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十人十色に百花繚乱、恋の形は千差万別

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十人十色に百花繚乱、恋の形は千差万別
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第二篇:武神 牙竜×セイニィ・アルギエバ
 ごく普通の高校生活。それが武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の学園生活だった。
 校則もゆるすぎず厳しすぎず、バカ学校でもなければ進学校でもない、ごく普通の偏差値の公立高校。
 入学式を経て、最初のクラスで緊張しながら自己紹介をし、可愛い娘を探し、気の合う悪友を見つける。
 あくびしなが午前の授業を聞いて、昼飯を食べて、昼下がりにやはり眠気をこらえながら午後の授業を聞く。
 放課後は悪友と一緒に駄弁りながらほっつき歩き、時にはゲームセンターに繰り出す。
 そして、帰って夕飯を食べて、ゲームをやって寝る。
 そんなごく普通ながらも満ち足りた牙竜の学園生活は、夏休みの一週間前という時期外れに転校してきた一人の少女――セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)によって激変した。
 出会いは朝の登校時間。曲がり角から全力疾走による出会い頭の衝突。何かの冗談としか思えないが、絵に描いた転校生との正面衝突のように、なんとその転校生はトーストを銜えていた。
「そんなに急いでいたのか?」
 その転校生とぶつかった時、牙竜は尻餅をついたところをさすりながら、その転校生へと問いかけた。しかし、問いかけてみて牙竜は気付く。二度寝したいのを我慢してまで時間に余裕を持って登校してきた自分と同じ時間帯に学校を歩いているのだ、遅刻ギリギリなどというわけがない。
 案の定、腕時計に目を落とした牙竜は、自分の時間感覚が間違っていないことを確信する。そして、牙竜が自分の時間感覚を再確認している間、じっと彼のことを見つめていた転校生は、やがて牙竜が腕時計から目を上げるのを待って、淡々と言った。
「別に急いでいたわけではない。ただ、この惑星への事前調査により、このような形での遭遇というケースが、恋愛における起点となるファクターとして最も有効なものの一つである――即ち、恋愛という精神活動におけるセオリーの一つという情報を掴んでいたゆえに選択した行為に過ぎない。補足すると、私がこの食物を口腔に含んでいたのは栄養素の欠如が理由ではなく、前述のセオリーに則る上で不可欠なファクターとして、この炭水化物を含む食物を加熱調理したものが存在していたに過ぎない」
 そう語る転校生の声は平坦で、まるで機械の様に一定のリズムとイントネーションで淡々としたものだ。しかし、その速度たるや一瞬の息継ぎもなく、一般人ならば途中で言葉を噛むか息切れしそうな量の言葉を転校生の少女は一息に喋っていた。
 牙竜は最初、彼女が何を言っているのか理解できず、何度かその意味を自分の中で反芻した上で数秒間たっぷりと熟考し、やっとのことで彼女の言葉の意味を理解する。
「要は、別に急いでたわけでも、腹が減ってたわけでもなくて、ただラブコメによくありそうなシチュをやりたかっただけか?」
 先ほどの長口舌はこの意味で間違ってはいない。そう自分に言い聞かせながらも、半信半疑で牙竜が問いかけると、彼女は正確に一秒間待った後で口を開いた。
「この惑星において、現在調査活動を行っている国家で用いられいる言語を口語として構築した表現で用いれば、そのような意味と解釈することも可能だ」
 再び返ってくる淡々とした早口。まるで機械と話しているようだと感じながら、牙竜はすかさず言った。
「『くだけた言い方すれば、そういうこと』――そういう意味だよな?」
 再び淡々とした早口での長口舌が来ると思って身構えた牙竜とは裏腹に、彼女はただ一度小さく頷いただけに返答を留めると、肩透かしをくらったようで拍子抜けしていた牙竜のことをじっと見つめる。
「な……なんだよ?」
 彼女の容姿はそれなりに端麗な部類に入る。そんな彼女にじっと見つめられた牙竜は思わず心臓の鼓動を速めながら問いかける。それに対し、彼女はやはり淡々とした早口で答えた。
「『なんだよ?』とは意図を問うているのか? もしそうならば、回答は『調査』だ。現在、貴方を調査対象として、目視による情報収集を行っている」
 やはり予想の斜め上を行くその答えに、牙竜は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「調査ァ?」
 すると彼女は姿勢を正し、牙竜に向き直ると、相変わらずの淡々とした早口で行った。
「私の名前はセイニィ・アルギエバ。この惑星より1431光年離れた星系より、調査活動の為に来訪した知的生命体――この惑星、この国家において用いられている言語に照らし合わせて表現すれば、『宇宙人』という存在だ。私の惑星には『愛』と言う概念がなく、それを学びに来た」
 牙竜はただ口をあんぐりと開けて唖然とするしかなかった。
(……電波だ。そうか……きっとこの子、友達がいなかったせいで、自分の世界に一人で閉じこもるしかなかったんだな……!)
