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第2章 外を目指して


「えー……そんなこんなで皆が散り散りになってしまったわけですが――」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)はデジタルカメラを構えながら言った。
 大きめのエレベーターの中だ。
 扉の機能は失われていたから、無理やりに閉じてある。
「のんきに撮影なんかしている場合ではないですわ」
 沙 鈴(しゃ・りん)の渋面が映る。
 そこで、祥子はデジカメを切って、肩をすくめた。
「バイトで来た以上は、ちゃんとお仕事しなきゃ」
「教導団の面目もありますわ」
 鈴は教導団の立会い人という役目を受けて、TVクルーに同行していたところ巻き込まれた。対して、祥子は撮影スタッフとして同行していた。
 祥子は、人差し指を顎に軽く当てながら、んーっと小首をかしげてみせ、
「私はもう教導団じゃないし」
「つれないですわね」
 鈴が嘆息して、さて、と思考を巡らせ始めたように細めた目を周囲に滑らせた。
 そこに居るのはウル・ジを含んだ数人の撮影スタッフと出演者――それと、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)だった。
 ラルクとは、つい先ほど出会った。聞けば修行道具を作るためにジャンクを集めに来て飛空艇に入り込んでいたとか。
 ともあれ、先ほどはここに逃げこむのを存分にフォローしてくれて助かった。
「思ったんだが……」
 しばらく腕組みをしてエレベーターの端に佇んでいたラルクが、神妙な表情で祥子たちの方を見やる。
「もしかして、冷静に検討するとこれは閉じ込められた、というヤツか?」
「もしかしなくてもよ」
「ッかー、やっぱりなぁ……ったく、どうしてこうなった」
 ぺし、と己の顔面を掌で軽く叩きながら漏らす彼の方へ、鈴が困ったような顔を向ける。
「それが、さっぱりなのですわ。過去の調査では機晶エネルギーの供給が完全に絶たれているために危険性は低いとされていました。それからずっと何の兆候も無かったということですのに……今日の今に限って――」
 ――ズンッ、と扉が揺れる。
 一瞬、全員が息を詰めて……
「先ほど電波が通じている場所で、携帯で確認を取った際には、すでに救助が向かっているとのお話でしたけど……」
「とりあえず、それまでにここが持つってことは無さそうだな」
 ラルクがドラゴンアーツで天井の一部を撃ち抜く。
 そして、彼は軽やかな身さばきで、天井の穴を通り抜けていった。
 数拍置いて、穴の向こうからその腕がぬっと伸びた。


 通路を走り抜けた先にあったのは、隔壁の降りた袋小路だった。
 その隅には壊れた機晶ロボの古い残骸。
(……戦いは避けられない、か)
 銀星 七緒(ぎんせい・ななお)は、床に転がっていたパイプ片と折れた作業アームを拾い上げながら身を翻し、前方へ迫る機晶ロボを鋭く見すえた。
 七緒らは、パートナーである機晶姫たちのエンジンユニットを修理できるパーツはないかと探して飛空艇内に居たところ、突如として事は起こり、エリアの奥へと追い込まれていた。
「……行くぞ、ルクシィ」
 アームをルクシィ・ブライトネス(るくしぃ・ぶらいとねす)の方へと放る。
 それをルクシィが受け取り、
「了解、ナオ君」
 無骨なアームをグンッと振って構えた。
 目の前には、ガチャガチャと脚部を鳴らして機晶ロボが迫って来ている。まだ一体だけだが、他のが近づいて来ている気配もあった。
「ビクティム、ローダリア……俺とルクシィが押さえてる間に、武装を」
「イエス、マスター」
「時間稼ぎはお任せいたしましたわ」
 後方――ビクティム・ヴァイパー(びくてぃむ・う゛ぁいぱー)ローダリア・ブリティッシュ(ろーだりあ・ぶりてぃっしゅ)が機晶ロボの残骸から己の武装を整えようとする。
 その気配を背に感じながら、七緒はルクシィと共に駆けた。
 機晶ロボの機銃が床を走る横を走りながら、パイプ片を腰元に構えた。ルクシィのパワーブレスを受けながら、床に足裏を滑らせて、機銃の先端を叩き上げる。
 一拍を置いて、ルクシィが鈍い風音をまとったアームを機晶ロボの脚を叩き飛ばす。
 そうして、幾つかの攻防を重ねた後、ルクシィのアームが機晶ロボの本体を捉えた。
 が、吹っ飛んだのはアームの先端だった。
 天井まで飛んで弾かれた先端部を視界の隅に掠めながら、七緒はルクシィを庇うようにパイプを走らせつつ、彼女の腰を取って飛んだ。
 振り出されてきた機晶ロボの脚がパイプの端を擦って火花を散らしていく。そこへかかった力を使って、大人しく飛ばされ距離を取る。
 ルクシィを抱いた腕を解きながら見た機晶ロボの後方には、もう一体の機晶ロボが迫って来ていた。
 七緒は、冷静に後方へと。
「いけるか……?」
 クスッ、というローダリアの笑みが聞こえる。
「わたくし達を誰だと思いまして?」
「武装完了、いつでもいけます」
 ビクティムが武器を構えながら言って――
 七緒とルクシィは、同時にそれぞれの得物の先端を機晶ロボらへと向けた。
「頼むぞ、ビクティム……DESTROY THEM ALL!!」
「お願いね、ローダリア……DESTROY THEM ALL!!」
 ――殲滅せよ――
 その命を受けて、ビクティムとローダリアが、コゥッと空中を飛翔して七緒らの間を突き抜けた。
「お姉さまの期待に応えてみせますわ!」
「ローダリア、フォーメーション修羅曼陀でいく……!」
「よろしくてよ……撃墜数は――」
 ビクティムと絡むように通路の中を俊敏に舞ったローダリアが、武器を構え、
「このように稼ぎますのよっ」
 機晶ロボへと攻撃を叩き込んでいく。


