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とりかえばや男の娘 三回

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とりかえばや男の娘 三回
とりかえばや男の娘 三回 とりかえばや男の娘 三回

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3 ナラカへ 
「そうか」
 藤麻は蒼からの伝言を聞いて、力なく笑った。
「ヤーヴェを切り離す時にその珠姫の短刀があれば、我が身にに巣食う『病魔』も切り離せると、刹那兄上がおっしゃったのか……」

 ……でたらめだよ、藤麻……

 どこからか声が聞こえる。

 ……おまえのけなげな仲間達が、おまえを励ますためについている嘘だ。おまえは私から逃れられはせぬ。

 『黙れ!』 と藤麻は心の中で叫んだ。

 『おまえこそ、嘘をついているのであろう? 誰が騙されるか』と。
 その兄の葛藤を知ってか知らずか竜胆が言う。

「ですから、兄上も希望を持って、決して命を祖末にしようなどと思わないで下さい」
「分かった」
 藤麻は笑顔を浮かべた。

 そして、翌日。一行はついにナラカを目指す事になった。
 ナラカへのルートは、藤麻が邪鬼ヤーヴェの力を借りて開くのだが、開けるのは「邪鬼ヤーヴェが穢した場所」など、祟りが強く浄化しきれない場所だけである。それで、今回は刹那が閉じ込められていた座敷牢が選ばれた。

 闇の奥に、何かが蠢いている気がする。
 長年、ここに閉じ込められていた者の怨執か。
 その闇の深さに、藤麻は頭がくらくらしてくるのを感じた。
 しかし、気力を振り絞ってそこに立つと、ナラカへの道を開くための呪文を唱え始めた。誰に教えられたわけでもない。藤麻の中に棲む邪鬼だけがその方法を知っている。宿主である藤麻だからこの呪文を唱える事ができる。しかし、今まさに、心を奪われんとしている自分にとって危険な術である事は分かっていた。術中に心を奪われる危険性もあるからだ。しかし、危険の中に飛び込まなければ、我が身を救う事はできない。覚悟の上の選択だった。

 闇の言霊が瘴気の中に放たれ、そのひとつひとつが青白い燐光を放ちはじめる。そして、ゆっくりと回転し、六芒星を描いていく。

 ……藤麻、藤麻

 闇の向こうから声がする。

 ……こんな事をしても無駄だぞ藤麻。お前は私の手から逃れる事はできない……

「黙れ!」

 藤麻は叫ぶと、印を結んだ。六芒星の向こうに闇の道が開ける。

「この道をまっすぐ進めば……やがて……ナラカの洞窟の道へとつながるだろう」

 藤麻は切れ切れの言葉で言った。

「その先は……ひたすらまっすぐいけばいい。その突き当りの石室に剣はおさめられている」

 全て言ってしまうと、その場に崩れ落ちそうになる。
「大丈夫ですか? 兄上」
 竜胆が心配げにたずねる。
「ここに残られた方がいいのでは?」
 すると、藤麻は首をふった。
「大丈夫だ。私は、行かなければならない……」
「でも」
「いいから……さあ、行こう」
「分かりました。ならばせめて、私の手をお取り下さい。さあ、どうか」
「……ああ」
 藤麻はうなずくと竜胆にすがるようにして歩きはじめた。胎内巡りのごとき真の闇が一行の体を包む。
「これでは、先に進めない……」
 藤麻が言った。
「私にお任せ下さい」
 竜胆は、そう言うと、珠姫の宝玉を闇に向かってかざした。
「珠姫はおっしゃっていました。『我が光は闇の道も照らすであろう』と」
 その言葉通り、宝玉は中から光を放ち闇を照らしていく。その光をたよりに一行は先へと進んでいった。
 やがて、遠方に淡い光が見えてきた。
「あの先がナラカの洞窟だ」
 藤麻が指を指して言った。


 本来、ナラカは穢れた世界なので、地上のものが普通に行こうとすると深海のように身体に負荷が掛かってしまうという。ここで、自由に行動しようとすれば、「デスプルーフリング」などのアイテムを必要とする。しかし、この洞窟内は邪鬼の力でシールドされているためか、そのような束縛もなく地上のように普通に動く事ができた。一方、奈落人達にとってはかって知ったる我が故郷である。地上のように誰かに憑依しなくとも、自由動き回る事ができた。
 椎葉 諒(しいば・りょう)も、そんな中の一人である。今日はバイトの有給を無理矢理奪取してこの冒険に加わって来たのだった。ちなみに、休みを取る際、同僚達にとても嫌な顔をされてしまった。とにかく、ここ最近諒のバイト先ではやたらと人手不足が続いているのだ。
「まったく、みんなどこに行っちまったんだ?」
 ぼやく、諒。
 その、諒を見て嬉しそうに叫ぶ声が聞こえる。

