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【十 柱】

 スパダイナが設置されている遺跡に、最初に到達したのは別働隊である。陽射しが、そろそろ斜め45度辺りに傾き始めようかという頃合であった。
 マーダーブレインやエメラルドアイズといった電子結合映像体とは一切遭遇しなかったのが大きいが、本隊とは異なり、小型飛空艇などの高速移動手段が充実していたのが、先着の決め手となった。
 但し全く何の問題も無かったかといえば、そうでもない。
 実際、脳波を奪われて全員が脳死状態となったあの村では、このまま村民達を置いて遺跡を目指して良いのかという人道的な議論が巻き起こり、このまま行く行かないで意見が真っ二つに分かれそうになった。
 しかしながら、ここで強烈なリーダーシップを発揮したのが、正子であった。
 彼女は山葉校長から発せられた指令書を握り締め、今まさに議論の真っ最中という別働隊の面々を喝破し、仁王立ちになると、大音量で吼えた。
「尿意である! 一同、控えい!」
 いや、恐らく本人は上意である、といったつもりなのだろうが、一字違いで大違いである。
 それはともかく、正子の人間アンプの如き咆哮が山全体を揺らし、別働隊の面々を硬直させた。遠くから地鳴りが聞こえてきたのは恐らく、正子の一喝がどこかの脆弱な斜面を刺激し、地滑りを発生させたのであろう。
 いずれにせよ、正子の獰猛な睨みに誰も言葉が発せなくなったところで、彼女はおもむろに指令書の中身を読み上げ始めた。
「おはようフェルプス君。今回の任務は迅速且つ確実にスパダイナ確保を目指すことにある。それ以上でもそれ以下でもない。尚、この指令書は自動的に消滅する」
 いい終えるや否や、正子は指令書をぽいっと宙空に放り上げた。そして鞘から引き抜いた包丁二刀流を猛スピードで操り、宙を舞う指令書を細切れに切り刻んでしまった。粒子レベルにまで切り刻んでしまった為、紙片すら残らないという始末である。
 もう誰も、何もいえない。ただただ呆気に取られるばかりである。
 ひとつ確実にいえるのは、冒頭のおはようフェルプス君のくだりからして、正子の趣味丸出しの脚色が大いに作用していたであろうことは間違い無い。
 ともあれ、正子の恫喝にも等しいリーダーシップによって方針は一本化され、村民が脳死状態に陥っている山村はひとまず放置し、そのまま遺跡を目指す、という運びになったのである。

 遺跡に到達すると、別働隊の面々は、小型飛空艇やバイクなどは遺跡内の移動では却って邪魔になるとして、遺跡近くの開けた平地に集めておき、そこから徒歩で侵入口へと進んだ。
 侵入口は、急角度の斜面上に岩棚のような形で突き出している総金属製の構造物であり、緩やかなスロープがその内側に延びているのが分かった。
 陽光が届く範囲だけを見て察するに、内壁、天井、床は全て人工的に研磨されており、歩行には全く差し支えない。
「遺跡っていっても、要は古代のイコンパイロット養成施設って話なんだもんね。見た目的には凄く整備されてても、どこにどんな仕掛けが隠されてるのか、分かったもんじゃないよね」
 美羽が恐る恐る覗き込むと、横からコハクが、美羽以上にびくびくした表情でそっと顔を寄せてきた。
「ねぇ……やっぱり、誰か斥候を出した方が良い、よね?」
 出来れば自分はあまりやりたくない、という意思をその表情に張りつけながらいうコハクに、美羽が何かをいおうとすると、いきなり正子の巨躯がふたりの横を通り抜け、どすどすと地響きを立てるような勢いで侵入口の奥へと進んでゆく。
 無防備というか無頓着というか、とにかく正子の足には一切の迷いが無く、猛然たる勢いで踏み込んでいってしまった。
「あぁー! ちょっと、正子さんってばぁ!」
「危ないですわよぉっ」
 その後を、理沙とセレスティアが慌てて追いかける。彼女達は流石に、幾分及び腰ではあったのだが、正子が先にどんどん行ってしまうものだから、半ば勢いに引っ張られて駆け込んでいった。
 この様子を唖然と眺めていた美羽とコハクは、互いに顔を見合わせて肩を竦めた。誰が斥候になるのかなどと心配していたのが、物凄く馬鹿馬鹿しく思えてならなかった。
 最初に正子が遺跡内に足を踏み入れてから程無くして、通路全体が淡い白光に包まれた。どうやら自動照明が生きていた模様だが、或いはスパダイナを設置した者達が定期メンテナンスの為に、遺跡内の照明装置を復旧していたのかも知れない。
「おぉ、これはありがたい。照明片手に探索など、どうもやりにくくてかなわんと思っておったのだよ」
 武尊が頭上を見上げながら、口元を僅かにほころばせた。すぐ後ろを歩くドクター・バベルも、腕を組みながらうんうんと頷いている。
「照明の電力も、馬鹿にならんからな。手持ちの電源はなるべく、スパダイナ解析の為に温存しておきたいと思っておったところ」
 いいながら、ドクター・バベルがぽんぽんと叩いたのは、ベルトに吊り下げている携帯用ミュージックプレイヤーであった。
 これを見た武尊が、思わず目を丸くした。
「それを、どうするつもりなのかね?」
「……まぁ、後のお楽しみである」
 にやりと笑うドクター・バベルに、武尊は要領を得ない顔で、ただ曖昧に頷くしかなかった。

