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嬉し恥ずかし身体測定

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嬉し恥ずかし身体測定
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2.
 体育館の一角にある更衣室は独特の喧騒にもまれていた。
 広さに見合うだけのロッカーや設備が整っており、ちょっとしたホテルやスポーツジムのようだ。
 おどおどと隠れるように着替えをする者もいる。そうかと思えば下着姿でふざけあう生徒もある。とうに着替えをを終え、測定に向かった生徒もいれば、遅刻だと併せて転がり込んでくる生徒と人様々だ。

 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は体操着に着替えるために服を脱ぎはじめたところだった。
 ラルクが測定に参加したのは、自分の健康状態など、現状のデータを知るにはいい機会だと思ったからだ。21という年齢からして、大幅な背長を期待は出来ないだろう。しかし自分の体を客観的に見る事が出来るせっかくのチャンスである。栄養状態や視力、聴力には自信も有る。対象物からかなりの距離をとってもハッキリと見えるし、聴力は気配察知などの訓練を積み鍛えられているはずだ。そのあたりの成長と現状の把握したい。
 ふと視線を感じて顔を向ければ、黒い髪の少年がラルク事を見上げていた。育ちの良さそうな端正な顔をしている。
「何だ?」
「え、あっ、いえ――申し訳ございません」
 本郷 翔(ほんごう・かける)はとっさに視線をつま先へ落とし、頭を下げた。
 ラルクの長身に圧倒されていたのだ。2メートルを越える身長は迫力がある。並んでいると、隣に大きな壁が立ちふさがっているように感じる。
 まだ幼児体型の翔は、男にしてはすんなりとした体型だった。まだ成長気前なのだろう。特有の、中性的な丸みが残っている。裸を見られることには抵抗がないらしい。生白かったりひょろ長いとコンプレックスに思って脱ぎたがらないやつもいるが、この少年にはそう言った陰は見えない。
 翔はボタンを外し、シャツを脱ぎ捨てると体育着を被った。
 何を見ていたのか――と考えたと気に、今の自分の格好と照らし合わせ、ラルクは髭の生えた顎をなでた。
「あ、これは単にサイズがでっかいからだぜ?」
「はあ……」
 首を出したところでラルクに声を掛けられ、翔は目を瞬く。何の話だろうか。
 続く言葉を待っていると、さらにわけのわからない単語が飛び出した。
「更に言うと褌だしな。俺」
「ふんどし――で、ございますか」
 確かに見たことのない下着だ。
 一方で翔は大きめのトランクスを履いている。ほっそりした足が泳いでいる。
「ああ、これが平常サイズだから問題ない」
「平常……」
 翔は今一話を飲み込めていない。背が伸びたり縮んだりするのだろうか。2人の会話は実のところ全く噛み合っていなかった。それもそのはずだった、翔は身長の高さに圧倒されていたのだが、ラルクは股間についてだと思っていたのだから。

 
 体育館に到着して逢坂 楓(おうさか・かえで)ほっと息をついた。もう測定は始まっている時間だろうが、大幅な遅刻は免れた。同じ様に体育館へ駆け込んでいく生徒の姿を見て胸を撫で下ろす。蒼空学園の広い構内は迷路のようで、ほとほと困り果てていたのだ。校舎のなかで道に迷い、通りすがりの教師へ体育館への道を尋ねたところ、ちょうど測定に参加するとのことで連れて行ってもらうことにしたのだ。
「ありがとうございました。助かりました」
 案内してくれた女性教師へ礼を述べる。確か男子の測定は1階で行われるはずだ。館内へ向かう男子生徒の波に続こうと一歩踏み出そうとすると同時に腕をつかまれた。
「何をしてるの。あなたは2階よ」
「え? だって確か男子は1階って……」
「あら、何だ、知っていたんじゃない。そうよ? 早く行きましょう」
「ちょっと! 先生ッ!! ま、待って! 待ってくださいってば!」
 2階へひきずられそうになり、楓は慌てて声をあげた。そしてやっと気付いた。この教師は自分を女だと思っているのだ。かわいらしい外見に髪をリボンで結んでいる楓は、どう見ても女子にしか見えない。楓の手を掴み、2階へ上がろうとする教師の気持ちも分かろうというものだ。女子生徒が続々と2階へあがっていく。その間を縫い、一段一段自分の足は階段を登っていく。もう測定が始まる時間だからか、教師も楓の言葉を聞き入れずにぐんぐんと進んでいく。

