リアクション
「待ちなさーーーい!!」 ☆ ☆ ☆ 笹飾りくんはとっとことっとこ町を行く。 守護者がいない今がねらいどき。 とっとことっとこ歩く彼とすれ違う、だれもがおいしそうな獲物を見る野獣の目で彼を見ている――気がする。 「あぶない! 笹飾りくんさん!」 と、そんな彼を、横から伸びた手がいきなり路地裏へと引っ張り込んだ。 笹飾りくんを地面に伏せさせ、ばっと身をかぶせて彼をかばう。 むに、と豊満な胸で押しつぶし、そのままじーーーっと数十秒。 「ふう。無事やりすごせたようですわね」 身を起こし、額の汗をぬぐったのは藍玉 美海(あいだま・みうみ)だった。 「あなたはお気づきになられなかったかもしれませんが、今、あなたを狙う怪しい影がずっとあとをつけていたのです! ええ、それは本当に身震いするほどおそろしい、おぞましい者でした! 身の丈数メートルはあろうかという巨体で、全身毛が全く生えてなくて、上半身素っ裸で街の中を歩くような変態で、しかも角まで生えていて! もう笹飾りくんなんかひと口で丸のみしちゃいそうなむくつけきやからですわ!」 ――ええと。それ人間デスカ? 「本当です! わたくし、この目で見たんです! でもご安心くださいな! 悪漢はひとまずやりすごすことができました! ですがこちらの道に戻っては、またやつに遭遇しないとも限りません。ぜひこの路地の反対側からお出になってくださいませ」 笹飾りくんを助け起こし、その背を追し出す。 押されるまま、そちら側にとっとこ歩き出した笹飾りくんだったが――。 「笹飾りくん、覚悟っ」 路地に置かれていたダンボール陰から、いきなり少女が飛び出した。 「!」 「えーいっ」 久世 沙幸(くぜ・さゆき)の放った棒手裏剣が、見事ひもを切って中くらいサイズの瓶を落とす。 ひゅっと弧を描いて落ちた瓶をキャッチしたのは、美海だった。 「やった! やったわ、ねーさま! 作戦通り!」 ぴょんぴょん飛び跳ねながら沙幸が横に駆けつける。 「ね? ね? うまくいったでしょう? ねーさまが路地に誘い込んで、私が瓶を落とすの」 「そうね。でも沙幸さん、先に声をかけてはせっかくの不意打ちがだいなしですわ」 「あ、そっか」 「それに、不意打ちをされるのでしたら、物陰から飛び出してはなりません。今回はたまたま運良く成功しましたが、あの時点で返り討ちにあっていておかしくなかったんですのよ?」 「あー……ごめんなさい…」 美海からの指摘に、せっかくの成功の喜びも泡と消え、しおしおになってしまう沙幸。 「まぁ沙幸さん。沙幸さんが大切で、無茶してほしくないから言ってるんですわ。 ああ、沙幸さんがご無事で本当によかった」 美海にぎゅーっとハグされて、沙幸の顔に再び笑顔が戻る。 「えへへ」 先から一歩も動かず、呆然と(?)見送る笹飾りくんの前、きゃっきゃうふふしながら2人は去って行く。 「ねえ、ねーさま。このお薬、どうするの? ねーさま女の人だし、必要ないと思うんだけど」 「これはね、とってもとってもかわいい方に飲んでいただくの」 「……えっ」 きっと手に入れれば気がすむのだろう、そう思っていた沙幸は、予想外の返事にとまどってしまう。 それを目ざとく見抜いた美海の指が、沙幸のあごを持ち上げた。 「あらあら。沙幸さん、どうなさったの? そのようなお顔になられて。こんなにいつもそばにいて尽くしているわたくしの誠意を、まさかお疑いになられるの?」 目が、きらりと意地悪い光を放つ。 「ね、ねーさま、そんなこと…」 「ふふ。これは到底放ってはおけませんわね。どんなことも、小さなほころびから始まるんですもの。幸い、まだ時間はありますわ」 ここから一番近い所はどこかしら? 「え? あ、あの、ねーさま、どこに――」 路地を出て右に折れた2人の姿は、そこで見えなくなる。 「…………」 笹飾りくんはくるりと前に向き直り、反対側からとっとこ路地を出ていったのだった。 ☆ ☆ ☆ 「今だ、雲母。