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<part7 追いすがる影>


 飛空艇の乗客たちを収容したトラックの一隊が、墜落現場を発った。
 嵐の中をトンネル向こうの仮設本部目指して走る。
「頑張ってくださいね。もうすぐ帰れますからね」
 ミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)は車内で手当てをしながら乗客たちを励ましていた。
 墜落の衝撃で意識を失っている者。血を大量に失った者。雨に打たれて衰弱している者。様々な症状に苦しめられている乗客が山のようにいて、治しても治しても終わらない。
「大丈夫ですか、ミーナ。だいぶ力を消耗しているようですが」
 長原 淳二(ながはら・じゅんじ)がパートナーを気遣った。
「へっちゃらです。私より皆さんの方が大変なんですから」
 ミーナは気丈に振る舞う。
 トラックの一隊が森の中にさしかかると、木々の陰から無数の寺院兵たちが現れた。
 コントラクター、ゴブリン、ボブゴブリンの入り混じった有象無象の集団。トラックの進路にも立ちはだかり、泥しぶきを撥ね上げて襲いかかってくる。
「下衆共が!」
 淳二は光条兵器を握り締め、トラックのドアから飛び降りた。美緒、フェンリルや他の仲間も、手が空いている者たちがそれに続く。

 寺院側の兵には、金で雇われただけの者も大勢いた。辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)もその一人である。鏖殺寺院の護衛依頼を受け、この森に潜んでいたのだ。
 刹那は木陰に姿を隠しつつ、暗器を投擲して救助隊の人員を屠っていく。
 ――悪く思うなよ、こちらも仕事じゃからでのぉ。
 内心でつぶやいたとき、背後に殺気を感じた。
 とっさに体を回転させて振り返りながら飛び退くと、目の前を淳二の光条兵器が薙ぎ払った。
「ふうむ、見つかってしもうたか」
「腐り散れ!」
 淳二は闇術を放った。刹那は回避し、隠れ身を使う。
「どこに行った!?」
 淳二は辺りを見回した。刹那は淳二にダガーを投げつける。
「くっ!」
 淳二は首に飛んできたダガーを腕で受けた。刹那を発見し、アルティマ・トゥーレで斬りつける。避けようとした刹那の肩が裂かれ、動きに鈍りが生じた。
 フェンリルが剣を刹那に叩き込む。刹那は泥道に吹き飛ばされて沈黙した。
「しばらく眠っていろ」
 フェンリルは刹那の体から武器を没収した。


 ちょこまか隠れられると面倒だ。
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はシーリングランスで寺院兵たちの隠れ身を封じた。
「まだ残党がいるなんて、鏖殺寺院もしつこいわね」
「カルト教団とゴキブリは生命力が強いから」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の言葉に、セレアナが怖気を震う。
「ゴキブリの話はやめてよ。ぞっとするわ」
「似たようなものでしょ」
 セレンフィリティは防衛計画で戦場の地形を緻密に把握する。そして、寺院兵の配置も。一部、寺院兵が密集している箇所があった。セレンフィリティはそこに背後から忍び寄り、機晶爆弾のトラップを仕掛ける。
 少し離れて放電実験を用いる。稲妻ではない電気の輪舞が、森を紫に輝かせた。ゴブリン共が電気の触手に触れ、痙攣して気絶する。
 ボブゴブリンの群れが咆哮を上げて突進してきた。機晶爆弾のトラップが発動。瞬間的に爆炎が弾けた。ボブゴブリンの体が舞い散る。無事で済んだボブゴブリンはさらに激怒して向かってくる。
 セレンフィリティは濡れ鼠のボブゴブリンに冷線銃を向けた。引き金を引くと、冷凍ビームが放射され、ボブゴブリンの体が瞬間的に凍結する。
「今よ、セレアナ!」
「ええ!」
 セレアナが急接近し、凍った敵の体をライトニングランスで打ち砕く。ボブゴブリンの氷塊が飛び散った。
 セレンフィリティは自分の身を両腕でかき抱く。
「……寒い。さっさとうちでシャワー浴びて、セレアナとベッドの中で抱き合って身体を温めたいわ」
「今夜くらい眠らせてほしいわ。もうクタクタよ」
 セレアナは迫ってくるボブゴブリンをライトブリンガーで叩き飛ばした。


 樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)はブラックコートに身を包んで気配を殺し、木々の陰に隠れて寺院兵にゲリラ戦を仕掛けていた。
 敵がこちらを見ていない隙を捉え、刀真が寺院兵に駆け寄る。光条兵器『黒の剣』で寺院兵の首を一刀両断する。
 その兵に随行していたボブゴブリンが飛びかかってきた。月夜がラスターハンドガンでボブゴブリンの頭を撃ち抜く。周囲にいるゴブリン団にサンダークラップを放つ。濡れているゴブリンたちは、面白いように感電してくれた。
 刀真は寺院兵のポケットから無線機を奪い取り、小さく震えた。
「あー、寒い……。動いてるんだけどな」
「この戦いが終わったら私が暖めてあげるよ♪」
 月夜は悪戯っぽい笑顔でからかった。
「そうか、じゃあ楽しみにしてるよ」
「ふえっ!?」
 本気で言ったわけではないのに。月夜は慌て、体が熱くなるのを感じた。
 そんな二人を横目に見ながら、橘 恭司(たちばな・きょうじ)が戦場を駆ける。彼はあえて敵兵の固まっているところにバーストダッシュで突っ込んだ。通り抜けざまに左脇の敵兵にマシンピストルをぶっ放し、右脇の兵の喉を抜き手で突く。
 寺院兵たちが恭司にライフルを向けた。恭司は今殺したばかりの敵兵の体で銃弾を受ける。死体を投げつけ、相手が体勢を崩した隙に切迫して、ライフルを持つ寺院兵の腹に黒曜石の剣を突き刺す。
 その姿は修羅の顕現だった。
 流れるような動作で敵兵に回し蹴りを喰らわせ、肩に跳び乗り、首を両膝で挟んで骨を砕く。跳躍。また別の敵兵の背後に飛び降り、黒曜石の剣で首を刎ねる。
「殺一警百とはこういうことだ」
 恭司は剣の血糊を振り払った。
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が刀真に頼む。
「その無線機、俺に貸してくれないか」
「なんに使うんだ?」
 刀真は敵兵から奪った無線機を正悟に手渡した。
「寺院兵をできる限り引きつけて、乗客たちを逃がしたいんだ」
「なるほど、おとりか。俺も手伝おう」
「助かる」
「大胆なこと考えるわね。フォローしてあげるから頑張んなさい」
 正悟に魔鎧形態で装着されているアナスタシア・ブレイザー(あなすたしあ・ぶれいざー)が励ました。
 正悟は無線機のスイッチをオンにし、嵐の音に負けないよう口をくっつけて怒鳴る。
「聞こえるか、寺院兵ども! お前らの仲間は小間切れにしてぶっ殺した! 死にたい奴は俺にどんどんかかってこい!」
 寺院兵、ボブゴブリン、ゴブリンの集団が挑発に乗り、正悟へと押しかけてくる。
「俺たちが引きつける! トラックは先に逃げてくれ!」
 正悟は叫び、光条兵器と物理武器の二刀流で敵を薙いだ。
 包囲の隙間をかいくぐり、一台のトラックが脱出に成功する。
「十二時の方向からライフルで狙われてるわよ! 避けて!」
「ああ!」
 アナスタシアに言われ、正悟は飛び退く。腕を銃弾がかすった。
 押し寄せる軍勢。数の差に圧倒され、正悟は傷ついていく。アナスタシアのヒールも間に合わず、満身創痍でうずくまる。
「まずいわね……」
「はは……」
 正悟は力なく笑った。剣で体を支え、倒れないようにするのがやっとだ。それでもさらに軍勢は攻め寄せてくる。
 そこへ、美緒が駆け込んできた。戦女神のように戦場を舞い、軍勢を蹴散らしていく。
「無茶しすぎですわ、正悟様! なにをやっているんですの!」
「美緒の負担を少しでも減らせれば、と思ってさ……。結局、負担になってしまったら世話ないな……」
 正悟は弱々しく息をする。
「正悟様……」
 美緒は複雑そうな表情でつぶやいた。


 寺院兵との戦いは終結へと近づいていた。森にはゴブリンや寺院兵の死体が累々と並び、負傷したコントラクターたちがうめいている。戦いを続けている者は数えるほどしかいない。
 そこへ、新たな敵が騎馬で駆けつけた。召喚師とラヴェイジャーだ。今までの敵とは明らかに別格の二体は、既に疲れきった救助隊の者たちを次々と打ち倒していく。
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)はラヴェイジャーに駆け寄った。蹴りを二発、連続でラヴェイジャーに叩き込む。ラヴェイジャーのアイアンフィストが襲ってきた。詩穂は上半身を傾げてかわし、ラヴェイジャーの腹に拳をえぐり込む。
「アイシャちゃんに迷惑をかけるのは、私が許さない!」
 飛空艇の乗客を人質にしてシャンバラ政府を揺するなんて、言語道断。優しいアイシャがどんなに胸を痛めるだろうかと考えると、詩穂の体内には熱い血潮が煮えたぎった。どうあっても乗客の皆を無事に送り届けて、アイシャを安心させてあげたかった。

