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WahnsinnigWelt…行く手を阻み拐かす森

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第3章 乗り越えたい・・・己のトラウマ story1

「十天君が森の中の研究所で、魔科学の実験を再開しているみたいだね」
 魔法学校の生徒の魔女たちが、十天君サイドについている同じ種族の者たちに勧誘されていると、聞きつけてやってきた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が学校を見上げる。
「完全なる不老不死と力・・・ね。大きな力は使い方しだいで、大切なものを守る力になったり、破壊する力にもなるけど・・・。不老不死の糧の元はどうしても気に入らないね」
 不のエネルギーを糧にする生き方なんて認められないし、この世でもあの世でも存在してはならないものだと嫌悪の意を表す。
「さすがに2人だけじゃ、たどりつけるか不安だよね・・・。看板を立てて募集しようかな」
 彼女たちの実験を阻止するために、一緒に研究所へ行ってくれる生徒を見つけようと、人通りの多い魔法学校の正門の前で募集する。
「どうしてこうもうちの学校の魔女って騙されやすいのでしょうか・・・。これだけ大勢離れてしまうなんて、何か不満があるのかもしれませんね。その前に・・・、校長先生にお願いして注意勧告してもらってこれ以上の被害者が出ないようにしないと」
 弥十郎が“一緒に森の中の研究所へ行ってくれる人、大募集”を始めた頃、沢渡 真言(さわたり・まこと)はこれ以上被害が出ないように校長室へ行く。
「―・・・おや、留守みたいですね」
 校長室へ来てみたが扉に外出中、という紙が貼られている。
「これだけ生徒がいないも言わないのは、留守中だから気づいていない・・・ていうこですか。今なら、何もお咎めなしで済むかもしれませんね」
 十天君についていった魔法学校の生徒を、同じ学校に通う自分が連れ戻さなければと、正門の扉を開けて校舎から外へ出る。
「何でしょう?あの大きな看板・・・。研究所に一緒に行く人を募集・・・ですか。もしものことを考えると1人で行くより、何人かで行った方がいいかもしれませんね」
 彼らと行けば魔女たちを連れ戻せるかもと思い、声をかけてみる。
「私でよろしければ行きますよ」
「来てくれる人がこんなにすぐ見つかるなんて嬉しいね。ありがとう」
「日が高いうちに行くとしようか」
 はっきりと道が見える昼間に出発しようと、熊谷 直実(くまがや・なおざね)たちは階段を下りていく。



「封神台が完成したというのに・・・、まだ何か企んでいるのか・・・。―・・・私の知り合いも、関わっているみたいだしな・・・。・・・・・・行くか」
 知り合いが十天君の企みを止めようとしているなら、私も協力してやろうかと天 黒龍(てぃえん・へいろん)も森の中の研究所へ向かうことにした。
「あれは・・・魔法学校の生徒か?」
 森へ入っていく真言の後姿を見つけ、彼女の後を追いかける。
「―・・・この場所は不慣れでな。私も同行していいか・・・?」
「えぇ、構いませんよ。人数が多いと心強いですし。後ろの彼も、一緒に行くんですよね?」
 黒龍の後ろを歩く紫煙 葛葉(しえん・くずは)をちらりと見て言う。
「―・・・葛葉は、放っといていい。勝手についてきているだけだからな・・・・・・」
 パートナーのはずの彼に冷たい眼差しを向け、黒龍はフンッと顔を背ける。
 2月14日に散々探し歩かされた挙句、勝手に離れた理由も言わない彼の顔など見たくもないという態度を取る。
 隠す必要がないのなら、どうして私に言わないのかと、ずっと不機嫌のままなのだ。
「ん、何しているのかな?」
 弥十郎が直実の方へ振り返ると、森に入ってから数分歩く度に、彼が木の枝にリボンをつけている。
「こうしておけば、道に迷うことはないはずだ」
「なるほどね」
「その数字の順番通りに帰れば、森から出られるというわけですね?」
「新しい番号を探していけばいい」
