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さまよう死霊の追跡者

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さまよう死霊の追跡者

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 館の玄関付近。
 見晴らしのいいその場所に、生徒たちは避難していた。
 周囲を数人の生徒たちがスキル『殺気看破』や『超感覚』を使い、怪物の接近に警戒している。
 そんな生徒たちに囲まれた状態で、怪物から逃げている百合園の生徒たちが震えていた。
 緋ノ神 紅凛(ひのかみ・こうりん)奏 シキ(かなで・しき)は、二人でそんな生徒たちを落ち着かせながら、先だって情報を集めていた生徒たちと話をしていた。
「そっか。怪物はどうやら溺死した男の亡霊で、その男と駆け落ちしようとしていた生徒がいたのね」
「なんだか悲しい話ですね」
 紅凛の言葉に、シキは眉をひそめてかわいそうだと呟く。それに頷きながらも、紅凛は顔を不機嫌にしかめた。
「確かに悲しい話だけど……でも、だからって、何の関係もない百合園生まで襲っていい理由にはならないわ」
 そう告げて紅凛は周囲を見る。明らかに周囲の生徒たちは、怪物の恐怖で気が滅入っていた。
「女の子たちをこんなに不安にさせて……許せないわよ」
「あの……そんなに、あの幽霊さんは悪い人なんでしょうか?」
 苛立つ紅凛へ、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)がそう切り出した。
「確かに見かけとか、壺が刺さっても死なないとか不気味ですけど。でも、あの幽霊さんから攻撃をしてきたりはしてなかったと思うの」
「……確かに、彼が攻撃を仕掛けてきた時は全部、こちらが先に挑発した時でしたね」
 歩の意見に、シキが頷く。それを聞いて、歩はパァッと顔を明るくした。
「そうなんです! 多分、彼は恋人を探してるだけなんですよ! だから、恋人さんを探して会わせてあげれば!」
「うーん、とは言ってもね。恋人が誰かもわからないし。仮に分かったとしても、幽霊の前に出すってのは」
 さすがに危ないだろうと、紅凛は慎重に答えた。それを聞いて、歩もしゅんと肩を落とす。
「あ、あのっ!」
 そこへ、近くで俯いていたひとりの少女が声を上げた。
「か、彼は悪い人なんかじゃないです……彼は、ジェイは悪くなんてないんです!」
「ジェイ? ……あんた誰だ?」
「……セリカ。セリカです」
 少女、セリカはそう名乗り、歩たちを見つめる。その名前はどこかで聞いたなと、全員が顔を見合わせる。
 だが答えが出るより先に、周囲を警戒していたセルマ・アリス(せるま・ありす)が、大声を上げた。
「あいつだ! 怪物が来るぞ! みんな急いで避難しろ!」
 セルマの声で、生徒たちの中から悲鳴が上がる。一部の生徒たちが恐怖でパニックを起こしているようだった。
 それを見て、セルマは傍らに立つ相棒のミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)を見た。
「ミリィ。パニックになってるみんなを落ち着かせて、避難させてくれ」
「え? ルーマはどうするの?」
「俺は避難まで時間を稼ぐ。ヴィー、お前は避難する人たちを護衛してくれ」
 セルマは視線をずらし、もうひとり相棒、ヴィランビット・ロア(う゛ぃらんびっと・ろあ)のほうを見た。ヴィーはうんうんと何度も頷いた。
「分かった……けど、セルマ。ひとりで大丈夫?」
「そ、そうだよ、危ないよ! ワタシも回復役で残る!」
「他にも時間稼ぎで戦う奴らはいるから、大丈夫だって。それに、不安がってるみんなを落ち着かせるのはミリィ得意だろ?」
 セルマの説得に、ミリィは黙る。心配そうな目をセルマに向けるが、やがて諦めたように顔を背けた。
「わかったよ……でも、無茶したら駄目だからね!」
「ああ。もちろんミリィとヴィーもな」
 そう告げると、それぞれが動き出した。
 ミリィは震える生徒の手を握り、優しく語り掛ける。
「大丈夫だよ!ルーマとヴィーと皆で守るからね!」
 ヴィーは避難し遅れている生徒を、優先的に助けた。
「えいっ!」
 近くにあった花瓶置きの机や椅子などを投げつけ、怪物の侵攻を邪魔する。
 こうして、全員が怪物から逃げ出した。


