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電子の国のアリスたち(前編)-エンプティ・エンティティ

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電子の国のアリスたち(前編)-エンプティ・エンティティ

リアクション

「大丈夫ですよ、今に助けが来ますから!」
 パニックを起こした人の手当をしながら、オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)は人々を懸命になだめていた。
 暖かな日の差すのどかな教室は、突如ガラガラと勝手に閉まったドアによってその安堵を破られた。
 手を挟まれ痛みにうずくまる生徒や、動かないドアや開かない窓に恐慌する生徒の悲鳴、すぐに内線も携帯電話も通じないことがわかって、その混乱は助長されてしまった。
「なにか変ですね、鍵も窓も電話までいっぺんに通じなくなるなんてことが、あるのですかね」
 中にいるだけでは情報が不足しすぎている、まずは外に出なければ。
 精神感応でミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)を呼び出し、いくつかやりとりをした。
 一方、ミリオンのほうは通信で指示されたとおり、不束 奏戯(ふつつか・かなぎ)を呼びに行った。
「オルフェリア様が困っているようですね」
「おっ、俺様もしかして初めてまともに必要とされてる?? ………あ、すいません調子にのりましたごめんなさい」
 とりあえず無言で不束の軽口をスルーしたミリオンは、てきぱきと指示されたものを用意して彼にどっさりと持たせる。
「一体なにが…ブージも? はいはい」
「オルフェリア様は、今空京大学の教室で閉じ込められているのだそうです」
「ありゃ、じゃあ助けに行くから待っててね♪ って伝えてよ」
「…伝言です。『食料と薬と武器を持って、そのまま突っ立って居てください』」
「はい、食料と薬と武器を持って、そのまま突っ立って居ればいいんだね。…って、それだけぇ!?」
 と大騒ぎする間に、とっとと不束はオルフェの居る場所に召還されていた。
「ありがとうございますー」
 オルフェはさっさと薬を配ってけが人の手当てをし、ぴりぴりした空気を解消すべくパンや飴などを配り、ブージを奪い取ってドアに相対した。
「もしかしてさ、俺様ただの運搬係り…?」
「さあ、正悟さんのところに行って、情報を集めましょう!」
 そんな不束の落胆などどこ吹く風で、空大の知り合いの所へ向かうべく、オルフェはブージを振り上げるのだった。


 空大で行われたテクノクラートの特別講義を受けに来ていた祠堂 朱音(しどう・あかね)は、一旦休憩に入った講師がいつまでも戻ってこないことに首をかしげていた。室内にばらつく生徒も、講師がいない開放感にくつろいでいたが、ふと時計を見たりして、講師のみならず外に出た生徒も戻ってはこなかった。
 シルフィーナ・ルクサーヌ(しぃるふぃーな・るくさーぬ)も、違和感に辺りを見回す。すると誰かがドアの外で騒いでいたようだ。席が離れていたので気が付かなかった。その時点でドアが開かないことに気がつき、次第に教室内がざわめき始める。
 ドアの向こうからかろうじて声が聞こえた。
「外の防火シャッターが閉鎖されてるんだ! 携帯が通じない! 教室内の内線はどうだ!?」
 須藤 香住(すどう・かすみ)がそれを受けて内線にとりつく。
「だめだわ、通じないの」
 受話器を耳にあてながら報告すれば、どの窓もドアも開かないという声が上がる。
「閉じ込められただと?! ………ああ、朱音の顔が輝いている…」
 ジェラール・バリエ(じぇらーる・ばりえ)は深くため息をついた。
「これはあれだな、逃げ出すとかよりも騒ぎの元へ行く気だろう…」
 (朱音のみならず、どうしてうちの女の子達はこんなにアグレッシブなんだろうか)
 てきぱきと、そして多分うきうきとこの後の算段を話し合っている彼女達は、持参したお茶とお菓子を取り出してお茶会を始めた。
 とりあえず外に出るためには何が必要か、原因を究明するためにはどうすればいいかを打ち合わせ、地図を広げて朱音は防衛計画を練った。
 彼女らはここに講義を受けに来たのであって、有用な武器は持ち合わせていなかったが、幸いにして剣の花嫁であるシルフィーナがいた、光条兵器があれば差し当たっての攻撃力は確保できる。少なくともドアを破るくらいのことはできるはずだ。
「ああ、せっかく予約をとれた講義だったのに…」
「あんまり遅くなると、ボクは明日の授業の予習が心配だよ」
「…あわよくば、ここのスパコンに触れたりしないかしら」
「………………そんな場合じゃないと思うんだけどなあ」
 ジェラールは一人だけ常識人のつもりでぼそっと呟く。
 みんなでゆっくりとポットのお茶を飲み、クッキーをかじって頭の栄養を補給、お菓子のくずを払って朱音は優雅に頭のリボンを結びなおした。
「さあみんな、行きましょうか」
「はい朱音、これをどうぞ」
 シルフィーナは光条兵器を取り出し、朱音に手渡した。
「はいはい、分かってますよ」
 肩を落として半ばあきらめの境地、だが期待も交じり合った気持ちを自覚しながらジェラールは構内の地図を広げた。
「ええ、お姫様方、最後までしっかりお付き合いしますとも」
 先ほどよりももっと深いため息をつきながら、それでもどうしてか嫌な気持ちにはなれないのが、彼にとって困る所だ。
 まずは自由になって、情報を手に入れられる場所へと向かわねば。
 警備室あるいはコンピューター管理をしているところへ向かうのが、やはりいろいろな近道だと思われた。
「騒ぎの中心よ、待っててね〜♪」


