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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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第21章 敵、現る

「皆さん、お手伝いいただきまして、本当にありがとうございます」
 ランサー一同が一斉に頭を下げた。
 4日目の午後。
 彼らは話し合った末、少し早めに下山することを決めた。
 当初の予定では夕方を予定していたのだが、野生馬捕獲の方は昨夕捕獲者が増えたこともあって、午前中で規定頭数をすでに集め終わっている。
 捕獲したグラニを早くバァルに会わせてあげたい、という思いもかなりあった。
 健康チェックを通過した馬が運搬車に乗せられ、サークルが手早く解体されていく。このへんはもう手馴れたものだ。着々と下山準備が進む中、セテカは運搬車を運んできたランサーから、花束を受け取った。
「きれいな花ね。清楚で、どこかエキゾチックな」
「ああ。異国の花だ。取り寄せが間に合ってよかった。彼女は、この花がとても好きだったから…」
 その女性について思い出しているのか、セテカは少し切なげな表情を浮かべて花を見つめていた。
 彼にこんな表情をさせる「彼女」とはだれなのか。
 訊きたかったが、口調から、そして過去形を用いたことから相手はもう亡くなっているのだと察することができて、リカインは無言を通した。
 どんなに知りたくても、そこまで詮索する間柄ではない。
 しかし禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)は、大いに不満だった。
 何がって、ただセテカのそばにいるだけで満足しているリカインにだ。
「うむむむむむむーっ。
 男を口説きに行くというから大いに期待してつけてみたが、ここ数日、ただくっついているだけではないか。何のために天幕があるのだ? 屋外、星空、大自然!! これだけロマンチックにお膳立てされたシチュエーションがありながら、いまだ満足に手もつなげていないとはっっ!」
 ウキーーーーッ
 きっと手足があったなら、地団太踏んでいたに違いない。
 ないからページをばっさばっさするだけにとどめているが。
「大体だな、男というのはこう、目をつぶって上向いて口を突き出せば、すぐ吸いついてくる生き物なんだぞ!? エサもつけずに簡単に釣れる生き物を相手に、何をやってるんだ、あいつは!」
 あー、イライラするっ。
 これでは俺様のここまでついて来損ではないかっ!
「……やはりここは、この俺様がひと肌脱がせてやる必要がありそうだな…」
 ――え? 「脱いで」じゃないんですか? 言い間違いですよね?
「言い間違いなはずあるかっ!
 ふっふっふ…。こんなこともあろうかと、スキルにアシッドミストは準備済み。
 さあリカインよ! 包み隠さず裸になって、その熱き胸の思いも肉体も、目の前の男にぶつけるがいいっ!!!」
 君に届けアシッドミスト! わが願い――下心ともいう――のままにーっ!!
「――きゃあっ!!」
 突然まとわりついてきた霧に服を溶かされて、リカインが悲鳴を上げた。
「リカイン!? どうした?」
 困惑するセテカの前、両腕で前を隠してさっとしゃがみ込む。
「……こんな、あほうな真似をするやつは…」
 ジロリ、肩越しに霧の来た先を睨んだ。
「いけー、やれー、どーんと体当たりでぶち当たれー!」
 河馬吸虎が小さな声で声援を送っている。
「おまえこそ、ぶち当たれっ!!」
 どーーーーーんとね。
「はぐおっ!? ――なんでだーーー??」
 本気で分かっていないらしい捨てゼリフ(?)を残し、リカインから高速で投げつけられたブルーラインシールドごと河馬吸虎は吹っ飛んだ。
 おそらく、この山から。
 もしかしたら東カナンから。
「とりあえずこれを」
 肩で息するリカインを、セテカが脱いだマントで背後から包み込む。
「ありがとう…」
「ちょうど今日の運搬車が出るところだ。きみもみんなと一緒に山を下りて、着替えるといい」
 リカインを抱き上げて、御者席へと乗せた。
 少々寒いかもしれないが、後ろの馬と一緒に乗せるわけにもいかない。
「セテカ君は?」
「俺は少し寄り道をしてから下りる。馬でないと行けない場所だからね」
 じゃあ、アガデで会おう。
 花を持つ手を挙げて、セテカは離れて行く。
「リカインさん、少し揺れますので気をつけてください」
「ええ…」
 なぜか、不吉な予感がした。
 この数日、一緒に過ごした時間が長かったせいだろうか? だから離れることに不安を感じているだけ?
 そう思いながらも、リカインは長い間、セテカの背から目を離すことができなかった。



