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第11章


 『混沌の通路』では、緋柱 透乃とバーサーカー ギギとの戦いが続いていた。
 透乃は、パートナーの緋柱 陽子のブリザードなどによる遠距離攻撃でギギを上手く引き付けている。
 
「ヒャッハーッ!!!」

 ギギは、洞窟の中を透乃の姿を求めて一直線に追い、巨大な斧を振るう。

「おっと、当たらないよっ!!」
 その攻撃をギリギリでかわした透乃。
 さらに、相手が体勢を崩したところで、ギギの盾を掴み、まだ生きているトラップのほうへと放り投げた!!

「ヒャッ?」
 空中でさかさまに吹き飛びながら、ギギは通路のトラップに巻き込まれ、無数の刃の餌食となる。

「やったね!」
 喜ぶ透乃。もちろん、これで倒せるような相手ならば苦労はしない。この隙を逃さずに一気に距離を詰めた。
「一撃必殺!!!」
 透乃の左手がピンク色のオーラに包まれる。チャージブレイクで強化された透乃の『烈火の戦気』による打撃が、ギギの胴体に叩き込まれる。

「……ギ……ギ……」

 胴体に深々と刺さった左拳を引き抜き、透乃は呟く。
「……簡単すぎる、って感じだよね」
 まるで手ごたえがない、せっかく本気の殺し合いができると思ったら、こんなものではまるで欲求不満だ。

 その時、洞窟の奥から振動が響いてきた。
「……透乃ちゃん、何の音ですか?」
「……わかんない、けど……」
 透乃は感じていた。通路の奥から怒涛のように押し寄せる、これ以上ない殺気を。


「ヒャッハー!!!」


 通路の奥から溢れてきたのは、バーサーカー ギギの大群だった。

「なっ!?」
 さすがの透乃もこれには驚いた。
 先ほど倒したギギと同じ姿をした数十体の魔物が、通路の奥からやって来たのである。
 しかも、それぞれが互いに打ち合ったり、斬り合ったりと仲間割れのような状態であった。

 そもそも、バーサーカー ギギという存在について語らなければならない。
 ギギは、全ての生命を殺戮する目的を持ってDトゥルーによって造られた人工魔族である。
 一人のギギが敗れるとまた一人のギギが自動的に生成され、いつまでも殺戮を続ける恐怖の兵隊なのだ。

 だが、Dトゥルーが眠りについたことにより、数千年の間その機能は停止したままだった。
 その機能が、暴走したのだ。
 何故か――それはザナドゥ時空に巻き込まれた茅野 菫(ちの・すみれ)の仕業だった。
 菫自身もザナドゥ時空の影響を色濃く受けて我を見失い、すっかりギギに同調してしまったのである。
 しかし、菫の精神もまたギギに影響を強く与え、全ての生命を殺戮するという使命を果たすには、ブラックタワーへと至りDトゥルーを倒すしかない、という認識を植えつけてしまったのである。

「ひゃっはーーー!!! 敵はブラックタワーにありーーーっ!!!」
 すっかり出来上がった菫がギギの頭上に乗って叫んだ。
 見ると、同じようにザナドゥ時空に飲み込まれたティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)は、数十体のギギを従えて進行しようとしている。
 いや、今のティアはティア・ユースティではなく、『大魔女ティアドーラ』であった。

「ふわははは!! 1億7千万年の眠りから醒めてみれば、幸いにしてパラミタ侵攻の真っ最中!!
 ギギよ、人間どもをマッシュポテトにしてやりな!!」

 大魔女的なコスチュームに身を包んだティアは、空飛ぶ魔法をかけた自転車に乗り、ギギに指令を出す。
 実際のところギギは完全に暴走しているので誰かの命令を聞いているわけではないが、人間をマッシュポテトにするのはお手の物だ。

 そして、そこに颯爽と現れる一人のヒーロー!!

「待て、大魔女ティアドーラ!!」
 現れたのは風森 巽(かぜもり・たつみ)、またの名を『蒼空刑事ツァンダー』である!!


「何これ」
 という、透乃の呟きも届かない。


「まさか大魔女ティアドーラが復活していようとは……焼成!!」
 変身の掛け声と共に、1ミリ秒で巽の身体にコンバットスーツが装着される。
「さあギギ、やっておしまい!!」
 ティアドーラの掛け声と共に、蒼空刑事ツァンダーにギギが襲い掛かってきた。
 そのギギをビデオレーザーガンで狙い撃つツァンダー、ここに最後の戦いが始まろうとしていた!!