「生身の諒ではないか!」

 東條 葵(とうじょう・あおい)だった。

「鬼子?」
 天敵の登場に一瞬うろたえる諒。
「いや、アナスタシアか?」
 「いいや。今日は「僕」だよ。目も金だし髪も黒だ。何よりアナがそこにいるでしょう?」

 と、マリー・ロビン・アナスタシア(まりーろびん・あなすたしあ)を指差す。もっとも、どちらにせよ諒の天敵には違いなかった。
「さて、生身の諒に会えたらやっておかなきゃあ」
 葵はそう言うと、【鬼眼】で諒を怯ませ、
「会いたかったよ諒!」
 とがっしりハグしようとした。「ナラカエキスプレス」シリーズより通算三回目のチャレンジだった。

「うわああ! よせ! 鬼子の抱きつきはオコトワリシマスッ!」

 諒は、手刀乱舞で必死に抵抗する。

 その時、

「何か来る!」

 椎名 真(しいな・まこと)が【超感覚】で敵の存在を察知して叫んだ。
 確かに、闇の向こうから、何者かが近づいてくる気配がする。

「きゃあ!」
 突然、アナスタシアが悲鳴を上げる。見ると、一人の男がアナスタシアにピストルを突きつけていた。片方の手にはナイフが光っている。

「何をしているんだ?」
 真が叫ぶと、男は笑いながら答えた。
「この娘の指を切り刻むんだ」
「なんだと?」
「やめてよ!」
 悲鳴を上げるアナスタシア。
「怖いか? 怖がれ! 怖がれよ」
 男は愛おしむようにアナスタシアを見る。
「よせ! この狂人が!」
 叫びながらも真は【用意は整っております】で相手の事をじっくり観察していた。体格は中肉中背、人を殺す事に何の罪悪感もない狂人のようだが、体力的にはこちらが勝っているように見える。まともに戦えば勝てない相手ではないだろう。それから、真人は彼の上の辺りを見た。こころなし、そこの岩がもろくなっているように思われる。
 真は近場の石を拾い、男の上に向かって投げた。驚いた男が、思わず天井に向かって発砲する。と、

 ガラララ……ラ

 発砲の振動で、もろくなった岩が砕けて落ちて来た。たいした崩れ方ではなかったが、それでも突然の事に驚き、男はアナスタシアの手を離す。とっさに逃げ出すアナスタシア。すかさず真は男に近づき、【実力行使】で蹴りと拳を叩き込んだ。男の手からピストルとナイフが落ちる。そこに諒が近づき、トゥーハンディットソードを突きつけて尋ねた。
「貴様、奈落人だな。なぜ、こんな事をする?」
 すると、男が答えた。
「それは、俺は、悪魔から生まれた生き物だからだ」
「なんだと?」
「当然俺も悪魔だ」
 言っている事が支離滅裂である。
「フザケロ! この!」
 諒がソードを持つ手に力を入れようとしたとき、
「やめてやんな」
 誰かの声がする。振り返ると一人の女が立っていて、諒に向かって言った。
「そいつは、あたいの依頼にこたえただけさ」
「どういう意味だ?」
「あたいはヤーヴェ様の依頼で、双宮の剣をとりに来たのさ。真っ先にあの剣を手に入れたものだけが、ヤーヴェ様の力で地上に蘇らせてもらえるんだ。誰かに先こされちゃ行けないから、腕っ節の強い殺し屋を雇ったんだ。生前、凶悪殺人犯だった連中をね。この洞窟の中にはそんな連中が腐るほどいるから気をつけな」
「って、ことは、貴様ら、まだ地上に復活する夢を捨ててないってことか?」
「そのとおりさ」
 女の言葉を合図に、あちこちから奈落人が現れた。それを見て諒がキレる。その中に、見覚えのある顔が散見されたからである。
「これで分かったぜ! 相変わらずバイトが人手不足なわけが。お前ら半端者をさ、心を入れ替えて働くっていうから、マジメに働くっていうから、俺が店長に口きいてやったのに……その恩を踏みにじりやがってぇえええ……貴様ら1人残らずナラカに連れ帰って、向こう3ヶ月ただ働きさせてやる!」
 ものすごく個人的な恨みである。さらに、諒は付け加えた。
「言っておくが、俺のバイト休みの為だ……決して貴様等パラミタの奴の為じゃないからな!」
 一方、同じ奈落人のアナスタシアは哀しげにつぶやいた。
「みんなどうしても戻ってこないつもりなのね」
 奈落人として朋輩達を思いやっているようだ。
「あたしだって手荒な真似はしたくないの
 だから……そうねぇこんな【悲しみの歌】はどう?」