 グラニを乗せた、最後の運搬車がキャンプ地を離れた。
 途中で逃げられては元も子もないと、大勢のコントラクターたちが周囲を取り囲み、一緒に山を下りて行く。
 角を曲がって、彼らの後ろ姿が見えなくなるまでそれを見送ってから、セテカは自分の馬に歩み寄った。
「セテカさん」
 自分を呼ぶ声が脇からして、そちらを振り返る。
 赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が、パートナーのジン・アライマル(じん・あらいまる)戦闘舞踊服 朔望(せんとうぶようふく・さくぼう)とともにそこに立っていた。
 朔望は霜月の上着の裾を持って、背中にくっついている。
「きみは――」
「赤嶺 霜月です」
「それは知っている。メラムでもザムグでもきみには世話になった。ただ、彼らと一緒に下りなかったのかと思ったんだ」
「……はい。実は、折り入ってお話が……訊きたいことが、あって…」
 視線を下にさまよわせながら、どこか自信なさげに話す霜月に、なんらかの思いを感じ取って。
 セテカは馬にまたがった。
「きみたちは、自分の馬を残しているか?」
「はい。あります」
「じゃあ、悪いが一緒に来てくれないか。話は道中聞かせてくれ」


「自分は……前回の戦いで、愚かなことをしました」
 前に回された朔望の手を見ながら、霜月はぽつりぽつり話し始めた。
 ネルガルのワイバーン隊に次々と倒されていく仲間を見捨てたこと、あえてそうしたのだということ。
「仲間が必ず機会をつくってくれると信じていたから……そう言うのは簡単です。「信じる」って、都合のいい言葉ですよね。けれど結局、自分のしたことは、あのネルガルやドラゴンライダーたちと全く同じことでしかなかった」
 勝利のために。
 ただそれだけのために、剣をふるおうとした。
「この朔望が身を呈して止めてくれなければ、自分は道を誤ったまま、取り返しのつかないことをしてしまったでしょう」
 たとえ、その相手がネルガルだったとしても…。
 振り返った霜月に、朔望ははにかみながら笑みを向けた。
「霜月? どうかしたの?」
「……なんでもない。ありがとう」
 この無心の愛情を、信頼を、裏切るようなことだけは決してしてはならない。
 自分の剣は護る剣、殺す剣ではない。
 もう二度と、あのような愚行は繰り返さないと決めた。
「そうか」
「――セテカさんはなぜ……いえ、何のために剣をふるうのですか」
「騎士は忠誠を捧げた主君のために存在する。俺はバァルのひとふりの剣だ。ひいては東カナンの。戦場においてはそれ以上でもそれ以下でもない」
 7年前。
 両親を失い、その痛みも癒えないうちに叔父にも裏切られ、既得権すら奪われて領主の城を追い出されそうになっていたバァル。その孤独な心を埋めるにはエリヤはまだ小さくて、守られる存在でしかなかった。
 両親の棺の前でエリヤを抱いてたたずむ彼を見て、守りたいと思った。
 その力が自分にあることを、強く願った。
(おそらくあのとき、俺はバァルと真実臣下の誓いをたてたのだ)
「……俺は、勝利のために剣をふるうことを否定しない。それが主君の勝利につながるのであれば、なおさら」
「ですが、それではネルガルたちと同じです」
「彼らが掲げたこともあながち間違ってはいない。勝たなければ何を口にしたところでそれはただの世迷い言にすぎない。敗者の弁に聞く耳を傾ける者はわずかだ。まず勝利し、その上で主張しようというのは正しい。
 ただ、彼らには一線というものがない。きみにはある。きみは少しの間、それを忘れていただけだ」
 その一線は、尊厳というのかもしれない。
 ネルガルを妄信し、その論に夢を見て、それをひたすら追いかけた彼らは、それを見失ってしまった。――あるいは、自ら捨てた。ネルガルの垣間見せた理想の未来のために。
「勝利は大事だ。それを否定する気はない。だがそのためならば何をしてもいい、仲間すら殺すという考えを、俺は否定する。
 ひとは、決して越えてはならない一線を持つべきだ。それが簡単にできる力を持つのであれば、特に」
「そうですね…」
「大丈夫。きみは、二度と忘れないから」
 朔望の手に手を重ねた霜月の姿を見て、ほほ笑んだ。

