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はじめてのひと

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●そういえば、目が覚める直前 / いつになっても絶対に変わらないって信じてるよ / それだけを今は切に望む

「遅いな……」
 窓の外の光景を見ながら、清泉 北都(いずみ・ほくと)リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)のことを気にしていた。「待ちに待った『cinema』の発売日です」、と言って買いに行ったまま、リオンは一向に帰ってこないのだ。
(「リオンって、見た目大人っぽいけど、目覚めたときは赤ちゃんみたいだったし、今だって成熟しているとは言いがたい……やっぱり、独りで買いにいかせるんじゃなかったかな」)
 秋の日はつるべ落とし、外は暗くなりはじめている。
 北都は、時々不安に思うことがある。女王器を守りずっと眠っていた剣の花嫁リオンを、目覚めさせたのは良かったのだろうか、と。目覚めさせるのは他の人のほうが良かったのではないか、と思うこともあった。
(「例の事故は記憶に残っていたりしないよね?」)
 事故はカウントに入らないはずだ。しかし、『はじめて』が自分だったら申し訳ないと思うのも事実である。
(「動物は飼い主に似ると言うけど、パートナーもそうなんだろうか……?」)
 リオンと共に眠っていたリュミについて考えたりもする。リュミはもっとしっかりした人格だ。
(「でもリオンはやや天然で獣耳好きーだもんね……天然は僕のせいだとは思いたくないけど」)
 考えるほどに混乱してきた。
 こういうときこそ携帯電話が必要なのだ。だが現時点ではつながるという保証はない。向こうから掛ってくるまでは待つしか、ない。
(「子供を心配する親ってこんな気持ちなのかな?」)
 好天なのが救いだ。これで雨が降っていたりしたら、濡れて困り果てているリオンを想像してしまい、アテもないまま傘を手に飛び出していたことだろう。
 そのとき、北都の携帯電話にメールが入った。
 待ち望んでいたメールである。そう、リオンからだ。

「北都へ

 今買い物終わりました。テストも兼ねてメール送ってみますね。

 私がこうして居られるのも北都が目覚めさせてくれたおかげですね。
 ありがとうございます。
 でも、最近私の前で獣耳を出してくれないので寂しいです。

 そういえば、目が覚める直前、柔らかい物が触れたような気がしたのですが、あれは何だったのでしょう? クナイさんに聞いたら『忘れなさい』と言うんですよ。
 北都なら教えてくれますよね? 今まで色々な事を教えてくれましたし。今度教えて下さいね。」


 とりあえずは、安堵の溜息をもらし笑みを浮かべる。
 柔らかいもの云々については、ごまかす方便を考えておかねばなるまいが、無事であることがわかって気が楽になった。
 ところがつづく最後の一文を読み、北都は硬直してしまったのだ。
 
「追伸
 メール打ちながら帰ろうと思っていたのですが……ここ、どこでしょう?
 教えて、北都」


「これは当分保護者のままかな」
 ともかく、携帯電話が使えるようになったので、位置はGPSで把握できるだろう。
 迎えに行くべく、小走りで北都は部屋を出る。
 面倒といえば面倒かもしれないが、むしろ、
(「こんな関係も悪くないかな」)
 と思いながら走っていった。


 *******************

 携帯電話を手にうろうろしているリオンのそばを、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)が通り過ぎていく。
 千百合は日奈々の手を握り、慎重に歩を進める。目に光を有さぬとはいえ、日奈々には他の感覚が発達しているため、そこまでしてくれなくても不自由はない。それでも日奈々にとっては、つないだ手の温もりは嬉しかった。
「暗くなってきたよ。寒いから、今夜はシチューにしようね」
 千百合は話しつつ、空いた手でメールを打っていた。音を立てずに行っているものの、鋭敏な日奈々はそれを悟っている。
(「千百合ちゃ……今日お揃いで『cinema』でメール……送ってるみたい、だけど……誰に、送ってるのかな……? 私は……メール、読めない、から……私じゃ……無いんだろうけど……」)
 日奈々はまだ知らない。『cinema』には、滑らかな文書読み上げ機能があるということを。しかもその機能は、登録者の性質を分析して、その人に限りなく近い声でメールを読むこともできるのだ。
 その設定をしつつ、千百合は確かに、日奈々にメールを書いているのだった。
 タイムカプセルメール、到着予定日は、今日からちょうど一年後。