 突然防火シャッターが閉まり、校内の内装を請け負い作業を進めていた、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)たちの行く手が阻まれる。
「何があったのですか、だれかセキュリティシステムを誤作動させましたか?」
 ガテン系子分たちは一斉に身の潔白を訴えた。そもそも今回は内装作業なので、そういった防犯機構に触れる内容ではないはずだ。
 ネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)が渇を飛ばして、部下の一人に指示をする。
「警備部に連絡を入れるんだ、閉じ込められちまったから、セキュリティを解除してくれよって」
 しかしすぐさま部下からの悲鳴があがった。どこにも通信が繋がらない。
「…ここでうろたえても何にもなりません、これをチャンスと捉えましょう。非常事態ですから事後承諾となりますが、ドアや窓などを外して進むのです」
 作業を請け負うときに、校内のセキュリティ事情については把握していた、電子ロックを解除するには彼らにはスキルも技能もないが、設置の仕方はよく承知していた。逆も然りである。
「任せてください! 俺らパラ実生は、ブッ壊すことなら得意分野ですから!」
 姉御!と見上げてくる部下達に、ハーレックが部下に檄を飛ばす。いつもの丁寧な口調をがらりと崩した。
「馬鹿野郎ども! 私らは何者だ、壊し屋ではない、建築屋だ!」
「は、はい姐さん!」
「てめえらが今まで作ってきたものに誇りがあるなら、間違っても意味なくブッ壊すな!」
「わっかりましたァ!!」
 皆パラ実D級四天王である彼女についてきた者たちだ。顔つきが変わった部下達の意識を間違いなく捕らえ、彼女はびしりと先を示す。
 ほこりっぽい現場の中でも常にぴしりとしたスーツのガートルード・ハーレックは、まさに気高い女神がごとく。
「私らがやるのは、人助けだ!」
「「「うおおおおおおおおお!」」」
 かくして、ハーレック興業の空京大学内での営業活動が始まった。
 ある場所はドアの枠を外し、ある場所ではピッキングや制御機構を分解し、ネヴィルはドラゴンアーツでモーター代わりにシャッターを押し上げる。ハーレック自ら長身と華奢さを生かして狭いメンテナンスハッチにもぐりこんでは、腕を伸ばし
 て配線を掻き分けて進んでいく。
「俺らにかかれば、要塞だって監獄だって風穴だらけにしてやらあ!」
 現場監督ネヴィルの叫びにも部下達は賛同し、全員一丸となって障害を突き進んだ。


 加藤 博之(かとう・ひろゆき)は辺りを見回して、綺麗にはずされたドアや解体されたシャッターを見て関心していた。
「うわ、すっげえ…」
 この辺りは障害はクリアしてあるのだが、立つ鳥跡を濁さずとばかりに整然と片付けてある。本日のハーレック興行の通った後は、草木一本たりと余計なものはない。
「今…俺は未来に導かれてる!! …って感じ?」
「ヒロさん、気が向かないと言ったわりには、なんかツボにきたみたいですね、…よく判らないけど」
 藤井 つばめ(ふじい・つばめ)は、そんなパートナーの興奮する姿を、時々スッ飛ぶところを半ば心配しながら見つめていた。
 そんな彼の頭の上から、誤作動したスプリンクラーが雨を降らせる。
 しかしやる気の炎は、どうやらそれしきでは消火されなかったらしい。むしろ燃料となって彼の気力を燃え立たせる。
「ふふふははははぁ!! このバベルと書いて空大と読むのがスタンダードなんだよぉ!」
 二人はハーレック興行に追いつき、見よう見まねでその進軍に加わった。
 もともとつばめは立ち寄った大学で事件を聞き込み、レスキューに加わる気で来たのである。大して労力をかけずに彼を引き込めた幸運を逃す気はなかった。
「よし、私もパワードスーツの力を、存分に発揮するときが来たわね!」
 戦力の増えたハーレック興行の、進軍スピードがもりもりと上がる。