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取り憑かれしモノを救え―調査の章―

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●取り憑かれたミルファ5

 轟音がした。それはここからそう遠くない場所だった。
 博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)は音のした方へと足を向ける。
 そして辺りに霧が出ていることに気付いた。
 今日は霧が出るほど冷え込んでいるわけではない。
 そうして博季がみた光景は濃霧の中で誰かと誰かが戦っている光景だった。


 視界の悪いという条件は戦っている2人とも同じだ。
 ただし、戦況は榊朝斗(さかき・あさと)が有利だった。
 【ミラージュ】によって作り出された幻影が、ミルファの動きを撹乱していた。
 縦横無尽に飛来する幻影を一つずつミルファは切り伏せていた。
 幻影の中に混じる本物の朝斗が巧妙に攻撃を加えていくが、次に姿を捉えたときには傷は塞がっていた。
「もう、めんどくさいなー!」
 先ほどまで戦っていた昂ぶりが収まっていないミルファは苛立たしげに、朝斗の幻影を切り伏せ続ける。
 それを朝斗は好機と考えていた。
 【アシッドミスト】で発生している霧の中を、【ミラージュ】で駆け巡り、人知れず【しびれ粉】をばら撒いている。
 ミルファはそれに気づくことも無く、先ほどまでと変わらない様子で剣を振るい続けていた。
 そして、変化は突然現れた。
 明らかにミルファの動きが鈍っていたのだ。
「くっ……体がしびれて……」
 怪我は治っていたが、状態異常が効くのかは定かではなかったが朝斗の試みは成功したようだった。
「今のうちに!」
 朝斗はミルファに接近し、ミルファの持つ剣を奪おうとした。
 それをサポートするように、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が【氷術】をミルファに向けて放った。
 霧によってぐっしょりと濡れているミルファは、冷気によって凍りつき始める。
 それに追随するように、雷が落ちた。
「あ……ああぁぁぁあああ!!!」
 腹の奥底から響く絶叫。
 朝斗の見たミルファの姿は、肌がケロイド状になり、ぶすぶすと煙を上げていた。
 剣を掲げ、雷に打たれた姿。自身を【天のいかずち】で焼いていたのだった。
 しかし、修復が始まっていた。元々の状態に巻き戻っているようにして、傷が塞がっていく。
 そのまま怒りに任せたように振るわれる【なぎ払い】。
 霧を払うように振るわれた薙ぎは風を起こし、【アシッドミスト】より生まれた霧をかき消していく。
「む、無茶苦茶だ……」
 朝斗は呟いた。戦意がなくなったわけではないが、状態異常の治し方が尋常じゃなかった。
「まだ、残ってる……」
 ミルファは呟き、だらりと垂れ下がった腕に【火術】で作り出した火炎を出す。
 一口大のその火炎を飲み込んだ。
 それは喉を焼き、肺を焼く。口腔を通して神経を焼き、そしてその全てが綺麗さっぱり治る。
「けほっ、けほっ……」
 それは煙を吸ってしまったような様子で、ミルファは軽く咳き込む。
「うん、これでいいかな」
 霧も大分薄れ朝斗とミルファの姿がよく見える。
 借り受けている体を容赦なく痛めつけることができる、取り憑いた怨念に朝斗は戦慄した。
 そのせいで行動が遅れてしまった。
 口の端を大きく吊り上げて笑みを作るミルファ。爆発的な推進力を持って、朝斗に迫ってくる。
 そこに割って入る一つの影。
「止めろ!」
 博季だった。[七星宝剣]守護剣『星々の見守りし願い』を持って切り結ぶ。
 鍔迫り合い。押し合う力は同等で、博季の目に映るミルファは、朝斗に攻撃をしようとしたことを邪魔をされて少し苛立っていた。
「お前の目的は何だ」
 静かに博季は問う。答え次第では付き合ってもいいかなと思ったからだ。
「……壊すことだよ」
「一体何を壊すって言うんだ?」
 博季は後ろに回りこんでいた朝斗に気がついたが、手を出さないでくれと視線だけで訴えた。
 聞き出したいことがあった。人の体を乗っ取ってまでやりたいこととは何なのか。それを本人から聞き出したかった。
 朝斗は意図を汲み取ったのか、その場からそっと離れた。ミルファの出方を伺うためだ。
「色々。これ、さっきも聞かれたんだよなあ」
 ミルファは嘆息し、面倒くさそうに言った。
「キミ達みたいな、なんでも助けられるって。助けるために行動してる人たちをぶっ潰すのが楽しいの。ボクは。それに助けられた人を助けずにのうのうと生き抜いている人たちとか、殺したいよね。その子孫が生きていれば子孫丸ごと。でもね、ボクは思うんだ。そんなのひと時の感情でしかないし、真に求めるなら愉しいことをしないといけないよね。生前ボクは助けたい人がいて助けられなかったし。でもね。当人達は殺さないよ。だって、生き地獄を味わってほしいし。大切な人を失くした痛苦を共感してほしいんだ」
 それでも、ミルファの口を借り、剣に宿る怨念は話を続ける。
 狂いに狂った言葉に博季はたじろいだ。それを見逃すミルファではない。
 力任せに押し切り、博季を突き飛ばす。
「誰かを……助けたいって思って動くのはそんなに悪いことなのかな……?」
 追撃がこないことに博季は会話の余地があるのではないかと踏んだ。
「否定も肯定もしない。それに尽力したがために破滅したボクみたいなのもいるからね」
 わざとらしくそんなことを言う。
「それは本当なのか?」
「さあ、どうだろうね?」
 嘘かもしれないし本当かもしれない。言葉の端々に滲む空虚さと狂気。
 そして、静かに、だが確かに苛立っている様子のミルファに博季はじりじりと距離をとる。
 話をするよりも、戦意を失わせたほうが速い。そう考えた。
「……叩き潰してあげるよ」
 博季の動きにミルファも動く。しかし先に行動を済ませたのは博季だった。