 階段の折り返し部分で壁にもたれている橘 カオル(たちばな・かおる)と目があった。メイリンの身を案じるカオルは、男子の通行が許されているぎりぎりの部分――1階と2階の中間あたりで折り返しになっているスペース――で警備をしていたのだ。何かあったらすぐに駆けつけられる距離に居たかった。
ぱちぱちと目を瞬いていたが、段々とその表情が険しくなる。
「楓――まさかそんな堂々と覗きに来るとは思ってなかったぜ……」
 木刀を突きつけられ、楓は首を横に振った。
「ち、違いますってば! ボクだって好きでここに来たわけじゃ――」
「さてはメイリンを覗くつもりなんだな……メイリンを覗こうってやつはたたきのめす!」
「だから、違うって言ってるだろ!」
「あなた男だったの?」
 殺気だつカオルを尻目に、教師はのほほんとしたものだ。まじまじと顔を覗き込まれる。
「そうですよ! ボクはれっきとした――」
「え? 2階? いや、2階は女性でしょう?」
 似たような状況に陥っている人物がいたようだ。階下を見れば、乳白金の長い髪をした人物が何やら教導団の生徒を相手に抗議している。体育館の1階へ入ろうとした所を止められたようだ。入り口のところで立ち往生している。
「は? 私が? 女性だろって? お・と・こですよ!」
でも……だの、しかし、だの要領を得ない相手に痺れを切らした六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)はローブのポケットに手を突っ込み、ある物を相手の鼻先へ突きつけてやった。
「ほら、身分証明書!」
 これだから軍人気質は困るのだ。融通が利かない。食い入っている学生は、また別の事が目に留まったらしい。身分証と鼎の顔を見比べ不審を浮かべた眼を向けてくる。
「50歳……なんですか」
「あぁ――」
 性別と年齢、ダブルパンチの怪しい要素だ。
うんざりと髪を掻く。
「まぁ、一応生を受けたのは50年前ですよ。そこは良いでしょう、とにかく、身体測定しに来たんですから通して下さい。男ですから、1階ですよね?」
 立ちふさがる生徒の肩を押しのける。身分証をつまみあげ、ポケットにしまった。
「すいません、ボクも行きます」
「あら、ごめんなさいね、私の勘違いで」
「いいか、メイリンの事、絶対のぞくなよ!」
「覗きませんよ!」
楓はあわてて階段を降り、鼎へ声を掛けた。
「お互い苦労しますね」
振り向いた鼎は、その少女のような楓の相貌を見、一瞬で苦笑の意味を理解した。彼の同じ様に性別を間違えられたのだろう。メインイベントである測定を前にどっと疲れてしまった。
「全くですよ」
「それにしても――なんか、視線が痛いです」
 連れたって更衣室へ入ると辺りが騒然とした。
2人の性別を知らない者からすれば、女子が堂々と中へ入ってきたのかと勘違いしたくもなる。教導団の警備があることを考えればすぐに解決しそうなものだが。口笛を吹く者や顔を顰める生徒もいる。空いているロッカーを探し、鼎はローブの袖から腕を抜きハンガーに掛けた。
「外見がこうだと仕方ないですね」
 近くに居た男子生徒と視線が絡む。
ふと思い立ち、眼を細めて妖艶に微笑んで見せれば面白いぐらいにうろたえた。
「あんまり見てると下半身、凍らせますよ?」
 呆れた視線で辺りを一瞥すると服を脱ぐ。その上半身にはサラシが巻かれていた。
 そうとは気付かれぬように、鼎は視線をそっと周囲へとめぐらせる。サラシにはカメラが仕込んである。鼎が身体測定に臨んだ理由は自分の成長を知りたいわけでも、1年に1度の行事だからでもなく、契約者たちの身体データを集めが何よりの目的であった。研究しているクローン体に反映させるためのデータ収集だ。契約者達の身体能力を持ったクローン兵。
「さて、何人分のデータが取れますかね……帰ったら忙しくなりますねぇ。ふふ、ふふふふふ……!」
 肩を揺らす鼎に楓は着替えながら首をかしげた。