 彷徨わないように、入り口に1の数字を書いたリボンをつけている。
「もし逸れたら、それを目印にたどっていけば追いつけそうですし」
「まぁ、そいうことだな」
 道順だけじゃなく、逸れても追いかけられそうと言う真言に直実が頷く。
「だいぶ歩いたはずだが・・・・・・。そう簡単には、見つからないか・・・」
 代わり映えのしない景色の中を歩き続け、黒龍が気づかないうちに足音の数が、だんだんと減っていく。
「―・・・っ!?真言たちは・・・、どこへ行った・・・・・・?」
 自分1人の足音しか聞こえなくなり、明らかに妙だと思った彼が振り返ると、さっきまでいたはずの者たちの姿がどこにも見当たらない。
「まさか・・・・・・。この私が、迷子・・・・・・だと?いや・・・、焦るとさらに迷ってしまう・・・。ここは冷静にならねば・・・っ」
 冷静な心を保とうとするものの、この年で1人だけで逸れて迷ってしまったかと思うと、焦りの色を抑えられない。
「パートナーとなら、携帯がつながりそうだが・・・。フンッ・・・、葛葉には頼らんっ!目印のリボンをたどっていけば、彼らに追いつけるはずだ・・・」
 今、彼に頼るのは癪だと、黒龍は携帯を使わずに真言たちと合流しようと目印を探す。
「く・・・っ。なぜ、携帯を鳴らさない・・・?―・・・そうか、葛葉にとって私は・・・、その程度ということかっ」
 絶対に明かせない秘密・・・、それは自分が信じるに値しない価値の存在なのだと思い、頼るものかと連絡しようとしない。
「―・・・・・・何だ?この・・・甘い香りは・・・・・・」
 ふわっと蕩けるような甘ったるい香りが漂い、ザザザッと木々が不気味にざわめく。
「どこにも・・・果実が実っているわけではないようだが・・・?」
 辺りを見回してみるが、それらしいものは実っていない。
「木や・・・草花からか・・・・・・」
 彼が迷い込んだ場所に生息する全ての植物から漂い、スンッと香りを嗅ぐ。
「まぁ・・・、今更何が起ころうとも、・・・対して驚きはしない・・・」
 ザ・・・ッザクッ。
「誰だ・・・?魔女ではないようだが・・・。―・・・・・・っ!?」
 雑草を踏む靴音の方へ振り向くと夢でも見ているのかと思うほど、ここが現実の世界なのかさえ分からなくなりそうな光景が、緑色の双眸に映り込む。
 その頃、1人だけ逸れた黒龍を探そうと葛葉が必死に探し回る。
「(どこだ・・・。どこに行ったんだ、黒龍・・・っ!)」
 ガサガサと草を掻き分け、心の中で主の名を呼ぶ。
「(それにこの香り・・・、人を惑わし迷わせるものか?)」
 主の身に何もなければいいがと思いながらも、なぜか嫌な予感ばかりする。
「(携帯なら、通じるだろうか?)」
 早く見つけなければと、彼に電話をかけて音を頼りに探す。
「(あっちか?)」
 鳴り響く着メロを頼りに見つけると、殺したはずの者の傍へ黒龍が近づいている。
「先生・・・どうして・・・・・・っ」
「(・・・・・・もう一度、俺に殺させるか、『主』よ。黒龍の目の前で)」
 黒龍を守ろうと2人の間に入り、ソニックブレードを放つが避けられてしまい、幻影の片足を裂いただけだった。
「(行くな、黒龍)」
「葛葉・・・・・・っ、私の先生に何をする!?早く何かで手当てをしなくては・・・」
「(それは紛いモノだ)」
「どうせ私は・・・葛葉にとって、どうでもよいものなのだろう・・・?目の前のものが何であろうと・・・、私の・・・私の先生なのだ・・・。えぇいっ・・・離せ、・・・・・・離せ、葛葉!」
「(いやっ、たとえ本物であっても、近づけるわけにはいかない)」
 振りほどこうとする彼の腕を掴み、あれは幻影・・・望む存在ではない!と心の中で叫ぶ。
 目の前の獲物を狩るためなら痛みすら気にならないのか、幻影は顔に貼りついたかのような不気味な笑みを浮かべ、得物を持つ葛葉の両腕を平突きで串刺しにする。
 フシュッ。
「(狙いは黒龍か)」
 盾の存在を先に排除しようとしているのだと分かった彼は、自分の守るべき主を庇い、腹を貫かれてしまう。
 ズパァアッ。
 ゴポッと口からぬるっとした血が零れ落ちる。
「葛葉・・・・・・?」
 目の前が真っ赤な血の色に染まるかと思うほど、辺り一面に鮮血が染み込む。