 どっかから剥がれた装甲板が三枚、何かの牙だか爪のような物が二つ、そして、空の鍋に布っきれ。
「また、なんだか妙なことに巻き込まれたなぁ」
 佐野 亮司(さの・りょうじ)は、床に現状使えそうなものを並べながら溜め息をついていた。
 ラットに会いに来たのが、そもそもの始まりだった。
 協会で、彼は亡霊艇のガイドに出ていると言われた。
 大人しく協会の工房で待っていれば良かったものを、あんまりにもパートナーがうるさかったので、のこのこ亡霊艇まで足を運んだのが……多分、原因。
「ラットちゃんに会いに行かないのですか?」
 明らかに状況を理解していないらしいシオ・オーフェリン(しお・おーふぇりん)が顔を覗き込んでくる。
 亮司はそちらの方へ、のろりと顔を上げて、
「それどころじゃなくなったんだ。ラットの方は何とか逃げてるだろ。この辺りは詳しいだろうし――それより、こっちをどうにかしないと」
 言って、先ほど遭遇して助けた小奇麗な一般人の男の方を見やった。
 なにやらTVの撮影で来ていたらしい。言われてみれば、テレビで見たことがあるかもしれない。
 ともあれ、なんとかして、自分たちも含め、彼を無事に脱出させなくてはならない。
「それどころではなく、どれどころなのです? なにどころになったらラットちゃんに会えるのですか?」
 けとっとした顔で問いかけてくるシオへ装甲と牙を押し付け、
「ラットに会うのは後回しだ。これとこれで、あいつを守りながら、まずは飛空艇の外に出る」
「むむ?」
 装甲と牙を手にシオが首を傾げたまま、しばし。
 ゆったり数秒の後。
「えっと、ラットちゃんに会うのは後回しにして、この板であの人を守りながらこのお船から出ればいいのです?」
「そういうことだ」
「わかったのです、シオちゃんに任せるといいのですよ!」
 自信有り、という風に笑んだシオへと笑み返し……しかし、亮司はふと、もう一度確かめてみた。
「俺たちは、これからどうする?」
「皆で板を守りながらラットちゃんに会うのです!」
「……さすが、格安機晶姫」
 亮司は、かっくりと頭を垂れながら、小さくボヤいた。


