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悪意の仮面

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悪意の仮面

リアクション


第2章

 夜の闇が空京を包む。
 街灯の明かりも届かぬ廃工場で、蔵部 食人(くらべ・はみと)は漆黒の仮面にあつらえたかのような黒衣に身を包んでいた。
「こんな世界は間違っている!」
 仮面の奥の瞳には、暗い決意が滾っていた。


「廃工場を占拠って。どんな動機だか知らないけど、刑事ドラマの見過ぎじゃあないの?」
 その敷地のわずかに外。セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、月を背後にそびえる工場を見上げて呟いた。
「仮面を着けたことが直接の原因としても、元からの性格が行動に反映されるはずだから……この工場を占拠したことにも、何か理由があるはずよ」
 その隣でセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が呟く。共に服装は水着である。夏らしくはあるが、市内であまり見かける格好ではない。
「ふうん……工場で作られてるものに、よっぽど思い入れがあるとか?」
 首をかしげながら、セレンフィリティが開きっぱなしの入り口をくぐって工場に入る。すぐに、セレアナが後に続いた。
「立てこもってる誰かさん! おとなしく投降するなら、工場ごと粉砕されるような目には遭わないで済むわよ!」
 セレンフィリティが手でメガホンを作って呼びかける。
「市内ではそういう手段はやめなさい」
 セレアナは周囲に警戒の目を向けている。罠を警戒しているのだ。
 しかし、その警戒があだになった。近づく影に気づくのが一瞬遅れたのだ。
「お前もオシャレにしてやる!」
 工場内の暗闇から飛び出した影……食人がセレンフィリティの頭上で両手を振りかぶる。その手の中には、布袋のようなもの。
「セレン!」
「くっ!?」
 セレンフィリティが手の中のレーザー銃を放つ。しかし、暗闇に溶け込む食人の姿を一瞬浮かび上がらせただけだ。その間に、食人は密着するほどに距離を詰める。
「くらえ!」
 食人が袋のようなものをセレンフィリティの頭に被せる。セレンフィリティの視界が完全に塞がれた形だ。食人は一瞬の早業で、アゴの下で針金を結び合わせ、引っ張った程度では外れないように仕上げる。
「セレンから離れなさい!」
 セレアナが槍を突き出す。が、食人は飛び上がり、再び闇の中へ姿を隠した。
「一体何を……周りが見えない!」
 被せられたものを引きはがそうとしながら、セレンフィリティが混乱したように叫ぶ。
「それは俺が夜なべして編んだニット帽だ! お前達もニット帽をかぶらせ、そして流行らせるんだ!」
 闇の中から声だけが響く。
「目的と手段がかみ合ってないどころか繋がってないわよ!」
 セレンフィリティは視界を奪われたまま、聞こえる声を頼りにレーザー銃を撃ち放つ。
「ちょっとセレン、出力オトして! めちゃくちゃに撃たないでよ!」
 元から軽い引き金が、怒りと呆れでますます軽くなっているようだ。セレンフィリティが放った光線は、工場の壁をむちゃくちゃに焼き尽くしはじめていた。


 一方、裏口から侵入した相田 なぶら(あいだ・なぶら)フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)は壁の向こうから放たれる光線が飛んでくるのを、驚きとともに身を隠してかわしていた。
「敵の仕掛けた罠か? この威力じゃ、工場自体を壊しかねないぞ」
「うかうかしてはいられません。突撃します!」
 レーザーの威力を恐れていては、犯人を捕らえることはできない。そう判断したフィアナは、背中の強化光翼を広げた。
「フィアナ! むやみに突撃しては……」
「貴方が守ってくれるのでしょう!」
 なぶらの静止を聞かず、フィアナは一気に床を蹴る。
「……まったく、仕方ありませんね!」
 なぶらはしっかと盾を掲げて、その後を追うために駆け出す。
 フィアナはそのまま、光翼を広げて工場の中を一気に加速。レーザーで穴の空いた壁を剣で切り払う。
「そこっ!」
「待ちなさい、セレン! 敵じゃないわ!」
 しかし、その壁の向こうにいたのは仮面をつけた食人ではなく、水着の美女ふたり組である。
「何……?」
 レーザーの原因が、セレンフィリティの持つ銃だとフィアナが察したとき。
「男ならモテたいよな! モテたいならニット暴だ!」
 音もなく現れた食人が、なぶらの背後をとっていた。
「しまっ……!」
 まさか、背後からの襲撃があるとは思っていなかった。それにくわえて、フィアナを守ることに意識を集中していたのだ。自分が狙われるとは思っていなかったなぶらは奇襲に対して十分な反撃が取れない。
 無理な体勢から放った剣を悠々とかわされ、セレンと同様、頭にすっぽりとニット帽を被せられた。
「はははは! はーはははは!」
 食人の哄笑が暗い廃工場に響く。仮面を着けた男は、再びどことも知れない闇の中へ姿を溶け込ませた。
「なぶら! なんて屈辱的な……!」
 帽子……だか何だか判断に困るもので顔まで覆われたパートナーの姿を見て、フィアナが悔しげにうなる。
「っ……どうやら、お互いに一杯食わされたみたいね」
 いまだ帽子が取れないセレンフィリティが、人の気配を察して声をかける。帽子の奥でなぶらは大きく息を吐いた。
「これが、仮面が引き出した悪意ということかな」
「よほど、鬱屈していたみたいね」
 セレアナが呟いた。


