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カナンなんかじゃない

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カナンなんかじゃない
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                              ☆



 天城 一輝(あまぎ・いっき)コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)は仲の良い兄妹だ。彼らの家は南カナンにあり、今は二人で暮らしている。
 彼らの両親は冒険家その。その両親は今は冒険に行っていて不在で、その間にネルガルが攻めてきたために不安な日々を過ごしていた。
 自身も冒険家の端くれである一輝だが、まだまだその腕前は未熟。だが、妹を不安がらせてはならないと気丈に振舞うのだった。

 そんな一輝はある日、夢を見た。

『……一輝、一輝。起きなさいでスノー』
「……んん……」
『ほら、とっとと起きるでスノー』
 夢の中で寝ぼける一輝の頭を、冬の精霊ウィンター・ウィンターが蹴っ飛ばした。
「ふぎゃっ!? な、何をするっ!?」
『とっとと起きないからでスノー。
 え〜と、お主はこれから妖精の指輪の導きに従って旅に出て英雄の秘薬の税料を手に入れて帰ってくるでスノー』
 と、手元のメモを読みあげたウィンター。
 彼女のお脳では台詞を覚えられなかったのだ。
「英雄の秘薬? 何だそれは? それがあるとどうなる? それにどうして俺なんだ? もっと強い奴はたくさんいるだろ?」
『知らんでスノー。とにかくお主でスノー。フィクションに無駄な整合性を求めると速効で破綻するでスノー。
 諦めて現状を受け入れるためにとっとと起きるでスノー!!』
 矢継ぎ早に質問を口にする一輝を、ウィンターはハンマーでぶっ叩いた。
「べふっ!?」

 夢の中で意識を失った一輝は、なんとも寝覚めの悪い朝を迎えることになる。

「……なに、今の夢」
 気付くと、右手の人差し指に見覚えのない指輪がはまっていた。それは、雪の結晶と花びらがかたどられた、銀色に光る指輪だった。
「おはよーっ!!」
「……ああ、おはよう」
 朝から元気なコレットに挨拶をすると、二人で朝食の準備をする。

「なあ、さっき変な夢を――」
 準備をしながらコレットに夢と指輪の話を説明しようとする一輝。
 その途端、玄関のドアが乱暴にノックされた。


「おはようでスノー!! さっさと旅に出るでスノー!! でもお腹すいたからその前にご飯を食べたいでスノー!!」
 こうして一輝とコレット、そしてウィンターたちは英雄の秘薬を求めて旅に出る事になったのである。
 本人たちの意思をすっぱりと無視して。


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 街の宿に泊まっていた探検家、前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)は爽やかなヴァイオリンの音色で目を覚まし、遅い朝食を摂っていた。
 ネルガルの侵攻に合わせて東カナンの砂漠を旅してきた彼は、昨晩遅くに宿に辿り着いたせいで少し寝すぎてしまったようだ。

「探検家だって? こんなご時勢に物好きだねぇ!!」
 宿屋の主人は大きな腹を叩いて笑った。
 風次郎は朝食の切り分けられたバケットにかじりつきながら、苦笑を返す。
「ふん、性分てヤツさ――ほっといてくれ」

 食堂に設置されたステージでヴァイオリンを弾く五月葉 終夏を横目で見ながら、風次郎は今日の予定を考えた。
「さて……やっと南カナンまで辿り着いたわけだが……もう少し情報を探らなければならないか……」
 風次郎が求めるものは、カナン王国の地下深くに眠るという『カナンの秘宝』。
 本物かどうかも怪しい一枚の古地図、それだけが彼が手にした手がかりであった。

 たったそれだけで宝探しをしに来たというのだから、風次郎も根っからの探検家というべきだろう。
 探検家とはそういうものだ、目的よりも手段である筈の『探検』そのもののために無謀とも言える挑戦を繰り返す。
 だが、風次郎はそうした挑戦からことごとく生還してきた。

 彼は、最強の探検家だった。

 すでに日は高い。ブランチを食べ終えた風次郎の足元に、一人の少女がいた。
「お主……強いでスノー?」
 ウィンターだった。
 一輝とコレットを引き連れたウィンターは、妖精の指輪の導きに従って宿屋までやって来たのだ。
 目的は、もちろん冒険の仲間を見つけるためである。
「ああ、俺は通りすがりの探検家。自慢じゃないが熊も大蛇も大したことはない。……段差以外はな」

 自分の身長と同じくらい――厳密には87.5%の高さの段差。それが最強の探検家、風次郎の唯一の弱点だった。

「ならば決まりでスノー!! お主、私達と一緒に旅に出るでスノー!! 妖精の秘薬を作るために精霊に会いに行くでスノー!!
 他にも妖精のお宝とか手に入るかもしれないでスノー!!」
 勝手に話を進めようとするウィンターに、コレットは抗議した。
「ちょっとウィンターちゃん、いくらなんでも強引すぎよ!! この人にも事情ってものが――」
 だが、風次郎は片手を上げてその声を制した。

