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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)
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第7章 迎賓館〜アナト

 黒服に身を包み、廊下を歩く少年がいた。 
 黒いジャケット、白いシャツ、グレーのバックレスベストに白手袋。もちろん足元は革靴だ。
 だれがどう見ても黒服執事。
 完璧な扮装だった。以前リドの町でナハル・ハダド邸に潜り込んだ際、顔見知りになっていた(?)メイドさんから半ば強引に借りた服。クラシカルでありながら洗練されており、これにはトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)も大満足だったのだが。
 問題は、黒ネクタイだった。
(うーん。失敗したかも)
 ピッタリ貼りついた襟の具合がどうにもよろしくない。収まりが悪いというか……首を絞めつけているような気がして仕方ないのだ。
 のどと襟の間に指を突っ込み、グイグイ引っ張って隙間を調節する。着替えて以来、何度目か。
 いっそ、ネクタイはなしにするか?
「いや、そうするとトータルコーディネートがなぁ……」
 そんなことをぼやきつつ、曲がった角の向こう。お目当ての女性、アナト=ユテ・アーンセトの後ろ姿を見つけて駆け寄ろうとし――彼女が1人でないことに気付いて、走る速度をゆるめた。
 彼女以外に見せるには、あまりに無防備にはしゃぎすぎだと思ったのだ。それに、どうせ見せるならあまりほかに人がいないときがいい。トライブはそう考え、こそっと柱の影に隠れた。
 アナトと話し込んでいたのは、彼も見知った相手クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)だった。
「……ええ、覚えていますわ。サンドアートのとき、例の競技を取り仕切っておられた方でしょう?」
「あのとき、あなたは主催者の1人でご多忙のようでしたから、あえてあいさつは控えさせていただきました。申し訳ありません」
「まぁ。いいえ。きちんとこちらの女性の方がごあいさつに来てくださいましたわ。ねぇ? ヴァルナさん、とおっしゃいましたかしら?」
 クレーメックの一歩後ろに控えていた島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)に、にっこりと笑いかける。
 そうなのか? という目で見るクレーメック。
「ええ。だって、製作物の申請書を提出して許可をいただかないといけなかったでしょう? そのとき受付にアナトさんがいらっしゃったから、ごあいさつをしておいたのよ。
 おひさしぶりです、アナトさん。あのときはお世話になりました」
 しばしの間、サンドアートでのあれやこれやを談笑する3人。
「何の話をしておるのかと思えば、サンドアートか! 懐かしいのう」
 話を聞きつけ、割り入ってきたのは本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)だった。
 ドアを開き、廊下に出てくる。
「わらわはあそこで安土城天守を作ったのじゃ。東カナンの者にもすこぶる好評で、バァルなど、これはシャンバラにあるのかと言うて、本物を見たがっておったわ」
「うう……待ってよ、揚羽。まだうまく止めきれなくて……」
 開いたドアの向こうでは、まるでヴィクトリア時代を彷彿させる、シックでクラシカルなロングドレスのメイド服に着替えた姫宮 みこと(ひめみや・みこと)が一生懸命、一列に並んだ小さな貝殻ボタンの一番上をとめようとしていた。
「なんじゃ、さる。まだできておらなんだか。ほとほと不器用じゃのう」
 揚羽があきれて腰に手をつく。
「あら。とてもよく似合うわ、みことさん。サイズもぴったりね」
「ありがとうございます。お待たせして、すみません」
 そう言う間も俯いて、ボタンをどうにかしようとしているのだが、一向に成果はかんばしくない。なにしろ、あごに近すぎて全然目に見えないのだ。
 指先だけが頼りのこの作業。しかしボタンもボタン穴も小さくて、うまくはまってくれなかった。
「手をどけてください。私がしてあげましょう」
 にこやかに申し出たヴァルナが、一番上の貝殻ボタンをとめ、その上のホックをはめる。
「あ、ありがとうございます……」
 ヴァルナのひんやりとしてなめらかな指の感触に、頬を赤らめるみこと。
「それで、今夜のことなんだけど」
 じれたように、それまで無言で後ろに控えていた島本 優子(しまもと・ゆうこ)がずいっと前に出た。
「今夜?」
「そう。会談で、私たちもメイドとして参加させてもらいたいのよ。あ、でも、このメイド服はナシね」
 ちら、とみことの着たメイド服を見る。
 ふくらはぎの中ほどまでくるロングドレスにエプロン、ガーターストッキング、のどや手首についた無数の貝殻ボタン――どう見ても動きにくそうだ。いざというときこれでは困る。
「メイドの格好しないと入れないっていうんだったら我慢するけど、できるならしたくないわ」
 アナトはそのことを検討するように少し考え込んだ。
「あなた方は会談に参加したいと言えば参加させてもらえる立場ですから、服装にはこだわらなくていいと思いますわ」
「テーブルにつかなくても?」
「ええ」
 やった!