「一年後の日奈々へ

 まだあたしたちは一緒にいるのかな? 居るはずだよね。
 結婚とか……してたりするのかな? そうだったらうれしいな。

 今のあたしは、日奈々が心配しないで見ていられるほど強くはないけれど、一年後のあたしは、日奈々から見て心配かけずに守れるくらい強くなれてるかな?
 強くなれてるならあたしの努力が実ったんだね。
 あたしは強くなるからね。日奈々に心配かけないですむように

 一年後でもあたしたちはラブラブなんだよね、きっと。
 あたしが日奈々のこと大好きな気持ちはいつになっても絶対に変わらないって信じてるよ

 2020年の千百合より」


 日奈々の笑顔を想像して、千百合は微笑んでいた。
 その柔らかな波動が日奈々にも伝わる。だから日奈々も、小さく微笑みを浮かべた。


 *******************

 胸の携帯が高らかに振動したので、林田 樹(はやしだ・いつき)は道路脇にバイクを駐めた。
(「なんだ……一体」)
 発信者名は『緒方 章(おがた・あきら)』だ。一抹の不安が心をよぎった。
 先日、ある事件で命を奪われそうになって以来、林田樹は様々な事象にやや過敏になっている。世話になっていた旅芸人の一座が惨殺されたときの、あの殺伐とした彼女に復しつつあったのだ。
「アキラか、何があった……!」
 ところが返ってきた章の声は、なんとも呑気なものであった。なんだ……と樹は内心、胸をなで下ろしていた。
「やぁ、樹ちゃん。携帯買い換えたんだ。ほら、流行りの機種『cinema』ってヤツだよ〜」
 画面には、リアルタイムの彼の顔が映っている。動画電話というやつだ。後ろに見えるのは、携帯電話ショップの店のようだ。買ってすぐ報告してきたのだろう。
「わほっ、いつ見ても樹ちゃんは美人だなぁ〜。初めての動画電話、絶対樹ちゃんにかけるって決めていたんだ」
「それはいいが、さっきから後ろでピョンピョン跳ねてるのは何だ?」
「え? ああ、カラクリか何かでしょ。気にしないでいいよー」
 画面外から「こらぁ!」というジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)の叫びが聞こえた。つまり、そういうことらしい。
 しかしそれを完全に無視しながら、
「じゃ、改めまして。……んんっ!!」
 章は咳払いして、画面中央で真面目な表情をしてみせた。
「樹ちゃん、愛してる! 結婚しよう!!」
(「またか……」)
 と樹は多少うんざり気味に思う。
「この言葉は、僕と契約して貰ったときにも言ったけど、大切なことだから、何回でも言うよ。だから、樹ちゃ……ぶべらっ!」
 鈍い音がして、画面が左右に大きく揺れた。どうやら章は、背後から殴られたらしい。
 すぐに画面は暗転し、通話は切断されたのである。
 立て続けに今度は、ジーナから電話がかかってくる。彼らの仲の良さ(?)に苦笑しつつ林田樹は電話を受けた。
「やあ、ジーナ」
「はろー、樹様〜」
 ところがそのジーナの声をかき消すくらい、その背後から鋭い悲鳴が聞こえてくる。章だ。
「何するんだカラクリ娘……あーっ!! 僕のプリティな携帯が真っ二つにーっ!! しかもドサマギで樹ちゃんに電話かけてるんじゃないっ!! どーしてくれるこの携帯の保……」
「こんの!!」
「ぐぼぁ!!」
 振り向きざまジーナがハリセンを叩きつけるのが見えた。章はその声を最後に、画面外に消えてしまう。
「そこで寝てなさいバカ餅ぃ!」