 今度は葛葉まで自分の目の前から消えてしまうのか。
 彼が存在しない世界など、月のない闇夜を永遠に彷徨うのと同じくらい絶えられないものだ。
 そう思った瞬間・・・黒龍は我に返り、ソニックブレードで幻影を真っ二つに断裂させる。
「・・・・・・言いたいことは後で言わせてもらうぞ、葛葉・・・っ」
 深手を負った彼に肩を貸し、一刻も早く治療せねばと真言たちを探す。



「この音色は・・・」
 甘い香りが鼻を掠めたかと思うと、森の中に笛の音が響き渡る。
「久しぶりだね」
 笛の音が鳴り止むと濃い霧の中から、16・17歳くらいの1人の少年が、目の前で佇んでいる。
 周りを見回してみるが、いつの間にか直実と少年以外・・・誰もいない。
「もう・・・桜が咲いているところもあるよね。現世だと一番キレイに咲くところはどこかな?でも、君にとっては桜はいい思い出の言葉にはならないよね」
 生前の頃を思い出しながら、少年は野花に触れる。
「よしてくれ・・・、あの言葉は思い出したくないんだ」
「まぁ、それは僕のことじゃないけどね。今度は君が討ち死にする番だよ」
「もう、何百年も前のことのはずだ。どうしてここに・・・っ」
 一ノ谷で討ち取ったはずの少年の姿に、自分を殺すために死霊になって現れたのかと動揺し、後退るように雑草の上へ片足を滑らせる。
「何を言っているの。それを言うなら、君もでしょ」
 英霊となって現世に戻ったくせに、目の前の光景を理解出来ない彼を見上げて嘆息する。
「僕を殺した罪として。あの言葉・・・、思い出させてあげるよ。変わりに消えた命についてさ」
「一枝を切らば一指を切るべし・・・か。忘れたくとも忘れられるはずがない・・・」
「また、僕を殺すの?今度はその言葉を僕に向けたりする?」
 その呟きを耳にしたとたん、少年は彼をギロリと睨む。
「ふぅん。じゃあ殺されてよ。同じようにさ!」
「お前は幻覚だ。今度会う時は同じ蓮の上に産まれようと約束したのでな。このパラミタで会えると思っている」
「さぁ、どうだったかな?それがまだ“君を許していない存在”だったら・・・その時君は、どうするのか・・・見てみたいね」
 少年はクスクスと笑い、その言葉だけを残して消え去った。
「そうだな・・・。罪は死んでも消えるものじゃない。弥十郎くんたちも幻影を見ているかもしれない、合流しなければな」
「おっさん、こんなところにいたんだね。ふぅ・・・、かなり時間かかっちゃったけど、見つけられてよかったよ。この森、何だか嫌な予感がするから、早く皆と合流しなきゃね」
「ふむ、無事だったか。単独でいるのは危険なところのようだ・・・」
 他の者も幻影に囚われていないか心配になった直実は、弥十郎と共に真言たちを探す。



「―・・・あれ、皆さん?」
 真言も弥十郎たちと逸れてしまい、薄暗い森の中を光精の指輪で照らしてみるが、人の気配はまったくない。
 獣の足音すら聞こえず、サササッと風に揺られ、擦れ合う寒々しい葉の音だけが響く。
「困りましたね。皆さんを置いて、このまま1人で進むわけにはいきませんし・・・」
 このまま皆を待つべきか・・・迷った彼らを探そうか・・・、それとも一旦森の外へ出て戻って来るのを待とうか考え込む。
 どうするべきか迷っていると、ザクッと葉を踏み鳴らす靴音が聞こえてきた。
「無事だったんですね!探しに行こうか迷いましたけど、ここで待っててよかったです・・・。―・・・・・・!?あ、あなたは・・・っ」
 仲間が戻ってきたと思い、嬉しさのあまりすぐさまパッと振り返ったが、表情を曇らせ一変させる。
「どうしてここに・・・」
「それを答える義務が、私にあるとでも?」
「(ほとんど誰も立ち入らない・・・、幻影を見せる領域に来るなんて。独りみたいですし、何か妙ですね・・・)」
 それも見たところ独りで来ていることに違和感を感じ、父親をじっと見据える。
「まだ執事をやっているのかい?執事は主人の身の回りの世話だけが役割じゃないんだよ」
「えぇ、分かっていますよ・・・、それくらい」
「分かっているなら、さっさと執事を辞めて女の子らしくメイドになったらどうだい?それとも、花嫁修行の方が向いているのかな。今のお前では主人が何者かに狙われても、ろくに守れず死なせてしまうのがオチだね」