「……ハァ、ハァ」
 それからしばらく走り、避難していた生徒たちは、何人かに分かれて逃げた。
 そのグループのひとつに、件の少女、セリカはいた。セリカのいるグループは、とある部屋の中に入って入り口を固めていた。
「……ちっ! これだから、金持ちの余興には参加したくねえんだよ。ろくなことがありゃしねえ」
 そう乱暴に告げるのは狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)だ。そう愚痴る乱世の横で、一緒にパーティーに参加した魔鎧のビリー・ザ・デスパレート(びりー・ざですぱれーと)も頷いている。
「姉御。とりあえず、あのバケモノが入れねえように部屋を固めましょう」
「ああ、そうだな……おい、ビリー。魔鎧化しろ。この動きづれえドレスよか、よっぽどマシだろ」
 乱世の命令を受け、ビリーは魔鎧化して乱世に装備される。黒革のライダースーツ姿となり、やっぱこっちのほうが落ち着くぜと、息をついた。
 そのまま乱世は、近場にあるものをドアにあてがい、手際よくバリケートを作っていった。
「さてと。とりあえず、女。確かセリカとか言ったか? 貴様なんだろ、あのバケモノと付き合ってた女ってのは?」
「……はい」
 ビリーの言葉に、静かにセリカは頷いた。想像通り、彼女は怪物と呼ばれた男の想い人だったらしい。
 セリカはペタンとその場に膝をつくと、俯きながら真実を語り始めた。
「私と彼……ジェイは愛し合っていました。ですが、両親から付き合いを反対されて……それであの晩、私たちは駆け落ちしようとしたんです」
 悲しげにセリカは語る。
 瞳に涙を浮かべると、両手を顔に当てて、方を振るわせた。
「ですが、彼は湖で命を落としました……私のせいで、ジェイは死んだんです。そのうえ、亡霊になってまで私を探しにきて……全部、私のせいです」
 ボロボロと涙をこぼし、セリカがうずくまる。それを見て、彼らと共に部屋に避難していたルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)も驚いていた。
「それじゃあ、彼は死んだ今も、君を思って館中を探しているっていうのか?」
「……はい、おそらく」
「なら君が彼の前に行けば!」
「成仏する……かもしれませんね」
 どこか他人事のようにセリカが告げる。
 だが次の瞬間、
 ――ドォンッ!
「ちっ! きやがったぞ!」
 乱世が忌々しげに叫ぶ。必死にバリケートを押さえるが、怪物の力はそれを凌ぐほどだった。ドンドンと音を立てて、塞いだドアを蹴破ろうとしている。
「セリカさん。それじゃあ、彼に会ってあげてください。そうすれば、」
「でも……彼は、私と百合園生の区別がついていません。もし私が前に出て、私だと彼に気づいてもらえなかったら……」
「大丈夫です! ジェイさんに呼びかけてあげてください。そうすれば、きっと彼はセリカさんだって気づいてくれます」
 そうルークが告げ終えたのと、怪物がドアを蹴破って部屋に侵入したのが、ほぼ同時だった。
「…………あ、」
 怪物とセリカの視線が合う。ゆっくりと怪物はセリカのもとへと近づいていく。
 それを乱世もルークも止めなかった。ただジッと二人を見つめる。
「……じ、ジェイ? 私よ? 分かる?」
「…………」
 怪物は反応しない。ただ目の前のセリカをジッと見つめている。
 そんな怪物に、セリカはゆっくりと近づいていった。
「ジェイ。気づいて。私よ、セリカよ」
「………………せ……り」
 ブツブツと仮面の向こうから声が漏れる。
 それを確かに聞き、セリカは怪物の傷ついた身体を抱きしめた。
「ごめんなさい、ジェイ……私のせいで、こんな想いをさせちゃって……本当にごめんなさいっ!」
「…………せり、か……」
「ごめんなさい……ごめんなさい」
「…………セリカ、謝らないで」
 パキンと音を立てて仮面が割れる。その向こうから怪物――ジェイの生前の顔が出てくる。
 ニッコリと笑い、彼ははっきりとした言葉を発した。
「俺のほうこそ、ごめん……怖がらせたみたいだ……ただ俺は、死ぬ前にキミの顔が見たかっただけなんだ……ごめんよ、セリカ」
「ジェイ……」
 そこまで告げると、ジェイの姿は段々と薄れていく。外の窓から朝日が差し込んできていた。その光に当たり、ジェイの身体は霧のように散っていった。
 そんなジェイに向かい、セリカは迷うことなく告げた。
「ジェイ……愛しています。今でも、他の誰よりも、あなたのことを」
「……ありがとう、セリカ。こんな姿になっても愛してくれて……ありがとう」

 ――さようなら。

 そんなジェイの声が響き、ジェイの姿は跡形もなく消え去る。
 後には、古びたカルスノウトと、泣き崩れるセリカの姿だけが残った。

 嵐は止み、館に朝日が差し込む。
 長い館の夜は、こうして幕を閉じたのだった。