 斜め下方向を睨みながら捨て台詞し、再度携帯電話に向かったジーナは晴れやかな表情をしている。
「樹様〜。ワタシ、最新機種の『cinema』買ったんですよ〜」
「そうらしいな……おや、何か出てきた」
 そのとき画面スミに、cinemaのカタログ映像が現れる。このような機能もあるようだ。優れているのはそればかりではない。
「とっても動画もスムーズで、視線補正機能もあるみたいなんです。ほら、カメラを見なくても、カメラを見ているように見えますでしょ?」
 ジーナが顔を動かすと、それに合わせて画面もスクロールするのである。
「なるほど、技術の進歩だな」
「でも一つだけ不満があって、この機種、すっごく薄いんですよね。簡単にへし折れるくらいに。個人的には色も最悪だと思ってます。なのでうちに帰ってから、姫デコします! 絶対!!」
「ジーナだから簡単にへし折れたような……まあ、帰ったら見せてもらうさ」
「あ、餅が復活した! それでは失礼しますね。
 ……樹様、ずーっと一緒にいましょうね。きゃっ!」
 照れたような表情で、ジーナは電話を切った。
 続けて、林田 コタロー(はやしだ・こたろう)からの電話が入る。
「……う? ……じにゃも、あきも、いなくなったったお?」
「コタロー、こっちだよ」
「あっ! ねーたん! こたらおー」
 戸惑い気味の表情のコタローだったが、画面越しに樹の顔を見て安心したらしい。
「『しねみゃ』ってけーたい、こたもかったおー。じにゃとあき、のっかいったったー」
「多分そのへんにいるだろう。迷子にならないようあまりそこを動くんじゃないぞ」
「えへへ……そーするー」
 操作にはまだ不慣れのようだが、画面を見つめるコタローの顔は楽しげだ。
「はじめてけーたいれ、ねーたんとおはなし、たのしーねー。あにょね、けーたいのかけかた、ねーたんとおんないなまいの、『いつきにーたん』から、おそわったお! ねーたんとおんない、とってもやさしーにーたんなんらお!」
「そうか、その人にもよろしくな」
 実はそれは、蒼空学園の『蓬莱いつき』(※シナリオガイド参照)らしいのだが、コタローも樹もそのことは知らなかった。
「あ、あっちから、じにゃとあきがきたおー。おーい! なんか、あきのかお、ぷくー、ってふくれてておかしいね。じゃ、ねーたん、またねー」
 楽しげにコタローは電話を切った。
「……ふぅ。三人とも元気でなによりだ」
 樹は微笑してヘルメットを被り直した。
 ……が、バイクにまたがる代わりに再度ヘルメットを脱ぎ、ツナギの下から携帯電話を取り出したのである。
 それは『cinema』、彼女も途上で入手した新機種である。
 樹は三人に宛ててメールを送った。
 タイムカプセルメール、設定は、一年後。

「一年後の皆へ。……元気でやっているのだろうか?
 それだけを今は切に望む。

 丁度一年前の今頃、私の過去を知る『奴』が現れ、
 私を傷つけても『奴』は目的を達したいと思っていることが明らかになった。

 また、パラミタの情勢も不穏なものになり始めた頃だ。
 教導団に属している以上、戦場に行くことは必然となる。
 明日をも知らぬ身であることは、重々承知だ。

 だが、私は皆を失いたくない。
 もう二度と『家族』を失いたくはないのだ。
 そのために、誓いとして今日、このメールを送る。
 一年でも長く、皆と共に『家族』でありたいのだ。

 このメールが皆の元に無事届いた暁には、皆で祝おう。
 それでは。

 2020年秋、ヒラニプラの荒野にて、林田樹より。」