「いや――お宝と聞いては黙っていられないな。ちょっと話を聞かせてくれないか?」

 一輝とコレットが最強の探検家、風次郎と仲間になった瞬間であった。


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 街外れにある小さな民家。
 匿名 某(とくな・なにがし)結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は街に住む幼馴染で恋人同士。
 いよいよ南カナンにネルガル軍が侵攻してくるということで、某は国を守るため義勇軍に志願したのである。

 その日は、某の旅立ちの日であった。

「いってらっしゃい……無事に帰って来て下さいね……」
 出発の準備を終えた某。綾耶と二人抱き合って、別れを惜しんでいた。
「ああ、大丈夫。俺は……必ず生きて帰る」
 優しく綾耶の髪を撫で、笑顔を作る某。

 その顔は、国とそこに住む人々、そして恋人を守ろうという男の顔だった。

 某を送って玄関を開けると、そこには大谷地 康之(おおやち・やすゆき)がいた。
 彼もまた、国のために義勇軍として戦うことを決意した一人の男である。
「よぉ、準備はできたか!!」
 康之は逸る気持ちが抑えられないのか、今すぐにでも駆け出して行きそうだ。
 街を、そして国を襲おうとしているネルガル軍。
 そしてそれを迎え討つ南カナン軍と義勇軍。彼らは、間違いなく国民の英雄だった。

「――ああ、行こうか」
 某は答え、綾耶の家を後にする。その後姿に、綾耶は声をかけた。
「待って――何か、何かひとつお守りに置いて行ってくれませんか?」
 某は振り返り、指にはめていた指輪を手渡した。
 綾耶は指輪を受け取り、その代わりにと自分がしていたペンダントを手渡す。
 その指輪とペンダント、そのどちらにも月雫石の飾りがついている。月雫石は恋人同士が持つと離れていても互いの愛情と絆を深めてくれるという貴重な石。
 これから戦地に赴く某と、それを待つ綾耶には必要なお守りと言えただろう。
 そっと、綾耶の頬を撫でた某は、口を開いた。

「ありがとう……この戦いが終わったら……いや、何でもない。帰って来たら言うよ」

 康之と共に出発する某の後姿を、綾耶は心配そうに見送った。
「大丈夫。すぐ戻るよ」
 某はそう言い残すと、康之と共に歩いて行く。

 歩きながら康之は、某に尋ねた。
「なぁ、家の中でちみっ子と何話してたんだ?」
 その問いに、某は少し照れ臭そうに答える。

「いや……まだ話してないんだけどな……この戦いが終わったら俺、綾耶と、その……身を固めようと思ってるんだ」


 そんな二人を、いつまでもいつまでも見送る綾耶。
 二人が手にしたそれぞれのお守りにいきなりヒビが入ったことに、気付きもしないで。


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 いつネルガル軍が攻めてくるか分からない、そんな混乱した状況の街中を、天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)はカメラを片手に走り回っていた。

「おお、いいねいいねその表情!! 不安な様子がよく出てるよ!!
 この雑然とした街の空気!! 混乱する市民!!
 その全てのこのカメラに収めきってやるぜえええぇぇぇ!!!」

 やや壊れ気味なテンションでカメラを回すパートナーにため息をつきながら、フィオナ・ベアトリーチェ(ふぃおな・べあとりーちぇ)はため息をつく。
「はぁ……しょうがない、僕は演出とか雑用にでも回ろっかな。はい、これ」
 と、その辺に突っ立っていた通行人A――橘 恭司(たちばな・きょうじ)に派手な配色のメキシカンポンチョと衣装一式を渡した。
「何だ、これは」
 映画に入り込んだはいいが、表に出る性質でもないし、やれる役もないし、と困惑していた恭司は更に困惑した。
 フィオナは台本のようなものをめくって衣装と役柄を確認した。
「えーと、『やたら目立つ背景』の役ね。……何この役? 変な映画だなぁ」
 ぼやきつつも他の出演者に衣装を配って歩くフィオナだった。

 恭司はと言えば衣装を着込んだ上にギターを渡されてその場に立ち尽くすことしか出来ない。
「……まあいいだろう、やたら目立つ背景、引き受けようじゃないか。だが歌は歌わんぞ、絶対にな」
 どこかピントのずれた決意を口にする恭司、その横にいつの間にかサボテンが立っていた。
 恭司はすっかりメキシカン衣装に身を包み、サボテンの隣に立つともうそこは砂漠の国の風情。
 そのサボテンは良く見ると着ぐるみで、慌てて着込んだせいか後ろからお尻が半分はみ出している。


 いわゆる半ケツだ。


 いよいよ明日にはネルガル軍が攻めてくるかもしれない。
 その緊迫した街の様子をメキシカン恭司と半ケツ サボテン(はんけつ・さぼてん)はいつまでも見守っていた。