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地祇さんとスカート捲り

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地祇さんとスカート捲り

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第二幕 直接打撃



 見晴らしがよく、爽やかな空気の入るテラスがある。様々な人々が、日常の言っ時を過ごすその場所は今、とても爽やかとは言えない状況に包まれていた。
「ふはは、こっちじゃこっち。捕らえてみせい」
「待って――!」
 テラス上を高速で低空飛行する洲崎を追い掛けるのは拳を構えたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)。彼女は身を低く疾走体勢で洲崎の背に付いて回り、
「いい加減止まってよー!」
「止まったら貴様殴って来るじゃろうが。わしはああなりとうない!」
 レキの嘆願を一言で切って捨てた洲崎はテラスの一部を指差す。無残に砕かれた、石の床を。
 残骸にはレキの拳の跡が幾つが残っている。
「全く、やる気抜群で気負ってからに。そんな服では捲ることもできんし……」
「悪い子はめー。御仕置きが普通なんだよ?」
 答えるレキの服装はパーカーにスパッツを組み合わせた簡素なもの。
「……活動的なのは良いが、開けっ広げにするのはどうかと思うのじゃがなあ」
「スカート捲りを推奨しているそなたが言えたことか」
 地祇の言葉に反応したのは混沌とするテラスにも拘らず、優雅に椅子に座すミア・マハ(みあ・まは)で、
「そなたは解っておらぬ。昭和を誇るのであればまず捲りという直接的手段を取らず、チラリズムを期待する物であろうが。少なくともわらわはチラリさえあれば十分に満足出来る!」
 力説したミアに、洲崎は顔だけを彼女の方へ向け、
「仕方あるまい。今や技術が発展し鉄壁スカートなるものが発明される始末。階段下や高台での見えるか見えないかのドキドキは減った……。ならば、こちらから動くのが筋じゃろうて!」
 言い切った洲崎はテラスにいた男子生徒の三人をレキに宛がい、
「行け、名も知らぬ生徒たちよ。今こそ男を見せて来るのじゃ」
 彼女の身体目掛けて突っ込ませた。
 左右、そして前方より来る男子たちにレキは眉をひそめた。彼らの動きが走りではなかったからだ。
「うわっ、速っ!? そして怖いよっ!」
 男子達が行ったのは諸手を万歳状態にして頭から突っ込む。唯それだけの行為だったが、それは僅かにレキを委縮させた。
「くっ!」
 頭を振り判断を取り戻した彼女はすぐさま加速方向を変更。洲崎を追って真っ直ぐだった足運びが右に寄る。
 操られた男は人間砲弾となんら変わらない。故に、それだけで左と前の砲弾をかわせる。
「……まあ、右の人には当たっちゃうんだけどね」
 物理法則的に当然。だが彼女は後悔しない。
「別に捲られる物は持っていないしねー」
 喋りながら彼女は右の男に近づいていく。万歳状態で倒れかける男とレキの交差点は一か所とレキは判断する。それは、
「ありゃ、胸に当たっちゃうよ」
 男の掌が彼女の右胸に直撃した。その僅かコンマ五秒後。
「気安く触れるでない!」
「わあ?!」
 ミアの雷撃が男子生徒を襲った。
「全く、わらわの許可なく触らせるでない」
 言いながら彼女はレキに近づき、むんずと胸を掴んだ。
「あ、うん。分かったけど、操られた人相手にちょとやりすぎじゃないかな?」
 彼女らの同情の視線が名もなき生徒に充てられる中、洲崎は別の所に眼をやっていた。
 眼の先ではテラス中心で下膨れたヒヨコのような着ぐるみに身を包んだレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が、ステップを踏んで踊っており、
「卵の親じゃピヨコちゃんじゃぁ、ピッピッぴよこちゃんじゃぁあひるじゃがぁがぁ」
 テンポよく、自身の振りとあわせて囃子を取っていた。
「…………」
「卵の親じゃピヨコちゃんじゃぁ、ピッピッぴよこちゃんじゃぁあひるじゃがぁがぁ」
 洲崎は二秒黙った。
 着ぐるみの隙間から出ているレティシアの顔は午後の日差しに照らされ、やや汗ばんでいるのが周囲に伝わる。
「卵の親じゃピヨコちゃんじゃぁ、ピッピッぴよこちゃんじゃぁあひるじゃがぁがぁ」
 段々ステップは激しくなり、それに準じて汗の量も増えて行く。
「卵の親じゃピヨコちゃんじゃぁ、ピッピッぴよこちゃんじゃぁあひるじゃがぁがぁ」
「………………………」
 四秒黙って、
「おーい、ここに魅力的な不思議ちゃんがおるぞー。多分着ぐるみの中汗だらけで、脱がせば結構良い感じになるでなー」
 大声で周辺に伝達した。情報の進行は早く、洲崎の声の残滓が消えるころには数人の男子生徒が着ぐるみに寄っていた。
 彼らの鼻息は荒く、寄るというより包囲の動きへと進化を遂げようとしている。
 レティシアに接近する男達の殆んどは、着ぐるみ背中に付いているチャックに目線を執着させていて、
「操っていないというのに、扱い易いのう」
 そんな感想を洲崎に抱かせた男達は遂に包囲を終え、チャックに手を伸ばそうとしていた。が、そんな彼らに、接近を果たすものがいた。
「はい、不埒は駄目よ――!」
 ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が小型飛空挺に乗り高空から矢のように振り落ちてきたのだ。
 彼女が駆る空挺は注射器の形状を成していた。 それが空から、先端を下に向け落ちてきたらどうなるか。
「「ぎゃああああああ!」」
 テラスに振動が走った直後、複数の男の悲鳴が聞こえた。
 それきり何の音も響かなくなった。