 明かりが膨らみかけては、萎み、また不安定に揺れる。
「まったく……」
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は小さく嘆くように言った。
 狭い部屋の中に数人の人間が居る。
 彼らは一様に息を押し殺していた。
 閉ざした扉の向こうで細く響く無機質な足音や駆動音。
 まだこちらにやってくるような気配は無いが……
 刹那は軽く息をついて、隅で怯えているディレクターの方へと歩んでいった。
「だから武器の携帯を許せと言ったじゃろう」
 咎めるように言ってやる。彼女は、番組撮影スタッフの護衛として雇われていた。
 ディレクターが顔を上げ、
「いやだって、こんなことになる筈は無かったんですってば! ガイドの少年に聞いた時だって、こんな退屈なところを撮って番組になんのかって笑われたくらいなんですよ!? それでも、一応、護衛を雇ってた辺りに私の先見を感じてくださいよ!」
「だーかーら、なぜ武器を携帯させんかったからと言っておろうに。武器さえあれば――」
「武器なんか持ってる人が居たら、出演者の方々が怯えちゃうじゃないですかぁーー……今回だって、無理やり呼んだ人ばかりで……うぁああ、どうしよう、この人たちや彼らに何かあったら、わ、わ、私は終わりだーー!」
「落ち着け。うっとしい」
 刹那は、縋りついてきたディレクターをぺいっと避けて、懐から算盤を取り出した。パタタタッと球を弾き、それを彼の方へと突き出して、
「こんなとこじゃのぅ。契約時の報酬の3割増しじゃ。これだけ出せば、少なくともここに居る連中はなんとかしてやる」
「……た、高すぎません?」
「武器さえあれば、ここまで追い詰められることはなかった。これでも安い方じゃと思え。なにせ、そちらの『首』がかかっておるとしたら――」
「謹んで、払わせて頂きます」
「良い返事じゃ」
「あ、いや、しかし、武器もないのにどうやって」
「まあ、その辺りはその内どうにかするとして……まずは、ロボットどもの動きを把握せねばな。しばし、様子見じゃ」
 言って、刹那は扉の方へと戻っていって、それを背にちょこんっと座った。
「つまり……何もしないんですか?」
「機を待つ。これは何もしないのとは、ちと違うぞ?」
 刹那は片目を傾げながら答えて、静かに目を閉じた。
 壁越しに伝わるわずかな音に集中する。
 遠く、金属が強く触れ合う音。


 金属の擦れ合う音を走らせ、椎名 真(しいな・まこと)が相手の側面へと身体を滑らせていく。
 そこで、彼は、敵機晶姫の足元を蹴り抜けながら、その後頭部へとトンファーを叩き込んだ。
 そのまま、組み伏せる形で機晶姫を地面に叩きつける。
 しばしの間を置いて――
「ふぅ。単騎相手だったら、どうにかなる、かな?」
 真が小さく息をつきながら身体を起こし、少し歪(いびつ)な形をしたトンファーをヒュッと手元で回転させた。それは、蒼がジャンクを繋ぎ合わせて作り出したものだった。
「つかえる? つかえる?」
 彼方 蒼(かなた・そう)がぱたたっと駆け寄りながら、まだ心配そうに真を見上げる。
 真の「ばっちりだよ」と笑む顔を見た蒼が、じわじわっと破顔して、
「やたー! これで、じぶんのおめいばんかーい!」
 両手をあげて嬉しそうに喜ぶ。
 綾女 みのり(あやめ・みのり)は、その様子を眺め、こんな状況ながらに微笑ましさを感じていた。
(本当は、汚名は”返上”だけど……黙っておこうっと)
 元々、三人がここに来たのは、蒼が原因だった。彼が何でもかんでも齧りついて壊してしまうため、家電の修理代が馬鹿にならない。というわけで、三人は修理用のパーツを求めてヤードを訪れ、飛空艇に入り込んでいたところ、事件に巻き込まれたのだった。
「と――のんびりしてる場合じゃないね」
 真が表情をにわかに引き締める。
 と、彼がみのりの方を見やり、
「大丈夫? もし、辛かったら――」
「あ、ううん」
 みのりは首を振った。
「もう少し、蒼さんのジャンク集めを手伝うよ」
(他にも同じよう閉じ込められた人が居たら、その分も必要になるかもしれないし……――)
 言葉の先を思考に落としていたら、隅に崩れていた機晶ロボの古い残骸に近づいていた蒼が、ひょいひょいっとこっちの方に手を振った。
「みのりにーちゃん! これこれ、つかえそうー!」
「うん」
(とりあえず……自分が足手まといになるまでは、ね)
 みのりは、軽く自分自身への自嘲を込めた笑みをこぼしてしまいながら、蒼の方へと駆け寄っていった。