「我が瞳焦がすは……浄罪の閃光――!」
 
 【禁じられた言葉】によって強化された【光術】を放つ。
 狙いは剣だが、受けることを信じて眼前に光弾を向ける。
 ミルファはその光弾を剣で切り裂きながら突進してきた。
 それを阻止するようにどこからとも無く、東朱鷺(あずま・とき)の【歴戦の魔術】よる援護が入る。不意打ちでもらった魔法弾で出鼻を挫かれたミルファの足が止まった。
 さらにダメ押しとばかりに、朝斗がミルファに[イカ墨]を投げつける。
 ただの墨はミルファの視界を奪った。状況に対応できず闇雲に剣を振るい、魔法を放つミルファ。その余波で朝斗と博季はダメージを負うが、かすり傷に等しい。
 そして、剣を構え、術式を編む博季。
 手を添え、撫で上げることで剣に光が収束し始める。
 そして、【ゴッドスピード】で自身の駆け出す速度を上げた。風を切るように走る博季はあっという間にミルファに肉薄する。

「我が剣道は……希望の煌き!!」

 そして、振りかぶり強化された【ライトブリンガー】をミルファの持つ剣に向かって放つ。
「悪いけれど、その剣は破壊する!」
 光りの本流と剣による一撃が白銀の剣に叩き込まれる。
 だが、
「なっ……」
 その攻撃が無駄だといわんばかりに、剣はびくともしない。
「捕まえた」
 薄目で博季を捕らえたミルファはそう呟いた。
 がっちりと腕をつかんで離さない。
「雷よ」
 視界を確保したミルファは、囁くように術式を編む。
 閃光を持って、術式の完成を体現した。
「ぐっ、あああ!!」
 雷が博季に向かって落ちる。ミルファは握った腕を放し、剣を振るった。
 無造作に放った【なぎ払い】。剣の平が博季の腹を打ちつけた。
 一瞬呼吸ができなくなり、そのまま吹き飛ばされ大木に背を打ちつけた。そこでさらに息が詰まる。
 そのまま意識が薄れて行く。
(……助けられなくて、ごめんね)
 胸中に浮かぶのは、ミルファを助けられなかった謝罪だった。

「くっ、こんなに強いのか……!」
 博季がやられたところをまざまざと見せ付けられた朝斗は吐き捨てるように言った。
 距離はとってあるが、範囲攻撃を連発するミルファにうかつに近寄れない。連続で広範囲に放たれる【サンダーブラスト】の余波で多少の傷を負ったものの動く分には支障はなかった。
 行動は、気を失った博季を安全地帯に避難させ、自分達も離脱する。
 負傷者二名を運ぶほど、余裕は無く救援を呼びに行くほうが早いと判断したのだ。
 木々を縫い、朝斗はルシェンと合流した。
「一度引こう」
「そうね……正直ここまでとは思わなかったわ」
 それは確かに朝斗も思っていた。
「撒くために最後にもう一度頼むよ」
 朝斗はそう言ってミルファの元へ駆け出した。安全確保と逃げる時間の両方を確保するためだ。
 ルシェンも静かに術式を編み始め、【アシッドミスト】を唱えた。
 朝斗の身を隠すように徐々に濃霧が発生する。いつの間にかミルファの放つ雷は収まっていた。
 まっすぐ駆け、
「こっちだ!」
 わざと大声を上げる。濃霧の中、ミルファが身じろぎするように朝斗に振り返ったのだけは分かった。
 それだけでいい。ちょっとでも注意を引ければそれで。
 手元に残っていた[イカ墨]を投げつける。【しびれ粉】を振りまくよりも、足止めとしてはこちらのほうが優秀だということは分かっていた。
「悪いけど此処で倒れるわけにはいかないんでね。時には引くことも大事なんだよ」
 そういいつつ、その場から離脱。途中気を失っている博季を介抱し、朝斗とルシェンはその場から離れた。