 

「ここからは歩きだ」
 7年前から封鎖されている道。
 途中で崩れて渡れなくなっているそこを、下りて行くという。
 上で待っててくれてもいいが、という提案に、霜月は首を振った。
「ここまで来たんです。付き合いますよ。この下に何があるか、興味がありますからね」
「霜月が行くなら自分も行きます」
「仕方ないわね。朔望が行くんだったら私も行くわ」
 こんな危険な所、1人で下ろしたりしてけがでもしたら大変だから。
「あ、霜月はいいわよ。勝手にさっさと下りちゃいなさい」
 しっし、と手で追い払うようなしぐさをしたりして、彼に対して無頓着を装ってはいるが、これでかなり面倒見のいい女性なのだ。実際霜月が下に落ちてけがでもしようものならあわてて世話をしようとするのは分かりきっていたから、霜月は笑って「はいはい」と頷いた。
「朔望、危険だから下につくまでは服を離して。岩をしっかり掴んで下りなさい」
「……はい」
 しぶしぶ、握り込んでいた上着の裾から手を離す。
「足元に気をつけて。乾燥が進んで崩れやすくなっている」
 セテカを先頭に、霜月、朔望、ジンが続く。
 15メートルほど崖を下りた先の地面で、やがて彼らは1つの石碑を見つけた。
 石碑の前には、巨大な岩石…。
「ここで、バァルの両親と俺の母が死んだ」石碑に手がけ、説明をした。「上から落ちた馬車は、この岩にぶつかって止まっていた」
 止まったというよりも大破したという感じだったが。
「前領主夫妻だけではなかったんですか?」
「俺の母も同乗していたんだ。領主夫妻は瀕死状態で俺たちが駆けつけたときもまだ息はあったが、母の方は即死だった。
 あの事故が、実は仕組まれたものだったのではないかとの懸念が生まれた日から、俺の中でひとつの言葉がこだましている。なぜ、と。なぜ彼らが死なねばならなかったのか。7年前、彼らに何があったのか。俺は、それが知りたい」
 はるか地平に沈み始めた夕日を見る。
 彼らが発見されたときも、やはり夕刻だった。もしかしたら彼らは、助けが来るまでの間、この光景を見ていたのかもしれない…。
「先に戻っていてくれ……あとから追いつくから…」
 岩に立てかけた花束を、じっと見つめている。その手に握りこまれた、胸のロケット――あれには、彼の母親の写真が入っていると聞いた。セテカによく似た面差しの、柔らかな笑顔を浮かべた若い女性。
「分かりました」
 1人になりたいというセテカの気持ちを汲んで、霜月たちはいったんこの場を離れることにした。
「いいの? 彼1人にして」
「――しっ。
 自分たちはもう少し先の所で待機していましょう」
「……まぁねぇ。護衛するといったって、セテカの方が私よりずっと強いしねぇ」
 3人は、セテカから見えない場所へ引き上げて行く。
 そのとき。
「アーーーッハッハッハ!! やあっと1人になりましたねぇ。待ちくたびれましたよ」
 妙に甲高い嗤い声とともに、ザアッと雲のような影がセテカの上を横切った。