 全員がエレベーターの上へとあげられ、出口方向へ向かっていそうな作業用の通路へと逃れる中、祥子は一人、中心部へ向かっていそうな通路を確認していた。
「まさかとは思うけど……」
 鈴の声に振り返り、軽く笑む。
「ピンチはチャンス。レッツ、ポジティブシンキングってね」
「おいおい、そいつは前向きじゃなくて無謀ってヤツじゃねえか?」
 ラルクが少し面白がった様子で問いかける。
 と――その後ろから現れたウル・ジが、
「撮影続けるのね? なら、アタシも行く。いや、行かせて!」
「それはわたくしが許可できませんわ。宇都宮殿も、そういう……」
 鈴はいさめようとしたが、ウルは、するりと祥子のそばへと抜けて、その腕を掴んだ。
「あたし、もうじき今のユニットから切られちゃうのよ。命賭けてテレビ出ようって決めたのに、このまんまじゃ終われない」
 言って、祥子の方を見やる。
「ね? 演者が居た方が都合が良いでしょ? リアクションには結構自信あるんだ」
「だそうだけど」
 祥子は鈴に視線を向けた。
 鈴は、しばらくウルを見つめていたが、軽く息をついてから――
「上着を脱いでくださるかしら?」
「へっ!?」
 両手で自分を抱くように警戒を示したウルの方に鈴がパタパタと手を振って、
「変な意味ではありませんわ」
「ほいよ」
 代わりにラルクが上着を鈴に渡す。鈴が礼を言って、その上着に先ほど、ラルクが撃ち抜いた天井の破片の一部を詰めた。そこに水筒の水をかけ、ヒュッと振った。簡易な手製ブラックジャックだ。
「これと懐中電灯を一つ、持って行きなさい。でも、決して無茶はしないこと。その辺り、宇都宮殿はよく分かっているでしょうけど」
「バイト代がちゃんと貰える範囲に留めておくわ」
「あ、ありがとう! 鈴さん、だっけ? あたし頑張るよ。そっちの無事も祈ってる!」

 祥子とウルの懐中電灯の小さな光が闇に消えていくのを見送って。
「いいのか?」
 ラルクの問いかけに、鈴は、自らの上着を先ほどと同じようにブラックジャック化させながら、
「もし、あの子たちに何かあったら、教導団の面目丸つぶれ〜、ですわ。どうしましょう?」
 やれやれと溜め息をついた。


「暗くて……冷たい……棄てられた物たちが、ただひっそりと眠るだけの場所」
 ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)が、ぽつりぽつりと言葉を落とすように呟いていた。
「こんな所でも……争いの、傷つけ合う為の、匂いがする」
 彼女の身体が小さく震える。
 そして、彼女の言う通り、どこからか、時折り、銃撃の音や金属のぶつかり合う音が聞こえてきていた。
 ラズンの頭が緩く振られる。
「本当に世の中はロクでもない、残酷で、悲しみに満ち溢れていて……だから……とっても気持ち、イイ……」
 心底からウットリと微笑んでいた彼女は、快感に背をなぞられたように再び身体を震わせた。
「喜んでもらえたようで何よりです」
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、ラズンの手からトランプのカードを一枚抜いた。
 二人は亡霊艇の中に居た。
 契約したばかりのラズンにパラミタ観光をさせてやろうとアルコリアが選んだのが、この場所だったのだ。
「それが、まさかこんなことになるなんて」
 と、先刻、そんなことを呟いたアルコリアの口調は踊っていた。
 不測の事態が起きて、現在、己は正真正銘の囚われの身である。お姫様である。勇敢なる騎士の助けを待つ、か弱く可憐な一輪の百合の花なのである。
 そんなわけで、助けを待ってトランプに興じているのだが……
「二人ババ抜きというのは、案外つまらないものですねー」
 最後に手元に残っていたカードを、今しがたラズンから取ったカードと組み合わせて、場に投げる。ラズンは、己の手に一枚残ったカードを見つめて、「敗北の痛み、痛み、気持ち、イイ……」と何だか嬉しそうだった。
 アルコリアは、そちらの方を、ふむ、と一瞥してから、なんとなく周囲に視線を巡らせた。面白みの無い部屋だ。それほど広くは無い。とりあえず黴臭い。そこらに転がっているのは、考古学的見地などからすれば面白い物ばかりなのだろうが、アルコリアの興味を引くものは皆無だった。
 真ん中には機能重視を究めた面白みゼロの大きなテーブルがあって、その上には先ほどのトランプが投げ出されている。
 アルコリアは、ひとまず、トランプを集めて、それを切りながら、軽く目を細めた。
「囚われのお姫様って、普段何をやってるんでしょう? ……そろそろ、飽きてしまいそうな――」
 と、アルコリアがこぼしかけた時、部屋の外に気配。
 アルコリアはトランプを手に、ラズンの方へ目をやった。
「ラズンちゃん、『守って』くれますか?」
「いいよ、アルコリア。守るよ――痛みを、苦しみを、嘆きを長く長く味わう為に」
 きゃふっ、と笑んだラズンが魔鎧となってアルコリアに纏われる。
 それとほぼ同時に、部屋と通路を繋ぐ扉が、ひしゃげ、押し開かれた。撃ち放たれた機銃が、アルコリアが”居た”場所を撃ち砕く。
「あら……丸腰のお姫様に、随分な歓迎ですね」
 アルコリアは深く身を沈めて、機晶ロボの足元へと滑り込んでいた。
 その手にピラリとジャックのエースを覗かせ、アルコリアは乱撃ソニックブレードを叩き込んだ。