だれもいない」 きょろきょろ辺りを見回し、由唯・アザトース(ゆい・あざとーす)は樫黒 雲母(かしぐろ・うんも)を手招きした。 「ほら、チャンスチャンス。行って、笹飾りくんにお願いして薬をわけてもらいなさい」 「う、うん…」 雲母はおずおずと由唯の隣にまで歩を進めたが、そこから一歩も進もうとしなかった。 どうやら勇気が出ないらしい。 パッと行って、笹竹につるしてある瓶の1つをくれ、と言うだけなのに、なぜそんなにためらうのか? 相手は特に怖い風貌をしているというわけでもないのに。 由唯は全く理解ができなくて、内心何十回目かのため息をつく。 なにしろもうかれこれ数時間――実を言うと、笹飾りくんが校舎を出てからずっと――あとをつけっぱなしなのだ。 ただただ数メートル後ろをついて歩くだけということに、嫌気がさしても当然だろう。 特に、薬が目当てでも何でもない、ただの付き添い人の由唯としては。 「代わりに私が行ってやろうか?」 「駄目、です。これは私の願いなんですから。私が自分でかなえないと、意味ないんです」 答える間も、雲母の目は笹飾りくんから離れない。 そう言われると、由唯としては退かざるを得ないわけで。 (そこまで思いつめているんだったら、行けると思うんだがなぁ) 人の心は摩訶不思議。 最初の一歩がどうしても踏み出せない。 たとえそれが、他の者には簡単に思えることでも。 だがいいかげん、理解を示すにも限界はある。 牙竜やその他襲撃者たちがいたときはともかく、笹飾りくん1人になってももじもじしながら遠巻きに様子を伺うだけの雲母に、ついに由唯のイライラは頂点に達した。 (駄目だ、こいつが自発的に動くのを待ってたら日が暮れる!) ヘタしたら帰宅した笹飾りくんの窓をぼーっと外から眺めるだけのストーカーになりかねない! 由唯の手から邪神の呪痣が飛び立った。 「あっ、由唯?」 「今からあのブラックバタフライが一番下につるされている瓶の紐を切る。それを拾ってやって、話しかけるきっかけにするといい」 本当は、その瓶を持って逃げるのが簡単なのだが、きっと雲母は良しとしないに違いない。 邪神の呪痣が、今まさに背後から急襲しようとした、そのとき。 サンダーブラストの白光が邪神の呪痣を撃ち落とした。 「――ちッ、守護者がいたのか!」 サンダーブラストのきた方向を見る由唯。そこには漆黒の杖を構えた御凪 真人(みなぎ・まこと)とトーマ・サイオン(とーま・さいおん)がいた。 「……まさか、あんな眉つば話を本気にする人が本当にいたなんて」 由唯を見返しつつ、真人はつぶやいた。 笹飾りくんの持つ非合法の薬によって女体化した者がいる。 そのうわさをトーマから聞いたとき、真人は全く信じなかった。 薬を飲んだくらいで性別が変わるなんてあり得ない。うわさなんていうのはとかく大げさなもので、そして広まるにつれて伝言ゲームのように内容が全くの別物に変化していて当然。 「さあトーマ、くだらないうわさ話はそのくらいにして。次の授業は理科室です。教室移動しましょう」 「ほーい。 でもさぁ、ほんとだったらこんな面白い話ないよね! まだ持ってるのかなぁ? その笹飾りくんってヤツ」 教科書をまとめながら目をきらきらさせているトーマを見て、初めて真人は事の重大さに思い当たった。 うわさの真偽はともかく、女体化薬を持っているという推論から笹飾りくんが狙われるのではないか。 思いつくと妙に気になって頭から離れなくなり、確認に来てみれば案の定、というわけだった。 「それが何であれ、薬は彼のものです。彼の許可なく奪うことは許しません」 「いや、私はべつに奪いたくてしたわけでは――」 「トーマ、彼女は俺が食い止めます。きみは笹飾りくんを安全な場所へ」 「うん、分かった!」 たたたっとトーマが笹飾りくんに駆け寄り、その手を取って駆け出した。 「あっ、待てっ!」 行かせまいと、つい由唯は黒き仔山羊を放ってしまう。 「うわあっ!」 