「おおう怖いのう」
 テラスから逃げていた洲崎は、背後で鳴り響いた地鳴りを耳にしていた。
「不思議ちゃんは扱いを気をつけねばなあ……」
 彼が一人納得して頷いてゆっくり飛行していると、
「おー、いたよやっぱ。ここで張ってて正解だったってか、さっきの震動は何だろうな。地震か?」
「はは、イルミンは何時も賑やかで良いですよねぇ」
 眼の下に隈を作った笹野 朔夜(ささの・さくや)と制服姿で刀を手にした笹野 冬月(ささの・ふゆつき)が進行路上に立ち塞がった。
「あー、何じゃ貴様ら。捲られに来たのか?」
 進行を止めた洲崎が半目で問うた先で、冬月は頬を掻き、
「まあ、あれだ。おびき出して殴ろうと思ってたんだよ。下着が見れそうな服装をしてる女子の近くに男子がいれば良いって話らしいからな」
 ほれ、と冬月は制服のスカートを少しだけ摘み上げる。
「ほほう、両サイドをひもで止めるタイプか。中々解っておるのう」
 にやけるような柳眉に変わる洲崎を前に、朔夜は手を胸元に当て一度深呼吸して、
「という訳で個人的に恨みはありませんが、僕の安眠の為に大人しく倒されてください!」
 朔夜は突如の動きで蜘蛛糸を放った。
 許可も前置きも無い一撃。
 直線状に飛んだ蜘蛛糸は鋭さを持って洲崎の身体へ直行した。
「危なっ! 丁寧に問うた返答がこれか!?」
 空中サイドステップで洲崎に糸を回避された朔夜は攻撃態勢を解かずに、
「ちっ、外しましたか……!」
「寝不足のせいで、言語と狙いに微妙な荒さが出ていますよ朔夜さん」
 朔夜に憑依している笹野 桜(ささの・さくら)が彼の感情の高ぶりを抑える。
「そうだぞ。ただでさえ寝不足なんだから集中力切らすなよ」
「む、……お二人の言う通りですね。では、気を引き締めて行きましょう」
 気合を入れ直した朔夜を見て、そして彼らの会話を聴いた洲崎は笑みを浮かべ、
「ほう、何じゃ貴様。いい女に囲まれておるのう」
「お褒めにあずかり光栄ですよ。そして――」
 朔夜は言葉の途中で桜に身体を開け渡した。肉体行動が取れるようになった桜がしたのは、
「後ろにご注意くださいませ?」
 洲崎の背後にあった円卓を力一杯引き寄せたのだ。
「蜘蛛糸は避けられても、こっちはどうですか!」
「ほう、やるの……」
 速度良く、高度良く、円卓は寸分狂わず洲崎へ襲来した。
 真後ろからの範囲攻撃。回避は困難。それなのに、
「コレもよけますか……!」
「ふっ、回避したあとも動作が続く攻撃には裏がある。こんな昭和の常識が解らぬ筈がないじゃろうが」
 叫び、洲崎は飛行した。浮遊ではない。
 空中で加速をかけたのだ。それも、笹野達がいる方へ。
「切り抜けるつもりか? んなことさせる訳がねえだろ!」
 冬月が一歩を踏み、刀の柄に手を掛ける。
 彼女の意志を見ても、洲崎の動きは変わらない。それ所か、
「貴様ら、忘れておるようじゃな?」
「ああ?」
 挑発的な口調で彼は言った。
「わしは射程距離に入ってしまえば、どんな男でも操れるのじゃよ。体の性別が男なら!」
「なん……!?」
 冬月が反抗の言葉を上げようとした。その一手前だった。
「あ……」
 朔夜が冬月の下着を剥ぎ取ってしまったのは。
 彼と桜が行為を自覚するまで三秒かかった。
 冬月が為された事を理解するまでその倍かかった。そして理解を終えた頃には、
「ふははは、寝不足で集中力が鈍っていたぞ青少年! お陰で捲りまでは出来なかったがまあいい。そのパンツはくれてやるぞー」
 洲崎は去って行った。背後の通路に声を反響させながら、だ。
「…………おい、朔夜……」
「いや、ほんと、誠に申し訳ありません……」
「いや、まあ、何となく殴らせろ」
 空間に少々重めの打撃音が響き渡って、その場の喧騒は完全に収束した。