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第一章 ブルークリスマス
「ツリーはココでいいんですか?」
「あっはい、そこで……いいと思います?」
「ん〜、もうちょっと右の方がいいかも。ほら真人、さっさと動かす!」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)はパートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)に「はいはい」と苦笑しつつ、結構な大きさのクリスマスツリーを一番広い部屋の中央に置いた。
「ありがとうございます、助かります」
ミルカせんせい〜!」
 ホッとする間もなく呼ばれ、ミルカ先生はあたふたと子供達の元へと駆けて行く。
「やはり来てみて良かったですね」
「うん、同感。あの新米先生一人じゃ無理でしょ、これ」
 ボランティアとして訪れた『ホーム』。
 だが、職員がミルカ先生一人、対して面倒みなければならない子供が十数人、というのは大変を通り越して無謀ささえ感じる。
 真人やセルファの他にも数人来てくれているから……何とかなるとは思うけれど。
「折角のクリスマスですし、楽しい思い出にしてあげたいですよね」
「そうね」
 心の底からそう思い、二人は頷き合った。
「こういうのも悪くないですね」
「……まぁな」
 子供達とクリスマスの飾りつけをしながら囁いたザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は、パートナーである強盗 ヘル(ごうとう・へる)の素っ気ない反応に口元を緩めた。
「……何、ニヤけてやがる」
「いや別に?」
 反対にムッと唇を引き結んだヘルは気付いていないだろう。
 子供達を見つめる眼差しがひどく優しい事に。
「まぁ自分はヘルのそういうところ、知ってましたけど」
「だ〜か〜ら〜、ニヤニヤするなって」
 ヘルは照れ隠しのようにチッ、と小さく舌打ちしてから、ふと眉根を寄せた。
「行き場を失くしたヤツが来る場所……そこでも外れちまうヤツもいるんだな」
 ポツリともれた、視線の先には一人の少女がいた。
「俺も……クリスマスが嫌いだと思ったことあったっけ」
 やはりクリスマスパーティーの手伝いに来ていた武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)もまた、暫く前から一人の少女が気になっていた。
 楽しそうに飾り付けを始める子供達の中、一人つまらなそうな少女。
 その姿に、牙竜の胸を切ない懐かしさが過ぎる。
 それは昔……孤児院にいた頃に感じた事のある、鬱積した気持ちだ。
「ん〜、ちょっとマズい雰囲気ですね」
 と、背中から小さな声が掛けられた。
 全然気配を感じさせなかったが……牙竜のストーカーを自負する龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)である。
 既に牙竜も驚かなくなっている。
「そうだな、止めるか」
 少女の様子に気付いているのだろう、他の子供達は距離を取っていた……一人の男の子を除いて。
 ニコニコ笑顔で話しかけてくる男の子に、女の子の不機嫌さがどんどん高まっていくのが分かった。
 だが、ほぼ同時に動こうとした牙竜とヘルの足が止まった。
 女の子の周囲で、不可視の力……魔力が爆発的に高まっているのだ。
 周りの子供達が怯えた表情になり、牙竜もザカコも真人も思わず身体を固くする中。
 当の少年と少女、そしてミルカ先生だけが気付いていないようで。
 けれどそれは、破裂する前。
 魔力が暴発する前に、パチンっという乾いた音が響いた。
 ついで、少年と少女が驚いた顔になり……少女が弾かれたように駆けだした。
「ヘル!?」
 我に返り、弾かれたようにルルナの後を追ったヘル。
 ザカコもまたパートナーを追いながら、表情を険しくしていた。


「先生、雪!」
「まぁ本当、ホワイトクリスマスね」
 先生の言葉に少年は、顔をしかめました。
「違うよ、先生。雪が降ったら寒いでしょ? 早くルルナちゃん探さなくちゃ」
「……ごめんなさい、そうね」
 ルルナを探していたミルカ先生が、左頬を微かに赤くした子供の頭を優しく撫でた時でした。
「宗教行事に浮かれてるんじゃねぇよ、すぐに捜さないと凍傷は四肢切断だってありえんだ」
「こらこら六花」
 オルフェ・キルシュ(おるふぇ・きるしゅ)はイライラしている七科 六花(ななしな・りつか)をやんわりと制した。
「んな呑気にしてられる場合かっ!」
 だが、六花の不機嫌さは止まらない。
 降り始めた雪が、拍車を掛ける。
「変に大人びようとしてるガキらしいが、それは気兼ねさせる周りが悪ぃんだ。兵士じゃねえんだから、ガキはガキらしく素直に甘えて丸投げすりゃいいんだよ」
「……六花」
 今度のオルフェの声は僅かに強かった。