「どうやら、正々堂々と戦ってくれそうにはないな」
 工場の中で起きていることを眺め、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)はぽつりと呟いた。
「どうしますか? 足を2,3本折って動きを止めますか?」
 聞いたのはクリビア・ソウル(くりびあ・そうる)。鎌のような刃を作り出した槍を手にしている。
「人間には足が3本もないですよ〜? って、裁よりも先に他の人にツッコんじゃうこともあるのですね〜?」
 ……と、言ったのは、魔鎧のドール・ゴールド(どーる・ごーるど)。白と蒼の衣装となって、鳴神 裁(なるかみ・さい)に着用されている。
「それってなんだか、ボクがいつもツッコまれるようなことばっかりしてるように聞こえちゃうね☆」
 裁がにっこり笑顔で言う。
「別にボケでもツッコミでもどっちでもいいが、奴をおびき出してくれるか? 姿を現したら、挟み撃ちにしよう」
 アキュートの提案に、裁は大きく頷いた。
「任せて。どっちにしろ、キメておかなきゃいけないしね!」
 ドールを身に纏った裁が進み出る。一方、アキュートとクリビアは作業機械の影に身を潜めた。
「澄んだ蒼は健康の証♪ “旨味の蒼汁”ソレンジャイブルー☆」
 ポーズを決める裁の隣に、アリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)が進み出た。
「疲れた体と心には甘いものが1番♪ “甘味の桃汁”ソレンジャイピンク☆」
 そしてふたりが共に工場の暗闇を指さす。
「2味揃って蒼汁同盟(アジュールユニオン)、健康促進戦隊ソレンジャイ♪」
「ふつう、ふたりでは戦隊って言わないような気がするのですよ〜?」
 効果音まで入ってきそうな名乗り工場に、ぽつりとドールが水を差す。が、ふたりはそれに答えない。
「戦隊を名乗るなら顔を隠せ! そう、顔を隠すと言えばニット帽だ!」
 のこのこと誘われて、至近距離に姿を現す食人。が、彼が裁に帽子を被せるよりも早く、別の影が飛び出した。
「女の子にばっかり構うなよ。俺とも遊んでくれねえか」
 空気を切り裂く音を立て、アキュートの両手に握られた鱗が閃く。溜まらず食人は身をかわし、裁から距離を取った。
「隠れる隙は与えませんよ」
 別方向から飛び出したクリビアが背中に向けて槍を容赦なく突き出す。
「……陽動作戦か!」
 床を蹴り、体をバネのように跳ねさせてかわす食人。その額にアキュートの回し蹴りが迫る。今度は地面に伏せてやり過ごし、腹筋で跳ね上がる。
「さあ、蒼汁を飲んで健全な栄養を取って悪意を追い出すのだ!」
 天井に張り付こうとする食人に向け、裁が手の中の蒼い飲み物……というか、スライムをぶちまける。
「それはどう見ても飲み物じゃねえ!」
 天井を蹴って粘液をかわす食人。べちゃりと天井に蒼汁(と裁が主張するもの)が張り付いた。
「実は、ボクも同感なのですよ〜?」
 同調するドールは心の助けにはなっても、体までは助けてくれそうにない。
 さらに迫るアキュートとクリビアの攻撃をかわしきれず、食人は弾き飛ばされて壁に激突する直前、体をひねって着地する。
「くっ。一旦退くしかないか……!」
 激しく打たれた肩を押さえてきびすを返す食人。その眼前に、ぬっと銃口が突き出された。
「ゲームオーバー、かしらね?」
 レーザー銃を突きつけたセレンフィリティが言う。レーザーで針金を焼き切られた帽子が手に下げられていた。たとえ彼女をすり抜けても、出口に通じる通路はなぶらがぴったりと押さえているのが見えた。
「全ての契約者がニット帽をかぶるまで、俺は諦めないぞ!」
 叫ぶ食人。その背後から、アキュートが羽交い締めにして動きを押さえる。
「手間をかけさせられたが、その仮面はもらっていくぞ」
「私としては、もっと手間取ることを予想していましたが」
 クリビアが呟きながら食人の顔に手を伸ばす。食人は暴れようとしたが、身動きできない状態だ。仮面は、意外なほどにあっさり外された。
「連携の勝利ってやつね」
 涼しげな表情でセレンフィリティが言い、銃を腰に戻した。
「う……お、俺は何を……」
 仮面を外された食人が、頭を振りながら呟く。その眼前に裁が迫る。
「大したことになる前に防げてよかったよ。さあ、まだ心のバランスを取り戻せてないだろうから、これを飲んで身も心も健康になるんだ☆」
「お代わりもあるからね?」
 その後ろでは、アリスが蛍光ピンクの液体を準備している。
「ま、待って、俺はもう正気に……ちょっと、外して!」
「クリビア、それはまだ調べたい。保管できる状態にしておいてくれ」
 訴えるように叫ぶ食人を、羽交い締めにしたままのアキュートが涼しくスルー。そして、裁とアリスの掲げる汁が、彼の口に近づけられ……
「おぐうっ!? ぐおおおおお!?」
 廃工場に悲鳴が響き渡った。