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暴走の眠り姫―アリスリモート-

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暴走の眠り姫―アリスリモート-

リアクション

 ――天御柱学院、資料室。(事件発生前)

 ここには過去に解決したミッションの詳細やレポートが納められている。図書室の一部である故にそのレポートに関してわからないことを調べる事もできる。
 勿論紙媒体だけのアナクロな保存媒体からの知識捜索だけではなく、コンピューターも完備しており、ネットでの情報検索も可能だ。
 しかしながら、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)の調べている、強化人間化の手術についての知識を不確定極まりないネットの情報網から詮索するのは難しいだろう。医学面の知識は専門書に頼る必要がある。
 燕馬の手元に有るのは、『アリサ・アレンスキーに施された手術処置について』のレポートだ。先のツァンダにある研究所の捜索にて押収した書類の1つだ。
「燕馬」
 隣で専門書籍を調べる補佐をしているサツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)の声も聞こえない。
 レポートによれば、アリサに施された手術は肉体の改造手術ではなく、脳手術が主である。まず、脳血管と細胞へのマイクロマシンの注入。侵襲式ブレイン・マシン・インタフェース処置による電極とスティモシーバー(脳埋込チップ)の埋め込み。そして術後の向知性薬によるエンドルフィン増強などなど……。
 恐らくは彼女が《精神感応》に特化した強化人間となるべくして施された処置だろう。機械的な脳機能の補助が成されていることがわかった。
 しかし、燕馬の気にしていた処置に関しての記述はなかった。アリサが解離性同一性障害を発症していることからのロボトミー処置は成されていなかったようだ。解離性同一性障害は鬱症状ほか、様々な精神疾患を併発するため、ロボトミー処理がされているのではないかと言う杞憂があった。
 それはタダのアリサへの心配という訳でない。ロボトミーという前頭葉一部をくり抜くという手術が、強化人間全てに適用されているのでは無いか、それ故に強化人間が精神的に不安定なのでは、という漠然とした不安からのものだ。そして、その不安は燕馬の隣に居る強化人間のサツキにも言い換えられるのではないか――。
「――燕馬、聞いています?」
 サツキに何度も名を呼ばれていたことにやっと気づいた。
「ああ、うん……、えーとインターセプターについてだっけ?」
「それはさっき聞きました。……本当らしくないですよ。そんな怖い顔して」
 調べ物をする燕馬は普段の希薄な寝ぼけ顔とは違い、鬼気迫るものだった。サツキの声も届かない位に集中していたことも事実だった。
「まあ、あの少女に対して、何かできないかと考えているんでしょう?」
 サツキの言うあの少女とはアリサの事だ。
 彼女は今日、ウラジオストックから来る極東新大陸研究所本部の研究者に身柄を回収されることに成る。
 彼らにとってアリサが貴重な検体であるのは分かるが、彼女がまた実験漬けにされると思うと何とかしてやりたいと思う。そう思った生徒の内一人が燕馬であり、サツキだった。
「それとも、私と契約したからこそ。なのですか?」
 サツキの言葉に詰まる燕馬。顔を逸らしまた書類へと目線を移す。
 サツキとしては燕馬に「そうだ」と言って欲しかったところだが、彼のその反応を見ただけでも嬉しく思う。
「ココ置いとくよ」
 と、ザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)が新たな専門書を燕馬の傍らにそっと置く。そして、二人の邪魔にならないように直ぐに遠ざかると、「もう少し、ポーカーフェイスを学びたまえよ」と燕馬に対する愚痴を垂れた。
「ま、サツキもまんざらではないみたいだしいいか。邪魔者は補佐に徹しよう」
 再び図書室の書架の影に入っていた。
 ザーフィアの横切った書類棚では、村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)アール・エンディミオン(あーる・えんでぃみおん)がいた。燕馬たちと同じく、アリサの事について調べている。
 蛇々は背が低いため脚立に登って押収ファイルを棚から抜き出していた。アールが「とってやろうか」と言うも「自分で取れるもん!」と素直じゃない。
 二人もまたアリサの事が気がかりだった。特に『α計画』の事について不明瞭なこともあり、レポートを読み返すことにしたのだ。
 しかしながら、先にそれを調べていたリカインや白竜同様。その実験目的に関してはレポートから知り得ることはなかった。
「リカインに着いていけばよかったかな……」
 リカインがまたツァンダの研究所を探ると言っていたのを思い出すが、蛇々としてはカビたパンも動く死体ももう勘弁して欲しいのでついて行かなかった。そういった事はないだろうと分かっていても、怖いのは苦手だ。
 蛇々にとって怖いと言えば、アールのこともだが、アールは蛇々がファイルの出し入れに苦戦している傍らで、黙々と書類を作業的に読んでいた。
「あれ、お二人もですか?」
 薔薇の学舎の生徒が声を掛けてきた。清泉 北都(いずみ・ほくと)だった。彼もリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)を連れて調べ物にきたらしい。この棚へと来ていると言うと、前回の調査記録が目当てのようだ。
「おまえたちもアリサの事を調べにきたのか」
 断定的にアールが訊くと「ええ」と北都が頷いた。
「『α計画』の目的について気になったもので、そういえば、さっきアルテッツァ先生がウラジオストックからきた研究者の方を案内していましたよ」
「ああ、今日が引き渡し日だからな」
 アールの言葉に北都はなるほどと納得する。
「けど、あんたたちが調べにきたの無駄だよ。そのことについて全然レポートがないんだもん」
 蛇々たちも同じ項目で先に調べていた。今のところそれについての調べは芳しくない。
「そうですか……。でもまだ全部調べたわけではないのでしょう?」
 リオンの言うとおり、蛇々とアールだけでは全てを調べ尽くしてはいない。
「では、皆で手分けして調べましょう。もしかしたら見落としを見つけるかもしれえませんし」
 北都の提案に皆頷く。
「私は現代語読めませんので、資料を運ぶのを手伝います。……ん?」
 リオンは何かに気がついたのか、視線を蛇々の開いているファイルに固定した。
「ど、どうした?」
 睨みつけるような目付きのリオンにたじろぐ蛇々。
「北都。これを見てください」
 リオンは北都を呼び、蛇々の手元にあるファイルを北都へと渡した。ファイルのページはアリサの研究に携わっていた研究者の顔写真つきのリストだった。リオンが注目個所を指差す。
「一口 A太郎――、この人さっきアルテッツァ先生が案内していた……」
 どうやら、ツァンダの研究所の生き残りが、この学園に来ているようだ。