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第一章:闘技場の戦士達

 夕暮れから夜にむかって太陽の光が消えていく中、反対に熱を帯びていく場所があった。キマクの闘技場である。
 日々、屈強な戦士達によって熱い闘いが繰り広げられているのだが、今宵はどこかその空気が違っている事は、戦士達だけでなく試合を観戦に訪れた観客も、正面のゲートをくぐった時から感じていた。
 それもそのはず、今宵の闘いは孤児院の子供達にランドセルを贈るため闘技場に戦士を派遣する最大組織『キマクの穴』に背いた王 大鋸(わん・だーじゅ)を潰すために送り込まれた組織の戦士達と、王に共鳴或いは正しき闘技場の姿を望む戦士達との血で血を洗う対抗戦となっていたからである。
 そう、キマクの穴が目論んだのだ単なる王への粛清マッチは、予想以上の盛り上がりを見せていたのであった。

 既に自身の試合を勝利で終えた王は、控え室で傷ついた身体を壁にもたれさせつつ、既に試合を終えた仲間たちと共にモニターで試合の行方を見守っていた。モニターには、闘技場で繰り広げられる正統派でヘクススリンガーのクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)とキマクの穴から送り込まれ、ゴスロリ服の上に魔鎧化したパートナーでローグの夜川 雪(よるかわ・せつ)を纏ったウィザードの刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)、の熾烈を極める闘いが繰り広げられていた。