「だから、何これ」


 再び呟く透乃。とはいえ、周囲のギギは見境なく襲ってくるので、こちらものんびりとヒーローショーを観戦しているわけにはいかない。
「ま、しょうがないね!! こうなったら、徹底的にやっちゃうよ!!」
 拳を鳴らして手近なギギへと殴りかかる透乃。それをサポートする陽子もまた、ザナドゥ時空へと飲み込まれていくのだった。


                    ☆


 一方、こちらは混沌の通路の奥にあるひとつの部屋。

「あっれー……おっかしいなー……」
 山本 ミナギ(やまもと・みなぎ)は呟いた。
 いつも自分が主人公じゃないと気のすまないミナギは、Dトゥルーなる魔族がツァンダ付近の山を占拠したと聞いて、早速タワー前へと行こうと思っていたのだが。
 パートナーの獅子神 玲(ししがみ・あきら)が混沌の通路に入っていくのを目撃し、その後をつけたのである。
「こっちに来たと思ったんだけど……」
 と、その部屋を覗いたミナギは愕然とした。


「――あ、玲!! なにやってんのよ!!」


 玲は、その部屋の中にいた。
 その部屋の中には、大きな心臓のようなものがあり、小さな広間になっている部屋の中に赤い血管のようなものを張り巡らせている。
 心臓には小さな袋上の器官がいくつもついており、その中から何秒かに一体の割合でバーサーカー ギギが産まれて来ていた。

 ギギは、本能的に生命あるものに襲い掛かろうとする性質がある。

 その危険な部屋に、獅子神 玲はいた。
「――はぁ……はぁっ!!」
 玲の息が荒い。
 その部屋の中で、玲は次々と産まれ来るギギとひたすらに殴り合っていた。

 それは、もはや戦いとも呼べないような殴り合い。
 玲が握っているのは、かつては一振りの鎌『フィーネ』だったという『フィーネだったモノ』である。だが、その刃はすでに失われ、そこにあるのは3メートルほどの長さの黒曜石の棒のようなモノだった。

 その棒で、産まれたばかりのギギと殴り合っている。
 産まれたばかりのギギはまだ力が弱い。
 そのギギと、戦術も戦法もなく、ただ狂気に任せて殴り合っていた。

「ふ……はは……はは……」
 鬼神力で自らの肉体を強化した玲は、無機質な笑いを浮かべながらひたすらにギギと殺しあっていた。
 玲の足元にはすでに数十体のギギの死体が転がり、玲の衣服もべったりと血で汚れていた。
 『フィーネだったモノ』は、元は悪魔の鎌だったもの。それゆえ、未だにおびただしい数の呪われた魂がこびりついており、手にする者を狂気へと誘うのだ。

「コレが言っている……もっと殺せと……もっと狂えと……」

 玲の瞳にはもう何も映っていない。ただ、目の前にいる敵が襲ってくるから殴りあうだけ、殺しあうだけ。
 そんな不毛な闘いに、しかし玲はその身を投じていた。


「玲……!! もうやめるんだ!!」


 また一人、新しいギギを葬った玲の背中に、ミナギが抱きついてその動きを止めた。
「……だ……れ……?」
 辛うじて振り向いた玲。
「ばっかやろう!! 何してるんだよ!! いつも言ってるだろ、玲はあたしの部下だって!!」
 また一人、新しいギギが生まれようとしている。だが、そんなことはお構いなしに、ミナギは叫んだ。
「契約した時に言ったじゃないか!! あんたを絶対見捨てやしない、衣食住全部面倒見てやるって!! だから、こんなとこにいちゃダメだ!!」
 うつろな瞳のまま、玲は呟く。
「でも……私は金色の鬼の末裔……鬼の血の下に……狂った血の下に……」
 玲の手は『フィーネだったモノ』から離れない。ミナギは、その血塗られた棒を、玲の手の上から握り込んだ。

「ふざけないで!! こんなモノの言いなりになってるんじゃないよ!!
 あたしはあんたのパートナーだ!! あんたはあたしのパートナーだ!!
 この山本 ミナギ様のパートナーが――こんなモノに負けるなんて認めない!!」