「だからこそ、執事の修行をしているんです。私の道なんですから、行き先は自分で選びますよ」
「おやおや、独りで育ったかのような言葉だね?」
「育ててくれたことは感謝します。ですが、1度きりの人生なのに、親が決めた道を行く気はありません」
「私に勝てないやつが何を言っても、夢見る子供の言葉にしか聞こえないな」
 ろくな力もないやつの夢だというふうに、ふぅっと嘆息する。
「これ以上、お前と話していても時間の無駄だね。手足が折れれば、自分の無力さに気づくかな?」
 袖からナイフを取り出し、真言の腕を狙う。
 シュッ。
 片袖に隠しておいたナラカの蜘蛛糸を指でつまみ、ワイヤーのように引きガードする。
「ほぅ、そんなところに武器を隠していたのか」
「重々しく警護しように見られると、主人に命を狙われているかもしれないという緊張感を与えてしまったり、周囲を警戒して疲れさせてしまいますからね」
「なるほどね・・・。だが・・・、甘いな」
 ナイフで狙った片腕を肘で殴りつけ、彼女の背をもう片方の腕でドンッと叩きつける。
 ドサァッ。
「―・・・・・・くぁっ!」
 地面に突っ伏したまま彼女は草を握り締め、苦しそうに身を捩る。
「(執事はいついかなる時でも、冷静に対応しなければいけません・・・。―・・・これは私の感ですが、おそらくこの父は森が生み出した幻影です。父に・・・絶対に勝てないというトラウマ・・・。その幻影が実体となって私に襲いかかってきたんでしょうね)」
 倒れたまま相手を見上げ、焦ることなく冷静に状況分析する。
「ほらどうした?さっきの言葉は、やっぱりただの夢だったのかい?」
 ふらふらと立ち上がる娘に休む暇を絶えず、容赦なく腹に膝蹴りをくらわし樹木へ吹っ飛ばす。
「かは・・・っ!!」
 木に背と頭をぶつけてしまい噎せ返る。
「わ、私は・・・っ、早く・・・皆さんを探しに行かなくては・・・いけないんです。邪魔をするなら、あなたを・・・倒します!」
「失敗作をここで楽に死なせてやるのも、親の務めというものかな?」
「―・・・納得させられて道を変えるくらいなら、最初から茨道なんて進みませんっ。それに・・・失敗から学ぶこともあるんですよ?」
 ナイフを手にしている彼の手首にナラカの蜘蛛糸を巻きつけ、火術の炎を糸に伝わせて爆炎波の火炎が導火線を走るように、その先にある彼女が越えられかった壁を燃やし尽くす。
 ゴォオオゥウッ。
 火達磨になりながらも、幻影は彼女を見下すように笑い、崩れ落ちた。
「たとえ転生しても、転生前の私という存在ではなくなってしまうのですからね」
 真言は炎が消えた糸を袖に仕込み、仲間を探し始める。
「あれは・・・黒龍さん?すると一緒に歩いているのって・・・、葛葉さん!?どうしてそんな酷い怪我を!」
「―・・・少し、いろいろあったのでな・・・」
 筆談すら出来ない彼の変わりに黒龍が言う。
「無事とはいきませんけど、合流出来ただけでもよかったです」
「うーん、この辺から聞こえたはずなんだけどね。あっ、やっと見つけたよ!」
 2人の声を頼りに探していた弥十郎たちも合流した。
「わっ!?どうしたの、その傷。早く止血しなきゃっ」
 葛葉の傷を見た弥十郎は急いで包帯を巻き止血してやる。
 メモ帳に“ありがとう”と書き、弥十郎に見せる。
「どういたしまして♪それにしても、この甘い匂い・・・何かな?」
「森の木々や草花の香りですね・・・。それが森に入った者に、トラウマの幻影を見せているんです」
「そうなの?また逸れないように気をつけないとね・・・」
 独りになって幻影に襲われてしまったら厄介だというふうに呟く。
「あまり留まってるのもよくないけど。このまま進むのはちょっと大変かな?」
 深手を負わされた葛葉を見て、無理に歩かせて傷口がさらに開いてしまうかと思い、“休んだほうがいいかな”と仲間の顔を見る。
「えぇ、そうですね。歩き続けるより、休息も必要ですから」
「疲れきったまま研究所に辿りつけても、魔法で追い返されてしまうかもな」
 傷は負っていないが、かなり精神的に疲労している黒龍の様子を見て、無理に進むのは危険だと真言と直実も頷いた。