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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(後編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(後編)

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 窓を塞ぐほどの本棚に机。その両方に半ば無理矢理に突っ込まれた書類の数々。
 レノア・レヴィスペンサー(れのあ・れう゛ぃすぺんさー)はキルツの部屋に足を踏み入れて――ちなみにその足の下には、指で封を切った手紙があった――唖然とした。
 魔法協会の雑事全般を引き受ける男は、「片付けられない男」でもあったらしい。
 レノアはしゃがみ込み、手紙や書類の束を一つ一つ確かめていった。
 キルツが内通者である証拠を探すために。


 魔法協会には牢獄の類は存在しない。そのため、襲撃時はエレインや幹部たちが使っていた会議室を、今は捕虜を尋問するための部屋としていた。
 皆川 陽(みなかわ・よう)テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は、捕虜の武器や道具を全て取り上げた。更にテディは「忘却の槍」を構え、いつでも攻撃できるように陽の後ろに立った。
 キルツは本当に内通者なのかと陽は考えていた。怖くなったので逃げようとした、という言葉は、陽にはよく分かる話だった。出来れば彼の担当になりたかったが、目の前にいるのは妙な格好をした男が二人。
 仏滅 サンダー明彦(ぶつめつ・さんだーあきひこ)平 清景(たいらの・きよかげ)だ。
「俺たちは簡単に口を割らねーぜ。師匠を売れるかっ!」
 椅子に縛られながらも、明彦はきっぱりと言い切った。
 が。
「あ、闇黒教団の目的ならこの紙に、メモってるでござる。平和の為にお役に立つならどうぞ」
 隣の清景があっさりとメモを差し出したので、意味はなかった。
「おめー簡単にゲロってんじゃねーよ!」
「そう言われても……」
「ご親切にありがとうございます」
 陽は頭を下げてメモに視線を落とし、首を傾げた。
「……これ、何て書いてあるの?」
「何だ、字が汚いのか?」
と後ろから覗き込んだテディは顔をしかめた。
 逆だった。平家の落ち武者である清景は、現代人よりはるかに達筆だったのである。行書体なので頑張れば読めないこともないが、その方面で努力するのは些か面倒だった。
 しかし清景は親切にも、
「読めないでござるか? どれでござる? ああ、これは『さあ、我が眷属たる者の導きによって、道は拓かれた。その身に宿りし漆黒の力を解放し、愚者を滅するがよい!』と書いてあるでござる」
「じゃあ、こっちは?」
「これは『刻は来た。盟約に従い、我ら【闇黒饗団】はいよいよ深淵へと至る。理の扉を開く鍵は、既に我が掌中に有り!』でござるな」
「それで、意味は?」
「ええと……ネイラ殿が訳してくれたでござるが……明彦殿、覚えているでござるか?」
「知るかよ!」
 裏切り者! と言って、明彦はそっぽを向いたが、実のところ、明彦も清景もイブリスの言葉を全く理解していなかった。
 大抵は通訳のネイラがそこにいるので意味は分かるのだが、メモする際にはそこを省いていたためだ。
「畜生! こうなりゃ俺のシャウトを聴け!」
「断る!」
 口を大きく開いて歌いだそうとした明彦に、テディが【迅雷斬】を使おうとした。さすがにそれは気の毒だったので、陽が【ヒプノシス】で眠らせ、事なきを得たのだった。


『……というわけで、私とパラケルススくんは捕まって、これから尋問を受けるところです。武器や道具は取り上げられました。そちらの様子はどうですか?』
『……そう。疑われないよう、気を付けてくださいね』
「眠ってるんですかぁ? 起きてくださいねぇ? えいっ」
 師王 アスカ(しおう・あすか)は俯いて居た月詠 司(つくよみ・つかさ)の顔を、【サイコキネシス】で無理矢理上げさせた。
「んでアンタ、具体的にはどこ撮っていたのよ?」
 ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)は、司の隣に座るパラケルスス・ボムバストゥス(ぱらけるすす・ぼむばすとぅす)の顔を真正面から見据えて尋ねた。
「どこ……って言われてもなぁ」
 顔を背けたかったが、パラケルススもアスカによって首を固定されているので出来なかった。顔を引くつかせながら、
「……俺はそっちの、はかなげな女の子がいいなぁ」
「何よ、アタシじゃ不満ってわけ?」
「だって俺、男には興味ねぇし。悪いけど」
「悪いって何!? アタシがオカマだって言いたいの!? アタシは男よ、オカマじゃないわ!」
 ケラケラと笑ったのは、部屋の隅に寄せた机に座っていたパピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)だ。パピリオはひょいと飛び降りると二人に近づいた。
「ねーねー、この英霊、ぱぴちゃんが燃やしていーい?」
 パピリオの手の平に、ボッと音を立てて小さな炎が起った。
「駄目! アタシが電気椅子の刑にするわ!!」
 ヴェルの長い髪がふわりと持ち上がった。全身から電気を発しているのが分かり、パラケルススは目だけを動かして司に助けを求めた。
「あはっ、この英霊、冷や汗流してるぅ〜」
 ぺろりとその汗を舐めとり、喜んでいいのか恐れるべきなのか迷うパラケルススを尻目に、パピリオはすいっと司の横顔を覗き込んだ。興味の対象が移ったようだ。
「ねーえ、捕虜の人間、 何をどう敵さんに教えたか、言いなさいよぉ」
 パピリオはそのまましゃがみ込むと、司の靴と靴下を脱がし始めた。
「ちょ、ちょちょちょ!?」
 司はアスカに助けを求めた。が、
「う〜ん。ここは一つ鬼になって……」
とアスカは呟く。
「違うんです! つまり私たちはその――ダブルスパイなんです!」
 ぴたり、とヴェルの手が止まった。パラケルススがホッと息を吐く。
 なおも司の足に【火術】を仕掛けようとするパピリオの襟首を引っ張り、ヴェルは続きを促した。
「ダブルスパイですか〜?」
 アスカの問いに、司は頷き、言った。
「詳しいことは、会長にお話しします。連れてきていただけませんか?」
「会長さん、ですかぁ?」
「ええ、どこに饗団のスパイ――つまり本物のスパイがいるか分かりませんから、直接お話したいんです。あちらの情報を」
 アスカがちらりとヴェルを見やる。
「行ってらっしゃい。ここはアタシたちが見てるから」
 ヴェルに羽交い絞めにされ、パピリオがじたばたともがいている。
「分かりましたぁ。探してきます〜。もし変なことしたら、パピちゃん、この人の髪の毛、一本ずつ焼いていいですよぉ〜」
「ほんとっ?」
「はい〜」
「わーいっ、ほんとは足の裏を焼いたり凍らせたりするつもりだったけど、髪の毛一本ずつ焼くのも面白そう〜っ。丸禿げにしちゃおっと」
「お、お早めにお願いします……」
 司は、懇願の目でアスカを見送った。