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嘆きの石

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嘆きの石

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 人は群れる――。
 その身を魔物に落としたとしても、群れる――。
 同士討ちという悪魔のプログラミングというのを差し置いても、群れる――。
 街頭に集う羽虫のように。
 しかしながら今、この時、8人が見たものはさながら、餌を群れで運ぶ蟻であった。



「殺気看破は……必要なさそうだね!」
 道中、殺気看破で警戒を強めていたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)だが、この光景を目の当たりにし、その必要性はもはやないだろうと言った。
「早急に解毒してあげますから……だからっ」
 カムイ・マギ(かむい・まぎ)も言葉に力が入った。
 村人達は、お食事中だった。
 1人の息絶えた村人をぐるりと囲み――守護神も裸足で短距離走のアスリートの如く逃げ出す類に――惨殺されていた。
 次の共食いの相手は誰か――。
 そんな状況に現れたのだから、狙われるのは明白だ。
「俺達に狙いを定めてくれたようですね。助かったような……少し、勘弁してもらいたいような」
 白木 恭也(しらき・きょうや)には村人救出に尽力するために入った決心が、少しばかり鈍る光景だった。
「なぁにビビってんだよ! 俺達の目的は村人ッ! それもこんな数がいるんだ、ラッキーだと思おうぜ」
「1人じゃないし、大丈夫よ」
 ニーア・ストライク(にーあ・すとらいく)は、恭也の背中をポーンと叩き、クリスタル・カーソン(くりすたる・かーそん)と一緒に励ました。
「イコナ、キミに怖い思いをさせて申し訳ない」
「だ、大丈夫っ、ついてきたのは、わたくしですから」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)は、恐ろしさの余り存在すら薄れ始めたパートナーのイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)を気遣った。
 今は気丈でも振る舞ってほしい。
 村人達は契約者達を取り囲むようにすかさず輪を作った。
 メインディッシュにありつける――そう言わんばかり。
 ただしその食事に使うはずのナイフとフォークは、少々殺傷能力が高そうである。

 ――助けて、くれぇ……ッ。もう、誰も殺したく、ないッ。

 全員一様に驚いた。
 それは魔物化した村人が放った一言で、明らかに理性が含まれていたからだ。
 気をとられたと言われても仕方ない――。
 1人の村人が腰を落とし契約者達目指して高く飛びあがると、他の村人も一斉に続いた。
 先手を許した。
 許した、が――、
「きますッ! ……皆さんに……神速の力を……ッ」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)は落ち着き、仲間全体にゴッドスピードを掛けた。
 村人が伸びた爪を脳天から突き刺しにいった時、契約者達は1つの塊から弾かれたように散っていた。
 まるで小さな爆弾でも炸裂したかのように、村人達が群がった一点――契約者達が元居た場所――に高い土煙が立った。
「よし、一気に行くぜ……ッ!」
 ニーアの掛け声と共に、恭也、ティーが続いた。

 ――助けてくれぇッ、攻撃しないで、くれぇッ!

「助けますッ! だから、少しだけ……ッ! わかってますね!?」
 ティーの問いに、後続の恭也が頷いた。
「わかっています、ティーさん! あの爪だけを、削ぎ落として見せますッ!」

 ――やめ、ろぉッ!?

 そう懇願しながらも腕を振り上げ、鋭利な爪を高らかにする村人――その唯一の武器を削ぐため――にクリスタルは宣告した。
「痛くないから! ちょぉっとだけ、眩しいだけっ!」
 杖をかざすと、その先端から眩い光――光術――が放たれ、それは相対する村人たちの視界を封じた。
「よくやったクリスッ! ちょっくら、爪切りさせてもらうだけだからジッとしてろよッ!」
 思わず目が眩んでその長い爪の手で顔を覆った村人を気遣いながら、ニーアはその村人の頭よりも高い爪に対して剣を振るった。
「ッゥウ――!」
 振り切った右手のサーベルからくる――堅い物を叩いた時に感じる――痺れの余韻を感じながらも、地面にボトリと落ちた長い爪にニーアは思わず口角を釣り上げた。
「ごめん、すぐに終わらせますからっ!」
 恭也もまた、同じような態勢の村人の頭上の爪を薙ぎ、続いて片手は前に、もう片手は顔を覆っている村人の爪を――頭上を薙ぎ、突きだされた爪は振り下ろし――削いだ。

 ――グ、オオオオッ!?