 ミナギの瞳が、まっすぐに玲を睨みつける。
 徐々に、玲の瞳に生気が戻りつつあった。
「……ミナ……ギ……」
 ようやく、玲がミナギの名を呼んだ。
「……へっ、ようやく正気に戻ったか……珍しいこともあるもんだね、あんたがあたしの名前を呼ぶなんて!!」

 その笑顔に、玲の頬に赤みが差した。
 その時、べちゃりと音がして心臓の袋のひとつから、またひとりのギギが産み落とされる。

「うっわ……気持ち悪い……」

 ミナギの呟きに、玲は苦笑いをした。
「……そうだな。さっさと終わりにしようか」
 ミナギと共に握ったままの『フィーネだったモノ』をさらに強く握り、玲は大きく振りかぶった。
 その玲に、ミナギは笑顔で返す。


「そうだねっ!! さっさと終わらせて帰ろう!! あたしおなか減ったよ!!」
 その一言に、玲もまたほんの少しだけの、笑顔を返すのだった。


                    ☆


 玲とミナギがギギの発生装置である巨大な心臓を破壊した時、まだ大魔女ティアドーラと、蒼空刑事ツァンダーの戦いは続いていた。

「覚悟しろティアドーラ!! お前を倒して俺は、ギギの腕輪を手に入れる!!」
 叫んだ巽の一言に、陽子が、最初に倒されたギギがしていた首輪を取り上げた。
「ギギの腕輪って……これのことですか? でもこれ、首輪ですよね」
 ちなみにそれが『虹水晶』である。
 ギギは構造上、相当数の数まで増殖することができるが、ギギ全体としての魔力には限界があるため、数が増えれば増えるほど一体ごとの強さは弱くなっていく。

 透乃がギギを最初に倒したとき、すでに暴走が始まっていたため、一体ごとの力は弱く物足りなく感じたのである。

 だが、陽子が手にした首輪を横目に、巽は叫んだ。
「いいや違う!! 『ギギ』といえば『腕輪』と相場が決まってるんだ!! というか敵が持ってるならガガじゃないのかよ!!」


 そんなこと言われましても。


 もはや陽子には巽が何を言っているのかは支離滅裂で全く理解ができないが、少なくとも巽がこの首輪を欲していないことは判った。
「陽子ちゃん?」
 と、他のギギと次々に殴り合って闘いを思う存分楽しんでいる遠野から、声がかかって、陽子もまたその首輪を放り出したのだった。


 そのくびわは宙を舞い、通路の奥からやって来た霧島 春美とディオネア・マスキプラの足元に転がった。
「あ、春美!! これが『虹水晶』だよ!!」
 ディオネアは首輪を拾い上げ、春美に渡す。
「え? あら本当、ラッキーだね☆」
 と、傍らのスプリングに首輪を渡す。
 そのスプリングはというと、やや呆然とした様子で通路を眺めていた。
 春美とディオネアは、自分を魔族の手先と想いこんでしまったスプリングのため、いっそギギをやっつけてこの通路を乗っ取ってしまおうと提案したのである。
 そして、ウサ耳スプリングと、ウサ耳春美と、天然ウサ耳ディオネアで、『ウサ耳悪魔チーム』まで結成したのであるが。


「……何というか、それどころじゃない気がしてきたでピョン……というか、私は何をして……」


 同行していた天城 一輝は、そのスプリングの様子にいち早く気付いた。
「あ……ひょっとして、ザナドゥ時空の影響が弱くなっているんじゃないか?」
 一輝がスプリングにつけさせたデスプルーフリングの効力だろうか、次第にスプリングは正気を取り戻していたのである。
「あ……そっか。じゃあ悪魔ごっこもこれでお終いだね!! 私っち、普通のウサ耳少女に戻りましょう!!」
 虹水晶を手にスプリングにウィンクして見せた春美に、今までの自分の行動を思い出したスプリングは、頭を抱えてみせるのだった。


「は……はは……私としたことが……ん? あれは誰でピョン?」


 スプリングが気付くと、そこかしこで戦闘が行なわれていた通路の向こうから、誰かがやって来るのが見えた。

「――誰っ!? いいえ誰だって構わない、ギギ、やっておしまい!!」
 すでに自身もザナドゥ時空に飲み込まれつつある菫が叫ぶと、その人影――木崎 光(きさき・こう)は、静かに目を開いた。


