーメックのチームが全部引き受けたはずだったのだ。
(ま、優子ちゃんたちがあんな目にあうくらいなら、俺で正解だけど)
「で、あとどのくらいかかりそうだ?」
「次のターンで合流しますよ。もう罠も1回休みもありませんから、あせらないで」
 登攀は第10ターンからになりそうだ。
 ハインリヒは、やれやれとため息をついた。



 循環する砂は流砂と同じ。上に乗った者をずぶずぶと沈み込ませ、飲み込もうとする。
「飲み込まれる前に足を前に出せばいいだけだ」
 悠はそう考え、砂山を上っていた。
 ふと、何か……いや、だれかの気配が突然背後で生まれる。
 ひゅん、と空を切る音。
 自分が標的になったという、嫌な予感。
 肩越しに振り返ると同時にジャララと重い音がして、鎖が胴に巻きつく。
「これは、奈落の鉄鎖!」
 鎖の先には、カオルがいた。
 奈落の鉄鎖を地に叩きつけることで宙に舞い上がった彼は、自分より先を行く悠を蹴落とすべく、行動に出たのだ。
「きさま! 同じ教導団のくせに――」
「旗を手にできるのはただ1人。これは勝負だからな。同じも何もないさ!」
 ぐい、と強く引っ張られ。
 次の瞬間、悠は自分の体が砂山を離れたことを知った。
「くッ! 一刻も早く旗を取り、蒼学に勝つことこそが教導団の勝利だろうが。それを、仲間を狙うなど……この恥さらしめ!」
 悠とて、このまま黙ってカオルにされるがままになるいわれはない。
 一瞬でヒロイックアサルトの輝きをまとい、ドラゴンアーツを発動させ、奈落の鉄鎖を反対に引っ張った。
「うわっ!」
 今度はカオルが慌てる番だった。
 強い力で勢いよく砂の斜面に叩きつけられる。
 その衝撃で気絶したカオルは砂に飲まれながら流されていき――――悠もまた、砂に顔から突っ込むことになった。
「わぷっ! ……しまったっ、胴に鎖が巻かれたままだったっ」
 先に鎖を断ち切るべきだったと思ったが、もうあとの祭りである。
 悠とカオルは仲良く下まで押し流されていった。

第8ターン終了。



『最有力候補だった月島 悠選手、シャンバラ教導団所属、そして橘 カオル、シャンバラ教導団所属、両名同士討ちで相次いで脱落となってしまいました! 砂に飲まれかけた2人を、今救護班のユーリ・ウィルトゥス、ハンス・ティーレマン両名が救出に向かっています!
 皆さん、砂に流されたらアウトです。数トンの圧力がのしかかってきて、まず起き上がることはできないでしょう! お気をつけください!』
(こっわ〜〜〜。怖いよ、この競技。あたし参加しなくてよかったぁ〜)
 熱い実況を叫びながら、内心プリモは胸をなでおろしていた。



 ロープを使って体を固定し、危なげなく上っていたルカルカは、不意に上から飛来する影を感じて顔を上げた。
「! タレちゃんっ!」
 何しろ砂山の勾配は厳しい。流れる砂に飲まれず、体が沈むより先に砂を蹴って進んでいくには相当の体力がいる。
 力尽き、あっぷあっぷと砂に流されていく垂を見て、思わず手を伸ばしてしまったルカルカだったが。
「きゃあっっ!」
 助けるどころか逆に自分の方が引っ張られてしまった。
「うわ! なんだっ?」
 上から降ってくる女性2人を避けきれるはずもなく。
 同じ(6,6)よりルートをとっていた、下の小次郎を巻き込んで。
 垂とルカルカと小次郎の3人は下まで押し流された。


『あーっと、2番手を上っていました朝霧 垂選手、シャンバラ教導団所属までも脱落していきました! 戦部 小次郎選手、シャンバラ教導団所属、ルカルカ・ルー選手、シャンバラ教導団所属も途中巻き込まれたようです! 砂山を攻略される方は、同ルート登攀者による巻き込まれ事故にくれぐれもお気をつけください!』


 プリモがそう叫ぶ間にも、続々と砂山にたどりついた面々による登攀が開始される。
 永谷は、まだ煙幕爆弾でほとんど視力を失われたままだったが、それでも果敢に砂山攻略に挑んでいた。
「どうせあとは、一直線に上るだけだ…」
 涙が流れるままの赤い目で、頂上を見上げる。
 真っ向勝負ルートは、残念ながら全部罠コースだったが、むしろ彼にとってはこれで良かったのだ。もし1回罠にかからず進んでいたら、この視力がほとんどない状態で上っている途中、カオルと悠の戦闘に巻き込まれて、流されていただろう。2回かからなかったらカオルの標的になったのは永谷だったかもしれない。
 永谷は砂山の登攀を開始した。

