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●ニット編みの交流会

 特設リングでの格闘大会、あるいは毛氈をひいた野点、野外料理会そればかりが文化交流会ではない。
 秋の陽差しが優しく見守る中、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)はニット編みで百合園の学生と交流を持っていた。
 椅子とテーブルを出して、百合園の手芸部と共催、といっても黙々と編み物をするというわけではない。テーマは『青空ニットカフェ』だ。
 編むものに指定はない。編みたい人が自由に、好きな作品を編めばいい。
 時期的に、これから恋人や片思いの人へのクリスマスプレゼント用に手編みのマフラーや帽子を編もうという生徒も多いようだ。
 初心者も、ベテランもさまざまだった。
 得意な人は指導もし、教え合い、編みながら会話をかわす。
 面白いもので、手先を動かしながらの会話は、ただ、漠然と話す以上に盛り上がることがしばしばなのだ。長電話しながら、つい、ボールペンで精緻な図を描いてしまう心境に近いといったところだろうか。少し違うか。
「私は、ベビーサイズの小さな靴下を編もうと思って……」
 生徒たちの中心で朱里は照れ気味に告げた。
「もちろん、将来生まれてくる子どものためよ」
 朱里は妊娠六ヶ月に入っている。まだ何とか服でごまかせないこともないが、もう、強いて隠そうとしないかぎりは妊婦とわかる時期だ。
「まあ、体重の増え方も目に見える時期でもあるんだけどね……」
 苦笑する朱里の笑顔は、母親のそれになりつつあった。
 ベビー靴下の編み方を知りたいという生徒が、百合園にも少なくなかったのは意外な喜びだった。
 さすがに彼女らは妊婦ではないが、マスコットとして、あるいは、将来に備えて学びたいのだという。皆が次々と質問をしてくる。
「そう、そこをそうやって……」
 指導役にまわる朱里は、なかなか自分の編み物が進まないが、それもまた楽しいのだった。
 お腹の子の父、すなわち、アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が茶を運んで来た。
「アールグレイが入った。地球産を取り寄せている。じっくり味わってほしい」
 彼は現在バトラーなので、ティータイムを演出するのであった。蝶ネクタイもよく似合っている。
「こちらの小さなポットは」
 アインは朱里の前にミニポットを置いた。
「やはりアールグレイだがノンカフェインのブレンドになっている。じっくり味見して選んだものだ。これはこれで美味いと思う」
「ありがとう。こういった小さな気配りって、嬉しいよね」
 妊婦の自分を気遣ってくれているのだ。朱里はじわりと頬を染めた。
「父親がしてやれることといったら、今はこれくらしかない。せめてということで、色々調べた」
 片側だけ編み上がった靴下にアインは目を止めた。
「この靴下が赤ん坊の足を包む日が楽しみだよ」
「楽しみね。本当に」
 二人は笑みを買わした。互いを思いやり分かち合う日々は、何物にも代えがたい。
「質問、よろしいですか?」
 お邪魔じゃなければ、とはにかみながら、百合園の女生徒が手をあげた。
「どうぞ。編み方のことでも、それ以外でも」
「ええと……私、まだ結婚はもちろん、ボーイフレンドもいないんですけれど」
 少女は、おずおずと言った。
「男の子を産みたいときは、その……し、仕込む晩に卵の白身だけ食べるようにするといい、って本当ですか?」
「……仕込む!?」
 結婚後の今もやはり純情なアインは、乙女の怖いもの知らずというか、その大胆な言葉に思わず取り乱し、盆を落としそうになってしまった。
 くすくすと笑って朱里はアインの手を支えた。
「さあ、それはわからないわね。産み分けについては所説あるから……」
 私たちは試したわけでもないし、と軽く笑いもとって、でも忘れないで、とあらたまって彼女は言った。
「性別はどちらであれ、宿った命は、どんなものにもかえがたいほど愛おしく大切なものだということを」