「じゃあ私、これで参加するわね。動きやすいもの」
 にんまりする優子。
「優子ったら、現金なんだから……。
 甘えついでにもう1つ、私からもいいでしょうか」
 横についていた三田 麗子(みた・れいこ)が切り出した。
「何でしょう?」
「会談に使用される部屋の壁に爆薬を埋め込む許可がほしいんです」
 これにはアナトもびっくりした。思わず目を丸くしてしまう。
「何のためにですか?」
「非常時に、出入り口を使わずに室内に出入り可能な穴を穿ち抜けるようにです。どんな襲撃が起きようとも、すみやかにあなた方を避難させることができる退路を確保するために」
 それを聞いて、アナトはやんわりと首を振った。
「あの部屋には今夜、あなた方と同じシャンバラ人の方がたくさんいらっしゃいます。騎士様方もいらっしゃいます。そのような場で、どんな恐ろしいことが起きるというのでしょう?」
「どのようなことであれ、決して起きないということは存在しません。あらゆることを想定し、前もって対策を打っておく必要があるのです」
 答えたのはクレーメックだった。
「でも、あなた方が守ってくださるのでしょう?」
「それは――」
「なら、私は安心してあの場に座っていられますわ。
 それでもなお、壁に爆薬を設置したいというのでしたら、バァル様におっしゃってください。迎賓館の持ち主はバァル様です。バァル様がお許しになればわたしにはどうこう言えませんけれど……おそらく、お許しにはなられないと思います」



 クレーメックたちがいなくなったあと。
「……姐さんってさ、つくづく猫っかぶりだよね」
 トライブが、ひょこっと柱の影から姿を現した。
「あら、トライブ。あなたも来てたの!」
 親しい友人を目にした喜びにアナトの表情が生き生きと輝く。あきらかに先までの凛とした、育ちの良いお姫さま然とした様子はどこにもない。
(まぁ、これはこれでいいけどー)
 と、やおらアナトがプッと吹き出した。
「なぁに? その格好」
 あ。思い出した。
「似合う?」
「似合う似合う」
 ぱちぱちぱち。くるっと一回転して見せたトライブに、手を叩いてアナト大喜び。
「ね! 似合うわよね!」
 みことや揚羽にも同意を求める。
「あー、まぁ、馬子にも衣装ってとこじゃな」
「……揚羽。執事服でそれはないでしょう。晴れ着じゃないんですから」
 こそこそっとみことが注意する。
 しっかり聞きとったトライブだったが、肝心のアナトが思った以上にウケてくれたので、まぁよしとしておくことにした。
「ちょっとこれを持ってていただける?」
 両手で持っていた、折りたたまれた洗濯物ののような布の山をみことに渡したアナトは
「じっとしててね、トライブ。すっかり崩れちゃってるわ」
 しゅるっと黒ネクタイを抜いて、結び直し始める。
「さあ、これでよし、と。
 それで、どうしたの? こんな格好して。これ、うちの執事服よね?」
「それはもちろん、アーンセト家の執事として、アナトお嬢さまにお仕えするためです」
 とりすまして言うトライブに、今度こそアナトは盛大に吹き出した。
 腹を抱えて大笑い。
「あなたがそんなことを言いだすなんて!」
 何か悪い物でも口にした? とまで言う始末。
「戦争が長引けば、またアナトお嬢さまのご結婚が先延ばしにされてしまいますので」
 みことに預けてあった荷物を受け取ろうとした彼女の先を奪って、自分が持った。
 パーフェクトな執事としては、大切なお嬢さまにスプーン以上に重い荷物を持たせてはならないのだ。
「まぁ。めずらしく殊勝なことを言うのね。あなたがそんなにわたしのことを気遣ってくれているとは知らなかったわ」
「私の望みはただひとつ。お嬢さまの幸せでございます」
「あらあら。それはどうもありがとう」
 くすくす笑いながら、4人は廊下を歩いて行った。