 六花の肩に手を掛けたオルフェは、子供達に聞こえないよう耳元で囁いた。
「六花、赤い雪の上に倒れてたお前が感情移入するのは分かる、が取り敢えず落ちつけ子供らが動揺する」
 小さく、けれど有無を言わせぬ美声に、六花は自分を怯えてように見あげた子供達に気付き、更に渋面になり……口を噤んだ。
 その時だ。
「ダメだ、見つからねぇ!……っつか、この雪は何なんだよ!?」
 雪を落としつつヘルが帰ってきたのは。
「すみません、ルルカちゃんは見つかりませんでした……ですが、その代わり」
「……大変です!」
 ザカコが抱えるように連れてきた雪だらけの青年は、切羽詰まった顔でそう告げた。
「機械が暴走して、精霊達が怒ったらしく、雪がバ?ンってなって! あぁ何とかして機械を止めないと、このままでは大変な事に!」
「とりあえず、落ち着いて下さい」
 パニックに陥っている青年をリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は宥め。
「先生もヘルさん達も……この人が何か事情を知っていそうですし、まず事情を伺いましょう」
 心配顔の先生や険しい顔のヘル達を見回し、落ち着かせるようにそう頷いた。

「あんた、小さな子をほっといて逃げてきたわね。はり倒すわよ!」
「オレみてーな身寄りのない奴らが集まってる『ホーム』ってのが出来たらしいから顔出してみたら、なんか大変なことになってるみてえだな」
「そうようだな。だが知った以上、放ってはおけまい」
「まぁな」
 事情を聞いた瀬島 壮太(せじま・そうた)ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)と頷き合うと、セルファにぶっ倒れそうな男性を庇い、問いかけ。
「で、その場所はどこなんだよ……って、クロード先生かよ!?」
 息も絶え絶えに辿りついた雪まみれの青年に思わず突っ込んだ。
「せじまん?」
「あ〜、リュースは知らないか? 蒼空学園の先生だよ……っていっても、フィールドワーク専門だから学園にはあんまいねぇか」
「そういえば、見覚えが……セルファはどうです?」
「え〜? 私はないけどなぁ?」
「あ……瀬島くんですか」
「そういえばこの間遺跡発掘から帰ってきたって聞いたな。……その機械って、もしかしてアレか?」
「はい、発掘品ですよ? 修理してみました」
「……そっか、直しちゃったんだ。で、試運転なんてやっぱしてねぇよな、うん」
 ぶっつけですが何か?、キョトンとするクロードに壮太は大きく溜め息をつく。
 自称・魔法科学者、なクロードは蒼空学園教師の中でも変わり種である。
 遺跡調査や発掘に出向いては、見つけた遺物や発掘品を本人曰く「何かイイ感じに」修理している。
 但し……大概厄介事になったり愉快な事になったり酷い事になったりする。
 それでも、動かせるだけの腕はあるという事で前理事長に目を掛けられていた、とか噂されている。
「のんびり世間話してる場合じゃねぇだろ!!!」
「闇雲に探しても仕方がないです、話を聞いてから探しに行きましょう」
 ルルナを発見できず焦るヘルを慰めつつ、ザカコもクロードの話に耳を傾けた。
「クロードさん、問題の機械は森のどの辺りに設置したのですか?」
「入り口近くの……えぇと、この辺りだと思います」
 オレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)はクロードの話を聞き、簡易地図に印を付けた。
「後、ミルカ先生やみんなに聞きたいのですが、その森の子供が隠れられるような場所に心当たりはありませんか?」
 更に、子供達にも聞き込み、手早く印を付けて行く。
「機械装置が目的地として、万が一に備えルルナ嬢が行きそうな場所は確認しておく方が良いですからね」
 何部か同じものを作り、壮太やザカコ達に配りつつオレグは防寒具をしっかりと着こんだ。
「で、先生。雪かき用のスコップ借りていいか?」
 壮太もまたスコップを担ぎ、準備完了だ。
「ルルナが雪に埋もれて遭難してるなら、掘り出してやらないとな」
 その言葉は伊達や酔狂ではなかった。
 既に外は白く冷たく、拭きつける雪はいよいよその勢いを増していたのだから。
「ちっ、この雪じゃ早く助けねえと危ないぜ!」
 ヘルの声はその場の皆の気持ちであった。
「真人! さっさと行くわよ!」
「確かに、時間との勝負ですね」
 こんな吹雪の中、普通の子が長時間無事で居られる保障はないわよ、セルファは真人と共に孤児院を飛び出した。
「吹雪であろうと雪の壁であろうと私たちの進む道はこじ開けるわよ!」
「ルルナは俺達が必ず見つけて連れ帰る。だから先生は安心して待っていてくれ」
 そしてヴァルはミルカ先生に言い含めると、表情を引き締めた。
(「危機に瀕した少女一人救えず、なにが帝王、いや、なにが男か」)
 そうして、ヴァル……心優しい帝王もまた躊躇い無く雪の中へと、足を踏み出したのだった。