 常識をはるかに逸脱する事実に、ごく普通の高校生である牙竜の頭がついていける筈もない。やはりというべきか、次の瞬間に彼の頭はたった今伝えられた超常的な情報を、ごくごく一般的で常識的な範囲の内容へと翻訳、あるいは変換して置き換えていた。
 そして、牙竜はあやうく喪失するところだった正気を、たった今の翻訳行為により取り戻すと、彼女の両肩に勢い良く両手を置き、力強い声で宣言する。
「前の学校で何があったかは聞かないけどよ……これからはもう大丈夫だ! 俺がお前と仲良くなってやる!」
 力強く宣言し終えるとともに、目を閉じてうんうんと頷く牙竜。しかし、今にして思えば、この発言がこれから起こるすべての騒動の発端に他ならなかったのだ。
 翌日、下駄箱には形状は果たし状だが、内容は達筆なラブレターが入っていた。
 しかもただ達筆なだけではなく、蛇腹折りの和紙につづられた内容は古語で書かれていたこともあって、牙竜には到底判読できない。已む無く古文の教師に読んでもらった所、初めてそれが恋文であることが判明したのだ。
 その時も、何故、そんなことをしたのかと牙竜が問いかけた。
「愛という概念を学ぶ上でラブレターという行為を学ぼうと思った」
 するとそう返され、では何故古語なのかと牙竜は更に問いかけた。
「学ぶ上では模倣は有効な手段だ。そして、模倣する以上は基本形となるものを模倣するのが最適解の一つだ。そして、基本形に最も近いものの一つがアーキタイプ、即ち原型となったものだ。ゆえに、ラブレターのアーキタイプとして、平安時代という時代に書かれたラブレターを模倣対象として選択したまでのこと」
 そして、やはり淡々とした早口による長口舌によりそう返された。
 しかも、牙竜には無視できない事実があった。なんと、彼女の偏った恋愛知識による行動は何故か俺が対象になっていたのだ。そのせいでに牙竜は、彼女が奇行に走る度に怪我が増え、それでも途中からは開き直り、何とか正しい知識を教えようと悪戦苦闘していた。
 そうして、忙しく騒がしい一週間が過ぎた終業式の日、彼女は星に帰るから夜、学校に来て欲しいと牙竜に言った。
 そして、ふと、牙竜は疑問に思う。
 ――セイニィは愛を理解したのだろうか?
 疑問を覚えつつ見送ることにした牙竜は校門を乗り越え、夜の校庭へと忍び込んだ。
(セイニィ約束通りに来たぞ……って、UFOだよ! 本当に別の星から来た宇宙人かよ!?)
 驚愕のあまり上げた牙竜の叫び声が夜の学校にこだまする。なんと、牙竜の眼前にあったのは家一件ほどの大きさをした円盤だったのだ。
 しばらく互いに、ただ黙って見つめ合う二人。
「お別れか……」
 じっくりとそうしていた後、思わず自分の口をついて出た言葉を聞き、牙竜は気付いた。自分も、そして彼女も互いに『さよなら』が言えないということに。
 そう――別れたくないという想いこそが『愛』だと知ったセイニィ、そして牙竜は、まるで申し合わせたように揃ったタイミングで小指を差し出し合い、それをゆっくりと絡めていく。
「必ず。会いに行く! そして、抱きしめてキスをする……愛を伝えるために……約束だ!」
 夜の学校中に響き渡る牙竜の絶叫を聞き、セイニィは頬に涙を伝わせながら、満面の笑みで微笑んだ。
 そして牙竜は将来、彼女の星に行く船を造ることを決めたのだった。
 いつか二人の約束が果たされる日が訪れんことを。