アンデッド:レイスにまとわりつかれたトーマは、立っておれずその場に膝をついた。 同じく笹飾りくんも、四つん這いになって怖気に身を震わせている。 それを見て、真人の表情が硬化した。 「なんてことを! 許しません!」 爆発的な怒りの力で発動したブリザードがうなりを上げて由唯に向かう! 「くそ!」 由唯は即座にファイアストームをぶつけて相殺した。 自分の対処がまずかったことは自覚していたが、ここで逃げるわけにもいかない。 「由唯…」 「離れていろ、雲母。こいつの相手は私が引き受けた。その隙におまえは笹飾りくんから薬をもらうんだ。分かったな?」 紅の魔眼を発動させた由唯は、返事を聞くことなく左に走った。 「くらえ!」 腐敗の呪杖――ワンド・オブ・ニュクスが振り切られる。 魔眼により強化された酸の霧が、真人を襲った。 「兄ちゃん!」 ぶるぶる震えている笹飾りくんの背をさすっていた手を止めて、思わずトーマは叫んだ。 彼の前、幾度も修羅場をくぐり抜けてきた経験のある真人は冷静に対処し、酸の霧を避けたあとこれをブリザードで散らす。 彼もまた、紅の魔眼を発動させていた。そして周囲への被害を気にかけてか氷雪比翼で上空に上がったのを見て、トーマはほうっと詰めていた息を吐き出した。 「兄ちゃんは大丈夫だな。つえーもん」 納得し、心配するのをやめた途端に彼の中にムクムクと湧き上がったのは、笹飾りくんの持つ薬への興味だった。 何しろここはパラミタ。どんな不思議な薬があったって全然おかしくない。 「なぁなぁ、笹飾りくん。ほんとにこの薬って、男の体を女に変えるのか?」 笹竹にぶら下がった大中小いろいろな瓶を見上げる。 「……?」 「兄ちゃんは信じなかったけど、オイラは信じる! だからこれ、1本くれないか? 兄ちゃんに飲ませてやりたいんだ。きっと兄ちゃんだって、実際に自分の体が女になったら信じると思うし!」 ――ってまたとんでもないことを。 真人が聞いたら激怒しそうなことを平然と口にして、トーマは笹竹にぶら下がった瓶の中でも超特大サイズ、一升瓶に手を伸ばす。 「んん〜〜〜っ」 もう少し。 つま先立ちして、ようやく指が瓶の底に触れた瞬間。 「あーっちゃっちゃっちゃっちゃーっ!?」 パッと背中の中央が燃え上がった。 「これこれ。おいたはいけないよ、少年」 そんな言葉がくすくす笑いとともに背後で起きる。 いつの間にこんなに接近されていたのか……トーマも殺気看破は一応発動させてはいたのだが、すっかり瓶の方に夢中になって気付けていなかった。 「守護すると見せかけて泥棒かい? そんなセコいことを考える子には、お仕置きが必要だな。幸い、そのための道具は豊富に用意してある」 背中のリュックをパカッと開け、中身を見せる毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)。 中には毒入り試験管をはじめ、拷問用としか思えない武器がいろいろいろいろギッシリ詰まっている。 「このほかにも先のような焔のフラワシのソリッド・フレイムもいる。きみには見えないだろうけどね、すぐ隣にいるんだよ」 「!!」 大佐の言葉にゾッとして、トーマはパッと今いる位置から飛び退く。 その素直な反応に、大佐は肩を震わせてますます笑った。 「きみに選ばせてあげてもいいよ。どれでお仕置きされたい? おすすめは、この如意鉄棍での尻叩きかな?」 持ち上げられた20センチほどの鉄棒が、見せつけるように大佐の手の中で1メートル級に伸びた。 その目、その表情。どう見てもサドっ気満載である。 トーマ、最大のピーンチ。 真人は強敵との戦闘に集中しており、それどころじゃない。 彼は口元に手をあてると胸いっぱい空気を吸い込み、叫んだ。 「キャー!! 人殺しよー!! 子どもが狙われてるわー!! だれかたっけてー!!」 とーまは たすけを よんだ▼ |
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