 ところが、呑気に遺跡内を進んでいられたのも、最初のうちだけであった。
 予想以上に複雑に入り組んだ迷路状の通路を進む別働隊の面々は、落下してくる巨大吊り天井や、左右の壁から放たれる熱線レーザーの矢襖、或いは強酸性プールが待ち受ける落とし穴など、次から次へと襲い来る罠の数々に、相当苦しめられる破目となったのである。
「たっ、助けて〜!」
 その都度、情けない悲鳴をあげていたのは凶司であった。そして彼の面倒を見る役目は決まって、エクスである。小柄な体躯からは想像も出来ない程の腕力を発揮して、ノックアウト寸前の凶司をずりずりと引っ張ってきているその姿は、凄惨にしていじらしい。
 時折セラフが手伝ってくれるものの、基本はエクスひとりによる子守となっていた。
「でもさぁ、何っていうか……わざとハードな経路を選んでるっぽくない?」
 凶司を引きずりながら、エクスが怪訝な表情で前方を行く正子の巨大な背中をじっと見詰める。ところが、セラフの見立ては若干異なっていた。
「わざとっていうより、最短距離を選んだら、たまたま仕掛けが多かった、ってぇオチじゃないのぉ?」
 なるほど、とエクスが頷く。確かにいわれてみれば、その線が一番可能性が高いといえるだろう。
 それにしても、幾らイコンパイロットを養成する為とはいえ、よくぞこれだけ様々な罠を仕掛けたものだと、誰もが腹立たしく思いながらも、半ば驚嘆していた。
 尤も、全員が全員、酷い目に遭っているという訳ではない。
 先頭を行く正子は襲い来る罠の数々を二刀流に携えた包丁二本で、軽々と退けていた。そしてその正子のすぐ後ろにぴったりと張りつくように進んでいる歩は、正子の罠突破の恩恵を受けて、何ひとつ被害を被っていなかったのである。だから時折歩は、後ろに続く他の面々が罠に苦しめられているのを見て、気の毒に思うだけの余裕があった。
「ねぇ正子さん……皆さん、相当厳しいみたいなんだけど、放っておいて大丈夫?」
「厳しい? 何がどう厳しいのだ?」
 逆に問い返され、歩は目を白黒させた。もしや正子は、罠に苦労している別働隊の現状を把握していないのだろうか?
「えっ……だって、皆さんあんなに……」
「おぅ、随分楽しそうに遊んでおるではないか。わしなどは手緩過ぎて、ちっとも楽しめておらんのだがな」
 歩は絶句した。
 どうやら正子は、この遺跡の罠をアスレチックか何かと思っている節がある。そしてこれら罠の数々との遭遇を、『遊び』だと考えているらしい。
 最早、感性そのものが普通のコントラクターとは明らかに異なる。
 どうやら、聞くだけ無駄だったらしい。

 それでも、どうにかこうにか罠を突破し続けてきた別働隊は、不意に開けた空間へと辿り着いた。
 恐ろしい程に広い。
 どんなに少なく見積もっても、野球場が五つ六つは出来そうな面積が広がっており、また天井までの高さも、50メートル以上あるのではないかとさえ思える。
「もしかして、ここは……」
 恋がどこまでも広がる空間の更に向こうを見据えるように目を細めながら、小さく呟いた。彼女のいわんとしていることを、セシルが引き継ぐ。
「イコンの模擬戦闘場、ではないでしょうか?」
「どうやら、そのようですね」
 答えたのは凶司だった。彼は事前に、この遺跡についてある程度情報を仕入れていたらしい。既にイコン発掘調査隊によって報告が為されている遺跡だから、ネット上にそれなりのデータは転がっていたのである。
 だが、別働隊の面々が注目していたのは、目の前の空間の広さではなく、やや奥まった位置にそびえ立つ、巨大な円柱であった。
 どう見ても、それだけが異質であった。
 直径30メートル程の総金属製の巨大な円柱は、遥か天井にまで達しており、表面のそこかしこが定期的にちかちかと光っている。
 一目見て、それらの光がLEDやLCDなどが放っているものであると分かった。
「あの〜、ものっすごぉく、嫌な予感がするんですけどぉ」
 レティシアが、幾分疲れた様子で巨大円柱を眺めながら、溜息混じりに発現した。
「もしかしてぇ……あの馬鹿デカいのが、スパダイナでしょぉかぁ?」
 すると凶司が手元のHCのLCDをじっと凝視し、すっかり困り切ったような表情で、力無く頷いた。
 他の者達がそのLCDを覗き込むと、この遺跡の見取り図が映し出されているのだが、この空間内には、あの巨大円柱は見取り図内には存在していない。
 つまり、後から設置されたものであることが、ここで明確になった訳だ。
 即ち、あの巨大円柱がスパダイナなのである。
「う、嘘でしょ……あんなの、持ち帰れる訳ないじゃない!」
 思わず、ミスティが叫んだ。
 いや、彼女だけではない。別働隊にしろ本隊にしろ、ほとんどの者が、スパダイナは移動可能なサイズのルーターマシンであると思い込んでいたのだ。
 それがまさか、直径30メートル、高さ50メートルにも及ぶ巨大円柱型マシンビルディングなどであろうとは、一体誰が予想し得ただろう。
 と、その時。
「……正子さん、あそこ、何か居る」
 理沙が警告を発しつつ、素早い所作で得物を携え、その一点を凝視した。
 見ると、一体いつの間にそこに居たのか、正子を大きく上回る巨大な影が、丁度スパダイナと別働隊の間にぽつんと佇んでいたのである。
 それは、見るからに異質な存在であった。