「みんな! くれぐれも誰も殺しちゃ駄目だぞ!」
 トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)はパートナーたちに呼ばわった。機関銃を構えてトラックの前で頑張り、乗客には指一本触れさせないよう敵の接近を防ぐ。
「まったく、仕方ないな」
 テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)は鏖殺寺院の連中なぞ殺してやりたかったが、渋々受け入れて、ラヴェイジャーへと突進する。
「でも、半殺しくらいはするわよ?」
 ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)もテノーリオと同じくラヴェイジャーとの距離を詰めた。
「注意してくだされ。そやつは普通の敵とはどこか違います」
 魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)はサイドワインダーを撃って、二人の接近を援護する。
 ラヴェイジャーが近くの大樹を引っこ抜き、ぶん回した。ミカエラはサイコキネシスでラヴェイジャーの体勢をわずかに崩す。テノーリオが幻槍モノケロスで大樹を切り崩した。
「なんでよりにもよって鏖殺寺院なんかの手先になってるのよ。それだけ強かったら、いい仕事はいくらでもあるはずでしょ」
 ミカエラはラヴェイジャーに問うた。
「笑止! 元より仕事などとは思っておらぬ! わしは鏖殺寺院の考えに共感して従っているだけのこと。見返りは目的ではない!」
 ラヴェイジャーは体験でミカエラに斬りつけた。ミカエラはとっさに飛び退く。
「使える主君を見誤るというのは、まこと悲劇なものですな!」
 子敬が光の刃をラヴェイジャーに放った。刃がラヴェイジャーの肩を切り裂く。ラヴェイジャーはうなり声を上げてミカエラの腕を掴むや、ミカエラを振り回して空高く放り投げた。
「主君ではない! これは世への嘆きじゃ! 世界への愛じゃ! わしは間違った方向へ進む世相に憂えておるのじゃ!」
「それは立派な心がけだがな、罪もない飛空艇のみんなをあんたらは大怪我させてんだ。その落とし前はきっちりつけてくれるんだろうな!」
 テノーリオは幻槍モノケロスをラヴェイジャーの腹に突き立てる。
「くっ、くだらぬ! 大儀の前には小さな犠牲は見過ごされるのじゃ!」
 ラヴェイジャーは微かによろめいた。
「それは違う! 僕はどんな犠牲も認めない! たとえ悪人でもだ!」
 トマスがラヴェイジャーの足に銃弾を注ぎ込む。
「アイシャちゃんを困らせたお仕置きだよ!」
 詩穂がラヴェイジャーの頭に重く鋭い打撃を二発加える。
 ラヴェイジャーの剛体が大地に倒れ臥した。


「残るは後一人、ですわね……」
 美緒は肩で息をしながら召喚師と対峙していた。豊かな髪は水を吸って重くなり、美しい肌には生傷が目立つ。
「やっと帰れるぜ……」
 フェンリルの顔にも疲労がにじんでいる。
「最後まで気を抜かないで、フェンリル、美緒」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は梟雄剣ヴァルザドーンを固く握り締めた。
 召喚師がアウィケンナの宝笏を振り上げる。上方に、サンダーバードとフェニックスが召喚された。
 二羽がクチバシを開く。甲高くも騒がしい鳴き声と共に、雷撃と業火が両者から吐き出されて美緒たちを襲う。
 激痛が全身を貫き、皮膚が高熱に泡立った。
「皆さん、しっかりしてください!」
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)がありったけの回復魔法を連続詠唱し、美緒たちのダメージを癒した。
 サンダーバードとフェニックスが召喚師の頭上を旋回しながら、次の攻撃の準備を整える。
「攻撃は最大の防御よ。第二撃が来る前に終わらせないと!」
 祥子が召喚師目指して走り出した。
 小夜子が促す。
「美緒さんも行ってください! 私たちが援護しますわ!」
「お願いしますの!」
 美緒も駆け出した。すぐに祥子に追いつき並んで召喚師へと突進する。小夜子は叡智の聖霊とパワーブレスで二人の攻撃力を底上げした。
 サンダーバードとフェニックスがクチバシを開く。
「そうはさせないよ!」
 エノン・アイゼン(えのん・あいぜん)がタービュランスを使った。乱気流が発生し、嵐と相乗して激しくなり、二羽の幻鳥を遥か遠くへと吹き飛ばす。
 二羽は翼を忙しく動かして戻ってくる。
「何度来ても意味ないよ!」
 エノンは再びタービュランスで鳥たちを遠ざけた。
 祥子はヴァルザドーンのレーザーキャノンで召喚師の足元を撃ち崩しながら疾駆した。召喚師は不安定な地盤に逃げるのもままならない。
 美緒と祥子が召喚師の直前で跳躍した。剣を振り上げ、片脚を真っ直ぐ伸ばしたシルエットが、二人綺麗に横に並ぶ。
 ――振り下ろす。
 召喚師の腕が左右同時にお別れした。
 噴き上がる血しぶき。
 二人は一緒に着地した。足が地面に沈み込む。
 戦場は酷いありさまだった。シャンバラ側も、鏖殺寺院側も、汚泥に身を浸して倒れている。立っているのは、シャンバラ側の者たち数名。
 美緒は大空を仰いで大きく吐息をつく。額を打つ雨は、その勢いを弱め始めていた。