 そう言うと、アナスタシアは歌いだした。

『私にはわかっていたわ
 それは仕方の無い事
 あなたが見えなくなる間際
 あなたの目に涙が光ったの見えたわ
 それだけで私幸せよ
 幸せなままさよならできるの』

 それを見て、東條 カガチ(とうじょう・かがち)がつぶやいた。
「まー常日頃ドンパチしてるらしい奈落人でも、それでも同じ「奈落人」なんだよねぇ。アナスタシアが情をかけたくなる気持ちもわからいでもないぜ。ならば俺の役目は、えーと、あれだ。また肉の盾やればいんですよネーもうわかっちゃってるヨー」

 アナスタシアの歌声は、奈落人達の心にしみ入っていった。しかし、その美しさがかえって奈落人を不安にさせた。

「やめろ! そんな歌を歌うな」

 かえって逆上した奈落人達が、剣を片手にアナスタシアに襲いかかってくる。とっさに、カガチが立ちはだかり、【受太刀】で攻撃を受け止め【スウェー】で受け流した。アナスタシアが思うところを遂げるまでは出来る限り防戦一辺倒のつもりだ。
「多少怪我しても葵ちゃんがまたなんか変な能力手に入れたみたいだから多分大丈夫」
 カガチはつぶやく。しかし、

 パン パン!

 カガチの背後の岩が火を噴いて砕ける。

「つ!」

 同時に、カガチの肩に灼けるような痛みが走った。銃弾が当たったようだ。見ると向こうの岩陰から何者かがライフルを向けているのが分かる。

 パン パン!

 岩陰の男は、カガチに向けてライフルを撃ち続ける。

「危ない! カガチ!」

 真が叫んで【霜橋】を投げた。鋭い刃が男の腕を切り裂くが、男はライフルを撃つのをやめようとしない。先ほどまでの狙いの正確さはないものの、執拗にカガチを狙ってくる。

「駄目ってことね……駄目なら……俺らもただ遊びに来たわけじゃねえ」

 カガチはつぶやくと、目の前の敵を片手でなぎ払い【スウェー】で銃弾をよけながら岩陰の敵に近づき、【実力行使】で相手の胸ぐらに迫る。そして、抜刀術で相手に斬り掛かった。岩陰の男は悲鳴を上げてその場に倒れる。
「大丈夫か?」
 葵が近づいて来て慈悲のフラワシを呼び出した。
「僕のフラワシよ、汝その慈悲を示して彼らの傷を癒せ」
 カガチの傷がどんどん塞がっていく。

「殺しあうのはやめて」
 アナスタシアが言った。
「それより、あたしの歌を聴いて
 歌でまずはみんなの気持ちを鎮めるの
 こんな事したって何にもならないのよ
 あたしたち死んだのよ
 どう足掻いたってもう上には戻れないわ
 ならばせめて真っ当に死にましょうよ
 死んでから位真っ当にいきましょうよねえ

 それでもやるならあたしは止めないわ
 じゃあさようなら、ね

 もう一度 眠りなさい」

 そして、アナスタシアは歌い続ける。

 その歌は、どんどん奈落人達の心を捕らえはじめた。そして、徐々に奈落人達も戦いを放棄していく。そこに、諒が近づき、トゥーハンディットソードをぶん回して薙ぎ払う。

「貴様等こんな所で油売ってないでさっさと戻れくそったれ!」

「ぐふ!」

「げふう!」

 奈落人達は白目を剥いて次々にその場に倒れて行った。

 一段落すると、諒がロープを取り出し、真とともに奈落人達を縛り上げた。このままナラカに連れて帰るつもりだ。そこにカガチが近づいて来て提案した、
「さあ。皆で【ティータイム】でもしようか。のんびりさ」