第9ターン終了。



「それで、りゅーき、ここからどうするんですか?」
 マティエのナーシングで眠りから回復した瑠樹は、まだ少しぼんやりした視界で砂山を見る。
「砂山かぁ。何もしないでまっすぐ上がったりしたら、ほかのやつらみたいに流されるんだろうなぁ。
 とりあえず表面を氷術で凍らせて、できた突起を頼りに上ろうかなぁ」
 砂山に氷術を放って、ルートを確保する。
(砂の圧に氷の坂がどこまで耐えられるか分からないから、手早く行かないとねぇ)
「じゃ、行ってくる」
「りゅーき、頑張って!」
 マティエの声援を受け、瑠樹は慎重に、そしてできるだけロスがないよう気をつけながら砂山に上り始めた。



「やっと来たか」
「悪い悪い」
 クレーメックたち全員が揃っている(4,6)へ、あくまでマイペースで走り込んできたケーニッヒを出迎える。
「それで、戦況はどんな感じなんだ?」
「4分の1は罠で脱落した。先行者は砂山を甘く見て、何の策もなく上ったせいで流されて脱落していったって感じだな。現在2チームが登攀中だが砂山のせいでお互いほぼ見えない状態だ」
「そうか」
「でも僕たちには、策があります。必勝の策が」
 勝利を確信し、力強く言うゴットリープの言葉に、全員がにやりと笑う。
「そうとも。
 さあ、準備につくぞ。この砂の流れではおそらく1分ももたないからな。ケーニッヒ、チャンスは1回こっきりだ。慎重に、急いでやれよ!」
「分かっている。我に任せておけ」
 軽身功をまとい始めるケーニッヒ。
「よし! いよいよ俺屍作戦開始だ!」



『ずっと集まったきりで動こうとしなかった(4,6)ですが、ケーニッヒチームが合流してから、何やらあわただしくなってきました! あそこのエリアには総勢15人が集まっています! これから一体何が起きるというのでしょうかっ?』
 プリモが熱く叫んだとき。


「思っていたより全然登攀する人って少ないんですのねぇ」
 そう言ったのは、頬杖をつきつつひょこひょこ砂山の前まで歩を進めた師王 アスカ(しおう・あすか)だった。

『えっ!』
 彼女が発言するまでその存在に気付けていなかったプリモが思わず声を発する。
『彼女は……彼女は、えーと……師王 アスカ選手、イルミンスール魔法学校所属です! 意外な伏兵が現れましたっ!
 なんと彼女のルート、(1,7)(2,6)(2,5)(3,5)と、全く罠がありません! まるで罠のあるエリアが分かっているように、罠と罠の間を抜けて進んできています!』

「あら〜(3,5)はありましたわよぉ。なぜか救急箱が置いてありましたわぁ。私もパートナーもけがしていませんでしたから、使用しませんでしたけど〜」
 プリモを見ながら、救急箱を地面に置く。
「救護班の方、ここに置いておきますからだれかご使用くださいねぇ」
「……アスカ、俺はけがしたぞ」
 後ろの落とし穴から這い上がってきた蒼灯 鴉(そうひ・からす)が咎めるように言った。
 (4,5)に設置されていた熱湯入り落とし穴は、ほかほか湯気をあげている。
「あらぁ、そうでしたっけ〜? でもその程度ならヒールで治りますでしょう〜」
 アスカの笑みは崩れない。
「そぉそぉ。バカラスを治すために薬使うなんて、もったいない。もちろんアスカの力を使うのだってもったいないわ。ちょっとやけどしたくらい、ほうっておけばいつの間にか治っちゃってるわよ」
 後ろ手に組んでスキップしながらアスカの横につくオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)
「なんだと?」
「べ〜〜〜っだ」
 アスカの背後に回り込み、舌を見せる。
「はいはい。まだ競技中ですわぁ、2人とも〜」
 早くもいがみ合いを始めた2人に、まったをかけて。
「さあ始めましょう。鴉来てくださいな〜」
「……本気であれをやるのかよ」
 じっとアスカを見る。
 どう見ても本気の目だ。
 いかにも不承不承といった姿で、アスカの横に歩を進める。
「しょうがねえ。けど、やるんだったら成功しないとな。アスカ、上手くやれよ」
 アスカと見つめ合った後。
 鴉の鬼神力が発動した。



「むぅ。すっかり遅れちゃってるね。早く砂山にたどり着かなくちゃ」
 (5,3)の位置から砂山を眺めながら、透乃は呟いた。
(でもあの分なら、まだ時間はあるかも。同士討ち始めちゃってるし)
「透乃ちゃん、そのためにも早くこちらを攻略しないといけませんわ」
 陽子が、重厚なドアの前でじゃらじゃら鍵束を振っている。
「あ、うん。ごめん」
 百種類の鍵と1つの扉。扉が開くまで先に進むことは許されない。
 片端から鍵穴に突っ込んで回すという作業に、透乃は戻った。

第10ターン終了。