「やるわね! 私をここまで追い込むなんて、流石と言ったところかしら?」
 斜め掛けした顔の右半分しか隠れていないお手製の仮面から、刹姫のピンク色のツインテールの髪と小悪魔ちっくな妖艶な笑みが見え隠れする。
 【銃舞】でリングを所狭しと華麗なステップで回り、中々奥の手を出さないクドを挑発するような刹姫の態度だが、クドは持ち前ののんびりした口調で反論する。
「あんただってまだ本気で来ちゃあいないよなぁ……いや、もしかして先ほどのアシッドミストと氷術が奥の手だったりするのかい? なら残念。俺のヘルファイアで打ち消しちゃったからねぇ」
 のんびりとクドがぼさぼさの白髪を掻きあげ、手にした二丁拳銃、曙光銃エルドリッジをガンマンのようにクルクルと回す。
 今より少し前に刹姫が放ったのは、アシッドミストで発生させた濃霧で闘技場を包み込み、さらに氷術によって周囲の大気の温度を下げて凍らせクドの動きを封じる、という攻撃であったが、クドの放ったヘルファイアがこれを相殺し、クドに刹姫がサンダーブラストを辛うじて一撃叩き込んだものの、これのみでは強靭な肉体を誇るクドに対しては決定打にならなかった。そして、お互い様子見の視殺戦を展開せざるを得なくなっていたのだ。
「そこまでの力を持つのに、私達キマクの穴の一員にならず、王に手助けするなんて、何か目的があるのかしら?」
「目的? いや、俺も正直今回の件は王さんの方に一方的な非があると思いますけどもね。深くは考えないで気の趣くままに、てのが俺の信条だからねぇ」
「発作的な衝動で動いていると、いつか身を滅ぼすわよ? その覚悟はおあり?」
「覚悟? ……さぁ……その前に倒れるのはあんただと思うねぇ、お兄さんは!」
 刹姫の発言の何かがシャクに障ったのか、端正な顔だちのクドの青い瞳が鋭くなる。
「サキ姉! 仕掛けてくるぞ! 気をつけろよ!」
魔鎧化した雪が刹姫に呼びかける。
「わかってるわよ! セッちゃん。向こうの方が圧倒的に強いってことも……」
 ついにのんびりと刹姫をかわしていたクドが本気になった事を、ビリビリと凍てつく空気が如実に表していた。
 スッと手袋を装備した手を刹姫に付きだしたクド。
「銃撃? いくら強いって言っても、それくらいじゃ効か……」
「ヘルファイア!」
 クドの叫びと共に黒い炎が噴出し、リングを這うように刹姫に迫る。
「チィ……」
 刹姫が舌打ちし、後方へ飛び、氷術を放つ体勢を取る。
「そんなくらいで!」
「違う、サキ姉! 目眩まし、フェイントだ!」
「なっ!?」
 刹姫がふと目を離した隙に、クドの姿は忽然と消えていた。
「ど、どこ!?」
 黒き残炎が静かに燃えるリング内で、刹姫が必死にクドの姿を探す。
「さっき、覚悟って言ったよねぇ。あんた、ちょいと、お兄さんとの我慢比べに付き合ってくださいな」
 そう言ったクドが刹姫の背後に現れ、ガッチリとその身体を押さえこむ。
「は、離れなさいよ!」
 バタバタと暴れる刹姫だが、身長差と腕力の差から身動き出来ない。
「だーめ。じゃあ、始めようかねぇ?」
「何をよっ!?」
「お兄さんと覚悟の試し合い?」
クドがニコリと笑い、二人の上に稲妻が落ちる。
「きゃあああぁぁーっ!!」
「くぅ……これでもやっぱり辛いねぇ」
 【肉体の完成】で身体の丈夫さには自信があったし、【リジェネレーション】で一定の再生力も持っていたクドは、自身の頑丈さにモノを言わせた、言わば捨て身の作戦を立てたのだ。
 この一見無謀に思える作戦だが、さらにダメ押しで【エンデュア】や四つのシルフィーリングで雷電属性に対する抵抗力を出来る限り上昇させていたクドには勝算があった。事前にシルフィーリングを付けていることを悟られぬよう、売店で買った手袋は既に焼け落ちてもう彼の手には無かった。
「しょ、正気!? きゃあああぁぁーっ!!」
「最後に立ってた方が勝利ってね、ま、お兄さんなりのロマンですわ。悪いねぇ? ……ぐっ!」
 刹姫とクドの上に、クドが唱えた【天のいかずち】が幾度も落ちた後、既にグッタリした刹姫がリングに倒れこむ。
 クドも片膝を付いて、肩で息をしている。
「よう、レフリーさん……も、もういいだろう? お兄さん、SPがもう殆ど空になったんだわ」
 そう言うクドの前に刹姫がユラリと立ち上がる。
「……しつこいねぇ、あんた」
 クドが苦笑して身をゆっくりと起こす。
「最初の……」
 天を見上げたままの刹姫が口元に笑みをこぼす。
「え?」
「最初のサンダーブラストを余裕ぶっこいて、受けたのが……少年、君の敗因だ」
 焼け焦げて落下する刹姫のお面。
「セッちゃん!!」
 そう言った後、刹姫がクドの身体に拳を叩き込む。ウィザードの刹姫に肉弾戦はない、戦い慣れたクドの読みが、一瞬が隙を産んだのであった。
「貴方達は強い。けれども、これを受けてなおそこに立っていられるかしら?」
「お兄さんに、それくらいじゃあ効かないよ?」
「オール・オブ・ペイン」
 刹姫がそう静かに唱えると、周囲に眩い光が走り、クドがゆっくりと、まるで昼寝でもするような顔で倒れこむ。
「な……何で今更、こんなダメージが……?」
 クドを見下げる刹姫がニヤリと微笑む。
「これが私の反則技よ。セッちゃんのピッキングの力を改良したの」
「そうだよ。「相手がこれまでに受けた傷」を開いたんだ。閉じた傷口が全部開いたら、たまったもんじゃねーだろ」
「成程……【リジェネレーション】も打ち消され、最初のサンダーブラストの分までダメージが来たのか……やるねぇ……」
「ふふふ、護りたいのでしょう?さあ、立ちなさい」
「いや……負けでいいよ。あんたの覚悟も凄かったしなぁ……うん、満足、まんぞ……く……」
 そう言ってクドは静かに目を閉じた。
 魔鎧化から元の姿に戻った雪がクドを見て、
「まあ、俺やサキ姉のような新参者にさえ勝てないようじゃ、どうしようもねーよな。正統派も。……まともにやりあったら負けてたけどな」
 雪の言葉通り、勝ち名乗りを受けた直後に刹姫は雪に寄りかかるように倒れるのであった。


 鳴り響く観客の万雷の拍手は、両者とも死力を尽くした戦いがこれからも続いていく事を期待するものであろうか?
 それは、続く試合において、確信へと変わっていく。