 それが魔物化による苦しみなのか、爪を削がれたことによるものなのかは定かではないが、しかし、そのような声をあげる村人は一刻も早く助けなければと、未だ眩んで足元の覚束ない村人に向かって、恭也は再び駆けた。
「ティーッ! うしろーッ!」
 村人2人分の爪を一息で削ぎ落としたティーが一呼吸置いた時、眩まなかった村人の1人が飛びかかってきたのに、イコナがいち早く叫んだ。

 ――苦しい、苦し、い、ヨォッ!

「――ッ」
 剣でその爪の一撃を防いだティーは、その苦しみの声に思わず剣を手放し、突然押し合った力が崩れバランスを失った村人の背後に回って、腕を後ろ手に取り、そのまま地面に押し倒した。
「鉄心、イコナちゃん! この人の治療を――ッ!」
「ティー、まだ来ているッ! 離れるんだッ!」
 魔物化の影響であり得ぬ跳躍で前衛を全員飛びこしてかかってくる数人の村人を見て、鉄心は銃を片手に走り出したが、
 ――1人では捌ききれないッ!
「それでも……ッ!」
 1発――。
 2発――。
 3発――。
 銃声と銃弾は、鉄心の後方からやってきた。
 振り返ると、レキとカムイが銃を手に、その銃口からは煙が立ち昇っていた。
「ボケっとしちゃダメだよ! ほらほら、行った、行ったぁ!」
「援護は僕とレキに任せてください」
 レキの元気一杯のウィンクに鉄心は力強く頷いて、イコナの手を取った。
「行くよ、イコナ」
「う、うんッ!」
 鉄心とイコナはティーが押さえている村人の元に駆け寄った。
「優しい村人さんに戻ってくださいまし……」
 イコナの眼差し同様、掌から温かな光が漏れ、それが村人の身体に吸い込まれていった。
 みるみるうちに伸びた爪や牙が元の長さを取り戻し、荒い呼吸は落ち着いていき、眠りように静かになった。
「や、やった、成功」
 清浄化は成功した――。
 ティーが倒した2人目、3人目にも意気揚々とイコナは取りかかっていった。
「おい、クリス、こいつらも頼むッ」
「はいよッ!」
 イコナの清浄化が成功したことを受けたと同時に、ニーアがロープで2人縛って引き摺ってき、そこにクリスタルが駆けた。
 村人に多少怪我があるのは、取り押さえのご愛嬌ということで、そこはキッチリ、クリスタルがキュアポイズンとヒールを重ね掛けした。
「す、すみません……お、俺の……方……も……」
「キミ、面白くなっちゃってるよ!」
「レキ、早く恭也さんも助けてあげましょう」
 一番離れたところからやってきた恭也は、3人の村人の爪を削いだのはいいものの、それでも番犬の如く噛みついてくる村人を振りきれず、1人をヘッドロック状態で、もう1人は背負うように、もう1人は脚に絡みつかれながら、重い身体を引き摺ってきた。
「肉を斬らせて骨を断つってやつかな?」
 レキは村人を1人剥がしてはキュアポイズンをかけ正気を抜き、1人剥がしては――と3人繰り返した。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。お手伝いと回復、感謝します」
「レキ、そちらが終わったら、情報を伝達しておいてください」
 痛みと疲労で腰を下ろした恭也に、カムイはヒールをかけ、レキに銃型HCを用いて他の契約者にも情報を飛ばすようお願いした。
 ――とにかく8人、村人を救助ですね。
 ――ああ、お疲れ様。
 ――このまま神殿に放置していたら再び瘴気に侵されてしまうかもしれません。一旦外に運びましょう。
 ――女の子とちっちゃい子には重いけど、1人で1人を面倒みながら運べばいいかな?
 鉄心、ニーア、恭也、レキの4人の契約者が互いを労い、今度の計画を立て、実行に移そうとした時だった。

 ――わたしは……生きているのか?

 鉄心が手を貸そうとする村人が気付き、もたれかかるように抱きついてきた。
 ええ――と答えようとしたその時だった。
「鉄心ッ! だめえええッ!」
 安堵感の中でも常に脅えてきたイコナだから感じたちょっとした殺気――。
 鉄心の肩に村人が噛みついた。
 ティーが収めた剣を抜き、鉄心の元に駆け寄ろうとしたが、みるみるうちに村人が石化していった。
 村人の人数が多く、手こずりそうな場合にかけておいた保険――石化能力を付与した短刀で村人を刺していた。
 清浄化もキュアポイズンも成功した。
 だが、それはあくまで一時的に過ぎなかった。
 弱い村人ほどすぐ再び瘴気に侵されるのだ――。

 そう考える面々だったが、それは半分正解で、半分はハズレだった。

 ――ウフフ……。

 近くを何かが浮遊していた――。