「やはり……ここにいたか……俺が感じた波動は……やはり、間違っていなかった……」
 この混戦した場所に、光の静かな佇まいは似つかわしくない。
 まるでそよ風のような静かな声で、光は告げた。


「さあ……始めようじゃないか……どちらがよりヒャッハー族の生き残りとしてふさわしいか、
 どちらのヒャッハーがこの世界に生き残れるのか、その存亡を賭けた闘いを!!」



「……はい?」
 菫が思わず声を上げた。
 光の言っている事がいまひとつ理解できないのだ。

 ここで、『ヒャッハー族』なるものについて説明しなくてはならない。
 ヒャッハー族とは、1万二千年前海の底へと沈んだムムムー大陸にヒャッハーな感じに暮らしていた一族である。
 その人々は、日々ヒャッハーを信条として生き、大陸が沈むまでヒャッハーと栄華を極めたという。

 光はそのヒャッハー族の最後の生き残りとしていたが、数千年の眠りから醒めたギギに同じヒャッハー族の波動を感じ、導かれるままにこの混沌にやって来たのである。


 まあ無茶を言うなと。


 もちろん、ヒャッハー族に関してはザナドゥ時空に巻き込まれた光の妄想に近い話なのだが、全てのヒャッハーの根源であることを自認するギギには、到底無視できる話ではない。
 近くにいたギギたちは、一斉に光のほうへと向き直った。
 その様子に満足した光は、闘いの合図をする。

「良かろう、ならヒャッハー族の誇りにかけて……ヒャッハー勝負だ!!


                    ☆


 椿 薫はまだ、混沌の通路の入り口付近から少し入り込んだところで、混浴温泉を探していた。
「んー……見つからないでござるな……」
 まあ、ないものは見つからなくて当然なのだが、壁に耳をあてて向こう側に温泉が隠されていないか探っていた薫は、軽い地響きと共に通路の奥から聞こえてくる音に気付く。


 それは、『ヒャッハー』と叫び続ける人間の声だった。


「ど、どうなってるの!?」
 コレットは驚きの声を上げた。
 光が提示したヒャッハー勝負とは、互いにヒャッハーと叫び続けてどちらのヒャッハーがより大きく、長く残響音を残せるかという勝負である。
 問題は、相手のギギが今や通路一杯にひしめくほどの数が集まっていて、すでに生産がストップしていたとはいえ、全てのギギがそこに集まっていたのである。

 そのギギと光が一斉に、ひたすら『ヒャッハー!!』と叫び出したのだからたまらない。

 通路のなかでその声は反響し、中にいる人間の鼓膜に悲鳴を上げさせる。
 だが、悲鳴を上げているのは人間の鼓膜だけではなかった。

「これ……ヤバくない?」
 透乃も声を上げる。空気が震度している。
 その空気の振動は通路に伝わり、次第に地面の揺れとして感じられるまでになっていった。

「壁が!!」
 大魔女ティアドーラが叫ぶ。岩盤を模して造られた混沌の通路の壁にヒビが入り始めているのだ。
「……くっ、戦いはここまでか……だが覚えておけ、俺は必ず貴様らの野望を砕いてみせる!!」
 と、巽――蒼空刑事ツァンダーは大魔女ティアドーラに宣言した。
「ふっふっふ……次に会う時を楽しみにしているぞ、ツァンダー!!」
 と言って、大魔女ティアドーラは通路の奥へと姿を消した。
「……これはいかん、脱出しないと!!」
 巽は、徐々に激しく揺れ始めた通路を走り始めた。
 ちなみに、すでに大魔女ティアドーラは通路の奥からブラックタワー内部へと脱出したようである。


「脱出だ!! 通路が崩れるぞ!!」
 誰かが叫んだ。通路の天井にもヒビが入り始めている。このまま振動が続けば崩落するのは時間の問題だった。

 通路に侵入していたコントラクター達は一斉に逃げ出した。ある者は、入ってきた通路から。ある者は、通路奥の出口から。


 そんな中、ギギは叫んだ。
『ヒャッハーーーッ!!』
 光も叫んだ。
「ヒャッハーーーーーーッッ!!」
 負けじと叫び返すギギの集団。
『ヒャッハーーーーーーーーーーッッッ!!!』
 だが、ヒャッハー族の威信にかけて、光も負けるわけにはいかない。
「ヒャッハーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」


 それが、『混沌の通路』へのトドメだった。